このページの先頭です

嬉しい「中止希望」(1)| 秘密のあっ子ちゃん(256)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

ごく稀に、人探しの調査の依頼が入り、調査にかかっている最中に、依頼人から中止の申し入れが入ることがあります。
それはたいていは喜ばしいことが多いのです。というのも、たずね人と連絡がついたというケースがほとんどだからです。
少し前にもこういうことがありました。
依頼人は二十四才の若い女性でした。二年間つきあっていた彼からの連絡が途絶えてふた月になると言うのです。彼はもともと仕事が定まらず、職を転々と変えていたのですが、ある日、

「友達に誘われたから、東京で仕事をしてくる」

と言って出て行ったきり、連絡がないというのです。

「二、三週間で戻ってくると言っていたのに、もう二ヶ月にもなるんです。東京で何かあったのかと思うと心配で…」

彼女はそう訴えました。
三、四ヶ月前のこと、その頃はサリンだの、オウムだのと、東京はまだまだ騒然としていて、彼女の心配も分らぬではありません。
しかし、こうした場合、事件や事故に巻き込まれたと考えるより、彼の個人的な都合で連絡を取らなかったと考える方が妥当です。
そこで、私はもう少し待った方がいいと提案したのでした。

「喧嘩をした訳でもないのでしたら、もうそろそろ連絡があると思いますよ。きっと忙しすぎるか何かでついつい電話もできないんじゃないでしょうかねえ」

ところが、彼女はもうほとんど泣き出しそうな声で訴えるのです。

「そう思って、毎日待っていたんです。でも、もう二ヶ月も経ってしまいました。二、三週間で帰ると言っていたのに…。ですから、今すぐにでも探してほしいんです!」

私は、これ以上「待て」というのも酷な気がしました。「それでは」と調査を始めたのでした。
ところが、調査を開始して三日目、彼女から再び電話が入りました。

「お手数をおかけしていますが、お願いしていた調査、中止してほしいんです」
「それは構いませんが、どうしてですか?」
「昨日、彼から連絡が入ったんです。明日、大阪へ帰ってくるって…」

彼女の声はこの前とは打って変わって弾んでいました。
私は「ほらね」と言いたいところでしたが、「それはよかったですねえ」と一緒に喜んであげたのでした。

<続>

Please leave a comment.

入力エリアすべてが必須項目です。メールアドレスが公開されることはありません。

内容をご確認の上、送信してください。