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男運の悪い彼女(2)| 秘密のあっ子ちゃん(252)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

人探しの調査の結果、彼女(37才)の実家はすぐに判明してきました。 しかし、実家でもその周辺でも、いざ彼女の現在の居所となると、どうも要領を得ません。皆、奥歯にものが挟まった言い方をして、結局、彼女が今どこに住んでいるのかは明らかにしないのです。
やっとの思いで、彼女が寝起きしているという、実家が所有する借家の住所が明らかになってきました。そして、二年前離婚が成立したことも判ってきました。 私達が早速、依頼人(37才)に報告したのは言うまでもありません。
ところが、彼はまたもや逡巡していました。
「僕なんか突然会いに行けばびっくりするだろうな」 当社にも二度程、相談の電話が入ってきていました。 ひと月後、ついに彼は決意を固めて報告書に書かれてある住所に向いました。大阪から車で五時間の行程です。
ところが、辿り着いた目当ての借家には人影がありませんでした。彼が近所の人に聞くと、「いつまでも実家の世話になっていると、とやかく言われる」との理由で、一週間前にその借家を出て、近くのアパートを借りて住み始めたのだということでした。
彼(37才)は、彼女が新しく越していったアパートがどこなのかを調べてほしいと、再び依頼してきました。
それは、今までの逡巡がどこへ行ったのかと思える程の強い意気込みでした。彼にも分っていたのでしょう。あれこれ迷っていないで、報告があってすぐに連絡を取っていれば余計な手間がかからなかったことを。 アパートの所在が判明すると、彼は今度はすぐに出かけていきました。
「お陰様で連絡が取れました。有難とうございます」 そんな電話が入ったのは、二度目の報告をしてから三日後でした。
電話はすぐに切れましたし、もともと彼は私達に自分の感情については一言も語りませんでしたので、私もそれ以上突っ込んで聞くのは控えました。「そうですか。それはよろしゅうございましたネ」とだけ答えたのでした。
しかし、彼は自らの想い一決して口には出さなかったけれど、嫌でも分ってしまう彼女への想いを伝えることができたのだろうかと、私は今ごろになって気になっています。
<終>

男運の悪い彼女(1)| 秘密のあっ子ちゃん(251)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

ちょうど昨年の今頃、新聞販売店を営んでいるという、三十代後半の独身男性から電話が入りました。扱っている新聞でいつもそちらの探偵社の広告を見ていて、ずっと気がかりだった人が今どうしているのか調べてほしいというものでした。
探したい人というのは、三年前彼がまだ別の店でオーナー見習いとして働いている時に、アルバイトとして来ていた同い年の女性です。
色恋がからんでいるというのではなく、「田舎に帰る」と言って退めたものの、彼女には複雑な事情があったためその後どうしたのか、この三年ずっと気になっていたのでした。少なくとも彼はそう語っていました。しかし、私は当初からやはり何らかの感情はあったはずだと踏んではいましたが。 その彼女の複雑な事情というのはこういうことでした。彼女は既に結婚していたのですが、夫運が悪いと言おうか、次から次へと女は作るし、所帯費は入れないしで、彼と知り合ったころにはとっくに離婚を考えていました。彼女の実家が商売をしている上に資産もあったので、生活が困るということはなかったようです。しかし、親切にしてくれた男性と妙な噂が立ち、田舎のこと故居ずらくなって、こちらに出てきていたのでした。しかも、彼女は体があまり丈夫ではありませんでした。
依頼人(37才)がオーナー見習いとして勤めていた新聞販売店に、彼女がアルバイトとして働いていたのはほんの僅かな期間でした。
「いろいろあって、田舎では居ずらくて…。それに、実家も少しほとぼりが冷めるまで戻って来るなと言うし…」
そう言いながらも、彼女は三ケ月も経たないうちに離婚の手続きをしてくると言って、田舎へ帰っていきました。
その直後、彼の方も現在経営している店の話が持ち上がり、慌ただしく新しい店へと移っていきました。 彼が彼女と知り合っていた期間は三ケ月と短いものでしたが、その間、彼は彼女から様々なことを聞いていました。主人の女癖の悪いことやぐうたらぶり、実家の商売のことや格式があるばかりに親族が世間体を気にすること、田舎のことや立てられた噂のことなど、時には愚痴を聞いてやり、時には相談に乗ってやりという風に…。
新しい店へ移ってからも彼は時折、「彼女はどうしただろうか」と思い出されました。
彼女(37才)の消息を知ろうと、彼(37才)は何回となく以前勤務していた新聞販売店へ連絡を入れてみました。しかし、彼女は誰にも連絡を取らなかったようです。彼女の“その後”は全く分らなかったのでした。
彼は心のどこかで気になりつつも、諦め始めていました。連絡がないのは万事うまくいったことなのだろうと思うように努めていました。
ところがある日、新聞を整理していると、一つの広告が目に飛び込んできたのです。
「過去の忘れもの、いつとりにいきますか?」
それは当社の広告でした。 一瞬、ドキッとしました。それでも彼はすぐには依頼しませんでした。「向こうから何の連絡もないのに、わざわざこちらから連絡を取って、却って迷惑になってもなぁ」とか、「たかが三ケ月の知り合いで、何も金をかけて探すこともないだろう。必要なら向こうから連絡があるだろう。こちらの居所は前の店で聞けばすぐ分るのだから」とかと自分自身に言い訳して、二、三ケ月逡巡していました。 ところが、気になる気持ちを消し去ることはできませんでした。彼は重い腰を上げたのでした。

