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浮気?思い過ごし?(3)| 秘密のあっ子ちゃん(230)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

ご主人の浮気現場をつかむための尾行も既に五日目になっていました。この四日間はまるでその”微候”もありません。
五日目のその日は接待らしく、ご主人は訪ねてきた紳士とともに会社を出ました。新大阪で同伴の若い女性二人を拾うと、またもや例のてっちり屋へ行きます。その後はいつものパターンで、新地内のクラブをはしごした後、連れの紳士をタクシーに乗せると、 まっすぐ帰宅するのです。その日も帰りは午前様でした。
六日目の土曜日も二軒ほどクラブに立ち寄り、一人で帰っていきました。
一週間の尾行はこうして終わったのでした。
ご主人は”同伴”のために女性を連れていることはあっても”密会”するなどという行動は一切ありませんでした。
我が尾行班はというと、若くて元気がいいといえども、バブルがはじけたにもかかわらず豪遊しているご主人の尾行のために、寒い雪のチラつく冬の夜、毎日何時間も立たされて腹が立ってきたのでしょう。私は彼らに
『社長、この仕事が一段落したら、てっちりと新地三軒のはしごに連れてって下さいよ』と言われるはめになったのでした。

依頼人であるこの奥さんがご主人の浮気について最初に相談に来られた時は、『車のシートに毛皮のコー
トの毛が付いている』『香水の香りがする』といった程度のものでした。それに対して私達は『その程度なら浮気しているとは言い切れないですよ』と応対していたのですが、二回目の話では奥さんの心配も一理あると思えたのです。曰く、『友人の家に泊まっているはずが泊まってなかった』『出張と言って出ていったのに、女性と二人でホテルに泊まっていた』云々・・・。
そこで私達はご主人の尾行を決行したという訳ですが、一週間の彼の行動は”同伴”のために女性を連れ新地のクラブを何軒もはしごして豪遊してはいるものの、浮気をしているというような行動はまるで見当たらなかったのでした。
そのことを報告した時、 奥さんは本当にホッとした顔をしていました。
浮気調査は、ご主人に愛想がつきて離婚を前提に尾行を依頼されてこられるケースも多いのですが、彼女の場合はそうではありません。
彼女はご主人を愛していました。離婚などする気は毛頭なく、逆にご主人を誰かに取られるのではないかと不安でしかたなかったのです。それに加えて、お嬢様育ちで水商売のことも何も知らないために、香水の香りがするというだけでご主人が浮気をしているのではないかと心配になってくるのでした。そして、いろいろ考えていると夜も眠れず、食も通らず・・・といった、 本当に純情な奥さんです。
だから、ご主人の浮気の事実がないと分かった時は、本当に晴れ晴れとした顔をされました。
しかし、やっぱりまだ不安が残るのでしょう。彼女は、『佐藤さんは、主人が本当に浮気をしていないと思われますか?』と、念押しに私の意見を求めたのでした。
『少なくともこの一週間の行動から言えば、浮気している事実はありませんねぇ。マ、見るところ、新地の雰囲気がお好きのようなのでしょっちゅう飲みに出かけておられるみたいですし、その上、なかなかの紳士で金払いもいいということになれば、もてるのは当たり前でしょう。『”つまみぐい”はないとは言い切れませんが、少なくとも特定の女性とつきあっているということはないと思いますよ』
奥さんは私の感想にやっと安心したようでした。
『実は、これから主人とデートなんです。例のてっちり屋で食事する約束になっているんです』 と奥さん。その表情は乙女のように嬉しそうでした。
『そうですか。ごゆっくり楽しんできて下さい』 私は奥さんが元気になって本当によかったと、にっこり笑いながら答えたのです。そして、
『奥さんの健康のためにも、これからはあまり邪推されない方がいいですよ。また何かありましたらご相談にはのらせていただきますので・・・』とつけ加えたのでした。
これで彼女の心配事も消えて、当分は平穏な生活が送れることでしょう。何はともあれ『めでたし、めでたし』と、私は思ったのでした。
ところが、我が尾行班は、雪のチラつく寒い冬の夜に一週間も新地で何時間も立たされた恨みもあってか、彼女が帰っていったあと、『何がてっちりや!』とボヤいていました。
そして、またもや、私は彼らから日々に、『社長、僕らも今日こそてっちり屋に連れていって下さいよ』と言われてしまったのでした。

<終>

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