このページの先頭です

一人娘の家出(1)| 秘密のあっ子ちゃん(235)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。


九月の声を聞いてもまだまだうだるような暑さが続いていたある日、一人の女性から電話が入りました。
『いつも大阪新聞の『秘密のあっ子ちゃん』を読んでいる友人から教えてもらったんですけど、そちらでは家出人も捜して下さるんですか?』
今年四十六才になる彼女は一児の母で、その十九才の一人娘がある日、『絶対に捜さないように』という置き手紙一つを残して、家を出てしまったと言うのです。
『いろいろ手を尽しましたが、どこでどうしているのやら皆目見当がつきません。無事でいるのやら、ちゃんと食べているのやら、心配で心配で、いろていると夜も寝れないのです』彼女は涙声になり、居ても立ってもおれない母の気持ちがひしひしと伝ってきました。そして、『何とか捜し出してほしい』と切々と訴えられるのでした。
『とにかく、もう少し詳しい話を』と、その二日後に彼女は勤めの合い間を縫って、当社にやって来られました。
『で、娘さんはいつごろ家を出られたのですか ?』私達は早速、事情を聞き始めました。
『今年の正月のことです。7日の日でした。私が勤めから帰ったら、『絶対に探さないように』という置き手紙がありましたんで、もうびっくりしてしまいまして・・・』
『では、もう八ヶ月近くにもなるんですね?うーん・・・』
家出人捜索の場合、いかに早く手を打つかどうかで探し切れるか否かが決定すると言っても過言ではありません。ところが、彼女の場合、既に八ヶ月も経っているのです。
『うーん。ちょっと、間があきすぎていますねぇ』私は再び唸りました。
『興信所というのは何か恐そうで、どこに頼めばいいのか分らず、どうしたものか困り果てていたんです。本人の将来を考えるとあまり公けになるのも、と思いましたし・・・。先日、思い余って、親友に話しましたら、ここなら安心やと教えてもらったんです。もう他に頼る所はありませんので、何とか探してほしいんです!』彼女は再びそう訴えるのでした。
依頼人の話は続きます。
『娘の今後のことを考えると、『家出した』と友達に聞き回って余計帰りづらくなってはいけないと思い、何とか私の手
で探そうとしたんですが ・・・。今、ウチではカナダからのホームステイの子を預っているんですけど、その子にも『ちょっと親せきの家に行ってる』とだけ話してあるんです。だけど、いつまでもそれで通す訳にもいきませんし・・・』
『で、娘さんが家を出られた原因はお分りですか?』と、私と一緒に応対した担当スタッフが聞きます。
『ええ、進路のことなのです。実は、娘は今一浪で、予備校に通わせていたのですが、本人は漫画を描くのが好きで、将来は漫画家になりたいと言っています。私は大学へ入ってからやればいいと言うんですが、本人は 『それでは遅い』と。家を出る前はよくそのことで口論になりました』
『そうですか。警察にはもう届けられましたか?』
『ええ。それはすぐに届けました。でも、事故か事件に巻き込まれない限りは警察では動けないと言われたんですよ!』
『ええ。警察は民事不介入が原則ですのでねぇ』と私達。

<続>

「遊び」のつもりで・・・(2)| 秘密のあっ子ちゃん(234)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

