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冤罪を晴らしたい(2) | 秘密のあっ子ちゃん(127)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

その根拠は、既に時効が成立し、彼自身の収監が間近に迫っている今、あえて調査費用を出してまで真犯人と思しき人物を探し出し、その人物に「名乗り出てほしい」と説得したいということにありました。それは明らかに、罪を誤魔化すためではなく、ただ自分の名誉を回復したいということだけを望んでいることの表れだと私は感じたのです。つまり、やはり彼はやってはいないことの証拠だと確信しました。
「で、その人のことについてはいつまでご存知だったのですか?」
私は具体的なことを聞き始めました。
「ちょうど、事件があった頃までですわ。それ以降は地元でもぷっつり姿を見せなくなってしまいましたんや。やっぱりヤバイと思ったんとちゃいまっか」
後見人の叔父さんが口を挟んできました。
「その人の自宅は今、どうなっているんですか?」 「自宅ちゅうのは、親が住んでましてな、この前、ワシが行ってきたんですわ。ワシの顔を見て、母親は知らん存ぜぬの一点ばりですわ」
叔父さんはそう言いました。
「ワシの顔見て、母親も知らんの一点ばりですわ」 後見人の叔父さんは真犯人と思しき人物の実家について、そう語りました。
「それは、隠しているような感じでしたか?」
そう尋ねた私に叔父さんは再び答えました。
「いや、あれは知りまへんな。ワシに嘘ついたら後が恐いちゅうことは、あの母親やったらよう知ってるはずでっさかい」
「それでは、本人が立ち回りそうな所の心あたりはございます?」
「それらしい所は、ウチの若い衆をつこて当たらしましてんけど、あきまへんな。連れの所も、ここ十年、全く顔を出してませんねん」 「今は歴とした堅気でっせ」と言っていた叔父さんですが、私はその返事を聞きながら、「組長だった昔のまんまやんか」と思ったりしていました。
「それで、ラチがあきまへんから、先生とこへ相談にきたんですわ。何とか力になってやって下さいな。さっきも言うたように、首尾よういったら、悪いようにはしませんがな」
「まだ言うか」と私は思いました。もちろん、律義な依頼人のためにも、この依頼は受けて、何としても調査で結果を出そうとは思ってましたが…。
ずっと話を聞いていて、依頼員は「白」であるという心証を持った私は、この依頼を受けようと思いました。しかし、真犯人と思うしき人物が立ち寄りそうな所は、「後見役」の叔父さんが既に手を回して調べ、事件が起こって依頼全く姿を現していないとのことでした。
「マ、あとと言うたら、住之江くらいでっかな。アイツは競艇が好きやったさかい、まだ関西にウロウロしていたら、絶対、住之江に行くと思いまっけどな」
叔父さんはそう言いました。
しかし、どのレースの火にやってくるかも分からない本人を大勢の人がやってくる住之江競艇の人込みの中で特定するのは不可能なことでした。しかも写真もありません。
「とにかく、一からその人の足取りを追ってみましょうs。できるだけ、あなたが収監される今月末までにその人の居所を判明させるように頑張ってみます。
私は二人に向かってそう言いました。
こうして、私達はこの調査を開始したのです。
しかし、その調査は難行し、杳(よう)として進みません。
二週間が経った頃、依頼人の彼から電話が入ってきました。
「お世話になっています。実は、僕、明日に収監されることになりました。」
彼の第一声はこうでした。「えっ?!明日ですか?」私は何と返答していいか分からず、言葉の次穂を失いました。
「それで、後のことは叔父に頼んでありますので、何か分かれば叔父の方に連絡してほしいんです」 「はい。分かりました。何とかあなたが収監される前にと思ってがんばっていたんですが、間に合わなくてすみません」
調査の結果が出るのが彼の収監に間に合わなかったことに何とも気づつなく、私はそう言いました。
「いえ、それはいいんです。ソイツの居所が分かったとしても、名乗り出てくれるように説得するのには時間がかかるでしょうから、どのみち僕は一度は入らないといけないと思っていましたから…」
彼はさばさばしたような口調で、そう答えました。 「そうですか。くれぐれもお体を大切に、がんばってくださいネ」
私はそう言うのが精一杯でした。

