これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
彼女は、離婚の原因が夫の女関係であっても、慰謝料など要求する気はありませんでした。ただただ、娘だけは手離したくなかったのです。
しかし、夫も娘達を非常に可愛いがっていたため、頑として引き下りません。夫の両親が出てくるやら、実家に連れ帰ってもまた連れ戻されるやら、揚句の果てには調停にもっていくという話まで出て、すったもんだの末、結局、上の娘を夫が引き取り、下の娘を彼女が引き取ることに落ち着いたのでした。
しかし、彼女は諦めた訳ではありません。いずれ上の娘も引き取るつもりで依頼人の店でがんばっていたのでした。
彼女がチーママになって一年も経たないころ、ママが引退すると言いだしました。そこで、彼女がママとして店を切り盛りしていくことになったのです。
そのころからです。依頼人と彼女が親密になっていったのは。依頼人としても、最初の日から彼女を憎からず思っていたようです。しかし、店の子に手をつけては収拾がつかないと、自分の気持ちを押さえていたのでした。ところが、彼女がママとなり、店の運営や女の子のこと、お客さんの未収のことなど、二人で打ち合わせる機会が多くなるにつれて、男と女の自然の成行きが生まれていきました。彼女の方も『男はこりごり』 と思っていたものの、依頼人の夫とは違う女性に対する誠実さに魅かれていったのでした。
半年もしないうちに、二人は同棲し始めました。もちろん、下の娘も一緒です。
以来十五年、籍こそ入れませんでしたが、二人は夫婦として暮らしました。依頼人は下の娘の父親役も十分果したのです。店の方も夫婦二人三脚で順調に推移していきました。
しかし、上の娘を引き取るという彼女の夢はついに実現しませんでした。
三年前、二人は下の娘が高校を卒業したのを契機に、老後のことを考えてラウンジを閉め、年老いても商売ができる居酒屋を始めることにしました。バブルがはじけて不景気になったのも二人のそうした考えに拍車をかけました。居酒屋は順調でした。
ところが、彼がもう一軒どこかに店を出そうかと考えていたこの五月、彼女が突然家を出たのです。同時に、下の娘も出ていってしまいました。
『家を出られた理由は分っておられるんですか?』
私は聞きました。
『実は、ラウンジ時代からの客と仲良くなり、その男の元へ行ったようです』
私はこれまでの話から、娘のためにとがんばり、男関係もルーズではない彼女が今になって男を作って出ていったということが腑に落ちませんでした。
そこで私はこう尋ねたのです。
『今までのお話では、彼女は簡単に別の男を作って出ていかれるような人ではないように思えますが、何か根本的な別の理由があったのではありませんか?』
『…』
依頼人は、それには答えませんでした。その代り、こう言ったのです。
『ひと月くらいしてから、連絡が入ったんです。
その男とはどうもうまくいってないらしく、『ごちゃごちゃしているので、戻りたい』と言ってました』
私の質問の答えにはなっていませんでしたが、私はそれ以上立ち入るのはやめました。彼があまり言いたくない理由ということになれば、ある程度想像がついたからです。
『で、どう答えられたのですか?』
『戻ってきたらいいと言っておいたんですが、未だに戻って来ないし、それ以来ぷっつり連絡も入れてきません。上の娘とは連絡をつけているはずです。ひょっとしたら、前のだんなの所へ戻ったのかもしれません』
彼は、前のご主人と同じことで彼女を傷つけたことを悔いているようでした。
<続>
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