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連れ去られた?娘(2) | 秘密のあっ子ちゃん(142)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 

家出した一人娘の調査を依頼してきた父親の話はまだ続きました。実は今回が初めての家出ではなかったというのです。

「そうです。最初の時(二月の家出)は友達関係にいろいろ聞いて回って、三日目ぐらいに京都でアパートを借りている短大の友人の所に泊まっていることが分かったんです」

「じゃあ、彼と一緒だったわけではないんですネ」と私。

「当たり前ですよ。あの男と一緒だったらただでは済ませませんよ」

「!?・・・で、お嬢さんはすぐに戻ってこられたんですネ?」

「いや、言うことを聞かず、また逃げようとしたので『卒業したら結婚させ

てやる』『それまではちゃんと家から学校に通え』と言い含めて連れて帰ってきたんですワ」

「それではなぜ、また家を出られたんですか?」

「そんなん、連れて帰る口実に決まってますやろ」

(そら、だましたらあかんワ!)

私は半分以上、あきれ顔。「マ、お話を聞いてますと、この場合は仕方ないんじゃないですか?」。

ところが、このお父さん、私の話を全然聞いていない。

席を立ちながら「まあ、そういうことなんで、あとは家内とよく打ち合わせて下さい。私は、これからちょっと仕事がありますので失礼させてもらいます

けど、よろしゅう頼んます。あてにしてまっさかいに!」と言うやあたふたと

出て行ってしまったのです。

「なんちゅう親父や!」。ムッとしている私に、お母さんが初めて口を開き

ました。

「すみません、主人はご覧の通りの性格ですので、私が何を言っても聞く訳

がありません」

「しかし、ご主人があれでは娘さんを見つけられても同じ繰り返しだと思い

ますヨ」

「私もそう思います。ですから、このお話、主人に断っていただけませんでしょうか?」

「実は、私もお断りしようと思っていたのです」

「そうしていただけませんか。それで、主人には内緒で私が依頼したいんですが、それを受けてもらえないでしょうか?」「え!?」本当に突拍子もない夫婦だと思いましたが、お母さんの方がよほど娘さんの幸せを考えていました。「主人は当分娘の結婚は認めないでしょう。子は親の言うことを聞くものだと

思っていますから…。私もこの緑談は、初めは乗り気ではありませんでした。だけど、こうなった以上娘の生活が成り立つようにしてやりたいのです。こ

のまま放っといたら、大学生の彼と苦労するのは日に見えています」

さらに、「せめて私だけでも娘の味方になってやらねば。二人は私が隠

します。主人にはいずれその時期がきたら話します」と。

そういう話ならと、私はお母さんの依頼を受けることにしました。

しかし、時間的余裕はありません。あの父親に見つかる前に、こちらで彼女たちを”保護”しなければならなかったからです。

そもそも若い二人の「駆け落ち」というのは、たいていだれかにその居場所を告げているものです。

ところが、短大生の彼女は『大学を卒業すれば結婚を許す』と、父親にだまされて連れ戻された前回の「苦い経験」から、自分の友人のだれにも連絡をし

ていませんでした。

友人たちも今回ばかりはかなり心配していて、私に嘘を言っている素振りはありません。

一緒にいる彼のご両親はというと、彼女の父親に怒鳴り込まれて初めて事態を知り、困り果てていました。

そこで私たちは、二人がバイトで働いていそうな大学周辺を軒並み当たりました。マ、人間というのは、全く知らない土地には行きにくいものですから。

聞き込みを開始して一週間目、苦労のかいあってやっと彼女がバイトをしていたファーストフード店を見つけたのです

彼女は、お母さんが味方だと分かって大変喜んだのは言うまでもありません。

あれから半年、無論、父親はまだ二人の仲を許してはいません。

しかし、私は、一見おとなしそうだけれど芯の強いあのお母さんがついている限り、「二人はまず大丈夫だ」と確信しています。

<終>

連れ去られた?娘(1) | 秘密のあっ子ちゃん(141)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

今回から家出人捜索のお話をしたいと思います。

家出人や蒸発者の捜索は、家族からの依頼だけに限ってお受けしていますが、ひと口に家出人と言ってもさまざまな事情があります。

ある日突然、会社から戻らなくなった夫。

子供に置き手紙を残し、ほんの少しの身の回り品だけを持って消えた妻。

「定職につけ」と厳しく叱った翌日からどこへ行ったかわからないプータローの息子。

駆け落ちをして電話一本の連絡もない娘…などなど。

まずは、今年の春に家を飛び出した十九才の女性のお話から始めます。

最初に彼女の父親から電話があったのは、三月下旬でした。

彼女は一人娘で、両親と共に奈良市に住んでいました。父親は船場の老舗の店を経営し、彼女は京都のある短大へ自宅から通学していたのです。
それが父親の話による一と、卒業を目前に控えた三月三日、何の置き手紙もなく突然、「家を出た」というのです。
相談に来られたご両親はさすがに傭伴(しょうすい)されていました。
「ひとり娘が短大の卒業を目前に、何の置き手紙もなく家を出てしまった」こう言って飛び込んでこられたご両親はひどくやつれたように見えました。

特に母親の方は見るのも忍びがたいほどで、私は『ご両親の心痛はいかばかりか』と、相談の内容を詳しく聞き始めたのです。

ところが、ところがです。父親の話を聞いているうちにだんだんと腹が立ってきました。

つまり、こうでした。

「娘さんが家出される原因に何か心当たりはおありですか?」

「あります。男に連れ去られたんです」

(え!?なにそれ?)

「『連れ去られた』と言うと誘拐ですヨ」と私。

「いやいやそうじゃなくて、その男というのは娘の高校時代の同級生で、親に隠れて四年もつきおうとったらししいです。今年の正月、その男がウチにやってきて、『将来、結婚させてほしい』というもんで追い返してやったんです」「娘は親の言うことをよく聞く素直な子やったのに、それ以降というもの反抗ばかりするようになって、みんなあの男がそそのかしているんですワ」

 

一人娘が短大の卒業式を前に家出したと相談に来た父親の話をよくよく聞いてみると、それは「家出」ではなく「駆け落ち」でした。

・また、このお父さんがひどい。

「結婚を前提に交際したい」と筋を通してあいさつに来た娘の同級生を怒鳴って追い返す。しかも、それからというもの反抗的になったお嬢さんの態度もその男性がそそのかしたのだという。そして彼女が家を出た理由に至っては「男が娘をだまして連れ去った」と言い出す始末なのです。私はと言うと、この父親の話を聞いているうちに、もちろんムカムカしてきました。(これじゃあ、娘さんも家を出たくなるわなあ)(いまだにこんな父親がいるんやなあ)しまいにし、頭痛を通り越して「ウーム」と感心してしまいました。

