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突然行方不明になった彼女は…(1) | 秘密のあっ子ちゃん(93)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

昨年の秋、もう営業時間も終了した後に一人の若い男性が当社に電話をかけてきました。
「どうしても今日中に探偵さんに相談に行きたいんですが、いいですか?」
彼の声はかなり切羽詰まっていました。しかし、その日はスタッフも全員残業せずに帰社していましたし、私自身もある会合の約束があって、出ようとしていたところでした。
「明日では具合悪いですか?」わたしは問い返しました。
「具合悪いということではありませんけど、どうしても気になって、ここ一週間仕事も手につかへんのですわ。夜もあんまり寝られへんし、できたら、今日話だけでも聞いてほしいんですけど…」彼は切実に訴えてきました。
「う~ん…。分かりました。では、何時ごろお越しになれますか?」
「僕、今、トラックの運転手をしているんです。まだ荷物を載せて走ってる途中ですから、それを降ろしてからそっちに行くと、あと1時間くらいはかかりますけど」
私は時計を見ました。「じゃあ、八時ごろですね?」
という訳で私は会合の約束をキャンセルして、彼を待ったのでした。
彼がやってきたのは八時を十五分程過ぎた頃でした。年の頃なら二十四、五で、髪の毛を茶色に染めてこそいませんでしたが、いかにもヤンキー風のにいちゃんでした。
「すんまへんな。無理言うて…」彼はそう言いながら慌ただしく入ってきました。
「いいえ、構いません。で、ご相談というのは?」私もすぐに本題を切り出しました。
「実は、一週間前に女が出て行きよりまして、連絡もないんですわ」
「ああ、同棲されていた彼女ですか?」
「彼女と言うか、まぁ、そう言えばそんなとこですけど」
仕事も手につかない、夜も眠れないと言っていた割には、彼の返答は歯切れの悪いものでした。
「一緒に暮らされて、もう長いんですか?」
「イヤ、十日ほどです」 「そうですか?じゃあ、知り合ったのはいつ頃ですか?」
「知り合ったのも暮らし始めた日です」
「!?」
何と彼らは知り合ったその日から一緒に暮らし始めたと言うのです。
彼は彼女とのいきさつを詳しく話し始めました。
仕事が休みだった十日前、彼はお昼ごろにツーショットの電話サービスをかけました。それで知り合ったのが彼女です。
しばらく電話で話した二人は意気投合し、一時間後に落ち合うことになりました。出やすいようにと、彼女の自宅の近くの駅で待ち合わせて、カラオケへ行って遊びました。彼女は内田有紀似のポッチャリした可愛いい娘でした。年は十七才と言っていましたが、二十才か二十一才くらいに見えます。
三時間程歌いまくった後、彼女は彼の部屋へ来ることになりました。夕食にと、ほか弁を買って、それを食べながら話し、ビールを飲みながら話し、そうこうしているうちに夜も更けてきました。
「ぼちぼち帰らなあかんのとちがうか?」そう彼が尋ねると、彼女はうーんと言って、何か煮えきれません。
「家に帰っても、居場所がないし…」
「どういうことやねん?」彼が再び尋ねます。
聞くと、彼女の家庭はかなり複雑で、小さい頃から彼女の願いはただ「家を出たい」ということばかりだったようです。
彼女の父はとび職人で、いわゆる職人気質と言いましょうか、かなり頑固で気が荒いのだということでした。そのせいもあったのかどうかは分りませんが、彼女の母とは離婚し、若い女性と再婚しました。今、彼女は父とその継母の三人で暮らしています。 彼女は高校一年生の時に学校を中退しました。現在はフリーターをしていますが、美容の専門学校へ行こうかとも考えていると話しました。
午後九時頃、彼女は「今日は友達の家へ泊る」と家へ電話しました。電話口には父親が出たようで、「『帰って来い!』と怒鳴られた」としょんぼりしていました。本当に家には帰りたくなさそうでした。   「どうするかは自分が決めたらええ」
