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風にふかれるストレートヘア (1) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル

 これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。
なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 二学期の期末テストが終わった放課後は、教室や廊下の空気そのものがこの五日間とはまるで違っていた。校庭では気の早いサークルがすでに練習を開始していた。
  騒いでいる友人たちから少し離れた窓際で、和宏は校庭を眺めていた。
  陸上部が十数人集まって、ランニングを始めている。その一団の中ほどに千里がいた。隣を走る女生徒と何か言葉を交わしながらゆっくりと走っている。
  色白でくっきりした顔だちは大人びた魅力があり、とても中学一年生には見えなかった。
  風に吹かれるたび、サラッと流れるような彼女の長いストレートの髪とその魅力的な笑顔は、遠くからでも一際目立った。和宏は風にふかれる彼女の髪が大好きだった。
  千里は和宏の同級生の妹だ。しかし、まだ言葉を交わしたことはない。千里の兄にも、ほかの同級生にも、もちろん千里本人にも。
 千里が入学して間もないころから、こうして校庭で練習しているその姿をよく眺めていた。彼女のクラスが理科教室や音楽教室へ移動する時間は、廊下ばかりが気になった。千里は彼の教室へ顔を向けることはなかったが、それでも彼女のいる一年C組の生徒たちが自分のクラスの前を通ると、千里の横顔を探していた。
「おい、柏本。帰ろうぜ」
  ふいに背後で声がした。クラスの友人だった。
「いや、俺、まだ用事があるねん」
「何の用事やねん。デートか?」
「何言うてんねん!」
  和宏が答える間もなく、彼らはどやどやと教室から出ていった。友人たちが出ていくのを見届けてから、屋上へ向かう。
  屋上は風が強かった。十二月の風は下にTシャツだけの学生服姿には冷たすぎる。屋上から一段下がった踊り場で待っていると、遠山良美が階段を駆け上がってきた。
  良美は千里といちばん仲のいい生徒だった。和宏は彼女に呼び出された時から「ひょっとして千里のことかもしれない」と期待に胸を膨らませていた。
「口もきいたことのない千里が俺に何か言ってくるわけがない」
  自分の願望を打ち消したが、それでも期待は残っていた。
「ごめん、待たして」
「話って、何やねん」
「うん、あのね。柏本さん、誰かつきあってる人いるの?」
  きた!和宏は心の中で叫んでいた。
「いいや」
  次に千里の名前が出るのを固唾を飲んで待ちながら、和宏は答えた。
「それやったら、あたしとつきあってくれへん?」
「え!?」
 和宏にとって自分が良美に好かれているということよりも、この“呼び出し”に千里がまったく関係がないことの方が重大だった。
「俺、好きなヤツいてるから…。ごめんな!」
  とっさにそれだけ言うと、和宏は良美の次の言葉も待たずに二段跳びで階段を下りていった。振り返りもしなかった。
  三日後、和宏は再び良美に呼び出された。
「しつこいな」
  そう思ったが、良美が千里の親友であることを考えるとあまり邪険にもできない。
「今度はきっちり納得するように説明して断らないと・・・」
  屋上に向かうと、今度は良美が先に来て待っていた。
「やあ」
「ごめんね。何回も呼び出して」
「ううん…」
  風が屋上から吹き下ろしてくる踊り場で、和宏は寒そうにポケットに手を突っ込み、足踏みをした。
「この前の話だったら・・・」
  口にしかけて、その後をどういう風に言っていいかわからず黙っていた。
  次に口を開いたのは良美だった。
「この前の話は、あれでわかったからもういいねん。それでね」
  少し言葉を切って続ける。
「私とつきあわへんねんやったら、千里とつきあったってくれへん?」
  ~ 続く~

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