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犬猫孤児院「ハッピーハウス」のこと | 秘密のあっ子ちゃん(18)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 私の知人の一人に、私財を投げうち、能勢の山奥で「ハッピーハウス」という捨犬や捨猫の“孤児院”を運営している人がいます。 もともと彼女は薬学部を出たのですが、薬剤師になるよりは画家になりたいと思っていた人でした。
 若いころのある日、雨がそぼ降る公園で、ダンボールに入れられた三匹の子猫を見ました。毛がべったりと濡れて寒そうで、お腹が空いているのか、彼女の姿を見た途端、三匹は「ミャー、ミャー、」と泣きながら必死で訴えるのです。思わず、彼女の足は止まってしまいました。そして、どうしてもこの三匹を助けてあげたい衝動に駆られてしまったのです。
 それがきっかけでした。 それ以降、捨犬や捨猫を見ると、どうしても知らん顔して立ち去ることができず、保護した犬猫が次第に増えていったのです。やがて、住んでいたマンションでは飼いきれなくなり、また近所迷惑も考えて、彼女は人里離れた広い土地を借り切りました。そして、動物の“孤児院”「ハッピーハウス」を作ることとなり、仕事も退職して、現在はその運営に専念しているのです。 
 捨犬・捨猫を保護している動物の“孤児院”ハッピーハウスに、現在生活しているのは犬六十頭、猫七十匹、そして山羊一頭、アヒル一匹です。
 これだけの動物達を食べさせ、病気にかかれば獣医に見せ、ワクチンも打ち、避妊・去勢手術をして保護し続けるのは大変なことです。しかし「大変だ、疲れる」からと言って、相手が命ある者のこと故、途中で放り投げる訳にもいきません。“ハッピーハウス”の噂を聞きつけて、夜中にこっそりと捨てに来る人もいるそうで、その数はますます増えていきます。
 昨秋、ワイドショーで話題になった犬のチコちゃんを保護したのも、“ハッピーハウス”代表の彼女でした。チコちゃんは妊娠が分った時、何の食料もない離島に捨てられたのです。子犬が生まれてからは、毎日、朝・昼・晩と百五十メートルの海を泳いで陸に食料を求め、それを喰えて子供達の待つ島へ運んでいたのです。彼女は保健所がチコちゃんの殺処分を考えていると聞きつけて、岡山港まで駆けつけ保護したのでした。 「物言えぬ犬猫だから、なおさらその寿命を全うさせてやりたい」
 以前、彼女は私にそう言ったことがあります。
 彼女が捨犬や捨猫の保護にそこまで入れこみ、一生の仕事としてやっていこうと決意したのには、ある理由があったのです。
 彼女はもともととカラフト犬を飼っていました。クロという名のその犬は賢い犬でした。ずっと一緒に生活していると、それは単に“賢い”だけではなく、弱者に対する思いやりを踏まえている犬だということが分ってきました。彼女が捨犬や捨猫の保護をし始めると、山の薮の中で泣いている子猫を、人間ならどこに捨てられているのか到底分らないその子猫を連れてきて、彼女に引き渡したりするのです。クロに関してはさまざまなエピソードがあるのですが、彼は“生命”の何たるかを人間以上に知っている犬でした。
 余談になりますが、私はこれと同じような話を「地球交響楽(ガイア・シンフォニー)」という映画の中で見たことがあります。
 ケニアで、象牙密猟者のために親を殺された象の赤ちゃんを育て、ある年令に達すれば野生に還す活動をしているダフニーさんという女性がいます。そのダフニーさんの元へエレナという象が孤児となってしまった子象を連れてき、また野生に戻す時には付き添い、野生で生きる知恵を教えるというものです。
 私はその映画を見た時、「言葉」を越えた信頼関係というものと同時に、動物達の方が人間より遙かに自分達、そして命ある者全てが地球や宇宙と一体であることを知っているのだということを感じたものです。 彼女もまたクロを通して、自身の生きざまや人生のあり方を教えられたと言います。生きていく中でさまざま迷うこと、悩むことに対してクロは深い示唆を与えてくれたのでした。
 そのクロを、彼女は自分の不注意で死なせてしまったのです。
 ひと月以上、再起不能の状態に陥いりました。彼女が立ち直った時、クロのためにもこの仕事に真剣に取り組もうと決意し、職を辞して能勢の山奥へ移ったのでした。
 「クロの死をきっかけに、命ある者に人間の都合ではなく、その寿命のままに命を全うさせてやりたいと強く思うようになった」
彼女はそう私に語ってくれました。
 今、彼女は保護した犬猫を飼いたいという人に里親として引き渡す仕事もしています。しかし、それはただ「あげる」というのではなく、ペット達を家族の一員として、一生きっちりと面倒見ることのできる裏付けと心を持った人だけに限っています。そのためにはそれなりの審査も実施していますし、その後の連絡も断やしません。
 しかし、そうした審査をパスしたにも関わらず、まれに里子に出した子供達がどうなっているのか分らなくなる時があるのです。
 ある日、彼女が私に依頼してきました。私は初め、彼女の初恋の人かと思いました。ところが、とんでもない、それは連絡が途絶えた里親だったのです。
 私は彼女の情熱に心から驚きました。そこまですることは口で言うほど易いものではないはずだからです。
 犬猫の孤児院「ハッピーハウス」代表の彼女から里親の所在調査の依頼を受けた私達は、早速動き出しました。調査の結果、一年前に彼女から小犬を引き受けたその家族は、ある事情で引っ越し、犬猫の世話どころではない状況になっていました。彼女はすぐさまその家に出向き、里子に出していた犬を引き取ってきたのでした。
 その後も私は何度か彼女からの里親の所在調査の依頼を受けています。 
 彼女の活躍の場はますます広がっています。動物の孤児院「ハッピー・ハウス」を維持していくために、有料で行うペットの一時預りや、動物や飼主のためになる商品、ヘルシー食品を初めとする物販を行う「アニマルライフ・カントリー」を運営しています。近ごろは、阪神大震災で被災し、飼主とはぐれた動物達を保護し、また行政の保護所に収容された動物達の殺処分を阻止する取り組みをしているのだそうです。聞くところによりますと、行政の保護所にいる犬猫達は雑種が一匹もいないのだそうです。雑種はどうなってしまったのか?…考えんこんでしまいます。
 私は、動物達のためにがんばっておられる数多くある愛護団体の中でも、安楽死も含めて「どんなことがあっても殺さない」という彼女の信念を賞賛を持って見ています。
<終>

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