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調査依頼は人生そのもの(1)| 秘密のあっ子ちゃん(243)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

昨年十月から始まったこの連載、その間に紹介させていただいたエピソードは五十一話となりました。
浮気調査で十二時間もパチンコ店での張り込みを続けたスタッフの苦労話、家出した一人娘の捜索から、 新幹線で出会った少女を探してほしいという依頼。はたまた、満州開拓団で一緒だった彼女の消息を求めてきた男性の話から、まだ見ぬ腹違いの妹を探してほしいという依頼・・・。
そこには、さまざまな人間模様が描き出されています。一つ一つの依頼の中に、依頼人の喜び、哀しみ、そして思い入れがあふれているのです。それは、「調査依頼」ということを通して、それぞれの人の一つ一つの人生そのものでした。
人は何故思い出の人を探すのでしょうか? 私は「初恋の人探します」という業務を通じて、 こう感じています。過去に出会った忘れられない人を探す。それは過去の思い出にこだわっているだけなのではなく、自分自身の生きざまや、今ある自分の原点を求めておられるのだということを。
もし皆さんの中にも、そうしたことを求めておられる方がいらっしゃるのなら、一度”過去の忘れもの”を取りにいかれてはいかがでしょうか。

<続>

彼女が出ていった原因は・・・(4)| 秘密のあっ子ちゃん(242)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 

私達が函館の「高橋」姓全てに電話しても、該当者は出てきませんでした。彼女(43才)の前夫の家の電話は、番号を電話帳に記載しない「掲略」になっていることが推測されました。
依頼人(53才)は、彼女の上の娘さんが北海道ではかなり大きな洋菓子屋さんに勤務しているということを以前に聞いていました。そこで、私達はその洋菓子店を探すために北海道へ飛んだのでした。
しかし、洋菓子店と言ってもかなりの数があります。私達は小さな店は省き、それなりの規模でチェーン展開
している店から、一軒一軒当たっていったのでした。
「こちらの従業員で、二十才前後の高橋さんという女性の方はいらっしゃいませんでしょうか?」
「高橋?当店にはそんな名前の者はいませんけど」
私達はお礼だけ言うと、 急いで次の店へ行きます。
「高橋さん?ああ、ちょっと待ってネ。奥にいるので呼んできてあげます」
私は「やった!」と同行のスタッフと顔を見合わせました。
「はい、高橋ですけど、何か?」出てきたのは男性でした。
もちろん、私は心の中で「もう!二十才くらいの女性やと言うてやろ!」と叫びますが、聞き込みではこうしたことはよくあること、「またや」と思いつつ、そこは慣れたもので、 そんなことはおくびにも出さず、にっこりしながら 「探しているのは女性なので、人違いでした」と丁寧に礼を言い、また次の店へと向います。
そんなことを何軒か繰り返していると、「本当に洋菓子店に今も勤めているのかいな?」と疑心暗鬼になってくるのです。しかし、もう手がかりはこのルートしかありません。歩き疲れて休憩に入った喫茶店でも、二人は無口になってしまうのでした。
「とにかく、今日中に回りきろうぜ」と、重くなりがちな腰を上げて次に入った店で応対に出てくれたのは、若い女性でした。
「高橋は私ですけど・・・」
彼女はそう言いました。
調査というのは、判明する時には唐突に判明してくるものなのですが、かえってこちらがびっくりして慌ててしまうことがあります。私は、「うっ!」とつまりながらも、彼女が上の娘さんに間違いないことを確認したのでした。
「そうですか。私はその人に会ったことはありませんが、前々から母や妹から聞いていました。母や妹のことを探しておられたんですか。妹は、今、私や父と一緒に住んでいます。母はやはり父の許へは戻る気はないようで、一人暮しをしています。この近くですから、私はよく往き来はしていますけど・・・」
上の娘さんは、別に隠しだてする風もなく、そう教えてくれたのでした。
私達がお母さんと妹さんの現在の住所を尋ねると、
「母も妹も、別にその人から隠れている訳ではありませんから」と、すぐに答えてくれたのでした。
その夜、私達は上の娘さんに教えてもらった彼女の住所を訪ねました。
彼女は娘さんから既に連絡を受けていたようで、私達の訪問にもさほど驚いた様子はありません。「遠い所から、わざわざご苦労様でした」と、かえって私達をねぎらってくれるのでした。
「だいたいの事情は娘から聞きました。彼が私や下
の娘のことをそんなに心配してくれていたなんて思ってもみませんでしたた
彼女は今回の件をそう切り出してから、こんな風に話してくれました。
「私もあの時は腹に据えかねてお灸をすえるつもりで、古くからのお客さんと家を出た風にしましたけど、あれはその人に芝居打ってもらったんです。そのお客さんも彼のことはよく知っていますし、気がよくて腹の太い人で、私が相談したらこういう風に協力してくれた訳です。このアパ―トも仕事も全部手配してくれましたし・・・。彼にはそろそろ連絡を取って、きっちり話し合わなければいけないと思っていた矢先です。
ですから、彼に来てもらってもいいですし、こち
らから連絡を取っても構いませんので、その辺はよろ
しくお願いします・・・」と。

