これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
前夫の女関係の激しさに悩まされて離婚した彼女 (43才)でしたが、依頼人(52才)の人柄に魅かれて、二人は十二年を共に暮らしたのでした。その間、彼らは籍こそ入れませんでしたが、ずっと「夫婦」で経営していた店も順調にいき、依頼人は彼女が引き取った下の娘を我が子のように愛し、育てたのでした。
ところが、ある日、彼女は家を出、店の客の元へ走ったのです。その原因について、彼は言葉を濁しましたが、私にはどうも依頼人の浮気にあるように思えました。彼の言葉の端々に、前夫と同じことで彼女を傷つけたことを悔いていることが伺われたのです。
「家を出てひと月ほどしてから連絡が入ったんです。どうも、その男とはうまくいってないみたいで、「戻りたいけど、踏んぎりがつかない」と言っていました」
そして、彼は続けました。「戻ってきたらいいと言っておいたんですが、未だに戻って来ないし、それ以来ぷっつり連絡も入れてきません。一緒に出ていった娘が困ってはいないかと、それが心配で・・・」
内縁といえども我が子同然に十二年間も育てた娘のことが気になるのは当然のことでしょうが、彼が気になっているのはそれだけではないことは明らかでした。
私には彼が彼女の身の上を気にしているのが手に取るように分りました。
「前の主人に引き取られた上の娘とは連絡をつけているはずです。ひょっとしたら、前のだんなの所へ戻っているのかもしれません」
最後に、彼はそう言ったのでした。
しかし、そうは言うものの、彼は彼女の前夫と上の娘は函館に住んでいるということしか聞いていなかったのです。
そこで、例の「地獄の軒並み電話」の登場となるのです。つまり、函館の前夫の姓である「高橋」宅へ、一軒一軒電話して確認を取っていくしか方法がないのです。電話帳では、函館の高橋姓は総数七百二十四軒ありました。
スタッフ三人が手分けし、電話帳に首っぴきで、「高橋さん」宅へ軒並み電話していきます。ところが、何時間たっても該当者は現われません。受話器を持つ腕が上がらなくなるほどかけ回っても、一向にそれらしい家が出てきません。とうとう、この「地獄の軒並み電話」に慣れているスタッフからも、「これをする時ばかりは、もっと珍しい名前の時にしてほしいわ」とぼやきが入ります。それに留守宅も多いことから、その日は夜遅くまでがんばっても作業は終りませんでした。
翌日も朝一番から電話に向います。私達は、この調査を行うと、もう電話にはうんざりして、自宅にかかってきた電話にも出たくなくなるのです。
それはさておき、何と、函館の七百二十四軒の全ての「高橋」さん宅へ電話をかけ終っても、彼女の前夫と上の娘さんの家は出てこなかったのです。
最近は電話帳に番号を載せない「掲略」が多く、これだけの時間と労力をかけても、このように徒労に終る場合が出てきます。私達はがっくりです。
やむなく、私ともう一人のスタッフが、急遽、函館へ飛びます。上の娘さんが勤めているという洋菓子屋を探すためです。
<続>