これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
その日やってきた男性は三十七才の、まだ青年らしい面影を残した優しそうな人でした。ハンサムということでもなく、派手さがあるということでもありませんでしたが、話しているとその誠実な人柄が伺われました。
その彼がキャバクラに勤めている女性に恋をしたのです。
初めて彼女を見たのは、会社の忘年会の流れで同僚達に誘われ、その店に行った日のことでした。彼女は彼らのテーブルについたのです。
目がぱっちりとして色白で、髪の毛をショートカットにした、どことなく内田ユキに似た娘でした。水商売ずれしたところがなく、彼は一目で彼女を気に入りました。
ご他聞に漏れずと言いますか、それからというもの、彼は頻繁に店へ顔を出すようになり、彼女を指名したのでした。
彼女は二十五才。彼とは一回りも違いましたが、彼が独身であるせいか、音楽やスポーツの嗜好がまだまだ若く、彼女とは結構話が合いました。
そうこうするうちに、これもご他聞に漏れず、店が退けた後一緒にカラオケに行ったり、同伴を頼まれたりするようになったのでした。
彼女(25才)は客の中では人気のある娘でした。 店が退けた後に一緒に飲みに行くようになったり、同伴を頼まれるようになると、彼女は彼(37才)に自分のポケベルの番号を教えました。そのポケベルは明らかに営業用のものだということを彼は知っていました。それでも彼女は、
「いろんなお客さんからベルが入るので、ややこしくなるから、最後に“1”を打ってネ」
と言ったのです。
「じゃぁ、客の中では僕は一番なのかな?」などと彼は内心思ったのでした。 彼が彼女を知って一年近く経ったころです。彼女は店をしょっちゅう休むようになりました。
「今日も休み?」
ある日、彼は店長に尋ねました。
「実は、先週一杯で退めたんです」
そんな返答が返ってきました。それから一週間すると、ポケベルも使用中止となりました。
彼は後悔していました。というのも、彼女が退める直前、いつものように同伴を頼まれたのですが、「今日は仕事が忙しいから、また今度に」と言って断ったのです。彼女からの連絡は、それが最後となったからです。
三十七才の依頼人にとって、もちろん彼女(25才)が初めての恋ではありません。結婚を考えた人がいなかった訳でもありませんでした。しかし、これまで最後の一歩が踏み込めず、独り身で通してきました。
そんな彼にとって、彼女は今まで知りあった女性とは全く異っていたのです。
「後にも先にも、たぶん彼女以上の人は現われないだろうと思います」
彼はそう語っていました。
「今、幸せで元気にやっているのならそれはそれでいいんですけど、どうも何か事情もあるようだったし、もし困っているのなら、僕でできることなら手助けをしてやりたいんです」
彼は彼女の源氏名だけではなく、本名も知っていました。それに水商売に入る前に勤務していた会社も出身地も聞いていました。彼女の方も彼を信頼し、一般的な客とホステスの関係以上のことを話していたようです。
ですから、人探しの調査はそれほど難行すると考えられませんでした。
ところが、蓋を開けてみれば、この調査はそうおいそれと簡単に片付づくようなものではなかったのでした。
<続>

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