これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
彼は、先輩の奥さんの姪に対する『不誠実な態度』のために、出入り禁止を言い渡されてしまいました。また、その日から彼女も彼がいくら連絡を取っても会ってはくれませんでした。
彼は、彼女のみならず、学生時代から何かと面倒をみてくれていた先輩夫婦との関係をも失ったのでした。
それから間もなくして、彼には新しいガールフレンドができました。
そのガールフレンドとも別れて、またもう一人、別の女性とつきあい始めたころ、彼は今度こそ心底から落ち着きたくなったのです。先輩夫婦に不義理をしてから二年、彼は二十九才になっていました。
そう思うと、あの先輩夫婦の姪の看護婦さんが、急に心安らぐ存在として懐しく思い出されたのでした。彼女の優しさと暖かさを思うと、どうしようもない程の切なさがこみ上げてきました。
彼は、とても大切なものを捨て去ってしまったことに初めて気づくと、すぐさま彼女が勤務していた病院を訪ねました。
しかし、彼女は既に転勤となっていたのでした。
彼は、意を決して先輩夫婦を訪ねました。しかし、奥さんはまだ彼を許してくれてはいなかったのです。
『何よ!今さら! あの子があなたのことでどれだけ悩んでいたか、知らない訳がないでしょ! どこにいるかなんて、教える必要ないわ!』
激しい剣幕で、奥さんにそう罵しられると、彼にはもはや返す言葉がありませんでした。
『あの時は本当にご迷惑をかけました』ただ一言、そう言って帰るしかなかったのです。
途方にくれた彼は、ラジオのある番組で紹介された当社を知って、すぐさま飛び込んできたのでした。
しかし、調査の結果は彼をより一層失望させるものでした。彼女は既に結婚し、一児をもうけていたのです。彼がいくら悔いても、もうどうすることもできません。結局、彼は彼女に再会することも断念したのでした。”自業自得”と言ってしまえばそれまでなのですが、私は後悔にさいなまされがっかりしきった彼の後姿を見て、実に人の心の動きとは摩訶不思議で、そして恋とは本当に切ないものだと改めて感じたのでした。
<終>
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