これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
その男性が初めて当社にやってきたのは、2年前の秋のことでした。
彼は、27歳の独身サラリーマンでした。彼は人と接するのが苦手なのか、依頼内容を話している間もずっとうつむいたままで、決して私の顔を見ることはありませんでした。それに、その声は「蚊のなくような」という表現がぴったりと当てはまるような弱々しい声で、聞き取りにくく、私は何度も聞き直さなくてはならない程でした。
しかし、そんな彼であるにもかかわらず、依頼にやってきたその事実は「大胆」と言えるものでした。彼はナントその筋ではかなり名の知られたSMクラブの常連客でした。
しかし、私はそれを聞いてもさほど驚きませんでした。というのも、その店の名はこれまで問い合わせの電話で何度か聞いて知っていたからです。皆、そこに勤めていた「女王様」を探してほしいというものでした。大抵は源氏名しか知らないので、「探しようがない」と丁重にお断りしていましたが…。
彼もまた、その店に勤める一人の女性を目当てに通いつめていて、突然店をやめてしまった彼女を探してほしいというのが希望でした。
彼の依頼がこれまでの問い合わせと少し違っていたのは、源氏名だけでなく、彼女についてもう少し詳しく知っていたことでした。
でも、いくら依頼といえども、私はあまり乗り気になれませんでした。というのも、風俗の女性を「探したところで何になる」という思いが強いからです。それに、先方も「探されては迷惑だ」という場合がほとんどであろうと思うからです。
確かに、風俗に勤めていた女性とハッピーエンドになることも皆無ではないの
ですが、たいがい「探しても無駄ではないか」ということを申し上げるのも、依頼をお断りするケースが多いのも、そうした理由からです。
しかし、彼らは明らかに「商売」と個人的感情を混同していることが多く、私
の「アドバイス」も無意味になることが多々ありま す。よくよく考えてみれば、そのようなことが分かっていれば、当社に依頼しようとは思わないのでしょうが・・・。
彼もまたそうでした。私がいくら無駄だと言っても聞き入れません。放っておけば、彼女が再び現れるまで、毎日でも店の辺り をうろつき、あるいは通いつめそうな勢いでした。
風俗の女性を探してほしいと言ってくる依頼人は、「探しても無駄」だと私達がアドバイスしても、そのほとんどは聞き入れません。彼らは事実を持ってしか、「夢」から醒めえないので す。
彼もまたそうでした。彼が彼女について知 っていることは店の源氏名だけではなく、本名や生年月日、それにどの辺りに住んでいるのかということも聞いていました。
しかし、これにしても、免許証などで確認したものではなく、本人の口から聞いたというだけなのです。
「本名にしても、年齢にしても、必ずうそとは言い切れません が、風俗に勤
めている女性が客に本当のことを言うとは考えられません」
私は彼にそう言いました。しかし、彼は、「あの子はそんなうそをつく子だとは思えない」と言い張るので す。やむなく、私は話の方向を変えました。「では、それ以外に、何か彼女を探す手 掛かりはないですか?」
私がそう聞くと、彼は話したものかどうかという風に下を向いて 黙ってしまいました。「蚊の鳴くような声」どころではなく、うつむいたまま黙りこくってしまって、話が次に進まなくなってしまったのでした。
<続>
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