しかし、まだ納得するには早かったのです。

「正月、あの男を追い返してからというもの、素直だった娘が反抗的になって二月の初めに最初の家出をしたんです」

「えっ!?家を出られたのは今回が初めてじゃないんですか?」

<続>

依頼の理由は嘘で…(2) | 秘密のあっ子ちゃん(137)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 既に購入した分譲マンションからそう易く引っ越しする訳にもいかず、彼女は困っていました。
 「私の居所が分かれば、彼はまた私を引っ張ろうとして、嫌がらせをしてくるに違いないと思います」
 「う~ん。そんな陰険な人なんですか?」
 依頼に来た時の印象とあまりにも違う依頼人(39歳)の人物像に、私は再度彼女に尋ねました。
 「本当に外づらはいい人なんです。私もつきあい始めたときは、そんな人とは夢にも思いませんでした。婦長さんも彼が入院していた頃との豹変ぶりにびっくりされていましたもの。結局は私の見る目がなかったということだと思ってますけれど…」
 これから彼の対応を考えると、「まずい、困った、どうしよう」と動揺があるであろうに、彼女は淡々と私に話してくれました。それが却って、彼女の言っていることこそが真実であるとの印象を強くし、彼女の人柄の良さと芯の強さが窺えたのでした。
 しかし、私はふと疑問を持ちました。
 「でも、それだけあなたに嫌われているのが分かっているのに、彼は何故そんなにひつこく追ってくるんでしょうねぇ?金のことでも絡んでいるんですか?」
 「確かに、これまで二百万円くらいは貸しています。でも、今は私からお金を引き出すためということではないと思います。もう、私もそんなにお金を持っていないのは、彼も知っていますから……」 
 彼女はそんな風に答えて、こう続けたのです。
 「私もお金を貸しているということがありましたから、ずるずるとこうなってきてたんですけれど、そんなことをしていればいつまでも切れませんから、お金のことはもういいんです。私としては、彼とは縁を切って、一からやり直したいんです」
 私は「なるほど」と思い、何とか彼女の力になってあげることはできないものかと考えていました。
 「では、あなたとしては、今、どういう風になるのか一番いいのですか?」
 私は彼女に尋ねました。 「それはやはり、彼が私のことを諦めてくれて、私の目の前から去ってくれることです」
 「では、こうしましょう」 彼女の意志を確認して、私は一計を講じました。
 「彼は私達にあなたとコンタクトを取ってほしいと依頼されてきたのです。これまでの経過を聞いていますと、ただ単に『彼女はあなたと接触するのは嫌がられています』と伝えたところで、彼があっさりあなたを諦めるとは考えられません。彼にあなたの前から消えてもらうには、少し荒療治になりますが、私は彼にこう伝えましょう。……」 私は彼女との話がついた後も、わざとすぐには依頼人に連絡しませんでした。彼女に連絡を取って、全ての事情を聞いた翌日、今度は彼女のお母さんから私あてに電話が入りました。 「この度は本当にお世話になっております。娘のしでかしたこととは申せ、あの人のひつこさにはほとほと困り果てていたんです。今は警察の方にパトロールを強化してもらったり、いざという時には知り合いの弁護士さんにお願いしたいと申し上げているところなんですけれど、実際、娘の勤務先や住居を変えても、これまでのあの人のやり方を見ていますと、『いずれ突き止められてしまうのでは』と、娘とも話していた矢先だったんです。それが、娘の調査をあの人がお宅さんのようなところに頼んでくれたのは不幸中の幸いだと思っています。本当にお手数をかけますが、何とかよろしくお願いします」
お母さんは、ただただ「くれぐれもよろしく」と私におっしゃるのでした。それを聞いただけでも、私には彼女達母子がいかに依頼人のやり方に困り果てているかがよく分りました。 私にしても、お母さんにひたすらお願いされなくても、乗りかかった責任上、何とか彼女が今後平穏に暮せるように力になりたいと考えていました。私だって、善意の人探しであるべきこの調査を、その動機を偽って彼女の居所を探させようとした依頼人には腹を立てていたのです。
 「当社では依頼時の契約の折りに、依頼人がご自分の氏名や住所、動機などについて、虚偽の内容をおっしゃっていた場合は即刻調査を中止し、違約金を申し受けることを明示しているくらいです。マ、今回、違約金ウンヌンなどと言うつもりはありませんが、何とか彼女が依頼人のひつこさに煩わされないように協力させていただくつもりです」 私は彼女のお母さんにそう伝えました。
 その後、私は依頼人にこんな風に対処したのでした。 まず、しばらくはこちらから依頼人に対し何の連絡もしませんでした。十日程が経った頃、依頼人の方から連絡が入ってきました。 「彼女へのコンタクトはどうなっていますか?」  「それが、大変だったんですよ。ちょっと様子がおかしいんです。その辺り、何か心当たりはないですか?」 
 私は「待ってました」とばかり、こんな風に答えたのです。
 「それが大変なんですよ。いつ行っても彼女はいらっしゃらなくて、まだ直接彼女とは接触できていないんです。ところが問題はお母さんで、異常に警戒心が強いんです。その警戒心は尋常ではなく、スタッフも『何か事情があるようだ』と言っています。あなたならその辺のことをよくご存じではないかと思いまして、一度お聞きしようと思っていたんです。何かお心当たりはないですか?」
 依頼人は一瞬絶句して、こう言いました。
 「……。いや、僕は分かりません。……。お母さんはどんな風な対応だったんですか?」
 「スタッフが『彼女にお伝えしたいことがあるのでお伺いした』と申しますと、どこの誰でどんな用件なのかを根掘り葉掘り聞かれるんです。こちらの社名とスタッフの氏名を名乗りますと、誰からの伝言なのかをしつこく聞かれます。あなたからは『恥ずかしいので、彼女以外には自分の名前を出さないでほしい』と言われてますので、困っていたところです」
 「彼女のお母さんに納得していただくためには、あなたのお名前を出さなければならない状況なのですが」 私がそう説明しても、依頼人は黙ったままでした。
 「あなたのお名前を出しても構いませんか?」
 私は再度念を押して尋ねました。
 「……いや、やはりそれは困ります。彼女本人ならいいですが、お母さんにはどうも…。何とか彼女直接に連絡を取ってもらえないでしょうか?」
 彼は言いました。
 「そうなると、少し時間がかかるかもしれませんよ」 私はそう答えて、彼女とコンタクトが取れれば、すぐにでも依頼人に報告すると告げたのでした。
 翌日、私は彼女に連絡をして、依頼人による嫌がらせは起きていないかを確認しました。
 「今のところは何も起こっていません。きっと、彼は私の居所が分かっても、佐藤さんとこに任せてあるので、今は安心しているんだと思います」 
そして、こう続けたのです。 「一応、私も自宅を出入りする時は気をつけるようにしているんですけど…」 私もその方がいいと思いました。というのも、私達が彼女の自宅への嫌がらせを止めることができたとしても、依頼人(39歳)が新しい勤務先まで知ってしまうと、また何を考えるか分からないと感じたからです。
 「帰宅時よりも、仕事に行かれる時を注意された方がいいですよ。今も車で出勤されているのですか? そしたら、尾行されているかどうかの確認はこうされたらいいでしょう」
 私は彼女に、依頼人が尾けているかどうかの確認の方法と、万が一尾けられていた場合の巻き方のアドバイスをしたのでした。
 そういう風に手を打っておいて、私は依頼人への報告書を作成しました。
 「彼女と何度もコンタクトを取ろうとしましたが、なかなか連絡が取れませんでした。あまりにもご連絡が取れないので、スタッフが住所地へ出向くと、彼女の母親が管理人や知人をすぐに呼ばれて、かなり厳しく追求されました。『不審人物』として警察も呼ばれそうになりましたが、事情をお話し、また当社スタッフが女性であったため、事が大きくならずに済み、最終的に母親のお話を聞くことができました」
 「母親はこんな風におっしゃっておられました。
 『お宅に詳しい理由を言う訳にはいきませんが、娘は病院の患者さんと個人的なトラブルがあって、それが原因で病院も退職しました。事情を知って、親としては聞きづてならないことでしたので、私が昔から懇意にしている警察関係の人に預けました。本人は今、その人の保護下にあります。二度とこんなことはあってはならないことですので、監視をしてもらっているのです。学生時代や職場の同僚の方とは連絡を断たせています』……」 
 私の報告書はさらに続きます。
「『娘は私の知り合いの警察関係の人に預けてあります。本人は今、その人の保護下にあって、二度とこんなことが起こらないように、監視してもらっています。学生時代の友人や職場の同僚との連絡は断たせています』」
 「『私には娘と連絡を取りたいと言っておられる方はどなたのことかだいたい分かります。娘が病院を辞めざるを得ない原因を作った人だと思います。もし、その人であれば、今、私がお話ししたことの意味はお分かりのはずです。その人に伝えてほしいのですが、そっとしておいてくれるのなら、これ以上何も言いませんが、また今度そういうことがあれば、親としては警察に行って事件にする腹を決めています。その辺のことは警察と弁護士ともよく相談しました。本人のためを思ったら、これ以上つきまとわないで、そっとしておいて下さい』」
 そして、
 「当社としましても、彼女のお母様の話で、だいたいの事情は察することができました。お母様のご要望どおり、そっとしておいてあげるのが、ご本人のためと思われます」と付け加えて、依頼人に送ったのでした。
 そうしておいて、彼女とお母さんに依頼人に送った報告書内容を伝えました。 「こういう形で報告書を送ってありますので、ここ二週間程は気をつけておいて下さい。これで、本人があなたに付きまとうのを断念すれば動きはないでしょうが、まだ諦めないのなら二週間くらいの間に必ず動きを見せると思います。その様子を見た上で、次の方策を考えましょう」
 私は言いました。
 「それでは、その二週間は自宅に戻らず、よそに行っている方がいいでしょうか?」
 彼女は尋ねました。 「そうですねぇ。どこか泊まれる所があれば、それにこしたことはありません。それと、もし動きがあれば、対応していただかねばならないのはお母さんですから、その辺のところをくれぐれもよろしくお伝え下さい」 そう私は答えました。彼女は大事を取って、しばらくは叔父さんの家に寝泊りすると言いました。
 「もし、依頼人に動きがあれば、対応していただかねばならないのはお母さんですから、その辺のところをくれぐれもよろしくお伝え下さい」
 私が彼女にそう言うと、早速、電話口にお母さんが出られてました。
 「今が娘の正念場ですから、佐藤がおっしゃられるようにさせていただくつもりです」
 二週間がたちました。
 依頼人から当社へは何の音さたもありませんでした。私たちにはあれだけうそを言っていたわけですから、具合が悪くて連絡どころか質問すらできないのだろうと思えました。
 しかし、やはり気になって、私は再び彼女に家に連絡を入れました。
 「ずっと気を付けていましたが、お陰さまで全く動きはありません。佐藤さんが書いて下さった報告書が功を奏しているように思います」
 お母さんの話でした。
 私は確認のためによほど依頼人に連絡を入れ、状況を探ってみようかとも考えましたが、かえってやぶへびになってもいけないと思い、このままもう少し様子を見ることにしました。
 「それでは、もし何らかの動きがあれば、すぐにご相談下さい」
 私はそう言って、電話を切ったのでした。
 ひと月がたったころ、彼女とお母さんが連れ立って当社にやってきました。
 「このたびは本当にお世話になりました。あれから、娘の周りには変な動きは何ひとつありません。おそらくあれで観念してあきらめてくれたんだろうと思います。これもすべて佐藤さんとこのような調査会社がかかわってくれたおかげです」
 お母さんはただただ私にお礼をおっしゃるのでした。彼女はまたこうも言いました。
 「いい勉強をさせてもらったつもりで、今後は男の人を見る目を養っていきたいと思っています。
 こうして、この件は一件落着したのでした。

