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ラッキー7で恋をした (3) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

 これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
「去年きりで辞めたんや」
思い当たると、急に力が抜けてきた。
もう売上げを上げようという気力はわかなかった。試合の行方もどうでもいい。帰り道、今度は甲子園駅の自動改札機に通学定期を入れてしまった。けたたましい警告音に気がついて、あわててさっき買ったばかりの切符を入れ直す。駅員は素知らぬ顔をしていたが、恥ずかしかった。
翌日、孝は思い切って事務所へ行き、優子のことを尋ねてみた。孝にしてみれば清水の舞台から飛びおりんばかりの勇気をふりしぼって。
「この人は去年で終わりです」
事務員は書類を繰りながらじゃまくさそうに言い捨てる。そして急に気がついたように孝を見ると、意地悪そうに聞いてきた。
「この人に何か用ですか?」
「いえ、別に…」
それだけ言うのが精いっぱいだった。逃げるように事務所から出た。
次の日も、孝は事務所を訪れた。せめて優子の住所を聞いておきたいと思ったのだ。
昨日の意地悪そうな中年女性を避け、若い事務員に尋ねてみた。
「ああ、そういうことは教えられないのよ」
「いや、ちょっと事情があって、どうしても知りたいんですが…」
今度はそうあっさり引き下がれない。孝はねばった。
若い事務員は少し困った顔をして、昨日の中年女性の方を見た。彼女が気づいてこちらに近づいてきた。
「なぁに?…なんや昨日の子やないの!会田さんの住所?そんなん規則で教えられへんことに決まってるんやから、あかんよ!」
そう言うなり、くるりと背を向けてやりかけの仕事に戻った。
孝は動けなかった。硬直したように立ち尽くしていた。「だめだ」と言われて、そのあとどうすればいいのかわからなかった。ただ「何とかしなければ」という言葉だけが、頭をぐるぐる回っていた。ここで住所が聞けなかったら、彼女とのつながりは永遠に途切れてしまう。
「あの、住所を教えてもらうのがだめでしたら、手紙を会田さんに送ってほしいんですけど…」
やっと思いついた言葉を口にした。
中年の事務員が机から顔を上げた。
「なんや、まだおったん?かなん子やなあ。ウチは宅急便と違うで。ちょっと、すみませーん。主任!」
「主任」と呼ばれた40歳前の男性が奥から顔を出した。
「どうかしましたか?」
事務員は孝をじろじろ見ながら説明をした。
「どうしても連絡したいことがあるんです!」
「うちが代行して手紙を送るということはできませんねぇ…。さっきから説明してると思うけど、個人のプライバシーの問題だから。悪いけどどういう事情があっても、連絡先は教えられへんことになってますから」
「それはそうでしょうけど、そこを何とか…」
孝がなおも食いさがると、主任は突然事務所中に響き渡る大きな声を出した。
「教えられへんもんは、教えられへん!」
とどめを刺されて、孝は事務所を出ていくほかなかった。
数日間は何も手につかなかった。もう彼女には会えない。どうして去年のうちに声をかけなかったのか。後悔ばかりがつのった。
5日目の朝、孝は昨年のクリスマスの夜に見たあるテレビ番組のことを思い出した。
桂文珍と由紀さおりが司会をしているその情報番組で、確か初恋の人や心に残っている人の居所を探してくれる関西の探偵社があるということを紹介していたはずだ。その時は何気なく見ていたのだが、そこでなら「会田優子」の居場所を調べてもらえるかもしれない。
孝は、すぐにテレビ局にその会社のことを問い合わせた。
今からでも彼女に自分の気持ちを伝えるのだ。
~続く~

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