これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
妻の父親に不徳をなじられ、彼は離婚の申し出を承諾しました。一年足らずの結婚生活でした。
それから四十六年、紆余曲折はあったものの、彼は何不自由なく暮らしています。あの時の女性はもともと男出入りが多い女で、半年もしないうちに別の男を作ったので、すぐに別れていました。その後、全く別の女性と再婚し、子供にも恵まれました。
平成五年、七十二才になった彼は、自分の人生の中でずっと気になっていた先妻と同じ名前を東京の電話帳で発見しました。
彼はすぐにその人に手紙を書きました。
「私は先妻の消息を探しています。もし、あなたがご本人だったら連絡を下さい」と記して…。
返事は来ませんでした。その人が先妻に違いないと考えていた彼は、翌年、もう一度手紙を書きました。
「四十五年前の償いとして、今後毎月十万円を送金させていただきます」と書いて、現金を同封したのでした。返事は来ました。しかし、そこには、
「人違いです。お金は返します」
と、ただそれだけが書かれてあったのでした。
彼(74才)は諦めきれませんでした。残された時間だけが短くなっていくようで、気持ちだけが逸ります。
「もうこの年ですから、彼女も健在かどうか…。しかし、向こうに行く前に償いだけはしておきたいのです」
人探しの調査を依頼される時、彼はそう切々と語りました。
調査の結果、彼女(72才)は健在でした。姓も変わっていませんでした。
「元気に暮らしております」という言葉は聞きましたが、それ以上の深い話を、私達は敢えて聞きませんでした。そして、彼のことも一切話しませんでした。それは、償いたいという気持ちを伝えるのにも、彼は彼なりの心づもりがあるだろうと判断したからです。彼がそれをどう伝えたのか、もちろん気になることは確かです。しかし、それは彼からの連絡を待つことにしています。
<終>

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