<終>

依頼の理由は嘘で…(1) | 秘密のあっ子ちゃん(136)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「ストーカー」という言葉があります。最近テレビで放映されて以降、我が社もマスコミの取材の折によく質問されます。
「『思い出の人を探したい』と言って、ストーカーみたいなことにはなりませんか?」
 海外では、つけ狙われ追い回された女性が精神的な被害を蒙ったり、車などを傷つけたりするため、問題がクローズアップされて、「ストーカー法」なるものも作る動きがあるとか…。しかし、翻かって我が社へ依頼されてくる人について考えてみると、ストーカーに変身することはまずないと私は断言できます。
 というのも、この問題は全て依頼の動機に関わるからです。「思い出の人を探したい」と言って来られる依頼人のほとんどは、相手が「元気かどうか」「幸せかどうか」と気づかって来られる、いわば「善意の人探し」です。
 同時に、私達も「何故、探すのか」という動機を必ず聞きます。嘘を話されていると、辻褄が合わないとか、ニュアンスがおかしいとか、「そんなことで、お金を出してまで探す?」と疑問が湧いてきます。ですから、当然突っ込んで聞くことになります。すると、依頼者の方がしどろもどろになってくるのです。
 例えば、金融会社が居所不明になっている債務者を安く調査させようと、「中学校の頃の同級生」と言ってくることもありました。しかし、話を聞いていると、本籍やつい一、二年前の勤務先など、とうてい「中学校のころの同級生」では知り得ないことを知りすぎていて、その嘘がすぐに分ってしまったことがあります。 あるいは、追いかけ回そうとか何かの仕返しをしようと考えて依頼されてきても、依頼人の「気がかりでしかたがない」という想いの発露がないため、二、三十分も話していれば、「この動機は嘘だな」と結構分ってくるものです。
 しかし、今まで一例だけ、当の相手を探し当てるまで、依頼人の嘘が分らなかったケースがありました。
 その依頼人は三十九才の男性でした。三年前、彼は腎臓を患い、ひと月程入院した経験を持っています。 彼が探してほしいという人は、その時に大変お世話になった看護婦さんでした。その人は二十七才で、仕事振りはなかなかてきぱきとしており、患者への対応もとても親切だったと言います。
 彼は退院直後にお礼の品を送りたいと思い、病院に問い合わせて、この看護婦さんの住所を教えてもらっています。その後、何回か年賀状などのやりとりをしたということでしたが、今年の正月には「宛名不明」で葉書きが戻ってきたとのことでした。病院に問い合わせると、彼女は既に退職していて、その後の勤務先などは分からなかったのでした。
 依頼人は私達にこう言いました。
 「今、どうされているのか、気になって…」
 こんな話なら、よくあるケースです。何年も経ってから、入院中にお世話になった看護婦さんに「一言お礼が言いたい」とか、「実は憧れていたので、再会したい」というケースは結構多いのです。ですから、この依頼もそうしたケースの一つとして、私達は考えていたのでした。
 もともと、依頼人は彼女のつい最近までの住所を知っていましたので、私達はまっ先に近所への聞き込みに入りました。彼女は依頼人が「非常に親切な看護婦さん」と言っていたことが頷ける程、近所でもとても評判のいい人でした。この近所の聞き込みで、「懇意にしていた」という人からこんな情報を得ることができました。
 「あの人は本当にいいお嬢さんですよ。お父さんとお母さんは離婚されたんですけど、そんな暗い影は一切なくてネ。妹さんが嫁がれてからは、彼女がお母さんの面倒を見ておられたみたいですよ。もちろん、お母さんもパートに出て働いておられましたけど…」
 「それが、半年くらい前に急に越されましてネ。何でも、妹さんの嫁ぎ先のそばだって言っておられましたけど…。あんまり急だったんで、私達もびっくりしたんです」
 この話から、私達は妹さんの嫁ぎ先の近辺を丹念に当たって、彼女の現住所を判明させることができたのでした。
 彼女の居所は判明してきました。
 その報告をして一週間が経った頃、依頼人から、今度は彼女にコンタクトを取ってほしいという希望が入ってきました。
 私達はすぐさま彼女に連絡を入れました。そして、その時の彼女とのやりとりで、なんと、依頼人が彼女を探したいという動機について嘘を言っていたことが発覚したのでした。
 「実は、お宅様が以前お勤めされていた病院で、大変お世話になったという患者さんが、あなたが今、どうされているのか気になさって、お探しだったんです」と私。
 「……。」
 反応がありません。
 私は変だなと思いました。というのも、普通こう言った場合、「まぁ!どなたですの?」とか、「いやぁ、そんな気にしていただいて有り難いです」というように、ほとんどが驚きと喜びの反応を示されるからです。 「ひょっとして、私を探しているというのは○○さんではないですか?」
 「ええ。よくお分かりですね」
 彼女の方から依頼人の名前が出ました。でも、その声は暗く沈んだものでした。 「…。その人のことは、私、困っているんです」
 彼女は「お宅を信用して話しますけど」と前置きして、意外な話を始めました。 「確かに、彼は私が勤務していた病院の患者さんでした。初めは患者と看護婦という間柄だったんですけれど、彼が退院してから、私達、つき合うようになったんです。ところが、彼はとてもやきもち焼きで、仕事として患者さんに接していても、あれこれと疑い、私を責めることが多くなってきたんです」
 「それがあまりにもひどくなってきて、私も嫌気がさしてきたので、別れ話を出したんです。そしたら、彼、病院まで乗り込んできて、自分の治療の時に『私がミスした』と喚き散らしたり、仕舞いには『俺から離れようとしたら、病院も勤められへんようにしてやるからな!』と脅したりするようになったんです」
 私はびっくりしました。 「まぁ!最初に依頼されてきた時の話と随分違いますよ」
 「そうでしょうね。あの人は外づらはとてもいい人ですから。今となれば、そもそも、私に男の人を見る目がなかったと思っていますが…」
 彼女の話は続きました。
  「彼が病院に乗り込んで来て、私が治療ミスしたと喚き散らした時は、婦長さんが対応して下さったんですけれど、そんな事実は全くありませんし、何度も乗り込んで来ますので、病院側も彼の対応に手を焼いていたんです。それで、婦長さんが心配して、私に事情を聞かれたんです」
 「彼はそんなに荒っぽい人なんですか?」
 私は思わず話の途中で口を挟んで尋ねました。
 「いえ、日頃はおとなしくて、温厚、誠実な人柄に見える人です。病院へ乗り込んで来るようになったのは、私が別れ話を出してからです」
 「そうでしょうねぇ。依頼に来られた時も、そんなことをするような人には見えませんでしたもの。で、婦長さんは何ておっしゃったんですか?」
「初めは私も病院に迷惑をかけたくなかったので、自分で何とかしようと思い、『何でもありません』とか『大丈夫です』とか答えていたんです。その話で私が彼に会うと、しばらくはいいんですが、私が避け出すと、また病院へやって来るんです」
 聞く限りにおいては、彼女は依頼人の振る舞いには大変な想いをしたようです。
 依頼人が依頼時に話していた内容と彼女の話があまりにも食い違っているので、私は驚いてしまいました。
 「で、その後の対応はどうされたのですか?」
 「彼が病院へやって来ては喚き散らすことがますますエスカレートしてきますし、私もこれ以上は病院に迷惑をかけたくなかったんで、婦長さんに事情を全て話して、病院を辞めたんです。」
 「まぁ!そうだったんですか」
私はさらに驚いてしまいました。彼女は依頼人のせいで、病院を辞めるはめになっていたのでした。
 彼女は続けました。
 「婦長さんも理事長さんも私の話をよく聞いて下さって、『そんな事になっているなんて…。一人で抱えて大変だったでしょう?』と言って下さったんです。私、嬉しくて…。今、勤めている病院も理事長さんが紹介して下さったんです。だから、彼が病院に問い合わせても、私の居所は一切言わなかったはずです。今も時々、心配して電話を下さったりしていますから…。」 彼女の話はそれだけではありませんでした。彼女が依頼人によって迷惑を被ったのは、勤め先を変わらずを得なかっただけではなかったのです。
 依頼人が彼女の次の勤め先を問い合わせても、病院側は言わなかったはずです。婦長さんも理事長さんも、依頼人のしつこさから彼女をかばっていたのでした。
 彼女はこうも話してくれました。
 「私、車で通勤していたんですけど、自宅のマンションの駐車場に停めてあった車を夜中に傷つけられたり、タイヤを四本ともパンクさせられたりしたことがあるんです」
 「まぁ!そんなことまで!?」
 私はまたまた驚いてしまいました。
 「犯人が彼だという証拠は何もありませんが、そんなことを連続でするのは彼しかないと思ってます。その時は警察にも届けましたが、現行犯でなければどうしようもないと言われまして…。
タイヤをやられた時、ちょうど妹が遊びに来ていて、『お姉ちゃん!これなに!?』って言われるし、妊娠中の妹にあまり心配もかけたくありませんでしたので、その時は適当にごまかしておいたんですが…」
 「で、その頃の彼の対応はどうだったのですか?」
 「私が彼に文句を言うために会うと、機嫌がいいのです」
 私は、彼女がほとほと困り果てていた様子がありありと想像できました。
 彼女に別れ話を引っ込めさせるために、病院だけでなく、自宅の車まで嫌がらせをしてくる依頼人には、彼女もほとほと困り果てていたようです。 「妊娠中の妹には心配かけたくありませんでしたので何も言いませんでしたが、もうこうなると、一人ではどう対処していいのか分からず、母に相談したんです。母には『そんな男にひっかかって!』と随分叱られましたけれど、結局、家を替わろうということになったんです。その時まで住んでいたマンションは賃貸だったんですが、いずれ分譲のマンションを購入するつもりで、貯金もしていましたし…。ちょうど、婦長さんや理事長さんの計らいで病院も代わる話も出ていましたので、この際、勤め先も自宅も変えて、彼とは一切縁を切ろうと思ったんです」 彼女は私にそう言いました。
 「そうでしたか。彼は私達にはあなたを探したい動機について嘘を言ってたんですねぇ。そういうことでしたら、このままではまずいですねぇ」
 私は今後の彼女の身の上を心配していました。
 「そうなんです。今の住居は購入したものですから、そうそう引っ越せませんし…」
 彼女も困っていました。

