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夜の連絡作戦 | 秘密のあっ子ちゃん(22)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
昨年の暮のある日、事務所で私一人が残業していた夜のこと、一人の女性から人探しの調査依頼を受けました。
彼女は四十六才。既に二人の子持ちで、主婦業のかたわらブティックを経営しています。彼女の依頼とは昔の恋人を探したいというものでした。
「いえ、お互いにもう結婚していますし、今さらどうしたいということではないのですが、先日、彼の実家のそばを通る機会があり、懐しくて尋ねてみたんですが、サラ地になっていたんです」彼女はそう言いました。
彼女は結婚前に二つ年下の男性とつきあっていました。
彼とは二十二才の時に先輩の結婚式で知り合い、二十八の年までつきあっていました。お互いに相思相愛で、彼女が所謂“適齢期”を迎えるころには“結婚”を意識し始めました。   ところが、二人の両親は彼女が年上だということで大反対したのです。“姉さん女房”が大はやりの最今なら、そういう問題は出なかったのかもしれませんが…。
二人は泣く泣く別れたのです。そして、それぞれ同じころに別の人と見合い結婚をしました。
ところが結婚して二年ほど経ったころ、二人は偶然再会したのです。
一度はお互いを諦めた二人でしたが、偶然に再会してからは時々会うようになったのでした。もっとも“密会”と言っても、喫茶店でお茶を飲みながら、家庭のことや仕事のことなどの世間話をするくらいが常でしたが…
そんな日々が二年程続いたある日、彼は「妻が身ごもった」と彼女に告げたのです。
彼の奥さんは、昔、夫に結婚したかった人がいたこと、そしてそれが彼女であることを知っていました。もちろん、今、こうして時々二人が会っているということは知らせてはいませんでしたが…
「別にやましいことはないと言っても、いつまでもこんなことを続けていたら奥さんに申し訳ない」彼女は別れを決意しました。
こうして、二人は彼に子供ができたことを契機に、もう連絡を取らないでおこうと話し合って別れたのでした。
ですから、彼女は彼のことが気になっても、決して自分では探せないのでした。彼女の名前すら聞こえてはならないのです。
私達はまず、サラ地になっていたという彼の実家近辺に聞き込みに入ったのです。すると、意外なことに…
この続きはまた明日にお話しすることにしましょう。
私達が彼(44才)の実家があった場所に出向くと、確かにそこはサラ地になっていました。ところがその向側の家に、彼と同姓の表札が出ていたのです。
私達はその家は省いて、隣近所に聞き込みに入りました。
「いやぁ、あのお家やったら五年程前に向いの土地に新しく家を建てはって、今は息子さん達とご一緒にお暮らしですよ」
やはり、その家が彼の家だったのです。
こうして、彼の所在は易く判明してきたのですが、問題は次でした。
依頼人は(46才)は、「決して私の名前を出さないように」と希望していました。彼の奥さんが、昔自分の夫が彼女と交際していたことを知っていたからです。しかも、彼の交友関係を全て把握しているため、見ず知らずの者が突然訪ねていったり電話するのは奥さんに変に勘ぐられ、彼に迷惑をかける恐れがあるので、それも控えてほしいということだったのです。
要は彼の出勤途中か帰宅途中を掴まえて、彼女のメッセージを伝えるしかないのです。
ところが彼女の要望には、尾行や張り込みは料金が張るので、できるだけ安い違う方法を考えてほしいということも加わっていたのです。
依頼人(46才)の要望で張り込みという手段が取れないとなると、あとは電話をして彼が直接受話器を取るということに賭けるしかありません。
ところが、スタッフの聞き込みによると、彼の帰宅時間はかなり遅いと分ってきました。彼が帰宅した時間を狙って電話するにしても、常識はずれの深夜にかける訳にもいきません。
私は策に窮してしまいました。彼女自身も頭を抱えていました。が、彼女の「何とかしてほしい」という想いだけはひしひしと伝わります。
ある日曜日のこと、私はこざっぱりした格好で、彼の家に向いました。午前十時ごろのことです。「帰宅が遅い」という彼は、日曜日のこの時間ならまだ自宅で寝ているか何かしていると踏んだのでした。
彼の家は、昔、借家だったものを新しく二階建てとしてモダンに建て直したようで、両隣とは軒を連らねていました。
インターホーンを押すと、奥さんの声がしました。
「はい、どちらさん?」 「突然申し訳ございません。佐藤と申しますが、ウチの主人がこちらのご主人と大学時代の同級生で…」 「ご主人はご在宅でしようか?」という言葉を私に言わせる間もなく、奥さんは「ちょっと、待って下さいよ」と言って、「あなたぁ」と奥へ声をかけました。 バタバタという音がしてドアが開かれると、彼が出てきました。
「誰だろう?」と不審そうな顔をしている彼にはお構いなしに、私は奥さんに聞こえてもいいように、というよりむしろ、奥さんに聞こえるようにわざと大きな声で、「初めまして。私、大学で同期でした佐藤の家内ですが…」と言います。 「えーと?佐藤?」言いたげな彼に言葉を発せさせないように、私は更に続けます。
「突然申し訳ございません。実は、主人は先日入院いたしまして、ずっとベットに寝ていると昔のことが懐しくなるようで、学生時代の仲間に会いたいと言うようになりまして…」そう言いながら、私は用意してあった「〇〇さんの件で、お伺いしました」と書いたメモを彼の目の前に差し出しました。
これで、彼は全てを理解してくれるはずだと私は考えていました。ところが、これは後で分ったことですが、彼女は私達に嫁ぎ先の苗字を言っていたのです。彼が知っていたのは彼女の旧姓でした。
それでも、彼は勘のいい人でした。直接彼女のことだと分らなかったようですが、「何か訳がある」と感じてくれて、「ちょっとここは寒いから、向こうの陽なたで話しましよう」と私を連れ出してくれたのです。 お陰で、私は奥さんに不審がられず、彼女が連絡を取りたがっていることを伝えることができました。奥さんに無用な不快感を与えたり、おかしな邪推をされるのを避けるために、こんな手を使わざるを得なかったという説明も付け加えたのは勿論のことです。
彼は早速明日にでも彼女に電話を入れてみると言ってくれたのです。
彼は彼女が連絡を取りたがっていると私から聞いた時、あまりに突然のことなので、初めは彼女の身に何かあったのではないかと心配しました。しかし、私の説明でそういうことではないと分ると安心したようでした。
「いやぁ、連絡の取りようがなくて、随分困りましたけど、苦労の甲斐がありましたわ」私はそう言って、彼の家を後にしたのでした。 彼は、約束通り、翌日には彼女に電話を入れたようです。当社に、彼女から「連絡が取れた」と喜びの電話が入りました。「近々、会う約束をしました」彼女は嬉しそうにそう言いました。
二週間ほど経ったころ、彼女からの葉書が届きました。
「お陰さまで、十四年ぶりに再会することができました。本当にありがとうございました。会ったら急に昔に戻ったようで、涙、涙の再会でした。また桜の咲くころに会う約束しました。嬉しかったです…」
踊り出してしまいそうな彼女の喜びがひしひしと伝わる葉書でした。満面の笑顔が思い浮かぶような葉書でした。
それは、つい三ケ月程前の二月の中ごろのことの話です。
<終>

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