彼は、先輩の奥さんの姪に対する『不誠実な態度』のために、出入り禁止を言い渡されてしまいました。また、その日から彼女も彼がいくら連絡を取っても会ってはくれませんでした。
彼は、彼女のみならず、学生時代から何かと面倒をみてくれていた先輩夫婦との関係をも失ったのでした。
それから間もなくして、彼には新しいガールフレンドができました。
そのガールフレンドとも別れて、またもう一人、別の女性とつきあい始めたころ、彼は今度こそ心底から落ち着きたくなったのです。先輩夫婦に不義理をしてから二年、彼は二十九才になっていました。
そう思うと、あの先輩夫婦の姪の看護婦さんが、急に心安らぐ存在として懐しく思い出されたのでした。彼女の優しさと暖かさを思うと、どうしようもない程の切なさがこみ上げてきました。
彼は、とても大切なものを捨て去ってしまったことに初めて気づくと、すぐさま彼女が勤務していた病院を訪ねました。
しかし、彼女は既に転勤となっていたのでした。
彼は、意を決して先輩夫婦を訪ねました。しかし、奥さんはまだ彼を許してくれてはいなかったのです。
『何よ!今さら! あの子があなたのことでどれだけ悩んでいたか、知らない訳がないでしょ! どこにいるかなんて、教える必要ないわ!』
激しい剣幕で、奥さんにそう罵しられると、彼にはもはや返す言葉がありませんでした。
『あの時は本当にご迷惑をかけました』ただ一言、そう言って帰るしかなかったのです。
途方にくれた彼は、ラジオのある番組で紹介された当社を知って、すぐさま飛び込んできたのでした。
しかし、調査の結果は彼をより一層失望させるものでした。彼女は既に結婚し、一児をもうけていたのです。彼がいくら悔いても、もうどうすることもできません。結局、彼は彼女に再会することも断念したのでした。”自業自得”と言ってしまえばそれまでなのですが、私は後悔にさいなまされがっかりしきった彼の後姿を見て、実に人の心の動きとは摩訶不思議で、そして恋とは本当に切ないものだと改めて感じたのでした。

<終>

「遊び」のつもりで・・・(1)| 秘密のあっ子ちゃん(233)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

彼が当社に依頼してきた時は三十一才。二十七、八才のころに一年ほど交際した彼女を探してほしいというものでしたが、その時、 彼はひどく後悔していました。
というのは、こんな事情があったのです。
彼には、当時とても世話になっていた先輩夫婦がいました。
交際しているガールフレンドがいなかった彼は、ある日、その先輩夫婦の前で、ふと『僕もそろそろ“結婚”ということを考えていかなければと思っているんです』と漏らしたのでした。
彼のその言葉を聞いた先輩夫婦は、すぐさま奥さんの姪を紹介してくれまし
た。当然、結婚相手として真面目な交際を期待してのことです。彼女は実家がある九州の看護学校を出て、大阪の国立病院に勤務する『白衣の天使』でした。
人柄も優しく、美人とはいかないまでもとても愛らしい人でした。二人はごく自然に交際を始めたのですが、彼は先輩夫婦の意図とは裏腹に全くの『遊び』のつもりだったのです。
彼女とは一年程交際が続きましたが、次第に彼の本心が先輩夫婦にも彼女自身にも分かってきたようです。
彼女は看護婦としては優秀な人でしたが、彼の誠意のなさに随分と悩みました。
そして、ついにある夜に先輩夫婦に呼ばれた彼は、 二人の詰問にこう答えたのです。『彼女はいい人だけど、結婚する気はありませこん』と。
それを聞いて烈火の如く怒ったのは奥さんでした。
『あなたが結婚したいと言うから、大事な姪を紹介したのに、今さら何ていう
言い草なの!! あの子はとても傷ついているのよ!』
彼は奥さんから出入り禁止を言い渡されてしまったのでした。

<続>

 

上海から来たホステスさん(2)| 秘密のあっ子ちゃん(232)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