<続>

ムッとくる依頼も・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(133)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 早速、スタッフは依頼人に娘さんの現在の居所が明らかになったことを伝えました。それに対して、彼の返答はこうでした。
「そうですか。それではすぐに私の手紙をそちらに送りますので、女性名で娘に送ってもらえますでしょうか?私の手紙の中味は読んでもらっても結構です」 「いえ、中味についてはこちらが見る必要ございませんので、そのままお嬢様にお送りさせていただきます」スタッフはそう答えて、料金の精算額を伝えたのでした。
 スタッフは彼からの手紙が届くのを待っていました。しかし、二週間経っても、三週間経っても手紙は届きませんでした。
 いつまでもこのまま放っておく訳にもいかず、処理に困ったスタッフは彼に連絡を入れました。すると、以外な返答が帰ってきたのでした。
 「昨日、そちらに葉書を送りましたので、それを読んで下さい」
 「そうですか。で、手紙の方はどうされます?」スタッフが尋ねます。
 しかし、彼は「葉書を読んでくれればいい」の一点ばりでした。
 翌日、彼からの葉書が届きました。
 「前略、お願い致しました件の事ですが、家も住所も分っているのに、手紙を娘に出すのでしたら、自分でできることです。以前の住所にいて、お宅の名で手紙を出すのでしたら、何の必要もありませんので、この件はこれで打ち切らせていただきます。有難うございました」
 彼と常時コンタクトを取っていたスタッフはこの葉書を見て、目が点になったと言います。当初の依頼内容を変えて、というより忘れたふりをして、料金の精算もせず、「有難うございました」で済まそうとしていたからです。
 そもそも、彼の依頼とは、十七年前に離婚してから一切会ずにいた娘に、自分が離婚した真相を伝えたいというものでした。そして、十七年前の住所は知っているが、引っ越ししたものか、嫁いだものなのかが分らない。しかも、居所が分っても先妻が自分の娘宛への手紙を開封する可能性があるということでしたので、娘さんが今どこにいるのかを調査した上で、当社の女性名で自分の手紙を送ってほしいというものでした。
 しかし、娘さんの住所が判明し、その内容を伝えて料金の精算額を伝えた途端、「もう必要ありません」として、「有難うございました」とだけで済ませようとしたのです。スタッフが「この人は何を考えているのだろう」と思っても無理はありませんでした。
 こんな依頼人はそう多くはいませんが、こすいと言おうか、ずるいと言おうか、人にはいろいろな人がいらっしゃるものです。
もちろん、当社としても判明した後に、当初の依頼内容を変えてこられて、「ご苦労様」だけで済ます訳にはいかず、正当な報酬として料金の精算額を入金していただきましたが、それでもこの方は、ああでもない、こうでもないと辻褄の合わないことばかりを言ってこられたと報告を受けています。

<終>

ムッとくる依頼も・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(132)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 私達は、[気がかりな人を探してほしい]という依頼人の思いを受けて、その要望をかなえるべく常に全力で調査を尽くしているのですが、依頼人といえどもいろんな方がいらっしゃるもので、時にはムッとくるようなこともあります。
 例えば、つい最近もこんなことがありました。
 その依頼人は六十六歳の男性でした。二人の娘さんがいましたが、十七年前に離婚したため、以後は一切会えずにいました。
 「娘も二十七歳と二十五歳という年になり、もう世間のことが分かる年頃ですから、私が離婚した理由をちゃんと知ってもらいたいんです」彼はそう言いました。
 「で、現在の居所はご存知ないのですね?」電話を受けていたスタッフが尋ねます。
 「分らないということではありません。たぶん十七年前に住んでいた所にそのままいると思うんです」
 「住所が分かっておいででしたら、ご自身で手紙をお出しになるという方法が費用面で一番負担がなくて済みますよ」スタッフはそう提案しました。
 ところが、彼は「ええ…」と煮え切らない返事をするのです。
 「いや、それはちょっと都合が悪いんです。私の名前で手紙を出すと、先妻が開封する恐れがあるんです。それに娘達も年頃ですから、既に家を出ているかもしれませんし…」
 「それでしたら、やはりお嬢さんが今どこにいらっしゃるのかを調査するしかありませんねぇ」
 スタッフはそう答えました。すると、今度はこんな質問が返ってきたのです。
 「ええ。でも、仮に娘がまだ嫁いでなくて家にいるとしたら、先妻の手前、どういう風にしたら離婚した理由を伝えられますかねぇ?」
 「その場合は、こちらから女性名でお嬢さんのお手紙を出させていただくのは可能ですよ」
 「そういうこともしてくれるんですか?」
 彼の声は急に明るくなりました。
 「ええ、当社ではコンタクトの代行ということもやっておりますので」スタッフはそう説明しました。
 その要望を踏まえて、結局、彼の依頼とは、とにもかくにも娘さんが今どこに住んでいるのかを調査し、その後、当社の女性スタッフの名前で彼の手紙を娘さんに送るということになりました。
調査の結果、娘さんは結婚をし独立しているという彼が危惧していたようなことではなく、まだ未婚で、先妻と共に十七年前に住んでいた住所そのままの所におられました。
早速、スタッフは依頼人に娘さんの現在の居所が明らかになったことを伝えました。

