これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
私達が函館の「高橋」姓全てに電話しても、該当者は出てきませんでした。彼女(43才)の前夫の家の電話は、番号を電話帳に記載しない「掲略」になっていることが推測されました。
依頼人(53才)は、彼女の上の娘さんが北海道ではかなり大きな洋菓子屋さんに勤務しているということを以前に聞いていました。そこで、私達はその洋菓子店を探すために北海道へ飛んだのでした。
しかし、洋菓子店と言ってもかなりの数があります。私達は小さな店は省き、それなりの規模でチェーン展開
している店から、一軒一軒当たっていったのでした。
「こちらの従業員で、二十才前後の高橋さんという女性の方はいらっしゃいませんでしょうか?」
「高橋?当店にはそんな名前の者はいませんけど」
私達はお礼だけ言うと、 急いで次の店へ行きます。
「高橋さん?ああ、ちょっと待ってネ。奥にいるので呼んできてあげます」
私は「やった!」と同行のスタッフと顔を見合わせました。
「はい、高橋ですけど、何か?」出てきたのは男性でした。
もちろん、私は心の中で「もう!二十才くらいの女性やと言うてやろ!」と叫びますが、聞き込みではこうしたことはよくあること、「またや」と思いつつ、そこは慣れたもので、 そんなことはおくびにも出さず、にっこりしながら 「探しているのは女性なので、人違いでした」と丁寧に礼を言い、また次の店へと向います。
そんなことを何軒か繰り返していると、「本当に洋菓子店に今も勤めているのかいな?」と疑心暗鬼になってくるのです。しかし、もう手がかりはこのルートしかありません。歩き疲れて休憩に入った喫茶店でも、二人は無口になってしまうのでした。
「とにかく、今日中に回りきろうぜ」と、重くなりがちな腰を上げて次に入った店で応対に出てくれたのは、若い女性でした。
「高橋は私ですけど・・・」
彼女はそう言いました。
調査というのは、判明する時には唐突に判明してくるものなのですが、かえってこちらがびっくりして慌ててしまうことがあります。私は、「うっ!」とつまりながらも、彼女が上の娘さんに間違いないことを確認したのでした。
「そうですか。私はその人に会ったことはありませんが、前々から母や妹から聞いていました。母や妹のことを探しておられたんですか。妹は、今、私や父と一緒に住んでいます。母はやはり父の許へは戻る気はないようで、一人暮しをしています。この近くですから、私はよく往き来はしていますけど・・・」
上の娘さんは、別に隠しだてする風もなく、そう教えてくれたのでした。
私達がお母さんと妹さんの現在の住所を尋ねると、
「母も妹も、別にその人から隠れている訳ではありませんから」と、すぐに答えてくれたのでした。
その夜、私達は上の娘さんに教えてもらった彼女の住所を訪ねました。
彼女は娘さんから既に連絡を受けていたようで、私達の訪問にもさほど驚いた様子はありません。「遠い所から、わざわざご苦労様でした」と、かえって私達をねぎらってくれるのでした。
「だいたいの事情は娘から聞きました。彼が私や下
の娘のことをそんなに心配してくれていたなんて思ってもみませんでしたた
彼女は今回の件をそう切り出してから、こんな風に話してくれました。
「私もあの時は腹に据えかねてお灸をすえるつもりで、古くからのお客さんと家を出た風にしましたけど、あれはその人に芝居打ってもらったんです。そのお客さんも彼のことはよく知っていますし、気がよくて腹の太い人で、私が相談したらこういう風に協力してくれた訳です。このアパ―トも仕事も全部手配してくれましたし・・・。彼にはそろそろ連絡を取って、きっちり話し合わなければいけないと思っていた矢先です。
ですから、彼に来てもらってもいいですし、こち
らから連絡を取っても構いませんので、その辺はよろ
しくお願いします・・・」と。
<終>
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