これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
家出した彼女(19才)には友人の支援者が必ずいると考え、漫画家志望仲間に聞き込みに入った私達ですが、結果は思わしくありませんでした。皆、口を揃えて、『半年以上、姿を見ていない』と言うのです。
しかたなく、私達は次に彼らがよく集っていたゲームセンターに軒並み聞き込みに入ることにしました。彼女と年令がよく似た若い女性スタッフが、彼女の写真を持って店長や従業員に聞き回ります。
一軒目、『いやぁ。そんな子、見たことないなぁ』 二軒目、『ああ、この子やったら、冬ごろはよく来てたけど今は見かけないねぇ・・・』
三軒、四軒、五軒・・・。スタッフの中に『手がかりは無理か?』という空気が流れてきた十数軒目、ついに
『ちょっと待ってネ。ああ、この子やったら、先週の日曜日に来てたんとちゃうかな?』という反応がありました。
早速、年配の女性スタッフがその店の店長を尋ねます。お母さんが心労のため寝込んでしまったということを伝え、彼女の写真入りの『尋ね人』のポスターを店内に貼ってもらうこと、 そして彼女が現われればすぐに連絡を入れてもらうことを頼むためです。
スタッフの熱意が伝わったのか、店長は快く引き受けてくれました。
すると、何と、その翌日に彼女がひょっこり家へ帰ってきたのでした。私達の狙いもここにあったのです。
ところが、彼女はお母さんの元気な姿を見た途端、 『何やのん!寝込んでいると言うから心配して帰ってきたのに!嘘つき!』と叫んで、再び家を飛び出してしまったのです。
普通、こうして戻ってきた子に対しては、両親が取
り押さえるなり説得するなりするか、あるいは『どうしても家は出る』と主張する子には、せめて居場所を聞き出して親の了解の元で一人暮しをさせるというパターンで結着がつくものです。しかし、彼女はお母さんが言葉をかける間もなく、脱兎の如く飛び出してしまったと言います。お父さんが単身赴任のため留守で、お母さんと心配して様子を見にきていたお祖母さんだけだったということも災いしたようです。
その話を聞いて、私達は思案しました。彼女は騙さ れたと怒っている上にこれまで以上の警戒心を持ってしまった訳で、改めて探すのはより一層困難を伴うことになります。
それから一週間後、『さて、次はどんな手を打つか』とスタッフ全員で対策を練っている最中に、お母さんから電話が入りました。
『昨日、帰ってきました』
それを聞いて、私自身が驚いてしまいました。『えっ?!本当ですか?また、出ていかれるようなことはないですか?』
『ええ、間違いないです !戻ってきたんですよ!本人もだいぶ懲りたようです。生活するのに精一杯で、漫画どころではなかったようですから・・・。少し痩せてますけど、元気ですし ・・・。荷物も宅急便で送り返してきました!』
お母さんの声は初め弾んで、最後は涙まじりでした。
一人娘が無事家に戻ったと、お母さんから連絡をもらって十日ほどしてから、当のお母さんが事務所にや
って来られました。
彼女は『お陰様で』とひとしきりお礼を言ったあと、こう言いました。
『あれから、娘といろいろ話し合いました。家出の 原因は進路のこともありましたが、淋しかったことも
あったようです。ひとりっ子ですし、主人は単身赴任で留守がちで私も働いておりますので、いつも一人で
したから・・・。これからはその辺には気を配ってやりたいと思います。進路のことも、あまり『大学、大学』 と言わず、好きな漫画のことも考えてやりたいと思っています』
それから、私達はまたひとしきり、今回の件のあれこれを話していました。
そして、お母さんが『本当にお世話をかけました。 それでは・・・』と席を立ちかけた時、彼女はこう言ったのでした。
『そう、そう。大阪新聞、ウチにも宅配してもらうように頼んだのですよ。”秘密のあっ子ちゃん”を楽しみに読みます。できたらウチの子のことも書いてやって下さい。いい教訓になると思いますから・・・』 と。
<終>
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