<続>

妻子のために軍人恩給を(2) | 秘密のあっ子ちゃん(131)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 そこで、スタッフは次に防衛研究所の戦史資料室にも聞き込みに入りました。ここでは個人の情報は扱っていないということでしたが、依頼人が所属していた部隊の本隊の戦友会の連絡先を教えてもらうことができました。
 その本隊の戦友会のお世話をしている人に連絡を取ると、こんな話になりました。
 「私は本隊全体のお世話をしておりますが、たくさんの部隊に分かれておりまして、部隊が違うと個別の方のお名前は分かりません。申し訳ないですが、お探しの三人の方のお名前も、その方達を探しておられるご本人のお名前も記憶がないんです。私が所属していた部隊の者はほとんどがフィリピンで戦死しております。その方達の部隊も終戦間際に玉砕したと聞いております。九州に戦友がいるので、そちらでも一度聞いてみて下さい」
 依頼人が所属していた部隊が後に玉砕したという話は、私達にとって初耳でした。おそらく、彼が負傷し肺結核を併発して療養中の頃の話だと考えられます。
 依頼人は負傷して、戦闘に参加もできず復員してきたことを「恥」と考え、五十年間、一切その頃の話を誰にも語らず、戦友達と連絡を取ろうともしなかったことから、この「玉砕」の話は彼自身も知らないことでした。
 玉砕ということになれば話は違ってきます。スタッフはすぐに靖国神社に向かいました。
 しかし、靖国神社では、彼の部隊については部隊一括でお祭りしてあり、個人名は把握していませんでした。
 「やはり、生き残られた戦友の方にお聞きになるのが一番ですねぇ」
 こういう返答でした。
 私達は先に教えてもらった「九州の戦友」に連絡を取ることにしました。
 彼はこんな話をしてくれました。
 「私は終戦間際には佐賀県に転出しておりました。部隊の玉砕の話は戦後になって聞きました。当時、部隊では出入りが激しく、そのお名前には記憶がありません」と、三人の上官・戦友の名前は記憶がないということでした。
 「当時、この部隊は出入りが激しく、三カ月も同じ部隊にいることはありませんでした。私も終戦間際には佐賀県に転出しており、玉砕の話は戦後になって聞きました。お探しの方のお名前は私の回りでは聞かない名前ですし、全く記憶がありません。お役に立てず申し訳ありません」
 彼はこう言いました。それでも、自分の知っている戦友の名前を上げ、一度聞いてみてはいかがかと連絡先を教えてくれたのでした。 私達は芋づる式的に教えられた戦友達に何人も聞き込みに入りましたが、結果は同じでした。今、探している三人の上官や戦友のみならず、依頼人自身を記憶している人も皆無だったのです。
 健在の戦友達からの記憶から、彼らを探し出すという線は断ち切られました。 私達はやむなく、「おそらく三人とも東北地方の出身ではなかったか」という依頼人の記憶だけを頼りに、次の調査を始めました。
 戦友達は皆とても親切で、自分が知らなければ、次々と健在の戦友の連絡先を教えてくれました。しかし、どの人も依頼人が探している上官と戦友の名前には記憶がなく、依頼人自身さえをも覚えていませんでした。
 私達はやむなく、「三人ともおそらく東北地方出身ではなかったか」という依頼人の記憶だけを頼りに、次の調査を始めました。
 これはもちろん、東北地方の三人の姓のお宅へ軒並み聞き込みに入ることでした。
 しかし、全く該当者が出てきません。健在か死亡しているかは別として、何千軒もあるそれらのお宅に連絡を取っても、それらしい人は現れてこなかったのです。
 この調査だけで既に二カ月がかかっていました。私は一旦、この状況を依頼人に報告しました。
 調査の現状況を報告した私に、依頼人はこう言いました。
 「それだけ探してもらって該当者がいないということは、既に死亡されているのかもしれませんねぇ」
 「その可能性はありますが、仮に死亡されていても、ご遺族とかご親戚は出てくるはずですが……」
 私は言いました。すると、依頼人は何やら思い当たるところがあるらしく、しばらく沈黙した上でこう言いました。
 「……。あの、ひょっとしたら、私の記憶している名前が少し違うのかもしれません」
 名前が違えば今までの調査は全く無駄になります。調査自体を一からやり直さなければなりません。
 私は内心、「ちょっと待ってよっ」と思いつつも、それでも依頼人を責める気になれず、調査を再開しました。これまで行った調査をもう一度最初からやり直したのです。
 しかし、「この名前ではなかったか」という苗字で、全ての箇所を再調査しても、結果は「該当者なし」となったのでした。
 依頼人の想いを考えると、何とか判明させたいと思っていた私達ですが、これ以上、手の尽くしようがありませんでした。
 「大日本帝国軍人」の恥として戦闘中の負傷を、戦後五十年間、一切誰にも語らず心の奥に秘めてきた依頼人が、自分自身の人生のけじめとして、その戦争体験を見直し、軍人傷病恩給を請求するために当時の上官や戦友を探すという願いは結局叶いませんでした。
 長年苦労をかけた妻子のためにもと、彼がいろいろ悩み考えた末に恩給を請求しようと決意した経過を知っているだけに、私達としてもそれはとても残念なことでした。
 しかし、後日、彼は私にこんな手紙を寄越してくれたのです。
 「この度、この恩給を請求するにあたり、戦後五十年間、肉体的にも精神的にも随分苦しんだにもかかわらず、いろいろな人達の親切や誠意に触れ、満足感いっぱいです」
 そして、こうも書かれていました。
 「今後も健康に留意し、貴重な戦争体験とその悲惨さや辛さを子や孫達に伝えようと使命感に燃えております」
 依頼人自身が自らの戦争体験に対して、そんな風に一つの区切りをつけられたことに対して、私は一種の安堵感を覚えました。しかし、同時に、彼にとっての戦後はまだ来ていないのだということに思いを馳せざるを得ませんでした。

