これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
旅というのは往々にして恋を芽ばえさせるものです。皆さんの中にもそういう経験をされた方がいらっしゃるかと思います。
今回は、そうした旅先で知り合い、一年以上も忘れ得なかった人との出会いをした方のお話をしたいと思います。
依頼人は三十一歳の男性でした。
彼は大学一年生の時に、高校、予備校と一緒だった仲間五人と鳥取の海岸へ泳ぎに行きました。
彼は一浪して大学に入学したのですが、目標とした学校でなかったので、春からかなり落ち込んでいました。そんな気分のままで泳ぎに行くのもおっくうでしたが、仲間達を白けさせるわけにもいかず、渋々一緒に行くことに同意したのでした。
昭和五十四年八月八日のことでした。
彼らは、丸二日間、鳥取の海岸で泳いで遊び、三日目には「大阪までの道中で、どこかきれいな所を見学して帰ろう」ということになりました。
「このあたりだったら、玄武洞や」という仲間の一人の意見で、彼らは帰りに玄武洞へ立ち寄ることになったのです。彼が初めて見る玄武洞は、青黒い六角形の柱状節理が幾層にも重なって、それはそれは圧巻でした。
六人は、玄武岩に感激してその前で何枚も写真を撮り合っていました。
依頼人が、ふと右手の方を見ると、大きな洞窟の前で、ノートに何かを書き込んでいる二人の少女が目に入ったのです。
一人は紺のワンピース、もう一人は黄色いT シャツにジーンズ、それにチューリップ帽をかぶっていました。黒やグレー、茶色の岩々の前で、その女の子のTシャツの黄色は鮮やかに浮き出て、依頼人の目に焼き付きました。
依頼人たちが玄武洞を回っている間、彼女たちは、ずっと一生懸命、岩の観察をしていました。
帰りの渡し舟も、福知山へ向かう電車も、依頼人たちは少女たち二人と一緒になりました。
依頼人は黄色いTシャツを着た女の子が気にかかってしかたありませんでした。
福知山へ着くと、大阪行きの列車の待ち合わせ時間は三時間以上もあって、彼らはその辺りを、ブラブラして時間を潰すことにしました。少女たちも下車していきました。
<続>
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