<続>

あまりに早い奥さんの死(2)| 秘密のあっ子ちゃん(250)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「私が探したいという人は妻の初恋の人です。
妻は現在四十四才で、病気療養中です。より正確に申しますと、末期の肝臓癌で、既に癌のひどい痛みのための連日うなされている状態が続いています。
痛みが強い時は過去の出来事が思い出されるようで、最近は特に初恋の人のことをよく申します。その人のことを話している間だけは気力が出るのか、痛みも少し和らぐようです。近ごろでは、妻を励ますつもりで、私の方からもその人のことを話しかけるようにしております。
全身を襲う癌の苦痛に耐えている妻の姿を見るに忍び難く、今の妻の心の支えであるその人に、せめて生きている間に合わせてやりたいと思うのです。
そんな訳で、調査はできるだけ早くお願いしたいのです。妻にはもうあまり時間がありません。
ただ心配なことは、その人は当年七十才のご高齢で、ご健在かどうかということです…」
私達がすぐさま動き出したのは言うまでもありません。
依頼人の奥さんが十九才のころに憧れたのは、四十六才の妻子ある上司でした。幼い頃に父を亡くした彼女にはファザー・コンプレックスがあったのかもしれません。
妻子ある上司に憧がれたと言っても、今流の不倫に発展した訳ではありません。ただ、彼女の心の中にだけある想いでした。その人柄をただただ慕っていたのでした。
しかし、そんな彼女の秘かな想いも二年が経つ頃には断たれてしまうことになりました。その人が転勤となったのです。
自分の想いを誰にも打ち明けたことのない彼女にとって、いくら会いたいといえども会いに行けるものではありませんでした。そのうち、あたかも忘れ去ってしまった出来事かのように、彼女の初恋は胸の奥底にしまわれていきました。
それが、癌というひどい痛みと闘わなければならない状態の中で、鮮明に蘇えってきたのです。
その人の調査は難行しました。当然と言うべきか、既に依頼人自身も色々調べていました。しかし、その所在は杳として分らなかったのです。もう、一刻の猶予もありません。引き受けた責任上、いえその理由だけではなく、私は何としても彼女が元気なうちに所在を知らせてあげたいと思っていました。時間との勝負でした。
依頼人の奥さん(44才)の初恋の人の所在がやっと判明してきたのは、桜の花の頃でした。
早速報告した私に、彼は「どういう風に言えば一番いいでしょうか?先方に迷惑をかけるのも申し訳ないですし…」と悩んでいました。
「ありのままをお話すればいいのではありませんか?ご本人に直接連絡をつけることができれば、ご迷惑になるということはないと思いますが」私はそう答えました。
「そうでしょうか?一度、妻の兄とも相談してみます」そう言って切られた電話から、何ケ月も彼から連絡がなかったのです。
「どうしはってんやろ?」スタッフ達と気にしていた矢先に届いた悲報でした。 その手紙の封筒の裏に書かれた彼の名前をじっと見つめていると、彼は今どんなことを考えているのだろうかと思わずにはいられません。
七夕の日に逝ってしまった妻。妻が癌の痛みにうなされながら口にしていた名の人には、結局生前会わせることができなかったけれども、それでも遠方から葬儀に駆けつけてくれた…。 彼は奥さんの初盆をどんな気持ちで一人迎えたのだろうかと考えていると、無性に切ない気持ちに捕らわれたのです。

<終>

あまりに早い奥さんの死(1)| 秘密のあっ子ちゃん(249)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