<終>

冤罪を晴らしたい(1) | 秘密のあっ子ちゃん(126)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 この仕事をしていると、時には私達が思ってもみなかったような依頼が入ってきます。
 例えば、あるヘッドハンティングの会社からは「クライアントの要望として、これこれの能力を持った人物が欲しいと言われているのだが、どの人がその資格を持った人なのか特定しようがないため接触すらできない。こういった能力を持った人の氏名や住所、年令、出身学校、現在の役職と年収を割り出してほしい」などという依頼が入ってきたりします。
あるいは、ある女性からは「交通事故を起こしてしまったが、示談の話合いの中で恐喝めいたことを言われた。言葉使いもそれっぽいので、先方が暴力団かどうか調べてほしい」という依頼もありました。
 また、こんなケースもありました。「いたずら電話がひどく、営業妨害になっている。だいたい誰がしているのかはおおよその見当がついているが、その人物だという確固たる証拠を掴んでほしい」
 世の中には本当にいろいろな依頼があるもんだと我ながら驚く始末です。
 でも、今までに私が一番驚いた依頼は今お話したようなことではありません。今回はその「私が一番驚いた」依頼のお話をしましょう。
 その依頼人は「知人の紹介で」ということでやって来られました。
 彼は三十才前後の、頭を板前風に角刈りにした体格の良い青年でした。物の言い方も礼儀正しく、かなり厳しい縦社会で過ごしてきたのが容易に想像できました。 彼は「後見人」という叔父さんと一緒にやってきていました。その叔父さんの方はというと、今時珍しいパンチパーマ風で、生粋の河内弁の上に、着ているシャツのデザインや指にはめた太い金の指輪など、どこか堅気ではないような印象を与えました。
 私に話すのは、もっぱらこの叔父さんでした。
 「いやぁ、どうもこうもひどい話ですわ。先生、何とかコイツのために力になって下さいな」
 彼はそう切り出しました。 「実は、コイツは冤罪の罪で、もうすぐ入らなあきませんねん」 
 「えっ?冤罪?!」
私は驚きました。
「で、何の罪ですか?」 「『傷害』ですねんけどネ。コイツはやっとりませんのや」
 「ちょっと、待って下さい。最初から説明してもらえませんか?」
私は「冤罪」の罪に問われた人が今、自分の目の前にいると聞かされ、ただただびっくりしていました。
 依頼人の叔父さんの説明によると、事件は十年程前のことでした。ある夜、依頼人が親しかった女性が口論の末、刃物で傷つけられたのでした。当時、彼女は依頼人の心変わりを恨んでいました。
 当初、彼女の「狂言」ではという風評もありましたが、傷の具合などからそれはあり得ないことが分ってきました。
 彼女と依頼人が最近もめていたこと、それに事件当時、彼女のマンション前に彼の車とよく似た車が駐車されていたという目撃証言が出てくると、疑いは一挙に彼にかかってきました。 しかも、彼にはアリバイを立証する手だてが全くなかったのです。
 彼は一人住いでした。当日、彼は前日からの深夜勤務で疲れ果て、早々に帰宅して眠り込んでいました。彼が帰宅した姿を近隣の人は誰も見ていませんでした。夜に一度だけ電話がかかってきましたが、起きるのも面倒で、それにも出ませんでした。
 依頼人はいつも自分の車をマンション近くの路上に駐車していました。今程「駐車禁止」をやかましく言わない時代です。しかも、彼のマンション近くにはまだまだ空地や畑がたくさんありました。
 その日、深夜勤務が明けて帰ってきた彼は、いつも自分が占有している場所に車を駐車しようとしました。しかし、時間が早かったせいか、そこには別の車が駐車されていました。やむなく、彼は少し離れた場所に車を止めたのです。
 それが彼にとっては三つ目の不運でした。彼を知る近所の人は、事件当日、彼の車が戻ってきていることを全く知りませんたでした。 こうして、不運がいくつも重なり、彼はアリバイを立証することが困難となっていきました。逮捕された後、いくら彼が「当日は自宅で眠り込んでいた」と主張しても、それはなかなか聞き入れてもらえなかったのです。
 そして、何よりも決定的だったのは、傷つけられた女性の証言でした。あろうことか、彼女は「犯人は彼である」とはっきりと供述調書に述べているのです。 「何故、そんな嘘を言うのか」と、彼は彼女に問い正したかったのですが、容疑者である彼が被害者の彼女に会わせてもらえるはずもありませんでした。
 依頼人は冤罪を主張しましたが、それは結局聞き入れられず、一審の裁判が始められました。 裁判でも彼女ははっきりと「犯人は彼である」と証言しました。
 「もう、腹の中が煮えくり返って…」
 その時の心境を彼はそう語りました。
 「彼女は自分を刺した犯人の顔を間違いなく見ているはずでしょうに、何故、あなたが犯人だと証言したんでしょうねぇ?」
 話を聞きながら、ずっと疑問に感じていたことを私は尋ねました。
 「あれから一度も会ってませんので、直接本人に確かめた訳ではありませんが」彼はこう断ってから続けました。「金にしようと思ったんだと思います。彼女はブティックをしたいと言うので、その金の一部を僕が出してやるという約束をしていました。当時、僕が他の女に目がいったのは確かですが、実はその前にアイツが別の男を作っていたんです。アイツはそれを誤魔化せると思っていたんでしょうが、僕に問い詰められて慌てていました。その男とも金のことで揉めていたようです」
 私は何となく彼女のイメージが涌いてきました。 
 依頼人の冤罪の主張は聞き入れられず、始められた一審の裁判でも彼女は「自分を刺したのは彼である」と証言しました。 「そりゃ、すごい演技力でっせ。証言台では泣き崩れるし、法廷を出る時には倒れるしで…」
彼の「後見役」の叔父さんがそうつけ加えました。 「彼女はそんな嘘を堂々と演技できるような人なのですか?」
「ええ、そういうことは平気だと思います」今度は彼が答えました。
「へえ。で、彼女は何をしていた人なんですか?」 「モデルをやってたんですけど、モデルと言ってもよっぽど有名にならないと食えませんからねぇ。夜はクラブに勤めてました。今は東京に行って、AVかなんかに出てるらしいですけど…」
すると、彼に替わって叔父さんがこんな話を始めました。
「コイツが疑われたのにはワシの責任もあるんですわ。実は、ワシは昔はそこそこの組長でしてね、いや、今は歴とした堅気でっせ。けど、一時コイツにも組を手伝わしてまして、地元の警察には目を付けられてましたんですわ。警察に偏見はないと言っても、アイツの甥ではということもあったんやろと思てます」
「昔は組長だった」という叔父さんの話を聞いて、私は「どうりでこの叔父さんはどう見ても堅気に見えなかったんだな」と、変な所で納得してしまいました。 叔父さんは説明を続けます。
一審は彼に有罪判決が下されました。この頃から、マスコミも彼の事件を取り上げ始めたと言います。
彼は一審の判決が出るとすぐに控訴しました。二審では、彼が無罪を勝ち取りました。しかし、検察側が上告しました。事件は最高裁の判断に委ねられたのでした。
最高裁の裁判中、弁護士もマスコミも彼に「無罪は間違いなし」と彼に語っていました。彼もそれを聞いて安心していました。しかし、結果は逆転敗訴で、彼に懲役二年の刑が言い渡されたのでした。その判決が出たのはつい二カ月程前のことだと言います。
「えっ?!では、収監されるのはいつですか?」
 私は驚いて尋ねました。 「今月末です」彼は淡々とした表情で答えました。 「まぁ!それではあまり時間がありませんねぇ」 「ええ、そうなんです」彼はそう言いながら、自分の心境を語り始めたのでした。
「収監は今月末ですから、僕が動ける時間はあまりありません。一時はもういいかとも思いました。懲役二年と言っても未決拘留の分もありますから、ちょっと辛抱すればすぐに出てこられる訳ですから…。でも、やっぱりこのままではやってもいないことがやったということになりますし、何と言っても、『アイツは痴話喧嘩の末、女を刺した』などとずっと思われるのはがまんできません」
 依頼人は自分の心境をそう語りました。硬派らしい彼の意見だと私は思いました。彼は罪に問われて刑務所に入るのが嫌だというよりも、名誉を回復したがっていたのです。 「それで、お願いというのはですね、」叔父さんの方が続けました。
 「真犯人がどこにいるかを探してほしいのでわ。この事件をやったのは誰かはだいたい分ってるんです。ところが、ソイツが今どこにいるのかが皆目分りませんねん。あの事件以来、姿を消しているですわ」
 「えっ!?真犯人が分っているんですか?」
 私は三たび驚きました。本当によく驚かされる依頼でした。
 「ええ、だいたいの察しはついています。当時、被害者の女とつきあっていた男です。ソイツも僕の男と似た白い車に乗っていましたし、後で女の連れから聞いた話では揉めていたらしいですしネ。体格も僕と似ていますし、髪の毛もこんな風に角刈りにしていました」
 「ソイツはつまらんチンピラですねん」叔父さんがまた口を挟んできました。 「その人のことはよくご存知なのですか?」再び私は尋ねました。
 「よくご存知という訳ちゃいまぅけど、地元でチンピラしてたら、ワシの耳にすぐに入りまっさかいな」 「ええ。でも、さっきのお話だけでは、その人が真犯人だということは立証しにくいと思いますが…。それに、警察ではその人のことを疑わなかったんでしょうか?」私は湧いてくる疑問について、そう言いました。 「警察も一時はソイツも可能性があると思ったようですが、何しろ、被害者本人がそれを否定し、僕だと断定していますから、疑いは消えたようです」
 今度は依頼人が答えました。
 「さき程の話だけでは、その人が真犯人であるということは立証できないのではないか」という私の質問には、依頼人の叔父さんが答えました。
 「マ、勘ちゅうモンがありますので、ワシラはソイツに間違いないと思っとりますが、今さら立証するつもりはありません。どっちみち、コイツはもうすぐ収監されるのでっさかい。実は、もう時効が成立しとるんです。ですから、ソイツはもう罪に問われませんのや。ですから、見つけ出せたら、その辺の訳をようよう話して、名乗り出てもろて、何とかコイツの名誉だけは回復させてやりたいんですわ。別に倍償やらどうのこうのと言う気はありまへん。却って、ちゃんと名乗り出てくれたら、面倒見たってもええとさえ思ってます」
 「なるほど、そういうことか」と、私はやっとその日、二人がやってきた依頼の意図が分りました。
 「先生」叔父さんが私にそう呼びかけて言いました。 「何とか力になって下さいな。うまいこといったら、お礼はちゃんとさしてもらいますさかい。放ってはおきまへんがな」
 「先生と呼ばれる程…」という言葉が頭に浮かびながら、私は「料金は正規の分で結構です」と答えていました。却って、「こんなことを言う人程、金払いが悪いや」と思ってもいました。
 私は、「後見役」というこの叔父さんのタイプはあまり好きではありませんでしたが、依頼人の無念の想いがよく理解できましたので、この依頼は受けようと思ってました。見るからに律義で、筋を通さなければ気が済まないような彼の性格からして、やってもいないことをやったとされるのは耐えられないであろうことは容易に想像できました。
 それでも、どうしても消えない疑問が一つあり、私はそれを尋ねてみました。 「その居所を調べてほしいという人が真犯人ではないかと思っておられたのでしたら、何故今までその人のことを放ったらかしにしていたのですか?」
 「ええ。そう思われるのはよく分ります。弁護士やマスコミも皆、『無罪間違いなし』と言ってくれていましたので、僕も絶対無罪判決が下ると信じていたんです。僕としては自分の冤罪が晴れればそれでいい訳で、無罪なら何もソイツを探す必要はないと思っていたんです」
彼の答えに私は「なるほど」と納得しました。
 弁護士やマスコミが「これは冤罪だ」と確信したように、私の心象も彼は「白」でした。その根拠の観点は弁護士達と少し異なっていましたが…。
 弁護士やマスコミが依頼人を冤罪だと信じた観点とは少し違いましたが、私も彼を「白」だと思いました。

