これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております
バレンタインの日、勇気を奮い起こして五歳年上の高校三年生の彼にチョコレートを渡した中学一年のお ませな彼女。
翌日、いつものように通学の電車の中で会った彼は、「昨日のお礼」と言って小さな包みを彼女にくれました。
天にも昇る思いで教室に駆け込んだ彼女。その包みを開くと、そこにはキティちゃんのノートと彼からの手紙が入っていました。
ところが、その手紙には「僕には好きな人がいます。ごめん。しっかり勉強してネ」と書いてありました。
こうして、中学一年だった彼女の淡い初恋はもろくも砕けてしまったのです。
三月になると彼らは高校を卒業し、彼女が電車の中で彼らのグループに会うことは二度とありませんでした。
それから十五年の月日が過ぎました。
二十八歳になった彼女はあの初恋以来、もちろん何回か恋をしました。結婚の話さえ出たこともあります。
しかし、心の中にはいつも彼がいるのです。その思いがどの恋にも彼女をあと 一歩、踏み込ませないでいました。
あの『あすなろ白書』の『なるみ』みたいな人が本当にいるんですネェ・・・(何 のことか分からないオジさんには失礼しました)。
彼女が当社にやってきたのは自分自身のためでした。
「大人になった自分を見てもらいたい。もし、彼がまだ独身なら交際したいというのが本音だけど、結婚していたとしても、もう一度だけ会いたい。そしたら自分の気持ちにふん切りをつけることができる」 彼女はそう私に話してくれました。
彼の調査は、高校側の調査拒否にあったり、彼女の記憶違いもあったりで、簡単というわけにはいきませんでしたが、とにもかくにも同級生のルートから本人の所在を明らかにできました。
そして、彼女の希望で私が彼にコンタクトをとることになったのです。
「あのう、突然つかぬことをお伺いして申し訳ないんですが、高校三年生の時、電車でいつも一緒だった中学生からチョコレートをもらったご記憶はございませんか? それで、お礼にキティちゃんのノートをあげたという女の子のことなんですが・・・」
「ああ、よく覚えていますヨ。目のくりっとしたかわいい感じの中学生で、僕たちのアイドルでしたヨ」
「実は彼女がぜひもう一 度会いたいということで、ずっとあなたの連絡先を知りたがっておられたんです。会っていただくわけにはいきませんか?」
「いいですヨ。そんなに気に留めていてくれたなんて光栄です」
彼の返事は上々でした。
私はあえて彼が結婚しているかどうか、聞きません でした。それは、彼女自身が直接聞くものであると考えたからです。
そして、いよいよ二人の再会の日がきたのです。
再会の日、彼女はいつになく緊張していました。どの服を着ていこうかということでさえ、随分悩みました。
初恋の彼と一日だけのデートの日、彼女は十五年来の思いがかなって、やっと初恋の彼と再会を果たすことができ ました。だけど、彼はすでに結婚していました。彼は奥さんから「そんなに思われていて幸せネ」とからかわれて出てきたと彼女に話しています。
二人は食事をし、お酒を飲み、一日だけのデートを楽しんだのでした。
十日後、彼女が当社にやってきました。
ドアを開けた途端、私は「アッ」と驚きました。 彼女は髪の毛をばっさり切っていて、雰囲気も変わり別人のようでした。彼女は言いました。
「楽しい一日でしたが、あれから一週間は泣き明かしたんです。でも一週間目にふっとふっ切れました」
彼女は以前から明るい人でしたが、今はもっとさばさばしていました。 私もその時、気がつきました。
彼と再会する前の彼女は暗さはなかったものの、その目は過去ばかりを見ていたのです。今、その目は未来に向けられていることがひしひしと分かりました。
十五年来の初恋はこうし て本当に終わったのでした。
過去と決別し、新しい出発を誓った彼女に幸多かれと願わずにいられません。
<終>
Please leave a comment.