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震災に被災した役者さん(1)| 秘密のあっ子ちゃん(270)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

今回の主人公は五十一才の男性です。
彼は今年の一月十五日、友人に誘われて大衆演劇を見に行きました。商業演劇にしろ新劇にしろ芝居というものに、彼はこれまであまり興味を持っていませんでした。ましてや、大衆演劇など見るのは初めてで、大衆演劇に凝っている友人があまりにも勧めるのと、その日はたまたま時間を持て余していたのとで、ちょっと覗いてみる気になったのでした。
いくつかの演目が終わって、次に登場してきた女性を見て、彼は驚きました。年のころなら二十四、五才。もちろん初めて会った人ですが、その役者が昔つきあっていた女性とそっくりでした。その恋人のことは今も心の片隅に残っていて、青春時代に彼女と過ごした日々は彼にとっては忘れ得ない思い出となっていました。 彼は思わず身を乗り出して、その役者に見入っていました。日本髪に着物、厚い化粧を施しているとはいえ、見れば見る程昔の恋人にそっくりでした。
大衆演劇に関して詳しい同行の友人に彼女のことを聞くと、彼女は最近売り出し始めたばかりの役者だということでした。
翌十五日、彼は今度は一人で再び小屋に足を運びました。
翌日の一月十六日、彼(51才)は前日に続いてその大衆演劇の小屋に足を運びました。
昔つきあっていた女性とそっくりの女役者が登場するのを心待ちにしながら、舞台に目をやっていました。昨日までは「どさ回りの芝居なんか」と思っていましたが、その独特の雰囲気に慣れてくると、「こういうのもなかなかええもんやな」とさえ思えてきました。
最近売り出したばかりの彼女の出番はそれ程長くありません。しかし、彼女の踊りはなかなかのもので、芝居も決してくさくありません。それに歌が抜群に上手でした。
彼は彼女が舞台に出ている間、目を皿のようにして見入っていました。やはり昔の恋人にそっくりです。恋人がそのまま舞台に出ているのかと思える程でした。もちろん、既に四十五才にはなっているだろう恋人の年令を考えるとそんなことはあり得ないことですが…。 彼女が所属する一座の大阪での公演は十八日まででした。彼はあと二日、毎日彼女を見に来ようと決めていました。
しかし、翌日一月十七日、あの阪神大震災が起こったのです。
一月十六日、彼(51才)は翌日も彼女の舞台を見に来ようと決めていました。 ところが、夜明け前、もの凄い地鳴りと共に、あの阪神大震災が起こったのです。マスコミ発表の「大阪、震度四」とは思えぬ揺れ方をしましたが、彼の家は幸い棚の上の物が落下して破損した程度ですみました。気になっていた店の方もさほどの被害はなく、夕方、彼は彼女の一座がかかっている小屋に向いました。
芝居は中止になっていました。後で考えれば当り前と言えば当り前なのですが、その時点では、彼自身阪神地区がそれほどひどいことになっているとは思ってもいませんでした。小屋の責任者の話によると、彼女の一座の舞台は予定では明日までで、おそらく明日も中止になるだろうということでした。そして、彼は支配人からもっと気になることを聞かされました。それは、彼女達の宿舎は西宮で、今もって連絡が全く取れていないということでした。
彼は翌十八日も小屋に行ってみましたが、案の定、舞台は中止になっていて、小屋の再開がいつのなるのかは分りませんでした。
そのころになると、彼もテレビで映し出される映像から、彼女が宿泊していたという西宮の被害の大きさを認識し始めていました。

<続>

いじめから対人恐怖症になった彼女(2)| 秘密のあっ子ちゃん(269)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

