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惚れた相手はキャバクラ嬢(3)| 秘密のあっ子ちゃん(255)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

彼女の家へは年配の女性スタッフが出向きました。 彼女は誰かと暮らしているという様子は伺えませんでした。幼い息子と一緒であるのはもちろんのことでしたが…。
応対に出た彼女は、最初、「何故ここが分ったのか?」という具合に驚いていましたが、「どういう風に暮らしているのか、心配されて…」というスタッフの説明を聞くと、快く彼からの贈物を受け取ってくれたのです。そして、「私の方からお礼の電話を入れます」と言いました。
彼は期待に胸をふくらませ、彼女からの電話を待っていました。しかし…
しかし、待てど暮らせど彼女からの電話は入りません。
三週間が経ち、業を煮やした彼は彼女が住んでいるマンションまで行ってみました。すると、何と彼女はそこを引っ越していたのです。
彼からの相談を受け、私達は管理人さんに聞き込んでみました。
その結果、少しは彼女の様子が分ってきました。管理人さんの言うのはこういうことです。
彼女が引っ越したのは、依頼人が訪ねていった一週間前のことでした。誰か男性と同居していたということではなく、幼い息子と二ケ月ばかり暮らしていたということでした。但し、引っ越しの時は若い男性や友人らしい女性が手伝いに来ていたと…。
彼は悩んでいました。状況から考えると、彼に所在が分ったために慌てて引っ越したとも考えられます。しかし、彼の心情に沿って解釈すれば、引っ越しの慌ただしさのために彼に電話を入れる間もなかったとも考えられなくもありません。

「僕が彼女の居所を知ったので迷惑だと思って引っ越したなら、これ以上追うのは申し訳ないし…」

彼は悩んでいました。
確かに、彼女が引っ越した理由はそうであるかもしれません。しかし、当社のスタッフが訪ねていった時の反応の良さを思うとそうとも言いきれませんでした。それに依頼人と彼女のこれまでのつながりを考えると、そんな理由だけで住み心地の良さそうなあのマンションを僅か二ケ月で引っ越すだろうかと疑問が残りました。
これは、依頼人にとっても却って消化不良を起こしていました。「こういうことだったら、はっきり嫌だと言われてる方がまだ気持ちがすっきりする」彼はそう言っていました。
確かにその通りでしょう。迷惑なら、スタッフが訪ねて行った時にはっきり言うなり、「電話する」と自分から言ったのなら、ちゃんと電話して自分の真意を伝えてあげるべきでしょう。期待だけ持たせておいて、再び雲隠れのようなことをするのでは、私としても“依頼人”というひいき目を差し引いても、「彼女も罪作りだなぁ」と思ったものです。
依頼人からの要望があればまだしも、普通は当社の方から差し出がましいことは言わないものなのですが、彼の悩んでいる姿を見かねて、私は彼女の引っ越し先を突き止めて、再度彼女の様子を見ることを提案したのでした。
彼女の新しい住所は意外に早く判明してきました。しかし、新しい住居で彼女は再婚し、新たな生活を始めていたのでした。
彼には何とも報告しづらい事実でした。しかし、私達には事実は事実として報告する義務があります。
ところが、彼は一度目の報告の時と比べて意外と淡々としていました。
「再婚して幸せになっているのならそれでいいです。今さら押しかけていこうとも思いませんし…。ただ、電話ででも彼女の口から一言聞きたかったという気はありますが…」
彼はそう言いました。そして、照れ笑いを隠しながら、こうも言ったのです。 「だけど、この名前の男性のことは知っていました。やっぱりお客さんで、よく指名してくれる人ということで、彼女からその名前を聞いたことがあります。お客さんと再婚したのなら、僕ももう少し積極的にアプローチしておけばよかったかなぁという思いは残りますけど…」

<終>

惚れた相手はキャバクラ嬢(2)| 秘密のあっ子ちゃん(254)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

彼女(25才)は店で働いている間は店の寮に住んでいました。
私達は、まず彼女が以前勤務していたという繊維会社へ聞き込みに入りました。ところが、元在職者の名簿をどんなに繰ってもらっても、それらしい名前が出てきません。古くからいる“お局さん”のような人に聞いてもらっても、「私は十五年くらい前からの人ならだいたい覚えていますけど、そんな名前の人は聞いたことないですねぇ…」という返答だったのです。
次に、私達は依頼人(37才)が彼女と連絡が途絶える直前に自動車学校へ通っていたらしいという情報から、寮から通い易い範囲の自動車教習所を軒並み当たりました。どこの職員も皆親切で丹念に調べてくれたのですが、やはり該当者はありません。
こうなると、彼女が彼に「本名だ」と言っている名前が、本当にそうなのか疑わしくなってきました。
そこで、私達は店へと向いました。水商売では従業員のプライベートのことはなかなか答えてくれないということはハナから分っていましたので、ツテを頼り、水商売仲間の人に同行を頼んでのことでした。
水商売仲間に同行してもらったのは効果てきめんでした。彼女(25才)が依頼人に言っていた名前は本名であることが間違いないということが分りました。しかし、実家の住所や店の寮に住む以前の住所は履歴書にも空欄となっていて、それ以上の手がかりは把めませんでした。
彼女の苗字が間違いないと分ると、私達は彼女の出身地、鹿児島県のその姓を軒並み電話をかけ始めました。いつもの如く、その数はかなりに上ります。
百数十軒目の電話で、こんな話を聞くことができたのです。
「ああ、それやったら、裏の家の娘とちゃうかな?ウチとは遠い親類に当たりますけど…。確か、結婚してすぐに大阪へ出たけど、一、二年で離婚したという話を聞いてます。詳しいことは裏に聞いてみて下さい」(勿論、今お読みいただいたような大阪弁ではなく、鹿児島弁であった訳ですが、私は大阪弁以外再現不能ですので、皆様の方で鹿児島弁でお読み直し下さい)  という訳で、彼女が以前勤務していた会社で、「そんな名前の人は聞いたことがない」という理由が明らかになりました。彼女は婚家の名で勤務していたのです。