<終>

彼女が出ていった原因は・・・(3)| 秘密のあっ子ちゃん(241)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

前夫の女関係の激しさに悩まされて離婚した彼女 (43才)でしたが、依頼人(52才)の人柄に魅かれて、二人は十二年を共に暮らしたのでした。その間、彼らは籍こそ入れませんでしたが、ずっと「夫婦」で経営していた店も順調にいき、依頼人は彼女が引き取った下の娘を我が子のように愛し、育てたのでした。
ところが、ある日、彼女は家を出、店の客の元へ走ったのです。その原因について、彼は言葉を濁しましたが、私にはどうも依頼人の浮気にあるように思えました。彼の言葉の端々に、前夫と同じことで彼女を傷つけたことを悔いていることが伺われたのです。
「家を出てひと月ほどしてから連絡が入ったんです。どうも、その男とはうまくいってないみたいで、「戻りたいけど、踏んぎりがつかない」と言っていました」
そして、彼は続けました。「戻ってきたらいいと言っておいたんですが、未だに戻って来ないし、それ以来ぷっつり連絡も入れてきません。一緒に出ていった娘が困ってはいないかと、それが心配で・・・」
内縁といえども我が子同然に十二年間も育てた娘のことが気になるのは当然のことでしょうが、彼が気になっているのはそれだけではないことは明らかでした。
私には彼が彼女の身の上を気にしているのが手に取るように分りました。
「前の主人に引き取られた上の娘とは連絡をつけているはずです。ひょっとしたら、前のだんなの所へ戻っているのかもしれません」
最後に、彼はそう言ったのでした。
しかし、そうは言うものの、彼は彼女の前夫と上の娘は函館に住んでいるということしか聞いていなかったのです。
そこで、例の「地獄の軒並み電話」の登場となるのです。つまり、函館の前夫の姓である「高橋」宅へ、一軒一軒電話して確認を取っていくしか方法がないのです。電話帳では、函館の高橋姓は総数七百二十四軒ありました。
スタッフ三人が手分けし、電話帳に首っぴきで、「高橋さん」宅へ軒並み電話していきます。ところが、何時間たっても該当者は現われません。受話器を持つ腕が上がらなくなるほどかけ回っても、一向にそれらしい家が出てきません。とうとう、この「地獄の軒並み電話」に慣れているスタッフからも、「これをする時ばかりは、もっと珍しい名前の時にしてほしいわ」とぼやきが入ります。それに留守宅も多いことから、その日は夜遅くまでがんばっても作業は終りませんでした。
翌日も朝一番から電話に向います。私達は、この調査を行うと、もう電話にはうんざりして、自宅にかかってきた電話にも出たくなくなるのです。
それはさておき、何と、函館の七百二十四軒の全ての「高橋」さん宅へ電話をかけ終っても、彼女の前夫と上の娘さんの家は出てこなかったのです。
最近は電話帳に番号を載せない「掲略」が多く、これだけの時間と労力をかけても、このように徒労に終る場合が出てきます。私達はがっくりです。
やむなく、私ともう一人のスタッフが、急遽、函館へ飛びます。上の娘さんが勤めているという洋菓子屋を探すためです。

