これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
『そのミッキーマウスの腕時計は、君にはちょっとかわいすぎるなぁ』と、依頼人 (16歳)に言った彼。
『やっぱり、そう思いはる?』
その腕時計を、高校の時から、ずっとしていた彼女は聞きました。
『でも、どんなんがええんか、 分かれへんし・・・』
『それやったら、 今度一緒に難波へ買いに行こう』
彼女は、憧れの人と時計を買いに行けることが嬉しくてたまりませんでした。
翌日から大学は夏休みに入って、学生達はばったりと店へ来なくなりました。
八月に入ると、彼女の家は、家業の都合で引っ越すことが決まりました。
そんなころ、ヒゲさんからママに電話が入り、みんなで海へ行こうと言ってきました。彼女も誘われましたが、引っ越しの準備があるからと、ママに断りました。本当は、彼に自分の水着姿を見られるのが恥ずかしい気がしていたのです。
『引っ越しまであとひと月あるから、それまでにはもう一遍くらい彼に会えるわ』そうも思っていました。
しかし、夏休みのあいだ中、彼は一度も店にやってこず、結局、彼女は彼から『時計を買いに行くのはいついつ』ということを聞かされないまま、引っ越しし、店を辞めました。
それから七年がたちました。彼女は二十五歳になっていて、彼のことは、彼女の心の中では一つの思い出となっていました。
ママ達姉妹とは、今も時折、電話で連絡を取り合っていました。
ママは、『あのころの人達、ヒゲさん達はどうしているのかなぁ』とよく言いました。
ある日、新聞に載っている広告を見て、彼女は、『初恋の人、探しますか。私も、そんな人いたなぁ』と思いました。
『ここなら、安心して頼めそう』と思って、彼女は、彼の調査を依頼することに決めたのです。
彼女は、彼のことについて、苗字と出身大学しか知りませんでしたので、調査には時間がかかりました。が、私達は、それでも何とか本人を探し出すことができました。
彼女は、彼の指定通り、 夜遅くに電話を入れました。
『よおー。久しぶり。探してくれたんやて?』
彼はあのころのままでした。昔話に花が咲き、一度、あのころのメンバーに連絡を取って、『同窓会』をしようということになりました。
ヒゲさん達には彼が、ママ達には彼女が連絡を取ることになりました。
『同窓会』の当日、総勢十三名が集まりました。みんな、全く変わっていませんでした。全員が太ったということを除けば・・・。
彼は、生なりのシルクのシャツにジーンズをはいて、どぶ鼠スタイルのスーツやヨレッとしたポロシャツを着た仲間達に比べて、 相変わらず『カッコいい』人でした。
『同窓会』は二次会、三次会と続き、夜更けまで大いに盛りあがりました。
それ以来、依頼人達は年に三回は集まっています。お正月と盆は必ず集まります。
メンバーは、ヒゲさん達のグループの男性十名、依頼人やママ達の女性四名です。女性は全員まだ独身で、男性は、ヒゲさんを除いて全員が結婚していました。
彼女は、何回目かの 『同窓会』の時に、一人独身のヒゲさんに、自分の友人を紹介しました。
昨年、二人はめでたく結婚しました。ヒゲさんの披露宴は、 またもや『同窓会』に変わってしまいました。
彼女は、今、『同窓会』 をする度に、彼の調査を依頼して探し出し、連絡を取ったということに、みんなから感謝されているそうです。特に、結婚することができたヒゲさんは、ただただ彼女に 『感謝、感謝』なのです。
先日、別の用事で連絡した私に、彼女は、『これからも、ずっと、こうしたいい友達関係を、みんなで続けていけるだろうと思っています。』と話してくれました。
<終>
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