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15歳の予感(3) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 宇和島から松山へは、特急でも一時間四十分はかかる。決して近いところではなかったが、サチエにとって、そんな時間などまるで苦にならなかった。
 行きの電車では久しぶりに先生に会えると思うと心が浮き立った。帰りは帰りで、話ができた
満足感に浸っていた。
 しかし、転勤と同時に十川の多忙さにも拍車がかかっていた。
 最初は毎週のように会いにいけていたサチエだったが、それが月に一度になり、二、三ケ月に一度ということもめずらしくなくなってきた。
 顔が見たい。会って話がしたい。電話だけじゃ不安でたまらない。
 そんな状態が、二年以上も続いた。
 サチエは十九歳になっていた。
 医者という仕事の重要性は頭では理解しているつもりだった。しかし最近は、もう何ケ月も電話ばかりの日々が続いている。電話の向こうの十川の口調は相変わらず優しかったが、サチエの不安は打ち消せなかった。
「先生は私の気持ちなんかまったくわかってくれてない!」
 イライラする日が続き、耐えきれなくなったサチエは信頼する友人に思わずグチをもらしていた。高校卒業から通いだした洋裁学校の先輩だ。
「そんなにつらいなら、きっぱりあきらめてほかの人とつきあいなさいよ」
 彼女はそう言うと、一人の男性を紹介してくれた。
 四つ年上の、頼りがいのありそうな人だった。
 十代のころには暴走族に入って深夜にバイクを飛ばしたりしたこともあると、正直に言ってくれた。ずいぶんつっぱっていたが、今は家業を継いで真面目にやっている。そろそろきちんと将来のことを考えたいとサチエに話してくれた。
 何回かデートもした。
 彼はいい人だった。サチエに対してとても優しかった。
「結婚してほしい」
 その言葉を聞くのに時間はかからなかった。
 これで先生を忘れられるかもしれない。結婚へのあこがれもあった。待つだけの状態には疲れてしまった。もう電話の前でソワソワする必要もないのだ。
「…返事は今度でいいですか」
 サチエは迷っていた。
結婚をそんなに簡単に決めていいの?本当にそれで後悔しない?
思いあぐねている時に電話が鳴った。先生からだった。
「今、結婚話が出ているんです」
何も考えずそう口に出していた。それを聞いて十川がどう思うかも想像しなかった。
困った時には、先生に相談すればいい。今までずっとそうしてきたのだから。
「…自分の目でしっかりと見て、自分を信じて判断すればいい」
いつもの彼らしい言葉だった。
「でもそういうことなら、お祝いをあげなきゃね」
それを聞いて、サチエはあやうく受話器をとり落としそうになった。
今はっきりわかった。
自分の気持ちに嘘をついてはいけない。いや、嘘はつけない。
やっぱり、十川先生を忘れることなどできない。
サチエはプロポーズを断っていた。
しばらくして十川から「また転勤するかもしれない」と電話があった。
「どこになるかはまだはっきり決まっていないから、具体的になったら、また連絡するよ」
そして、それきり連絡はこなかった。
待ちきれずにサチエが松山の病院に問い合わせた時には、彼はすでに転勤したあとだった。
<続く>

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