昨日、とても悲しい知らせが届きました。
「前略 先日は妻の件で大変お世話になりました。お礼申し上げます。
去る7月7日、妻は他界いたしました。
貴社様にたずね人の調査をお願いいたしました方とは無事連絡がつき、励ましのお手紙をいただきましたが、妻の生前にはお会いすることができませんでした。しかし、葬儀には遠方よりお越しいただき、妻の仏前で合掌してくださいました。妻も満足であったに違いございません…」
手紙にはそう書かれてありました。
差し出し人は四十八才、東京在住の男性です。調査途中に一度だけ訪ねて来られました。誠実で優しそうな印象を与える人でした。 彼に調査結果を報告したのは今年の桜の頃です。全ての事情が分っていた私やスタッフは、その後彼から音信がなかったので、奥さんの容態を気にしていました。ですから、予想できたこととはいえ、手紙を読んだ時には私は言葉を失ってしまいました。
彼の奥さんは享年四十四才。あまりにも早い死でした。
明日は彼女の初盆。せめてお線香でもと、私はお供えを送りました。

彼が手紙で問い合わせてきたのは、二月の終わりのことでした。私は被災地での調査に走り回っている頃です。
「私は現在東京都に在住している者です。先日のテレビの放映番組で貴社様の存在を知り、一度お手紙でお伺いして、場合によればお願いしようとも考えている者です」
ワープロで打たれた手紙はそんな書き出しで始まり、手がかりとなる項目だけが列挙してあるものでした。そして、「返信用封筒を同封いたしますので、調査が可能かどうかご連絡下さい」とあったのです。
もちろん、何故探したいのかという理由は書かれていませんでしたので、その時点ではどんな理由で、どういう人が探したいのかなど、私には全く分りませんでした。なおかつ、依頼人の年令すらも分らなかったその時点では、連絡が取れなくなった恋人の所在を確認したい青年であろうとぐらいしか考えていませんでした。 とにもかくにも、その手紙を一見して、調査は可能だったのでその旨を連絡したのでした。
三週間程して 正式に調査を依頼したいと、再び届いた彼の手紙を見て、私は胸が詰まる思いでした。

<続>

100万円を立て替えて・・・(3)| 秘密のあっ子ちゃん(248)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

翌日、私は彼女のマンションへ下見に行きました。
マンションはオートロックになっており、彼女の部屋は五階にありました。彼女の写真がないため、マンションの出入口では彼女を特定できません。私は、彼女が部屋から出てくるところが見え、なおかつ彼女に気づかれない張り込み場所を探しました。それが済むと、車両とバイクをどの位置に配置しておけばよいかを考えました。彼女が徒歩と地下鉄を使っても、あるいはタクシーで通勤しても、また自転車に乗っていっても対応できるように考えておかねばならなかったからです。
尾行班の配置場所を確定し終わると、彼女の部屋の近くで、彼女が出てくるのを待ちました。できれば顔を確認しておきたかったのです。しかし、二時間待っても彼女は姿を現わしませんでした。私は、その日は彼女の顔確認を諦め、翌日尾行を決行するよう、尾行班に指示したのでした。
尾行決行当日、尾行班は彼女が同伴や美容室へ行くことも考えて、早めに張り込みを開始しました。
二、三時間は彼女の部屋の前では動きがありませんでした。
午後四時ごろになって、 下の子供達と覚しき中学生と小学生が学校から帰ってきました。彼女はまだ出てきません。
五時半ごろ、上の娘さんと末っ子の男の子が部屋から出てきました。
二十分程して、二人は戻ってきました。しかし、彼らはなんと、足を骨折してギブスをはめた中年女性を乗せた車椅子を押していたのです。部屋に入る時、先に入ろうとした末っ子に上の娘さんが、「お母さんを先に入れたらなあかん!」 と叫びました。
彼女は、今度は足の骨折のため療養中だったのです。
彼らはマンションの中に入り、彼女を車椅子にのせたままエレベーターに乗り込みました。自分達の部屋の前まで来ると、上の娘さんが車椅子から彼女を抱きかかえてドアの中に入ろうとしました。その時、末っ子が我先に入ろうと二人を押しのけたので、「あかん! お母さんを先に入れたげな!」と、姉にたしなめられていました。
足を骨折して抱きかかえられた中年女性こそが彼女 であることは明らかでした。
この状態では、彼女はとても働きには出れません。 私達はそれを確認して、張り込みを解除したのでした。
翌日、私はこうした彼女の状況を依頼人に報告しました。
「そうでしたか。足の骨を折っていたんですか。そういうことなら、足が治るころまで、彼女からの連絡をもうしばらく待ってみます」彼はそう言って帰っていきました。
私は、世の中にはなんと心の広い、暖かい人がいるんだろうかと、彼の後姿を見送ったのでした。

<終>