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添乗員さんが旅行者を探す? | 秘密のあっ子ちゃん(11)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
旅先で知り合った忘れ得ぬ人を探してほしいという依頼は結構多いものです。お互い旅行者同志であったり、案内してくれたバスガイドさんであったり…などです。
しかし、逆に添乗員さんが旅行者を探してほしいという珍しいケースもありました。
今回はそのお話をいたしましょう。
依頼人は旅行社に勤務する三十才の男性でした。彼は現在オーストラリア勤務ですが、休暇で日本に帰ってきたついでにと、当社にたずね人の調査依頼にやってきたのでした。 五年前、名古屋勤務だった彼は、あるヨーロッパツアーの添乗員として旅行者に同行したことがありました。
彼女はそのツアーの旅行者だったのです。当時は短大生で、卒業記念にと友人二人と共に参加していました。目のくりっとした、髪の毛の長い、ほっそりとした女性、というよりまだ少女のような人でした。
グールプは十五人ほどで、ロンドン、パリ、ウィーンと回りました。
ロンドン滞在の三日間が終わり、パリに到着した日、彼女達は彼に相談にやってきました。その日の午後は自由行動となっていたのです。
彼女達は行きたい所が山のようにあり、限られた時間でどう回ればよいか思案していました。
彼はもう何回もパリにやってきており、あれこれ教えてあげることなど易いことでした。
『じゃぁ、そのコースで回ります』と彼女達。『でも、女ばかりで大丈夫ですか?』
『日中だし、それも一人ではないので大丈夫でしょうけど、もし不安なら、僕がついて行ってあげてもいいですよ』彼にしても、その日は自由時間で、単独で行こうと考えていた所がなかった訳でもないのですが、そう答えたのです。若い男性のこと故、ピカピカの女子大生達とパリの街を楽しむという下心がないとは言い切れませんでしたが、何よりも彼女達の卒業旅行を素晴しいものにしてあげたかったのです。
パリでの自由行動の際、添乗員である依頼人は、自分の自由時間を返上して、短大の卒業記念にとツァーに参加していた彼女達を案内してあげました。翌日の市内観光に入っていないパリの“穴場”を案内すると、彼女達は大喜びで、『よければ夕食も』と彼を誘ったのでした。
そこで彼は、観光客があまり行かない、とてもおいしい田舎風のフランス料理を食べさせる、小じんまりしたレストランに彼女達を連れて行きました。彼女達はまたまた大喜びで、四人でワインを三本も空け、話は大いに弾んだのでした。二十五才の彼と二十才の彼女達。若い四人はすぐに意気投合し、旅行のこと以外にも学校のこと、就職のこと、家族のことといろいろと話しました。
この自由行動のガイドに感激したのか、彼女達は帰国するまでぴったりと彼にくっついていたのでした。 名古屋空港での解散の時、リーダー格の彼女が彼にこう言いながら、自宅の電話番号を書いたメモを手渡したのです。『本当にいろいろお世話になりました。お陰で楽しい旅行ができました。お礼にお食事でもさしあげたいので、お時間のある時でもお電話下さい』
帰国してすぐ、彼にオーストラリア転勤の話が出ました。海外勤務は彼がずっと望んでいたことでしたので、彼は快諾したのでした。出発は三週間後でした。
十日ほど経って、彼は思いきって彼女に電話してみました。彼女は、彼が電話してくれたことを大層喜び、友人二人も誘うので是非に出てきてくれと言いました。 こうして翌日、市内のカフェバーで四人の“同窓会”が始まりました。四人は再び大いに盛り上がりました。旅を共にしたという親近感が、四人を昔からの友人のような気分にさせたのでした。
別れ際、彼は三人にオーストラリア転勤の話をしました。彼女達は『えー!せっかく仲良くなられたのに、残念!』とか『今度みんなでオーストラリアに行くから、その時はよろしくネ』とか口々に言ったのでした。 それから一週間ほどして、彼のオフィスに花束が届きました。その花束には差出人もメッセージカードもなく、誰からの贈物かは分りませんでしたが、彼は彼女達に間違いないと確信しました。
彼は出発前にもう一度彼女達に会い、花束のお礼と赴任先の住所を伝えようと思っていました。しかし、業務の引き継ぎや慌ただしい出発の準備に追われて、ついに連絡を取れずじまいになってしまったのです。 それから五年。オーストラリアでの忙しさに彼女達のことはすっかり忘れていた彼でしたが、久しぶりに帰国し、名古屋事務所に所用で寄った折に急に彼女達のことを思い出したのです。 『事務所には五年前の書類などもうありませんし、彼女の電話番号を書いたメモはとっくに失くしてしまっています。たぶん、結婚したと思います。幸せならいいんですけど…。十日後にオーストラリアへ帰るので、できればそれまでに何とか探してもらえませんか?』彼はそう言ってきたのでした。
赴任先のオーストラリアへ帰る十日後までに、何とか彼女(二十五才)を探し出してほしいという依頼人(三十五才)の意向を受けて、私達は大急ぎで調査を開始し、四日後には彼女の居所を突き止めることができました。
彼女はまだ独身で、実家から名古屋市内の会社に通っていました。
彼の滞在期間が限られているため、私はすぐに彼女にコンタクトを取ったのでした。
最初、とてもびっくりしていた彼女でしたが、彼のことはよく覚えていて、とてもよい印象が残っていました。そして、彼が自分を探してくれたということを聞いて、非常に喜こんでくれたのでした。
『是非、電話してもらって下さい。会社の方も自宅の方もいないことが多いですが、ここ二、三日はできるだけ居るようにしますので、懲りずに電話を入れてもらって下さい!』彼女はそう言ったのでした。
こうして、二人は彼がオーストラリアへ帰る前に再会することができたのです。 その後の二人どうなったか、ですか?
さぁ?残念ながら、私はそこまでしか知らないのです。
<終>

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