これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
彼女のお母さんは依頼人(57才)の名を聞くと、如何にも迷惑そうにこう言いました。
「ウチの娘はあなたの息子さんと何の関わりもありません。娘? 今、出かけてます。息子さんの居所なんて、ウチの娘は知りませんよ。ですから、会ったところで何もお話しすることなんかありません。もうお引き取り下さい!」
依頼人はこの母は何か知っていると感じました。しかし、こう切り口上でつっけんどんに言われると、どう食い下っていいか分りませんでした。
それでも、彼女の家へは二、三度足を 運びました。
その度に、彼女の母の対応は相変わらず で、彼女自身に会うことは叶いませんでした。「何か隠されている」。そう感じつつも、彼は止むなく引き下るより手はあり ませんでした。
彼には微かに期待をかけているものがありました。それは息子が子煩悩だということです。もうすぐ初孫の誕生日が来ます。息子の性格から考えて、息子がそれを知らん顔しているはずがありません。しかも、嫁はもうすぐ臨月を迎えます。
ですから、近々、必ず連絡を寄こしてくるような気がしてならなかったのです。
息子が家出してから三ヶ月が経ちまし た。この間、息子からの連絡は全くありませんでした。本人が子煩悩であることから、期待していた初孫の誕生日にも嫁が長女を産んだ時にも・・・。
一度だけ、無言電話がありました。直観的に息子だと感じた妻が、「早く帰ってきなさい」と言うと、その電話はすぐに切れたのでした。
金もろくに持っているはずもなく、着のみ着のままで出ていった息子がどうしているのか、依頼人はとても心配でした。
それに、出産したばかりの嫁には申し訳なく、二人の孫のあどけな い顔を見ると 不憫でしかたありませんでした。
依頼人が当社を訪ねてきたのは、もう自分ではなす術もなく、八方塞がりになってしまっていた時でした。
話を聞いていると、私達も「彼女」と言われている女性の母親がクサイと睨みました。
私達は依頼人の話した他の手がかりを調査すると同時に、彼女の母親をもう一度つつくことに決めました。
こうした場合、訪ねていくスタッフは年配の男性調査員に限ります。若すぎてもダメですし、女性より男性の方が適任なのです。
彼女の家が母一人娘一人であるということは、おそらく母親も働いているはずです。帰宅を待っていると何時間張り込まなければならないか分らないため、当社の年配の男性調査員は早朝に彼女の家へ出かけ ていきました。
家の近くに着くと、時刻は午前八時過ぎでした。ドアをノックすると、母親は今まさに出かけようとしていました。
スタッフは興信所の者であると名乗り、家出した依頼人の息子を探しているのだと告げました。そして、娘さんに会わせてほしいと言ったのです。
「ウチの娘は何も知りませんから、興信所の方なんかには用事はありません!それに、私は仕事に出かけるところですから、お宅と話している時間なんかありませ
ん」
母親は案の上迷惑顔でそう言い、調査員を振り切って出かけようとしました。
こんなことで、当社のスタッフは引き下りません。こう言いました。
「奥さん、ウチはお宅の娘さんが何もかも知っていると踏んでいるんです。何も知らないならそれで結構ですが、一度娘さんと話させていただかないと、心象が『黒』のままでは、却ってご迷惑がかかると思いますが・・・」
<続>
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