依頼人(38才)が当社にやってきたのは、暑い夏の午後でした。
彼は、彼女の苗字も日本語学校の名前も知りませんでした。ましてや、上海の家族の住所も、中国人仲間と住んでいるという住所も、聞いていませんでした。いえ、日本での彼女の保証人が『厳しい人だから』と、住居も電話番号も決して教えてくれなかったと言います。
分っているのは、『蘭々』という下の名前と『夜、スナックか飲食店でアルバイトをしているのには間違いないだろう』ということだけでした。
『ビザの更新のため六ヶ月に一度くらい上海へ帰りますが、今回は最近帰ったばかりなので当分は日本にいると思います』
『ひょっとしたらまた連絡を寄こしてくるかもしれないけれど、それを待ってはいられません』
彼の話を聞いて、私はすぐに質問したのは名前のことでした。
『『蘭々』というのはパンダみたいな名前ですが、本名に間違いないですか?』
私のその問いに対して『彼女は本名しか使わない』と、依頼人は断言したのでした。
私達は依頼人が言う手がかりから、大阪市内の日本語学校に”蘭々さん”という女性がいないかどうかを、しらみつぶしに当たっていきました。
しかし、該当者はいませんでした。
そこでやむなく、彼女から依頼人への最後の電話で言っていた『今度、大きなパブに勤める』という言葉を頼りに、それらしいパプを軒並みあたっていったのです。幸運なことに、何十軒目かのパブで、蘭々さんはいました。
彼はすぐに彼女に会いに行きました。
『アナタ、ナゼ、ソンナニワタシヲサガス?』
彼女はそう言ったものの、その日彼が彼女の勤務の終わるのを待っていると、彼女は彼のつもる話を何時間も聞いてくれたのでした。
彼女はワープロの練習をしたがっていました。彼は彼女にワープロをプレゼントしようと考えました。そして、次の休みの日、そのワープロの操作を教える約束をして別れたのでした。
ところが、その夜、彼がベッドに入りあれこれ考えているうちに不安になってきました。
『勤務先が分かっても、転職すればまた連絡が取れなくなる』
翌朝、彼は早速当社に電話してきました。
『住所を知ってそこへ押しかけるつもりは全くありませんが、自分の『安心』 のためにも、せめて彼女の住所を知っておきたいのです』と彼。
『う~ん。そうなると尾行しかありませんよ』と私。
そんな訳で、彼女がワープロを習いに彼の部屋へ来る日に尾行を決行することになったのです。
『彼女とできるだけ長く一緒にいたいというお気持ちは分かりますが、今日は尾行だということを頭に入れて、できるだけ早く切りあげて下さいネ』私はそう依頼しました。
『はい、わかりました』
彼はそう言ったものです。
ところが、その当日、早く切りあげるどころか、彼女が部屋に入ってからの時間の長いの何の。
あまりにも長いので尾行班もじっとしておれず、部屋の様子を伺いに行きます。
『社長、あきまへんわ。 まだ変換がどうの検索がどうのと、二人でキャッキャッやってますから、まだまだかかりそうですわ』
こういう時に困るのがトイレです。特に女性は大変です。私は五分程歩いてパチンコ屋やガソリンスタンドを借りるはめとなったのでした。
夜がすっかり更けてもまだまだ張り込みは続いていました。
と、中年のおばさん達の声が聞こえてきました。
『あんた、ここでしたらよろしい。私もします』
何と、彼女らは路上の我が車の後ろで『キジうち』を始めたのです。
私達が『ウソ!』と驚いたのは当然です。
彼女達は車のシールドで私達の存在には気づいていないようです。私達も出ていって彼女らを驚かすのもはばかられ、じっと我慢していましたが、彼女達が立ち去った後、尾行班は嘆いていました。
『タイヤまで濡れている!あのおばちゃんらは犬か!』
やっと彼女が出てきました。依頼人も彼女を駅まで送るために一緒です。
さぁ、やっと行動開始です。私達は二人を尾けます。
依頼人の動きはぎこちなく、明らかに尾行を気にしているようです。彼女が全く気づいていないのが幸いでしたが。
駅に着いた時、彼女が『もうここでいい』という身ぶりをしたかと思うと、依頼人がこちらへ戻ってきました。私達は素知らぬ顔で彼女のあとを尾けます。
その時、何と依頼人は私を見て頭を下げ会釈したのです。
『ゲッ!こんなとこで挨拶なんかするなヨ!』
私がそう思ったのは当然です。彼女に気づかれてはも子もありません。
運よく、彼女はそれに気づくこともなく、私達は楽々と三つ向こうの駅前の彼女の住まいを突き止めることができましたが・・・。
その後、彼からはまだ連絡は入っていません。彼女が彼を頼りに日本での留学生活を送っているのか、あるいは帰国してしまったのか、私は彼の恋の行方をまだ知りません・・・。

<終>