これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
彼女(25才)は店で働いている間は店の寮に住んでいました。
私達は、まず彼女が以前勤務していたという繊維会社へ聞き込みに入りました。ところが、元在職者の名簿をどんなに繰ってもらっても、それらしい名前が出てきません。古くからいる“お局さん”のような人に聞いてもらっても、「私は十五年くらい前からの人ならだいたい覚えていますけど、そんな名前の人は聞いたことないですねぇ…」という返答だったのです。
次に、私達は依頼人(37才)が彼女と連絡が途絶える直前に自動車学校へ通っていたらしいという情報から、寮から通い易い範囲の自動車教習所を軒並み当たりました。どこの職員も皆親切で丹念に調べてくれたのですが、やはり該当者はありません。
こうなると、彼女が彼に「本名だ」と言っている名前が、本当にそうなのか疑わしくなってきました。
そこで、私達は店へと向いました。水商売では従業員のプライベートのことはなかなか答えてくれないということはハナから分っていましたので、ツテを頼り、水商売仲間の人に同行を頼んでのことでした。
水商売仲間に同行してもらったのは効果てきめんでした。彼女(25才)が依頼人に言っていた名前は本名であることが間違いないということが分りました。しかし、実家の住所や店の寮に住む以前の住所は履歴書にも空欄となっていて、それ以上の手がかりは把めませんでした。
彼女の苗字が間違いないと分ると、私達は彼女の出身地、鹿児島県のその姓を軒並み電話をかけ始めました。いつもの如く、その数はかなりに上ります。
百数十軒目の電話で、こんな話を聞くことができたのです。
「ああ、それやったら、裏の家の娘とちゃうかな?ウチとは遠い親類に当たりますけど…。確か、結婚してすぐに大阪へ出たけど、一、二年で離婚したという話を聞いてます。詳しいことは裏に聞いてみて下さい」(勿論、今お読みいただいたような大阪弁ではなく、鹿児島弁であった訳ですが、私は大阪弁以外再現不能ですので、皆様の方で鹿児島弁でお読み直し下さい) という訳で、彼女が以前勤務していた会社で、「そんな名前の人は聞いたことがない」という理由が明らかになりました。彼女は婚家の名で勤務していたのです。
やっとのことで彼女の所在が判明してきた訳ですが、難行したケースが判明してきた時のいつも喜びはありませんでした。「後にも先にも彼女に代る人はいない」と言っていた依頼人の心情を思うと、この事実を知った時、どれほど落胆するだろうかと気が重かったのです。
彼女の居所が判ったといそいそと調査結果の報告書を受け取りにきた彼は、案の定、私の説明を聞くうちに顔の血の気が引いていくのが分りました。
しかし、それでも彼は、「離婚して、若い女手一つで小さい子を抱えているなら、なおさら力になってやれることはないかと思います。彼氏か誰かがもういるのなら僕の出る幕じゃありませんけど…」と言いました。
彼は、彼女が既に誰かと一緒に暮らしているのなら、直接自分が出向いていくと、却って迷惑がかかると、私達にコンタクトの代行を依頼したのでした。
彼は私達に彼女の現状を見に行くことと、彼女へのプレゼントとして赤い鮮かなセーターを託したのです。
<続>

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