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彼女が出ていった原因は・・・(1)| 秘密のあっ子ちゃん(239)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

梅だよりが聞かれ始めた早春のある日、『北海道から』と言う男性から一本の電話が入りました。
彼は三年前からすすきのの近くで居酒屋を経営し、年令は五十二才になると言います。彼は、現在四十三才のある女性をどうしても探してほしいのだと言ってきました。
私は当初、昔の恋人を探しているのかと思っていました。しかし、話を聞き進むにつれて、そういうことではないということが分ってきたのです。
彼が彼女と知り合ったのは十五年前でした。当時、彼は今の居酒屋ではなく、すすきのの中でラウンジを経営していました。と言っても、彼はほとんど表に立たず、店の顔は十年近く勤務している女性を雇われママとして立てていたのです。
ある日、年のころなら二十七、八才の美しい顔立ちの女性が面接にやってきました。美人である上に、水商売に擦れてはいず、にも関わらず、受け答えは頭の良さが言葉の端々に出る快活さがあって、客受けするのは間違いありませんでした。彼はその場で採用を決めました。それが彼女だったのです。
彼女は早速、翌日から働き始めました。
何と言っても水商売は初めてのこと故、最初のころは水割りを作る手さえぎこちありませんでした。
それでも三ヶ月も経たないうちに、持ち前の頭の良さで客あしらいも目に見えて上手くなり、常連客の評判も上々となっていったのです。なにしろ笑顔がいいのです。それに客を飽きさせません。しかも、ママに指示されなくても他のテーブルにも目を配ることができるようになったのです。
当然、ママも彼女には目をかけ、依頼人もまた彼女のそうした働きを見るにつけ、あるいはママや客からの評判を聞くにつけて、彼女に期待をかけていくようになっていきました。そして、二年もしないうちに彼女はチーママになっていたのです。
彼女自身もまたがんばっていました。ここで踏んばらないと彼女の夢が実現できなかったからです。
それは彼女の二人の娘に関っていました。
彼女には五才と三才になる娘がいました。今は下の子とは一緒なのですが、彼女としてはどうしても上の子を引き取りたかったのです。
離婚の原因は夫の女関係でした。新婚早々からおかしいと思っていた彼女でしたが、上の娘が誕生するころには、夫は大っぴらに外泊するようになりました。彼女が問い詰めると少しはおとなしくしているのですが、しばらく経つとまたぞろ悪い虫が出てくるのです。相手はその度に変わっているようでした。
彼女が二十三才、夫が二十五才のころです。夫は背が高く、スポーツマンタイプで、なかなかの男前でした。それに浮気をされても、心底憎めないところがあったのです。彼女は、惚れた弱みと『子供のため”にずっと我慢していたのですが、下の娘ができてからは、夫はこれまでのように見えすいた「言い訳もしなくなり、暴力を振るってくるようになりました。そうなると彼女の忍耐もいよいよ限界に達したのです。
夫は次にあてがあるのか、離婚にはすぐに同意したものの、どうした訳か二人の娘を手離すことだけは頑強に拒否したのです。もともと、女ぐせが悪いわりには子煩悩な夫でした。
そんな訳で、二人の娘をめぐって、手離せ、手離さないと、ひと騒動となったのでした。