やっとのことで彼女の所在が判明してきた訳ですが、難行したケースが判明してきた時のいつも喜びはありませんでした。「後にも先にも彼女に代る人はいない」と言っていた依頼人の心情を思うと、この事実を知った時、どれほど落胆するだろうかと気が重かったのです。
彼女の居所が判ったといそいそと調査結果の報告書を受け取りにきた彼は、案の定、私の説明を聞くうちに顔の血の気が引いていくのが分りました。
しかし、それでも彼は、「離婚して、若い女手一つで小さい子を抱えているなら、なおさら力になってやれることはないかと思います。彼氏か誰かがもういるのなら僕の出る幕じゃありませんけど…」と言いました。
彼は、彼女が既に誰かと一緒に暮らしているのなら、直接自分が出向いていくと、却って迷惑がかかると、私達にコンタクトの代行を依頼したのでした。
彼は私達に彼女の現状を見に行くことと、彼女へのプレゼントとして赤い鮮かなセーターを託したのです。

<続>

惚れた相手はキャバクラ嬢(1)| 秘密のあっ子ちゃん(253)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

その日やってきた男性は三十七才の、まだ青年らしい面影を残した優しそうな人でした。ハンサムということでもなく、派手さがあるということでもありませんでしたが、話しているとその誠実な人柄が伺われました。
その彼がキャバクラに勤めている女性に恋をしたのです。
初めて彼女を見たのは、会社の忘年会の流れで同僚達に誘われ、その店に行った日のことでした。彼女は彼らのテーブルについたのです。
目がぱっちりとして色白で、髪の毛をショートカットにした、どことなく内田ユキに似た娘でした。水商売ずれしたところがなく、彼は一目で彼女を気に入りました。
ご他聞に漏れずと言いますか、それからというもの、彼は頻繁に店へ顔を出すようになり、彼女を指名したのでした。
彼女は二十五才。彼とは一回りも違いましたが、彼が独身であるせいか、音楽やスポーツの嗜好がまだまだ若く、彼女とは結構話が合いました。
そうこうするうちに、これもご他聞に漏れず、店が退けた後一緒にカラオケに行ったり、同伴を頼まれたりするようになったのでした。
彼女(25才)は客の中では人気のある娘でした。 店が退けた後に一緒に飲みに行くようになったり、同伴を頼まれるようになると、彼女は彼(37才)に自分のポケベルの番号を教えました。そのポケベルは明らかに営業用のものだということを彼は知っていました。それでも彼女は、
「いろんなお客さんからベルが入るので、ややこしくなるから、最後に“1”を打ってネ」
と言ったのです。
「じゃぁ、客の中では僕は一番なのかな?」などと彼は内心思ったのでした。 彼が彼女を知って一年近く経ったころです。彼女は店をしょっちゅう休むようになりました。
「今日も休み?」
ある日、彼は店長に尋ねました。
「実は、先週一杯で退めたんです」
そんな返答が返ってきました。それから一週間すると、ポケベルも使用中止となりました。
彼は後悔していました。というのも、彼女が退める直前、いつものように同伴を頼まれたのですが、「今日は仕事が忙しいから、また今度に」と言って断ったのです。彼女からの連絡は、それが最後となったからです。
三十七才の依頼人にとって、もちろん彼女(25才)が初めての恋ではありません。結婚を考えた人がいなかった訳でもありませんでした。しかし、これまで最後の一歩が踏み込めず、独り身で通してきました。
そんな彼にとって、彼女は今まで知りあった女性とは全く異っていたのです。
「後にも先にも、たぶん彼女以上の人は現われないだろうと思います」
彼はそう語っていました。
「今、幸せで元気にやっているのならそれはそれでいいんですけど、どうも何か事情もあるようだったし、もし困っているのなら、僕でできることなら手助けをしてやりたいんです」
彼は彼女の源氏名だけではなく、本名も知っていました。それに水商売に入る前に勤務していた会社も出身地も聞いていました。彼女の方も彼を信頼し、一般的な客とホステスの関係以上のことを話していたようです。
ですから、人探しの調査はそれほど難行すると考えられませんでした。
ところが、蓋を開けてみれば、この調査はそうおいそれと簡単に片付づくようなものではなかったのでした。

<続>