このページの先頭です

100万円を立て替えて・・・(2)| 秘密のあっ子ちゃん(247)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

彼女が店から受け持たされた口座の未収金百万円を、彼(三十九才)が立て替えてあげてすぐに、彼女(三十九才)は体調を崩して店を休んでいました。
彼が彼女の自宅に電話を入れると、本当に体調が思わしくないようでした。彼女は、働きに出れないと彼に借りた金を返せないことを気にしていました。
「とにかく、今は体を良くすることが先決や。金のことは気にせんでええ。ようなったら連絡しておいで。又、店へ行ってあげるから」
彼はそう言って、電話を切ったのでした。
それからひと月。彼女からは何の連絡も入りませんでした。店には「辞める」と言ってよこしていました。
「そんなに具合が悪かったのか?」彼は彼女の身体のことが心配になり、彼女のマンションへ様子を見に行ったのです。
すると何と彼女と子供達はそのマンションにはもういませんでした。引っ越していたのです。彼の顔を見知っていた家主さんが、彼女の移転先を快く教えてくれました。
彼は、彼女が彼を騙し、 金を巻き上げて逃げたとは到底思えませんでした。ただ、何かの事情があって引っ越したのならば、何故そのことを連絡してこなかったのか、それだけがとても淋しい思いに駆られたのでした。
結局、彼女の転居先へは訪ねていきませんでした。彼女が連絡を寄こしてこない以上、新しい住まいを訪ねていって、まるで百万円を催促しにきたように受け取られることが嫌だったのです。今、彼女もきっと別の店で働いているに違いありません。
彼は、その新しい勤め先で、何食わぬ顔をして彼女と再会することを望みました。だから、彼は当社にやってきた時、こう言ったのでした。
「部屋へ訪ねていくのは簡単ですけど、それでは彼女の方が困ってしまうでしょう。僕としては、金のことより、何故連絡してこなかったのかということの方が気がかりです。部屋に押しかけるより、店で会ったり方が彼女も気が楽だと思います。ですから、今勤めている店がどこなのかを知りたいんです」
「それでしたら、彼女を尾行するしかありませんねぇ」
私はそう答えました。

<続>

100万円を立て替えて・・・(1)| 秘密のあっ子ちゃん(246)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

それは昨年の夏の盛りのこと。四十才前後の男性が当社にやってきました。見るからに律義そうな人で、 言葉づかいからも彼の誠実さが伺がわれました。職業はエンジニアでした。
彼は同い年の女性を探していました。いえ、住いは知っていたのです。彼は「彼女の勤務先をつきとめたい」と言いました。
彼女は三十九才。結婚して、三人の子を儲けましたが、彼と知りあったころには既に離婚していました。 女手一つで、十七才を頭に三人の子供達を育てていました。
彼と知りあったのは二年前でした。十三のアルサロでした。
何回か通ううちに、彼は彼女と話していると何故かホッとする自分に気づきました。彼女もまた自分の身の上話を彼にするようになっていきました。彼女は、そんな商売のわりには色気で売る訳でもなく、さりとて無愛想でもなく、何かしら居心地のいい気分にさせてくれる人でした。いつも控え目でさほど美人でもないのに、彼女の存在が彼の心の中に次第に根を降していきました。
彼女は十三のアルサロから料亭、キタのスナックと、一年あまりの間に店を転々と変えていきました。

彼女は彼の人柄に絶大な信頼を寄せ、次第にあらゆることを相談するようになりました。子供の進学のこと、店での人間関係のこと、はては自分の生命保険のことまで・・・。
彼はその都度彼女の相談相手になり、ある時などは次に入る店の保証人にもなってあげました。
昨年の春の初め、彼女はずっと浮かない顔をしていました。事情を聞くと、店から持たされた口座の未収が百万円を越えてしまった、今月中に何とかしなければならないと言うのです。
彼女には急に動かせるまとまった金もなく、途方にくれていました。彼はその金を立て替えてあげたのでした。
それから二週間ほどして、久しぶりに彼が店へ顔を出すと、彼女の姿はなく、店長は「一週間ほど休んでいる」と言いました。
彼は早速、彼女の自宅に電話を入れました。彼女は本当に具合の悪そうな声で、「なんか疲れが出たみたい。微熱が取れへんのよ。はよ働かなあかんねんけど、無理みたい。店に出る時は連絡するわ」と言ったのでした。

<続>

 

調査依頼は人生そのもの(3)| 秘密のあっ子ちゃん(245)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「初恋の人探します社」は探偵屋である訳ですが、その中味は「依頼者が必要とする情報を提供する」ということになります。
私は常々、情報を提供するということは「情けに報いる」ものであるべきだと思っています。
それは、私自身が人生の機微に触れられるこの仕事に巡り会うことができ、生業として携わっていけることへの感謝であり、また、依頼者が人生の想いを込めた「気がかり」をなくし、”その人のあるがまま”を生きていってもらいたいという私の願いでもあります。
先日、私は思い出の人を探すということは自分の原点を探し求めることだと言いました。
それは、キラキラ輝いていた人生の一瞬を鮮やかによみがえらせてくれるるものです。そしてまたそれは、過去への単なるセンチメンタルな追憶だけではなく、未来に向って「これからもあんな素晴しい人に出会える」という自信や元気を与えてくれるものです。
私は、来る平成7年も、そうした「情けに報いる」情報を提供していきたいと願っています。
それでは皆様、素晴しい新年を迎えられますよう、心斎橋の一室より、お祈りいたしております。

<終>

調査依頼は人生そのもの(2)| 秘密のあっ子ちゃん(244)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

私はこの六年余りにざっと二千五百件の調査をこなしてきました。 当然、その中には多種多様の依頼があります。戦争中に生死も知れず生き別れになってしまった恋人を探してほしいという依頼から、三回デートしたけれどぷっつり連絡が入らなくなった彼女にせめてもう一度だけ会いたいという依頼まで、それは本当に様々なのです。
最近、私はつくづくこう思うのです。依頼人の想いに、「重い」「軽い」はないと。
先程例としてあげた前者のケースの依頼人の思い入れは、本当に重い。生き別れた恋人を五十年も想い続けてこられたのですから。
しかし、後者の依頼が 「軽い」とは言えないのです。
客観的に見れば、彼は明らかに「フラれて」います。しかし、本人は一生懸命なのです。「たとえ、もう一度会えたとしてもダメかもしれない」と分りつつも、なおかつもう一度会って話し合わない限り、彼自身が次のステップを踏めないのです。心の整理をするために、彼は必死でもがき苦闘していました。
だからこそ、彼の思い入れは、やはり「重い」と私は考えるのです。

<続>