<続>

単なる娘の家出ではなく・・・(5) | 秘密のあっ子ちゃん(123)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「彼女の叔父さんとなると、周りに漏れる危険性はございませんか?」
 この間の彼女(35歳)の動きに内通者の存在を確信していた私は、今回、同行する人が身内の人だと聞いて、そう尋ねました。
 「いや、それは大丈夫です。弟も仲人をしたことから、責任を感じて、今回のことは親身になって心配してくれてます。弟がアイツに情報を漏らすということはあり得ません」
 依頼人(62歳)はきっぱりと言いました。
 「それでは、今回の動きは叔父さん以外、誰にもお話しにならないで下さい」 依頼人も今回が最後のチャンスになるであろうことは理解していましたので、私のこの申し出は必ず守ると約束してくれたのでした。 翌日、私は再び北九州市へ向かいました。夕刻、例の部屋を見に行くと、まだ明かりは点いていませんでした。
 「あそこのお家の方はいつも何時ごろお帰りですか?」
 私は近くの八百屋さんに尋ねました。
 すると、こんな答えが返ってきました。
 「ああ、あそこの人は二日前に引っ越されましたよ」 私は「しまった!」と思いました。またしても逃げられたのです。
 「どちらの方へ行かれたかはご存知ないですか?」 それでも、藁をもすがる思いで、私はそう尋ねました。すると、こんな返事が返ってきたのです。
 「すぐそばらしいですよ。何でも、今までの所は狭くて汚いからと言っておられました。ここの道を真っすぐ行って、二つ目の角を曲がった辺りらしいですけど……。毎日、だいたい今ごろの時間にウチに買いに見えられますけど、今日はまだ来られてませんねぇ。来られたら、何か伝えておきましょうか?」
 重要な情報を教えてくれた奥さんの親切は有り難いものでしたが、彼女自身に何か悟られるようなこと言ってもらうのは困りました。 「いえ、いえ。今から行ってみますので、それには及びません」
 そう言って、私は教えられた道を歩き始めました。 ところがなんと、五十メートル程行くと、前から当の彼女がこちらへ向かって歩いてきているではありませんか!
 私はこの依頼を受けてから半年以上も、彼女の写真を見続けていましたから、遠目でもすぐに彼女だということは分かりました。
 その日は小雨が降っており、私は傘をさしていました。彼女の姿を見つけると、思わず「ウッ!」と思って、私は傘で自分の顔を隠しました。しかし、よく考えると、私は彼女のことをよく知っていても、彼女自身は私のことをまるで知らない訳で、隠れる必要はなかったのです。
 彼女は私とすれ違うと、そのまま八百屋に入りました。奥さんが私が彼女のことを今しがた尋ねて来たと言いはしないかと気になりましたが、彼女はすぐに店から出てきて、そんな話をしている様子はありませんでした。
 私は再び彼女が通り過ぎるまで物陰に隠れていました。そうして、追尾が気づかれない距離になるまで待って、尾行を始めました。
 彼女は八百屋の奥さんが教えてくれた角を曲がると、五、六軒目の家に入っていきました。
 彼女が家に入ったのを確認すると、私はその家をもっとよく見ようと近づいていきました。ところが、ちょうど私が家の前に来た時、突然、また彼女が家から出てきました。その時、私達は目が合ってしまったのです。
 私はまずいなと思いました。先程すれ違った時は何ら問題がない訳ですが、同じ人間が時間をおいてまた現れたならば、警戒心が強い人物なら何かを感じるはずです。
 それでも、私は素知らぬ顔をして通り過ぎ、かなり離れてから、大阪で待機している依頼人に電話を入れました。間違いなく彼女のいる所が確定できたことを伝えたのです。そして、こう付け加えました。
 「彼女は私を二度も見ていますので、勘が良ければ、今夜に動く可能性があります。私なら夜中に逃げますねぇ」
 依頼人は「それならそれで仕方がない。とりあえず、明日の朝一番の飛行機で、弟と共にそちらに向かう」と答えたのでした。
 その夜、私は彼女の動きが気になりましたが、夜中に交替もなく、一人で張り続けるのは却って不審人物と間違われる可能性が高いので、いたしかたなくホテルに戻ったのでした。
 そして翌日、朝一番に彼女の部屋の様子を見に行ったのでした。
 そこで、私はひと安心しました。というのも、外から見る限りでは、部屋は荷物を運び出した気配がなく、前日とは何ら変わりなかったからです。
 私はその足で福岡空港に向かい、依頼人と仲人をしたという彼女の叔父さんを出迎えました。 二人に状況を説明し、夕方、私達は再び彼女の部屋に出向きました。そして、彼女が帰ってくるのを待ったのでした。
 ところが、いくら待っても彼女は帰ってきません。昨日、私が彼女を見かけた時刻はとっくに過ぎ、もう午後の八時近くになっていました。依頼人は、彼女を捕まえたら、すぐにその足で新幹線に乗り、今日中に大阪へ連れて帰りたいと言っていました。しかし、これではもはや新幹線に乗ることはできませんでした。
 私達はじりじりとして、彼女が現れるのを待っていました。すると、八時半が過ぎた頃、車に乗って彼女が帰ってきたのでした。運転していたのは彼女自身で、一人でした。
 彼女は運転席から降りると、車のエンジンをかけたまま、家の中に入っていきました。
 私は彼女が父親の姿を見つけて慌てて車で逃げると困ると思い、とっさに駆け寄り、車からキーを抜き取りました。依頼人と叔父さんは私が叫んだ「帰ってきた!」という声で、私の後ろから家の方へ向かって走ってきています。ところが、依頼人は少し足が悪くて、すぐには車のところにはたどり着けませんでした。
 私が車のキーを抜いた途端、彼女が家から出てきました。そして、キーを取っている私を見て、車泥棒とでも思ったのでしょう。
 「いや、あんた! 何してんの!」
 そう言って、彼女は私に詰め寄ってきました。私は依頼人に「早く!」と呼ぶこともできません。彼女が気づいて逃げ出しては、走って追いかけて捕まえるのも、また大変だからです。
 彼女がまさに私の胸ぐらを掴まんとした時、依頼人と叔父さんが車の所にやっとやって来ました。彼女は私が抜き取ったキーに気を取られて、二人が後ろに来たことさえもまだ気づいていませんでした。
「お前は、なんてことしたんや!」
 前日から降っていた小雨のために持っていた傘で、突然、依頼人が彼女を殴り始めたのでした。
これまで捕まえられそうになっては逃げられ、ほぼ一年近くもかかった捜索への心労と彼女への心配が高じてか、依頼人は持っていた傘で彼女を殴り続けていました。
 「お父さん! まあ、まあ・・・」
 私は二人に割って入り、依頼人を押し止めました。 「もう、その辺でいいでしょう。とにかく、話をされないことには埒があきません」
 すると、彼女がこう言い出しました。
 「お父ちゃんが怒るのは分かる。私もいずれきっちりと話しせなあかんと思っていたから。でも、この車、人の物やから、返しにいかんとあかんから……」
 私は彼女を一人で行かせてはまずいと思い、「じゃあ、お父さんも叔父さんも乗って下さい」と促し、彼女にキーを渡して車に乗り込みました。
 着いたのは十分程行った所の寿司屋でした。そこには、駆け落ち相手の男性と友人らしき人が数人がいました。
 依頼人は男性を見るなり、「お前のお陰で!」と叫びながら、またもや持っていた傘で彼を殴り始めました。
 男性は何の抵抗もせず、依頼人に殴られ続けていました。
 それを見た寿司屋の大将は「警察を呼べ!」と騒ぎ始めました。しかし、「これは身内の話や!」と私が一喝すると、彼は黙ってくれたのでした。
 私は再び「話し合わないと殴っていても仕方がない」と依頼人を促し、依頼人や彼女達を二人の家へ戻しました。
 何時間も話し合ってもらった結果、とりあえず彼女は大阪へ戻ることになりました。ご主人とも今後のことをきっちり話をしなければならないし、ローンが残っている家の名義変更についても彼女の印鑑が必要だったからです。
 彼女はその話が決着すれば、すぐに北九州に残る彼の元へ戻るつもりでした。しかし、依頼人は彼女を一旦大阪へ連れ戻したならば、二度と外へ出さないつもりであるのは私の目からも明らかでした。彼の方と言えば、終始黙ったままでした。 依頼人は翌朝の新幹線を待ち切れず、このままタクシーで大阪へ帰ると言い出しました。私も翌朝まで待っていて彼女の気持ちが変わっても困ると考え、すぐにタクシーを呼んだのでした。 こうして、彼女はほぼ一年ぶりに大阪へ戻ることになりました。
 ほぼ1年がかりの捜索で、やっと彼女を見つけることができ、北九州から大阪までタクシーで帰ってきた私達。依頼人から電話が入ってきたのは、その二日後でした。
 「いやぁ、佐藤さんには本当にお世話をかけました。娘とは今、婿も混じえてボツボツ話し合いをしています」。そして、こう付け加えました。「お恥ずかしい限りですが、佐藤さんが言ってはったように、内通していたのは家内やったんですわ」
 そんな風に報告してくれたのでした。
 一件落着でホッとしたものの、私は彼女とご主人、そして駆け落ち相手の男性の奥さんの、それぞれの人生を想わずにはいられませんでした。