彼が刑務所に入った後も、私達は調査を続行しました。時効が成立している今、真犯人と思しき人物に名乗り出てもらうように説得し、何としても名誉を回復したいという依頼人の想いを受けて、私達は何とか結果を出そうとがんばっていました。
調査は難航していましたが、それでも三週間が経ってた頃、やっと糸口を見い出すことができました。その人物が、今どの辺りに住んでいるのかという情報を得たのです。
私達は早速、その近辺の聞き込みに入りました。その人物は女性と二人で暮らしており、特徴から言っても本人に間違いなさそうでした。しかし、写真がないため、それ以上の確認は不可能でした。
私はすぐに、依頼人の後見役である叔父さんさんにその旨を伝えました。
「その人間の写真を撮ってもらう訳にはいきまへんか。ワシが写真を見たら、本人かどうか判断つきまっさかい」
叔父さんはそう言ってきました。
「その人物の写真を撮ってもらう訳にはいきまへんか?」
依頼人の後見役の叔父さんはそう言いました。
「それが可能ですけど、そうなると、張り込み料が別に必要となってきますけど…。ですから、どなたか、その真犯人と思われる人をご存知の方が一度見に行かれるのがご負担のない安い方法だと思いますけど…」私は答えました。
「金のことはどうでもよろしいねん。心配しはらんでも、何ぼでも払いますがな」
私は「そんな意味で言ってるのと違うのに」と思いながら聞いていると、叔父さんはこう続けました。
「この前、ワシ、検査にひっかかりましてな、明日からちょっと1週間程入院しなあきまへんねん。どっちにしても、退院したら、もう一回連絡を入れさしてもらいまっさ」
それから十日が経ち、2週間が経ちました。叔父さんからは何の連絡も入りませんでした。私は「あれだけ急いでいたのに、どうするつもりなんだろ」と思っていました。
ひと月近くが経ってた頃、私は気になって叔父さんに連絡を入れてみました。
「ああ、あれネ、この前は張り込んでもろて、本人の写真を撮ってもらいたいと言っとりましたけど、もうよろしいわ」
叔父さんは事もなげに、そう言いました。
「そうですか。前にお話ししましたように、私も本人さんをご存じの方が確認されるのが一番いいと思いますよ」
「マァ、マ、その辺のことはこっちで何とかしまっさかい」
叔父さんのこの反応で、私は既に本人であることを確認できたんだなと察しました。
「では、この件はここまででよろしい訳ですね?」 私は念のためにそう聞きました。
「ええ、ええ。えらいお手数をかけましたなぁ」
「それでは、きっちりした報告書と精算分のご請求書をお送りさせていただきますので、よろしくお願いします」
そう言う私に、叔父さんは「へえ、へえ」と言って、そそくさと電話を切りました。
報告書と精算分の請求書を送った後も、「後見人」の叔父さんからはナシのツブテでした。
「やっぱりな。『後のお礼はちゃんとしまっさかい』なんて言って、そんな人に限って正規の料金さえ払いが悪いや」私は改めて思ったものです。もちろん、「お礼」なんていうのを当てにしてはいませんでしたし、依頼人の心情に打たれて引き受けたこの依頼、真犯人と思しき人物の居所を突き止めたスタッフのがんばりに報いる正当な労働対価さえいただければそれでいいのです。
報告書を郵送してからひと月経ってもこんな状態でしたので、私は叔父さんに電話を入れました。
「初恋の人探します社ですが…」私が名乗ると、叔父さんは「あっ!ああ…」と具合悪そうな返答でした。私が「そろそろ料金の精算をしてほしいのですが」申し出ると、叔父さんは「あっちとも相談せなあきませんしな」と言うのです。
「あっちとは、どなたのことですか?」私が尋ねます。
「ああ、アレの母親ですわ」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
そう言って、私は一旦、電話を切りました。
「アレの母親に相談しなあきませんから」
「後見人」と言っていた叔父さんは料金の精算についてそう言いました。 「依頼の時には、まるで自分が全面的に面倒を見ているみたいなことを言っていて、やっぱり話が大きいわ」そう思った私でしたが、それでも黙って連絡を待っていました。
それから二週間後、依頼人のお母さんから電話が入りました。
「えらいお世話になりましたそうで…。昨日初めて、弟の嫁から息子のことではそちらさんにお手数をおかけしたことを聞きました。弟が『全部、ワシに任しとけ』と言うもんですから、すっかり安心してましたんですけど、そちらさんにご迷惑かけたんと違いますやろか?」
お母さんは随分と恐縮されていました。
「いえいえ。で、息子さんはお元気ですか?『真犯人』の方は目処がついたんでしょうか?」
「ええ、息子の方は何とかがんばっておるみたいですけど。例の『真犯人』の方は、今、弟が話しているみたいです。何とか名乗り出るのを承諾してくれればよろしいんですけど…」
お母さんはしみじみそう言いました。
叔父さんのタイプは、結局最後まで好きになれませんでしたが、私もお母さん同様、真犯人が名乗り出てくれる気になってくれるのを心から望んだものでした。

<終>

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