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勇気のない彼女に変わって・・・ | 秘密のあっ子ちゃん(8)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
時代が移り世相が変わって、今、若い人達の考え方や行動パターンが随分変わってきたと言われています。特に、若い女性達のそれが。一昔前の愛人バンクから始まり、今やお立ち台ギャルがバッコし、ブルセラショップに通う中・高校生まで出現しているとか…。
しかし、私には、そんな彼女達が今の若い女性達を代表しているとはどうしても思えません。そうした彼女達が目立ち、マスコミの話題に上っているのは確かなのでしょうが、今も昔も純情で可憐な女性達は多いのです。
今回は、そうした女性のお話を一つ紹介いたしましょう。
彼女は二十四才。自宅がある京都から勤務先がある大阪のデパートに通うOLです。
彼女の実家は薬局店を営んでいます。彼女はデパートが休みの日には、実家の薬局店を手伝います。
彼女は店に出入りする薬品メーカーの営業マンに憧がれていました。年のころは二十七、八才。業務上の応対も誠実で、気さくで、その上ハンサムな男性でした。
彼女は自分の気持ちを、一年以上も言い出しかねていました。彼が妻帯者なのか独身かなのかをも聞くことができないでいるのです。
氏名と勤務先は知ってはいるものの、どこに住んでいるのかということや、独身なのか既婚なのかさえも知りませんでした。自分が彼を意識しているせいか、どうも仕事以外の話は口にできなかったのです。ましてや、自分の気持ちを彼に伝えるというようなことなど滅相もないことでした。むしろ、個人的には何の感心もない素振りを示し続けていたのです。
彼女はとりあえず、彼が結婚しているかどうかを知りたいと思ったのです。そして、できれば住所と電話番号も。
しかし、どうしても自分の口からは聞けません。ましてや、両親に聞いてもらうというのも、その理由をうまく説明できそうにもありません。
という訳で、彼女は当社にやってきたのでした。
彼女の依頼内容は、ほんの少しの勇気があれば、探偵に頼まなくてもできることです。私は彼女にその旨を話しましたが、やはり恋というのはどうもそうはいかないようです。
実家の薬局に出入する薬品メーカーの営業マンに自分の気持ちを伝えるどころか、住所や電話・独身かどうかさえも自分の口からは聞くことができない彼女(24才)は、すがる思いで当社にやってきました。
恋をすると、肝心なことはなかなか直接聞けないものなのですねぇ。私は彼女ほどの若くはありませんが、そうした気持ちはよく分ります。
『どうしても自分では聞けない』という彼女の話に、私はこの依頼を受けました。 彼女は彼に自分の名前を出してもいいということでしたので、仕事自身はそれほど厄介なものではありませんでした。要するに、“恋のキューピット”役を果したのです。
私は仕事が終わる時間を見図らって、勤務先近くの喫茶店に、彼を呼び出しました。
仕事を済ますのが手間どったのか、十五分程遅れてやってきた彼は、いかにも誠実そうに顔に吹き出した汗を拭きながら、遅れたことを詫びていました。

彼は、彼女が話した通り誠実そうな人でした。私の突然の呼び出しに嫌な顔一つせず、自分が遅れてきたことを謝っているのです。 私は、早速、『実は…』と彼女の名前を出したのでした。『彼女は、以前からあなたに憧がれておられたのですが、店ではご両親の手前もあって、なかなか切り出せなかったようです』 途端に彼の表情に驚きの色が現われ、汗を拭く手を止めて、運ばれてきたコーヒーカップに落としたフレッシュが渦を描くのを見つめるだけになってしまいました。
私は『やばいな、怒らせてしまったか?』と思い、慌てて次の言葉の穂を継ぎました。
『突然でびっくりされただろうと思いますが、彼女はあなたがご結婚されておられるかどうかも知りませんので…』
私がそこまで言うと、彼は次を遮るように、
『いえ、結婚はしていません』と言ったのです。
『ああ、じゃあ、決った方がいらっしゃるのですネ?』
『いえ、そういう人も…』と言ったきり、彼はまた黙ってしまいました。
私は少し焦ってきました。全く彼の真意が読めないのです。怒っているのか、そうでもないのか。迷惑がっているのか、あるいは彼女の気持ちを聞いてまんざらでもないのか。彼の表情からはまるで読めないのです。 依頼人の気持ちを伝えに行って、こんなパターンの人に遭遇したのは初めてでした。彼女が、『店では仕事以外の話を切り出しにくい』と言っていた意味がよく分りました。しかし、ここで引き下る訳にもいきません。
『本当に突然でご迷惑されているかもしれませんが、ご結婚もされていない、決った人もいないということでしたら、一度彼女のことを真剣に考えてみて下さいませんか?』
今にして思えば、私はいつになく、おずおずと言ったものです。ところが、彼の次の反応に、今度は私が驚きました。
『その話、本当なんですか?』と聞く彼に、私が『こんなこと、冗談でやっている暇はない』と答えると、『実は、自分もずっと言い出しかねていた』と言うではありませんか。
何のことはない。二人は相思相愛だったのです。
『もう!びっくりさせて!それならそれで、はよ言えよ!』と思ったものですが、私の“恋のキューピット”役は、こうして無事終了したのでした。
さて、その翌日、報告を聞きにきた彼女のたっての希望で、私はまたしてもその場で彼に電話を入れ、取り次いであげるはめになりました。
私から受話器を受け取った彼女は、夕方、私達が落ち合ったあの喫茶店で待っていると、とても嬉しそうな顔で話していました。
<終>

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