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彼女が出ていった原因は・・・(3)| 秘密のあっ子ちゃん(241)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

前夫の女関係の激しさに悩まされて離婚した彼女 (43才)でしたが、依頼人(52才)の人柄に魅かれて、二人は十二年を共に暮らしたのでした。その間、彼らは籍こそ入れませんでしたが、ずっと「夫婦」で経営していた店も順調にいき、依頼人は彼女が引き取った下の娘を我が子のように愛し、育てたのでした。
ところが、ある日、彼女は家を出、店の客の元へ走ったのです。その原因について、彼は言葉を濁しましたが、私にはどうも依頼人の浮気にあるように思えました。彼の言葉の端々に、前夫と同じことで彼女を傷つけたことを悔いていることが伺われたのです。
「家を出てひと月ほどしてから連絡が入ったんです。どうも、その男とはうまくいってないみたいで、「戻りたいけど、踏んぎりがつかない」と言っていました」
そして、彼は続けました。「戻ってきたらいいと言っておいたんですが、未だに戻って来ないし、それ以来ぷっつり連絡も入れてきません。一緒に出ていった娘が困ってはいないかと、それが心配で・・・」
内縁といえども我が子同然に十二年間も育てた娘のことが気になるのは当然のことでしょうが、彼が気になっているのはそれだけではないことは明らかでした。
私には彼が彼女の身の上を気にしているのが手に取るように分りました。
「前の主人に引き取られた上の娘とは連絡をつけているはずです。ひょっとしたら、前のだんなの所へ戻っているのかもしれません」
最後に、彼はそう言ったのでした。
しかし、そうは言うものの、彼は彼女の前夫と上の娘は函館に住んでいるということしか聞いていなかったのです。
そこで、例の「地獄の軒並み電話」の登場となるのです。つまり、函館の前夫の姓である「高橋」宅へ、一軒一軒電話して確認を取っていくしか方法がないのです。電話帳では、函館の高橋姓は総数七百二十四軒ありました。
スタッフ三人が手分けし、電話帳に首っぴきで、「高橋さん」宅へ軒並み電話していきます。ところが、何時間たっても該当者は現われません。受話器を持つ腕が上がらなくなるほどかけ回っても、一向にそれらしい家が出てきません。とうとう、この「地獄の軒並み電話」に慣れているスタッフからも、「これをする時ばかりは、もっと珍しい名前の時にしてほしいわ」とぼやきが入ります。それに留守宅も多いことから、その日は夜遅くまでがんばっても作業は終りませんでした。
翌日も朝一番から電話に向います。私達は、この調査を行うと、もう電話にはうんざりして、自宅にかかってきた電話にも出たくなくなるのです。
それはさておき、何と、函館の七百二十四軒の全ての「高橋」さん宅へ電話をかけ終っても、彼女の前夫と上の娘さんの家は出てこなかったのです。
最近は電話帳に番号を載せない「掲略」が多く、これだけの時間と労力をかけても、このように徒労に終る場合が出てきます。私達はがっくりです。
やむなく、私ともう一人のスタッフが、急遽、函館へ飛びます。上の娘さんが勤めているという洋菓子屋を探すためです。

<続>

彼女が出ていった原因は・・・(2)| 秘密のあっ子ちゃん(240)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
彼女は、離婚の原因が夫の女関係であっても、慰謝料など要求する気はありませんでした。ただただ、娘だけは手離したくなかったのです。
しかし、夫も娘達を非常に可愛いがっていたため、頑として引き下りません。夫の両親が出てくるやら、実家に連れ帰ってもまた連れ戻されるやら、揚句の果てには調停にもっていくという話まで出て、すったもんだの末、結局、上の娘を夫が引き取り、下の娘を彼女が引き取ることに落ち着いたのでした。
しかし、彼女は諦めた訳ではありません。いずれ上の娘も引き取るつもりで依頼人の店でがんばっていたのでした。
彼女がチーママになって一年も経たないころ、ママが引退すると言いだしました。そこで、彼女がママとして店を切り盛りしていくことになったのです。
そのころからです。依頼人と彼女が親密になっていったのは。依頼人としても、最初の日から彼女を憎からず思っていたようです。しかし、店の子に手をつけては収拾がつかないと、自分の気持ちを押さえていたのでした。ところが、彼女がママとなり、店の運営や女の子のこと、お客さんの未収のことなど、二人で打ち合わせる機会が多くなるにつれて、男と女の自然の成行きが生まれていきました。彼女の方も『男はこりごり』 と思っていたものの、依頼人の夫とは違う女性に対する誠実さに魅かれていったのでした。
半年もしないうちに、二人は同棲し始めました。もちろん、下の娘も一緒です。
以来十五年、籍こそ入れませんでしたが、二人は夫婦として暮らしました。依頼人は下の娘の父親役も十分果したのです。店の方も夫婦二人三脚で順調に推移していきました。
しかし、上の娘を引き取るという彼女の夢はついに実現しませんでした。
三年前、二人は下の娘が高校を卒業したのを契機に、老後のことを考えてラウンジを閉め、年老いても商売ができる居酒屋を始めることにしました。バブルがはじけて不景気になったのも二人のそうした考えに拍車をかけました。居酒屋は順調でした。
ところが、彼がもう一軒どこかに店を出そうかと考えていたこの五月、彼女が突然家を出たのです。同時に、下の娘も出ていってしまいました。
『家を出られた理由は分っておられるんですか?』
私は聞きました。
『実は、ラウンジ時代からの客と仲良くなり、その男の元へ行ったようです』
私はこれまでの話から、娘のためにとがんばり、男関係もルーズではない彼女が今になって男を作って出ていったということが腑に落ちませんでした。
そこで私はこう尋ねたのです。
『今までのお話では、彼女は簡単に別の男を作って出ていかれるような人ではないように思えますが、何か根本的な別の理由があったのではありませんか?』
『…』
依頼人は、それには答えませんでした。その代り、こう言ったのです。
『ひと月くらいしてから、連絡が入ったんです。
その男とはどうもうまくいってないらしく、『ごちゃごちゃしているので、戻りたい』と言ってました』
私の質問の答えにはなっていませんでしたが、私はそれ以上立ち入るのはやめました。彼があまり言いたくない理由ということになれば、ある程度想像がついたからです。
『で、どう答えられたのですか?』
『戻ってきたらいいと言っておいたんですが、未だに戻って来ないし、それ以来ぷっつり連絡も入れてきません。上の娘とは連絡をつけているはずです。ひょっとしたら、前のだんなの所へ戻ったのかもしれません』
彼は、前のご主人と同じことで彼女を傷つけたことを悔いているようでした。

<続>