<続>

一人娘の家出(4)| 秘密のあっ子ちゃん(238)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

家出した彼女(19才)には友人の支援者が必ずいると考え、漫画家志望仲間に聞き込みに入った私達ですが、結果は思わしくありませんでした。皆、口を揃えて、『半年以上、姿を見ていない』と言うのです。
しかたなく、私達は次に彼らがよく集っていたゲームセンターに軒並み聞き込みに入ることにしました。彼女と年令がよく似た若い女性スタッフが、彼女の写真を持って店長や従業員に聞き回ります。
一軒目、『いやぁ。そんな子、見たことないなぁ』 二軒目、『ああ、この子やったら、冬ごろはよく来てたけど今は見かけないねぇ・・・』
三軒、四軒、五軒・・・。スタッフの中に『手がかりは無理か?』という空気が流れてきた十数軒目、ついに
『ちょっと待ってネ。ああ、この子やったら、先週の日曜日に来てたんとちゃうかな?』という反応がありました。
早速、年配の女性スタッフがその店の店長を尋ねます。お母さんが心労のため寝込んでしまったということを伝え、彼女の写真入りの『尋ね人』のポスターを店内に貼ってもらうこと、 そして彼女が現われればすぐに連絡を入れてもらうことを頼むためです。
スタッフの熱意が伝わったのか、店長は快く引き受けてくれました。
すると、何と、その翌日に彼女がひょっこり家へ帰ってきたのでした。私達の狙いもここにあったのです。
ところが、彼女はお母さんの元気な姿を見た途端、 『何やのん!寝込んでいると言うから心配して帰ってきたのに!嘘つき!』と叫んで、再び家を飛び出してしまったのです。
普通、こうして戻ってきた子に対しては、両親が取
り押さえるなり説得するなりするか、あるいは『どうしても家は出る』と主張する子には、せめて居場所を聞き出して親の了解の元で一人暮しをさせるというパターンで結着がつくものです。しかし、彼女はお母さんが言葉をかける間もなく、脱兎の如く飛び出してしまったと言います。お父さんが単身赴任のため留守で、お母さんと心配して様子を見にきていたお祖母さんだけだったということも災いしたようです。
その話を聞いて、私達は思案しました。彼女は騙さ れたと怒っている上にこれまで以上の警戒心を持ってしまった訳で、改めて探すのはより一層困難を伴うことになります。
それから一週間後、『さて、次はどんな手を打つか』とスタッフ全員で対策を練っている最中に、お母さんから電話が入りました。
『昨日、帰ってきました』
それを聞いて、私自身が驚いてしまいました。『えっ?!本当ですか?また、出ていかれるようなことはないですか?』
『ええ、間違いないです !戻ってきたんですよ!本人もだいぶ懲りたようです。生活するのに精一杯で、漫画どころではなかったようですから・・・。少し痩せてますけど、元気ですし ・・・。荷物も宅急便で送り返してきました!』
お母さんの声は初め弾んで、最後は涙まじりでした。

一人娘が無事家に戻ったと、お母さんから連絡をもらって十日ほどしてから、当のお母さんが事務所にや
って来られました。
彼女は『お陰様で』とひとしきりお礼を言ったあと、こう言いました。
『あれから、娘といろいろ話し合いました。家出の 原因は進路のこともありましたが、淋しかったことも
あったようです。ひとりっ子ですし、主人は単身赴任で留守がちで私も働いておりますので、いつも一人で
したから・・・。これからはその辺には気を配ってやりたいと思います。進路のことも、あまり『大学、大学』 と言わず、好きな漫画のことも考えてやりたいと思っています』
それから、私達はまたひとしきり、今回の件のあれこれを話していました。
そして、お母さんが『本当にお世話をかけました。 それでは・・・』と席を立ちかけた時、彼女はこう言ったのでした。
『そう、そう。大阪新聞、ウチにも宅配してもらうように頼んだのですよ。”秘密のあっ子ちゃん”を楽しみに読みます。できたらウチの子のことも書いてやって下さい。いい教訓になると思いますから・・・』 と。

<終>

一人娘の家出(3)| 秘密のあっ子ちゃん(237)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

進路を巡って両親と対立し、家出した一人娘(19才)。私達は前後の状況から考えて、彼女には支援者がいると確信しました。
彼女は家を出た途端、たちまちその日寝る場所にも困ったはずです。所持金が少なければ、何日もホテルに泊ることはできません。
ましてや、未成年ではアパートを借りることもできず、加えて住民票提出やら保証人の印やらの手続きがなおさらうるさい。住み込みで働いているかもしれないとも考えましたが、お母さんの話では、ひとりっ子で甘えて育った上に、性格的に絶対に『住み込み』などできる子ではないということでした。
ですから、支援者は必ずいると・・・。
家出の場合、こうしたケースはよくあることでした。兄弟姉妹が知っていたり、伯母さんが密かに援助していたり、あるいは友人が助けていたりするのです。知らないのは親ばかりということになります。
しかし、彼女の場合、ひとりっ子で頼れる兄弟姉妹はいません。彼女がなついていたお祖母さんも、母親と一緒に心配したり嘆いたり怒ったりで、彼女はお祖母さんにさえも連絡を入れていないようです。ましてや、お祖母さん以上に彼女が心を許す親せきはいないということでした。
では、”支援者”とは誰なのか?
彼女の支援者は友人の誰かであるに違いないと踏んだのでした。彼女はその友達の家に居候しているはずです。
しかも、アパートなどに一人暮しをしている友達ならなおさら好都合です。私達は彼女の友人関係への聞き込みを行うことにしました。それも、中学・高校の友人は卒業してからはあまり往き来がないというお母さんの話から、漫画家志望仲間に絞り込んだのでした。彼女が今一番心を許し親しくしているのが、そうした志を同じくする漫画家の卵達だったからに他ありません。
彼らは彼女が通う予備校近くのゲームセンター」 によく集まっていました。彼女もしばしばそのゲームセンターに顔を出していたようです。
私達は、早速一人住いの漫画仲間を当たりました。しかし、どの子も 『一月か二月ごろから、 彼女の姿を見ていない』 という答えが返ってくるばかりです。それは、ちょうど彼女が家を出た時期です。
そこで今度は、自宅通学の漫画仲間にも聞き込みに入りました。最初対応に出てくれたその家の母親も心配してくれはしたのですが、やはり、 皆、半年以上彼女とは会っていないということでした。