<続>

彼女が出ていった原因は・・・(2)| 秘密のあっ子ちゃん(240)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
彼女は、離婚の原因が夫の女関係であっても、慰謝料など要求する気はありませんでした。ただただ、娘だけは手離したくなかったのです。
しかし、夫も娘達を非常に可愛いがっていたため、頑として引き下りません。夫の両親が出てくるやら、実家に連れ帰ってもまた連れ戻されるやら、揚句の果てには調停にもっていくという話まで出て、すったもんだの末、結局、上の娘を夫が引き取り、下の娘を彼女が引き取ることに落ち着いたのでした。
しかし、彼女は諦めた訳ではありません。いずれ上の娘も引き取るつもりで依頼人の店でがんばっていたのでした。
彼女がチーママになって一年も経たないころ、ママが引退すると言いだしました。そこで、彼女がママとして店を切り盛りしていくことになったのです。
そのころからです。依頼人と彼女が親密になっていったのは。依頼人としても、最初の日から彼女を憎からず思っていたようです。しかし、店の子に手をつけては収拾がつかないと、自分の気持ちを押さえていたのでした。ところが、彼女がママとなり、店の運営や女の子のこと、お客さんの未収のことなど、二人で打ち合わせる機会が多くなるにつれて、男と女の自然の成行きが生まれていきました。彼女の方も『男はこりごり』 と思っていたものの、依頼人の夫とは違う女性に対する誠実さに魅かれていったのでした。
半年もしないうちに、二人は同棲し始めました。もちろん、下の娘も一緒です。
以来十五年、籍こそ入れませんでしたが、二人は夫婦として暮らしました。依頼人は下の娘の父親役も十分果したのです。店の方も夫婦二人三脚で順調に推移していきました。
しかし、上の娘を引き取るという彼女の夢はついに実現しませんでした。
三年前、二人は下の娘が高校を卒業したのを契機に、老後のことを考えてラウンジを閉め、年老いても商売ができる居酒屋を始めることにしました。バブルがはじけて不景気になったのも二人のそうした考えに拍車をかけました。居酒屋は順調でした。
ところが、彼がもう一軒どこかに店を出そうかと考えていたこの五月、彼女が突然家を出たのです。同時に、下の娘も出ていってしまいました。
『家を出られた理由は分っておられるんですか?』
私は聞きました。
『実は、ラウンジ時代からの客と仲良くなり、その男の元へ行ったようです』
私はこれまでの話から、娘のためにとがんばり、男関係もルーズではない彼女が今になって男を作って出ていったということが腑に落ちませんでした。
そこで私はこう尋ねたのです。
『今までのお話では、彼女は簡単に別の男を作って出ていかれるような人ではないように思えますが、何か根本的な別の理由があったのではありませんか?』
『…』
依頼人は、それには答えませんでした。その代り、こう言ったのです。
『ひと月くらいしてから、連絡が入ったんです。
その男とはどうもうまくいってないらしく、『ごちゃごちゃしているので、戻りたい』と言ってました』
私の質問の答えにはなっていませんでしたが、私はそれ以上立ち入るのはやめました。彼があまり言いたくない理由ということになれば、ある程度想像がついたからです。
『で、どう答えられたのですか?』
『戻ってきたらいいと言っておいたんですが、未だに戻って来ないし、それ以来ぷっつり連絡も入れてきません。上の娘とは連絡をつけているはずです。ひょっとしたら、前のだんなの所へ戻ったのかもしれません』
彼は、前のご主人と同じことで彼女を傷つけたことを悔いているようでした。

<続>