これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
梅だよりが聞かれ始めた早春のある日、『北海道から』と言う男性から一本の電話が入りました。
彼は三年前からすすきのの近くで居酒屋を経営し、年令は五十二才になると言います。彼は、現在四十三才のある女性をどうしても探してほしいのだと言ってきました。
私は当初、昔の恋人を探しているのかと思っていました。しかし、話を聞き進むにつれて、そういうことではないということが分ってきたのです。
彼が彼女と知り合ったのは十五年前でした。当時、彼は今の居酒屋ではなく、すすきのの中でラウンジを経営していました。と言っても、彼はほとんど表に立たず、店の顔は十年近く勤務している女性を雇われママとして立てていたのです。
ある日、年のころなら二十七、八才の美しい顔立ちの女性が面接にやってきました。美人である上に、水商売に擦れてはいず、にも関わらず、受け答えは頭の良さが言葉の端々に出る快活さがあって、客受けするのは間違いありませんでした。彼はその場で採用を決めました。それが彼女だったのです。
彼女は早速、翌日から働き始めました。
何と言っても水商売は初めてのこと故、最初のころは水割りを作る手さえぎこちありませんでした。
それでも三ヶ月も経たないうちに、持ち前の頭の良さで客あしらいも目に見えて上手くなり、常連客の評判も上々となっていったのです。なにしろ笑顔がいいのです。それに客を飽きさせません。しかも、ママに指示されなくても他のテーブルにも目を配ることができるようになったのです。
当然、ママも彼女には目をかけ、依頼人もまた彼女のそうした働きを見るにつけ、あるいはママや客からの評判を聞くにつけて、彼女に期待をかけていくようになっていきました。そして、二年もしないうちに彼女はチーママになっていたのです。
彼女自身もまたがんばっていました。ここで踏んばらないと彼女の夢が実現できなかったからです。
それは彼女の二人の娘に関っていました。
彼女には五才と三才になる娘がいました。今は下の子とは一緒なのですが、彼女としてはどうしても上の子を引き取りたかったのです。
離婚の原因は夫の女関係でした。新婚早々からおかしいと思っていた彼女でしたが、上の娘が誕生するころには、夫は大っぴらに外泊するようになりました。彼女が問い詰めると少しはおとなしくしているのですが、しばらく経つとまたぞろ悪い虫が出てくるのです。相手はその度に変わっているようでした。
彼女が二十三才、夫が二十五才のころです。夫は背が高く、スポーツマンタイプで、なかなかの男前でした。それに浮気をされても、心底憎めないところがあったのです。彼女は、惚れた弱みと『子供のため”にずっと我慢していたのですが、下の娘ができてからは、夫はこれまでのように見えすいた「言い訳もしなくなり、暴力を振るってくるようになりました。そうなると彼女の忍耐もいよいよ限界に達したのです。
夫は次にあてがあるのか、離婚にはすぐに同意したものの、どうした訳か二人の娘を手離すことだけは頑強に拒否したのです。もともと、女ぐせが悪いわりには子煩悩な夫でした。
そんな訳で、二人の娘をめぐって、手離せ、手離さないと、ひと騒動となったのでした。
<続>
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