これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
『その女の子が、主人の言うように、今尼崎に勤めているのなら、浮気の相手はこの子に間違いないと思います』
そういう依頼人の言葉に、私はおかしな話だと思いました。
『ご主人が浮気されているかどうかの確認でしたら、ご主人を尾行された方がはっきりするんじゃないですか?』
『いえ、その子が尼崎に勤めていないなら、それで気が済むんです』
と依頼人。
こんな訳で、私達はご主人が持っていた女性の名刺の裏に記載されている電話番号から自宅を突きとめ、勤務先への尾行を行うことになったのです。
その女性の自宅はすぐに判明しました。
張り込みは、彼女が同伴や美容室へ行くことを考えて、午後二時から開始したのです。
六時ごろになって、私は様子を見に行きがてら、張り込んでいる尾行班のために夕食のお弁当を持っていくことにしました。
そのマンションは吹き抜け構造になっていて、一階では管理人が常時出入りする人物に目を光らせているような建物でした。
尾行班の二名は目ざす女性の部屋の一階上の吹き抜け部分から見下ろす形で張り込んでいます。マンションの前には車が二台とバイク一台が、手前の車線と反対車線の双方に待機していました。
上のメンバーが腹ごしらえをして缶コーヒーを飲んでいると、突然ドアが開いて一人の女性がエレベーターに向かいました。彼らは”食後のコーヒー”を諦め、すぐさま三台あるエレベーターのうちの一台に乗り込みました。すると一階下で当の女性がそのエレベーターに乗ってきたのです。
私はというと、そろそろ上の様子を見に行こうと、張り込み車から出て、ホールでエレベーターが降りてくるのを待っていました。
エレベーターが一階に降りてきた時、私は二十四、五才の髪の毛の長いきれいな女性と我が尾行班に鉢合わせしたのです。
尾行班が私に『この子や』と目で合図を送った途端、彼女はエレベーターから脱兎のごとく走り出しました。時刻は七時前で、出動時間が迫っていたのでしょう。私達も彼女を見逃すまいと走り出します。管理人室の前を二人の男と二人の女が一団となって全速力で走り抜けるのを見て、管理人が『何やあいつらは ?』と思ったのは間違いありません。
彼女はマンションの前に路上駐車してあった車に乗り込み、急発進しました。
私達も待機していた車に乗り込むと、猛スピードで彼女を追いかけます。
新御堂に入ると、彼女は女性の運転とも思えないような荒っぽさで次々と車線変更し、前の車を追い抜きながらかなりのスピードで走っていきます。
『ごっつい運転やなぁ』
車の尾行はお手のものの尾行班もそう驚きながら、彼女の車を追います。マ、こういう場合、本人は時間に焦っているため、ほとんどバックミラーを見ることもなく運転しているので、かえって追尾しやすいのですが・・・。
彼女は猛スピードでかなり荒っぽい運転をしながら、梅田に着くと、何と国道一号を三重駐車して、文字通り車を捨てて新地の中へ駆けていきました。それに続いて、尾行班も駆け抜けます。呼び込みに立っていたボーイさんたちが、またまた『何やあいつらは ?』という風な目で見ていました。
結局、彼女は尼崎などではなく、キタの店に勤める子だったのです。
依頼人の奥さんはその報告に納得もし、一安心もしたのですが、それからまた半年もたった、今年の正月明けに、再び電話が入ったのでした。
依頼人の奥さんの今度の電話は、またもや『今度こそ、間違いなく浮気している』というものでした。
彼女が言うには、忘年会の日、『飲みすぎたので友人の家に泊まる』とご主人から電話が入ってきたにもかかわらず、翌日、その友人の奥さんから泊まっていないと、偶然聞かされたと言うのです。そして、今年に入ってご主人が出張で行かれたホテルに、急用ができたため電話を入れると女性と二人連れだということが判明したのだと言います。
彼女はまたしても心配で、げっそりやせてしまいました。
今回は浮気だと十分考えられる可能性がありますので、私達はご主人の尾行を行うことにしたのです。尾行期間は彼女の希望で一週間続けることになりました。
尾行第一日目。ご主人は会社を早めに出て、車を西中島へ走らせます。とあるマンションの前で若い女性が立っていました。前回勤務先を尾行した女性とはまた別の人でした。ご主人は彼女を拾い、梅田のてっちり屋に入っていきます。彼女の風体からして、明らかに”同伴”でした。
二人はそのてっちり屋を出ると、まっすぐ新地に向かい、彼女が勤めていると思われるクラブに入っていきます。
二時間後、ご主人はママや同伴した彼女に送られて、店を出てきました。ご主人は駐車場に向かわず、 新地内を歩いています。呼び込みに立っているいろんな店のボーイさん達に挨拶をされて、彼は新地ではかなりの”顔”のようです。
彼は新地の別のクラブに入り、結局その日は三軒の
クラブのはしごをして帰宅の途に就いたのでした。
その日は今年一番の冬日で、尾行班は雪がチラつく中、五時間も新地内に立ちつくすはめになったのです。
新地内のこと故、車を駐車してその中から張り込むわけにもいかず、また身を隠す場所もないので、尾行班は目立ってしかたがないとボヤいていました。
「社長、黒服たちに完全に”デカ”か探偵屋と気づかれてしまってますデ」
そういう彼らに私は、 『よし、じゃあ、明日から全員黒服で行け。そしたらクラブのボーイさんに見える』
と答えたのでした。
結局、彼らは私のその案を実行しませんでしたが・・・。
二日目、ご主人は午後二時ごろからゴルフの打ちっ放しに行き、七時ごろには帰宅しました。
三日目は社員二人を連れて、再び新地で豪遊です。帰宅は午前様でしたが、浮気の兆候は見られませんでした。
四日目、この日はまともに会社にいて、何やら広告関係の仕事をしている様子で、午後六時ごろ退社。それからパチンコを二時間ほどして帰宅したのです。
浮気の現場は四日たっても出てきませんでした。
<続>
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