<続>

一人娘の家出(2)| 秘密のあっ子ちゃん(236)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

  依頼人であるこのお母さんは、娘の家出人届けを出しに行った時の警察の対応が余程腹に据かねたようです。
『警察は届けを受け付けるだけで、事故にあうか事件に巻き込まれるかでないと動けないと言うんですよ!』
『ええ、警察は民事には不介入ということになってますので、原則として犯罪に関わっていない限り、家出人を捜し回るということはないんですよ』と私達。
『でもネ、近ごろは若い女性が殺されて死体が出てきたりしてますでしょ。そうなってからでは遅いから、警察にお願いに行ったのに、ろくに聞いてもくれないんですよ。あんまり腹が立ったので、『誰の税金で食べてると思ってんの !』と怒鳴ってしまいました』警察の民事不介入という前提を知らず、『警察は困った者の味方』と思って生きてきた彼女にとって、 それは本当に腹が立った現実なのでしょう。涙ぐみながらそう話したのです。
『届けを出してから警察からは一回だけ連絡がありました。この前、川が干上って白骨死体が出てきましたでしょ。お宅の娘さんじゃないかって。でも、死亡時期にはウチの子はまだ家にいましたから、別人と分り、ホッとしましたけど・・・』
『そうですか。でも、警察から連絡が入った時はびっくりされたでしょう? マ、そんな事件に巻き込まれることは滅多にないと思いますけど・・・』
『ええ。ウチの子はとても警戒心が強くて、知らない人とは絶対に言葉を交わしたりはしません。というのも、小さいころに誘拐されかかりましたから、それだけは厳しく言って聞かせてきたんです』
『えっ!?誘拐ですか?』
『ええ、小学校五年生の時でした』
その誘拐未遂事件というのは、娘さんが小学五年生の時、道を尋ねられた男の車に乗せられて何時間も連れ回されたというものでした。
『その男がガソリンを入れたスタンドの店員さんが、どう見ても親子ではないと不審に思って、警察へ通報してくれたので、娘は無事保護されたんですけど・・・』
『それは、身代金目的だったんですか?それともいたずら目的だったんですか?』
私はドラマのような話に驚いて、そう尋ねました。
『それは分りません。犯人がウチに電話してくる前に娘は保護してもらえましたから。でも、私は警察で『親のくせに、子供が連れ去られても気づかなかったのか!』とすごく怒られましたわ。あの時はそれだけ怒っておいて、今度は知らんぷりでしょ。だから余計腹が立ったんです』
『なるほど。で、犯人は捕まったんですか?』
『それが、取り逃がしたんです。でもその男もおかしいんですよ。その後、ウチに電話してきて、『示談にしてくれ』と言うんですよ。そんなことしたら捕まるのにねぇ。警察に通報したら、逆探知器はつけるわ、刑事さんが張り込むやらで、それは大変でした』
『へえー。それで犯人はどうなりました?』
ほとんど素人のように聞いてしまう私でした。その犯人は、結局捕まりませんでした。
『でも、身代金も取られず、いたずらもされないで、無事戻ってこられてよかったですねぇ』
一連の話で娘さんが無事だったと分ってホッとした私は、『感心して聞いている場合ではない』 とハッと我に返り、職務に戻ったのです。
『家を出られてから、 娘さんからは連絡はありましたか?』
『一度だけありました。それも家にではなく、私の会社へ電話してきたんです。きっと、あの時のことを覚えていて、家の方は逆探知でもされているのではないかと思ったんでしょう』
『誘拐ならともかく、 家出では警察も逆探知の機械を設置してくれませんしねぇ。それで、何とおっしゃってましたか ?』
『ちゃんと暮らしているから心配せずに、絶対探さないようにって。それで一方的に切ってしまったので、私は何も言えませんでした』そこまで言うと、彼女はまたも心配の想いがこみ上げてきたようでした。
こうして、私達はこの家出人探しを受けることになったのでした。
<続>