<終>

単なる娘の家出ではなく・・・(4) | 秘密のあっ子ちゃん(122)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 私と依頼人(62歳)は彼女(35歳)からの電話を待っていましたが、最初の無言電話が入った後は何の反応もありませんでした。 しびれを切らせた依頼人は、今度はこんなことを言ってきました。
 「もう一度、尋ね人広告を出そうと思うんですけど、どうでっしゃろ? 今度は『情報をくれた人には報奨金を出す』とも書こうと思うんですけど……」
 「そうですねぇ……。ダメだとは申しませんが、『報奨金を出す』と書けば、かなりガセネタも多いと思いますよ」
 私は答えました。しかし、この時点では他に有効な手段がなく、依頼人のこの案を私は全面的に否定することもできませんでした。
 結局、私達は依頼人の要望通り、「情報提供者には報奨金を出す」と付け加えて、再度、九州の新聞に尋ね人広告を出す手配をしたのでした。
 広告が掲載された直後から、依頼人宅へ電話が入り始めました。しかし、多くはあいまいな内容のもので、私達が動くには至らない情報ばかりでした。
 依頼人はすぐにでも九州に出向きたいと言っていましたが、私はそれを押し止どめました。親として藁をもすがる想いで、どんな些細な情報でも受けていた依頼人のはやる気持ちは十分理解できますが、そんな情報だけで動いていたのでは、振り回されるだけの徒労に終わるのが目に見えていたからです。
 ところが、何本目かの電話が入った時、依頼人は「今度は是非とも確認に行く」と言い出しました。
 「電話をくれた人の話によると、柳川のパチンコ店で見たと言うんです。今も働いているらしいですわ。新聞に載っていた写真の女性に間違いないと断言してはります!」
 依頼人は勢い込んでそう言いました。
 そもそも、パチンコ店は「家出人」については慣れており、捜索には協力的で、私達は既に九州全域の遊戯組合に尋ね人の手配を済ませていました。ですから仮に彼女が勤めだせば、必ず連絡をもらえることになっていたのです。
 にもかかわらず、今回、依頼人宅へ入った情報は「それらしい人が柳川のパチンコ店にいる」というものでした。
 “それらしい人”というのは五万といるものです。私の長年の勘では、この情報も「本人ではなく、人違い」というものでした。
 しかし、今回、依頼人は「どうしても柳川へ行く」と言って引き下がりません。親として居ても立ってもいられない依頼人の気持ちは、私も十分理解できますので、とりあえずスタッフが同行して柳川へ行くことにしました。
 結果は「案の定」と言うか、やはり人違いでした。 「いやぁ、はやる気持ちを押さえて、パチンコ屋に入り、一瞬見ただけで人違いやというのが分かりましたわ」
 依頼人自身も苦笑しながら、私にそう報告しました。
 その後、情報は引き続き入ってきました。依頼人とスタッフは更にもう一度だけ九州に出向きましたが、それも人違いという結果に終わりました。
 そして、そのうち、依頼人宅へ入ってくる情報も少なくなっていったのでした。
 新聞の尋ね人広告からの情報も次第に少なくなってきたある日、思わぬ情報が入ってきました。
 それは、彼女の同僚であり、駆け落ち相手の男性の友人であった人物からのもので、二人が行方不明になってから初めて、彼女からの葉書が届いたというものでした。
二人の居所は全く知らないと言い張っていたこの友人に対して、依頼人は以前、「後で蓋を開けてみて、あんたが知っていたと分かったら、承知せんからな!」と声を荒げて言ったものです。彼はそれが余程応えたらしく、早速、依頼人と私達にこの情報を連絡してきたのでした。
 その葉書にはこう書かれていたと言います。
 「いろいろご迷惑をかけていると思います。申し訳ございません。私達は元気にやっています。いずれはきっちりしないといけないと思っておりますが、もうしばらくはそっとしておいて下さい。また改めてご連絡させていただきます」
それだけしか書かれていませんでした。送り先の住所は一切記載されていず、彼女は本来の苗字ではなく、駆け落ち相手の男性の姓を使っているということでした。
 「消印はどこになっていますか?」
私は友人に確認しました。 「“小倉北”となってますねぇ」
 彼は答えました。
彼女がこの葉書を移動途中に投函したとは考えにくく、二人は北九州市に居住している可能性が強くなってきました。
 私達はすぐに北九州市の調査を開始したのでした。 調査を初めて三週間が経った頃、一つの情報が入ってきました。
 それは、北九州市小倉北区のある文化住宅の家主からのものでした。その家主の言うには、ひと月程前に所有の文化住宅の一室に入居した夫婦者の妻が、スタッフの差し出した写真にそっくりだとのことでした。聞くと、入居名儀は男性の方の名前を使用していました。
 「ウチは安い文化ですので、住民票とか保証人の印とかはいただいておりませんが、この人に間違いないですよ」
家主はスタッフにはっきりとそう断言しました。やっとのことで捕まえることができると、スタッフ達は色めき立ったのでした。
 依頼人もご主人も、すぐにでも彼女と話をつけたいと、今回も是非とも北九州市に出向きたいと言いました。
 「第三者である私達が話すよりご主人やお父様が話された方がいいですから、本人さんで間違いなければ、その方が越したことはありません」
 私は二人が北九州へ行くことに同意しました。しかし、こう付け加えました。 「でも、万が一、家主さんの間違いということもありますから、事前に確認した方がいいと思いますよ」 そんなやり取りがあって、二人が北九州に出向く前日、スタッフが張り込んで、家主が言う人物が彼女本人であるかどうか、確認を行うことになりました。
 ところが、彼女が仕事から帰宅するであろうと思われる夕刻から張り込んでも、彼女は姿を現さなかったのでした。それは深夜に及んでも同様で、駆け落ち相手の男性も姿を現さないのでした。
 近くで待機していた私は、その報告を受けるとすぐに依頼人に出発を待つように連絡しました。
 またもや、様子がおかしいと感じた私は大阪へ連絡を入れ、依頼人とご主人に出発を待つように伝えました。スタッフには念のため、翌日の早朝五時には張り込みを開始するように指示しました。
 私自身も気が気ではなく、ホテルに待機しておれず、五時前には現場に到着していました。
 それは一月の末のこと。その年の冬の中でも一番の冷え込みがあった日でした。いくら九州といえども、その寒さは尋常ではありませんでした。五分も立っていれば凍えそうになる中、私達は張り込みを続けていました。
 こういった場合、一番困るのはトイレです。日中なら、交替要員に任せて、喫茶店やパチンコ屋、ガソリンスタンド、はたまた近くにある病院などで用を済ませることはできますが、午前五時という時間ではどこも開いていません。ただただ、我慢です。
 午前中一杯、私達は張り込みを続けましたが、その部屋の動きは何もありませんでした。
 そうこうしていると、突然、依頼人が現れたのです。居ても立ってもいられず、一番の飛行機でやってきたのだと言います。
 その日、午前中一杯かけて張り込んでも、その部屋の動きはありませんでした。私達が彼女を捕まえれるという直前になって、彼女が姿を消したのはこれで三回目です。私はこれまでに感じていた“内通者の存在”を確信しました。依頼人に私は今度はきっぱりとそのことを伝えました。今回もこういう事態になっては、依頼人ももう反論はできませんでした。
 私達は家主に彼女達が引っ越すような動きがあればすぐに連絡してくれるように頼んで、大阪に引き揚げました。そして、依頼人には家族に今回は空振りだったこと、もう自分も疲れてきたので彼女から連絡が入るまで放っておこうと思うというようなことを言うようにアドバイスしたのでした。 それから一週間が経った頃、私は家主に連絡を入れ、あの部屋の状況を尋ねました。
 「私も注意して見てたんですよ。あなた達が来られてから、三日程して戻って来られてますよ」
 家主はそう教えてくれました。私は家主に私からの問い合わせを彼女達にはくれぐれも伏せておいてほしいと釘をさしました。
 「ええ、ええ。ご事情はよく分かっておりますので、その辺のところは承知しておりますよ」
 家主はそう答えてくれました。
 次に、私は依頼人に、彼女達が間違いなく居ることが確認できれば、すぐに連絡を入れるので、動ける準備をしておいてほしいと伝えました。
 「たぶん、婿はもう休みが取れないと思いますので、私一人が行くことになると思いますわ」
 依頼人は言いました。
 「お一人でも構いませんが、お父さんだけではどうしても感情的になると思いますので、誰か信頼のおける第三者がご一緒の方がいいですねぇ」
 私はそう提案しました。 「そうでんなぁ。『信頼できる人』と言うと、アイツの叔父になるんですけど、仲人もしてくれた者が一番でっしゃろなぁ。弟もずっと心配してくれてましたさかい、頼めばすぐに来てくれると思いますが……」
 依頼人はそう答えました。

<続>

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