これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
福知山駅に着くと、玄武洞にいた少女達も下車していました。
みんながホームの中央で、横一列に並び始めました。その時、カメラを持っていた友人は、突然、少女達に向かって、『一緒に写真を撮りませんかぁ!』 と言ったのです。
二人はにっこり笑って、五人の列の前に入ってきました。
もう一人の友人が、『みんなでお茶でも飲みに行こう』と言い出しました。
すると、黄色のTシャツの女の子が、『それでしたら、私達がよく行くお店へ行きましょう』と言ったのです。
八人がその店に入ると、黄色のTシャツの女の子は依頼人の向かいに座りました。
彼女達は地元の高校一年生で、夏休みの宿題で支武洞へ来たということが分かりました。
依頼人達が、大阪から来たのだと知ると、彼女たちは、
『わぁー。私、一度大阪へ行ってみたいと思ってたんです!』
と口々に言ったのです。
『じゃあ、大阪へ来たときは、案内してあげるよ』と仲間たち。
しかし、誰も彼女たちの名前を聞こうとしな
いのです。
依頼人は、『なぜ、聞かないんだ ?』と不思
議に思い、イライラもしました。
彼の向かいに座った黄色いTシャツの女の子が、『分からない所があるので教えてほしい』と英語のテキストを出してきました。依頼人は彼女に教えながらそっとテキストの名前を書く欄を見ましたが、そこは空白でした。
彼は自分から彼女の名前や連絡先を聞くのも少し恥ずかしい気がして、『この先、この子たちにかかわることもないし、旅の一つの思い出になるだけなのだから・・・』
と、言い訳するように思ったのでした。
喫茶店を出ると、少女たちは帰っていきま
した。
依頼人たち六人は、 あと一時間以上もある列車の待ち合わせ時間を、福知山駅近辺でブラブラして過ごしました。
列車に乗り込み、間もなく発車するというとき、何気なく改札の方を見やると、彼女たちがやってきていたのです。こちらに向かって手を振っています。
他の仲間もそれに気づいて、手を振り返していました。
依頼人はドアに飛んでいき、手動式の扉を思い切り開けて、身体を半分乗り出して手を振りました。
列車が発車し、彼女たちが見えなくなるまで振り続けていました。一番最後まで手を振っていたのは依頼人でした。 席に戻ると、仲間の誰かれなしに、「いい子たちやったなぁ」、「もう一度、会いたいなぁ」という声が起こってきました。
依頼人は彼女の名前を聞かなかったことを、今さらながら後悔しました。しかし、渋々やってきた今回の旅行に、『来てよかった』と思ったのです。
彼は、その後ことあるごとに、黄色のTシャツの女の子のことを思い出しました。しかし、昭和五十四年八月十日に玄武洞に来た地元の高校一年生ということと、手元に残った一枚の写真だけでは探しきれるとは思えませんでした。
ました。
それから十一年が経ちました。
彼はそれまで交際していた人と別れたのを機会に、本気で彼女を探すことに決めました。ずっと心に残っていた彼女を探して、彼女がまだ独身ならできれば交際したい、そう思いました。
そして、二年前から知っていた当社に彼女の調査を依頼してきたという訳なのです。
調査は難航しましたが、彼女は高校卒業後、 いったん大阪へ働きに出て、現在は再び福知山へ戻っているとわかりました。
まだ独身でした。
当社からの報告を受けた依頼人は、早速彼女に手紙を出しました。あの列車の前で撮った写真を添えて・・・。
時を置かず、彼女からの返事は届きました。
彼女は十一年前の夏の玄武洞のことはすっかり忘れていました。しかし、手紙に添えられた写真に写っているチューリップ帽をかぶった自分の姿を見て、『懐かしい』と言ってきました。そして、手紙には、昨年、福知山に戻るまでは、彼と目と鼻の先に暮らしてたことがしたためられていました。彼女の手紙を読み直す彼の目に、その文字が飛び込んできた時、彼は大変なショックを受けました。
『私は、この秋、結婚する予定です。
彼は悔いました。
『初恋の人探します社を知った二年前にすぐ探せばよかった。放ったらかしにしておかず、そうしていれば彼女は、まだ自分のすぐ近くで暮らしていたのに・・・』
『福知山へ来られる時があれば、是非ご連絡下さい。再会したいですね。』
最後にそうしめくくられた文章は、なおさら彼を後悔させました。
彼は『いっそ、結婚してくれてた方が、ずっとすっきりしたのに…。』 そう思ったと言います。
<終>