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シャッターチャンスは一度だけ(1) | 秘密のあっこちゃん調査ファイル:

これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 丸二日間、鳥取の海岸でさんざん遊んだあと、今朝早いうちに砂丘に行った。風向きによって、その形を変える風紋や砂れんは、視覚にはたいそう神秘的ではあったが、歩くには踵まで砂に入りこむ足を一歩一歩抜きながらでないと前には進めない。すぐに太腿がきつくなる。
「砂丘を見るには見たんだから、もう行こう」
 最初に音を上げたのは落合だった。
「けど、今から帰ったって、時間が余りすぎるぜ。どこかにいいとこってあるか?」
 山本が言いながら、石川の方へ顔を向ける。
「そうだなぁ、ここから大阪までの途中できれいな所っていったら、玄武洞かなあ」
 以前に何回か山陰を旅行したことがあると話していた石川が言う。
「玄武洞か! 俺、まだ一ぺんも行ったことないよ。岩がすごいらしいな。そこに行こう!」
 野沢のその一言で、帰りは玄武洞に寄ることに決まった。
 電車で鳥取を出たのは十一時過ぎ。城崎に着いたのは十二時半だ。城崎駅からは広々とした円山川の横を走る各駅停車に乗り換えになる。目的地に近づくにつれ、川の東岸に木々の蔭から切りたった崖が見えてきた。
「おい、あれと違うか?」
 野沢が対岸を指さした。
「ああ」
 誠司は気のない返事をした。
 その年の春に、北山誠司は大学に入学した。一浪してやっと入った大学ではあったが、目標としていた学校ではなかった。志望校に入れなかったという事実は、誠司をかなり落ち込ませていた。夏休みまでの四ケ月間、誠司は沈んだ気分のまま大学生括を送っていた。
 それでも、高校から予備校をずっと一緒に過ごした仲間と会う時は少し気が晴れた。仲間は誠司を含めて六人。野沢と山本はずっと同じクラス。石川、落合とは高校時代から顔は知っていたものの、予備校に入ってから親しくなった。最後に横井が加わった。
 夏休みに入る前、誰が言い出したのか、六人でどこか旅行に行こうということになり、とりあえず泳ぎにいくことに決めた。
「どこがいい?」
「須磨はいやだぜ」
「なら白浜か」
「やっぱり日本海がいいな」
「だったら、鳥取の方に行こう」
 正直なところ、誠司はあまり気乗りがしなかった。
 春からずっと滅入っていた気分のままで遠出するのには、少しエネルギーが必要すぎる。しかし自分だけが抜けて、五人をしらけさせるわけにもいかない。鳥取行きに渋々ながら同意した。
 出発は八月八日から十日の二泊三日の日程だ。
 駅に降りるとすぐに舟着き場があった。三十人も乗ればいっぱいになりそうな小さな渡し舟で円山川を乗り進むと、対岸の玄武洞の青黒い六角形の柱状節理が幾層にも重なっている様子が鮮やかに見えてきた。
 誠司たちは舟から降りると階段を昇り、無数の玄武岩がぐるりと取り囲む広場に出た。
 天平時代の女官のプリーツスカートを思わせるその岩々は、右へ左へゆるやかにカーブして、まるで衣の裾がひるがえっているようだ。プリーツスカートの岩の前には小さな池があり、「青龍洞」と記された杭が立ててある。誠司たちはそこでお互いの写真を撮りあっていた。
 右手奥を見ると、大きな洞窟の前でノートに何かを書き込んでいる二人の少女が目に入った。一人は白い大柄の花をプリントした濃紺のワンピース姿。もう一人は黄色いTシャツにスリムジーンズをはいて、チューリップ帽をかぶっていた。
 その時、なぜか誠司はそのTシャツ姿の少女から目が離せなくなった。グレーや黒や茶色い岩々に囲まれてそのTシャツの黄色が鮮やかに浮き出ていた。
 高校生くらいに見える。どこから来たんだろうか。何をしているんだろう。
 玄武洞を見学しているあいだ、その二人組は熱心に岩々を観察しているようだ。
 帰りの渡し舟で、誠司たち六人は彼女たちと一緒になった。玄武洞駅から福知山へ向う列車も一緒だった。
 二人は誠司たちから三つほど後ろの座席に座っていた。彼女たちは窓を開け、風に髪の毛をなびかせながら何か話し込んでいる。後ろ向きに座った誠司の席からは、進行方向に座っている黄色いTシャツの女の子がよく見えた。野沢は冗談を言い合って騒いでいたが、誠司はその〝黄色″が気になり、彼女をチラチラと盗み見た。彼女は知的で、純真そうで、さわやかな印象を誠司に与えていた。
 大阪行きの列車の待ち合わせは二時間以上もある。福知山で時間をつぶすつもりで途中下車すると、彼女たちも一緒に降りてくる。ホームの中央に固まったまま「さて、どうしようか」と相談しながらふと見ると、ホームの少し先に彼女たちがまだいた。
「写真でも撮るか」
 言いだしたのは落合だ。
 停車している列車の前に、誠司、野沢、山本、石川、横井の順に並び、落合はカメラを構えた。
シャッターを押そうとして急にやめた落合は、突然、彼女たちに声をかけた。
「一緒に写しませんかあ」
 二人はちょっと顔を見合わせてにっこり笑い、五人が並んでいる列の前に入ってきた。
「今度はこれで撮ってもらえませんか?」
〝紺のワンピース″が自分のカメラを落合に渡した。
「みんなでお茶でも飲みに行こう!」
 誰からともなくそう言いだした。
「だったら、私たちがよく行くハンバーガーのおいしいお店があるわ」
 〝黄色のTシャツ″が言った。
 店は駅から五分ほど歩いたところにあった。黄色いTシャツの女の子は誠司の向いに座った。
 彼女らは地元の高校一年生で、夏休みの宿題の課題研究のために玄武洞にやってきたのだという。誠司たちが大阪から来たと聞くと、
「わぁー。私、一度エキスポランドへ行きたいと思っていたんです!」「私も!」
 と口々に言い合った。
「エキスポランドって、大した乗り物はないよ」
「そうなんですか~ ダイダラザウルスに一度乗ってみたいんですけど……」
「大阪へ来たら案内してあげるよ」
そう言ったものの、誰も自分たちの連絡先を教えようとしなかった。誠司はそれが不思議だったが、自分が率先して教える気にもなれなかった。
<続く>

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