彼は、うじうじしている彼女を見てそう言いました。
結局、それから十日間、彼女は彼の家にいたのでした。
翌日、彼が仕事から帰ると、彼女は夕食の支度をして待ってくれていました。意外にも彼女の料理の腕前は抜群で、彼は久しぶりに食べる手作りの夕食に感激しました。
「ずっとここに住んで、仕事もこっちで探すわ」
夕食の時、彼女はそう言い出しました。
彼女は、翌日から職を探し始め、近くのスーパーのレジ係を決めてきました。依頼人は依頼人で、当面の所帯費として五万円を預け、彼女の手作りの夕食を楽しみに仕事に出かけていきました。
彼の会社では、近々慰安旅行が計画されていました。それには「家族連れで」ということになっていましたので、暮らし始めて五日目、彼は彼女に行くかどうかの意向を聞きました。彼女の返事は「イエス」でした。 その頃から彼女は、「結婚」という言葉を口にするようになりました。
十日目、スーパーが休みだったその日、彼が仕事に出かけようとした時、彼女はこう言いました。
「今日、いっぺん実家へ帰って、身の回りの物を取ってくるわ。それから役所へ寄って、私の住民票をこっちに移してから、スーパーで買い物して帰ってくるわ」 「そうか。しぁけど、オマエとこのオヤジやったら、いっぺん家に帰ったら二度と出してもらわれへんのとちがうか?」
「大丈夫よ。その時間やったら、お父さんはおれへんし、私は絶対に帰ってくるつもりやし…」
そう言って出掛かけた彼女でしたが、依頼人が午後八時ごろ帰宅すると、彼女はまだ戻っていませんでした。そして、翌日もその翌日も。彼はたまりかねて、彼女の実家に電話をかけました。 「あの子はずっと帰ってきておりません。お宅、どなたですか?」彼女が話していた継母らしい女性が応対に出てきました。
彼は実はと切り出し、彼女が二、三日前まで自分の家にいたこと、「戻ってくるから」と言って出て行ったきり連絡もないため心配しているということを話しました。
「ふーん。本人が帰ってきたら、お宅から電話があったことは伝えておきます」継母はそう答えました。彼はくれぐれも電話をくれるように言ってほしいと頼んで、電話を切りました。
それからまた二日が経ちました。彼女からは何の連絡も入りません。彼は待ち切れず、再び実家へ電話を入れました。
「あーあ。お宅でしたか。まだ帰ってませんよ」
継母の返事は前回同様、素っ気ないものでした。
「僕としては、どうなったのか訳が分りませんし、心配でたまりませんので、僕独自でも探していいですか?」依頼人は尋ねました。
「そういうことはやめて下さい。あの子はしっかりしていますから」
そう言うと、継母は電話をガチャンと切ったのでした。
「十七才と言えばまだ未成年。それが十日以上も連絡なしに帰って来ないのに、放ったらかしておく親がどこにいるねん!」彼は腹立たしく思えてなりませんでした。
それからまた二日待ちました。しかし、彼女からは全く連絡が入りません。
いくら点検しても、彼女が気持ちを変えて出ていったとは思われないのです。書き置きなどはもちろんなく、部屋のスペアキーも、帰りにスーパーで食料を買うと言っていた所帯費用の財布も持って出ていっていましたし、暮らし始めて五日目に二人して夜店で買ったネーム入りの指輪も身につけたままでした。
彼は彼女がどうなったのか、心配で気が気ではありませんでした。
彼女がどうなったか気が気でない依頼人は、何とか連絡をつけたいと何度も実家に電話しましたが、その返答は「あの子は帰ってきていない」と素っ気ないものばかりでした。 彼はますます心配が募るばかりで、夜もろくに眠れず、仕事も手につかない状態でした。
その日、仕事でトラックを運転していると、危うく他の車にぶつけそうになりました。これはいけないと、以前にラジオで聞いて知っていた当社に思い余って電話をかけてきました。彼の声が切羽詰まっていたのは、こういう事情があったのでした。

<続>

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