そんな時、彼(21才)が彼女に声をかけてくれました。
「どうしたの?このごろ元気がないみたいだけど」 「友達がサークルを退めてしまって淋しいんです。彼女と私は共通するところがありましたから…」
彼女はそう答えました。 「僕じゃだめ?」
驚くべきことに彼はそう言ってくれました。
しかし、彼女は素直な反応ができませんでした。これまでの苦い経験からくる、悲しい自己防衛心が出てしまったのです。
「僕じゃだめ?」
彼(21才)がそう言った時、彼女(19才)は慌てて、「いえ、先輩には分らないことですから」そう答えてしまいました。
「いじめられた」という辛い経験からとはいえ、未だに対人恐怖症を引きずっている自分への自己嫌悪と、他人の好意を素直に受け止められない、というより自分が傷つくことを極度に恐れてしまう臆病さが情けなく、彼女はますます落ち込んでしまいました。
そんな時に、拙著「初恋の人探します」を読んだのだそうです。
彼女は、その中に登場してくる依頼人のそれぞれの想いの強さに衝撃を受けたと言います。そして後悔ばかりしていないで、意を決して自分の想いを伝えたいと思うようになりました。 もちろん、彼に直接会って、自らの口で伝えるのがベストだということは、彼女自身も分っているようでしたが、いくら「意を決した」と言っても、そこまでの勇気は持てなかったようです。手紙を送れる住所を知りたいというのが彼女の希望でした。しかも、「サークルの仲間には誰一人知られないように」という条件つきで…。
人探しの調査といっても、彼女(19才)の依頼は、これまでの多くのケースと比べれば、さほど難しいことではありませんでした。いくら「サークル仲間には知られないように」という条件がついても、在学中の彼(21才)の住所を割り出すことは易すいことでした。 彼の現住所はすぐに分ってきました。彼は、田舎から出て、東京で働いているお兄さんと一緒にマンション暮らしをしていました。大学へはそこから通っていたのです。
彼女は清水の舞台から飛び降りるつもりで、生まれて初めての勇気を振り絞って、彼への手紙を書きました。後に、「思うように気持ちのままは書けなかった」と言っていましたが…。
三日後、彼から電話が入りました。
「一度、ゆっくり話そう」ということだったらしいのです。
私はその後、二人がどういうデートをしたのかは知りません。しかし、これをきっかけに、彼女の対人恐怖症が少しでもましになって、彼女の足かせとなっている「いじめに会った」といういやな記憶が少しでも薄らげばいいなぁと思っています。

<終>

いじめから対人恐怖症になった彼女(1)| 秘密のあっ子ちゃん(268)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

彼女は十九才。文学部二年の女子大生です。
彼女は入学間もなく、大学のあるボランティアサークルに入りました。そこで二年先輩の彼と出会いました。
彼女の依頼というのはその先輩の住所を知りたいというものでした。
同じ大学で、今は退めているとはいえ、同じサークルの、しかも在学中の先輩なのですから、何も探偵事務所に依頼しなくても調べる手だては山ほどありそうなものです。当社に人探しの依頼をしてきたのには彼女なりの深い訳があります。
彼女はもともと内気で少し引っ込み思案の少女でした。(その傾向は今も大いに残っていると私は思いましたが…)それが災いして、彼女は中学三年生の時に徹底したいじめに会いました。 いじめられた心の傷はなかなか癒すことができず、彼女は対人関係においてますます臆病になり、高校に入ると登校拒否が激しくなって、その不登校が元で学校を中退したのでした。
もともと成績の良かった彼女でしたので、その後、通信教育で大学受験資格を得て、晴れて四年制大学へ入学しました。しかし、大学へ入っても対人恐怖症からはなかなか脱することはできませんでした。
大学に入学すると間もなく、彼女はあるボランティアサークルに参加しました。 そこで、二年先輩の彼と出会うのです。彼は背が高く、野外活動で日焼けした浅黒い肌が印象的な逞しい青年です。キャンプでは小学生達の気をそらせない上手な指導をしますし、老人ホームでは車椅子のおばあさんをとても優しく世話します。
彼女はすぐに彼のことが好きになりました。
ところが、彼女は過去にいじめのターゲットとなったいやな思い出をまだ引きずっていて、「対人恐怖症である自分が人を好きになるなんておかしい」と思い込んでいたのです。彼女は彼を諦めようとしていました。 私は、この時点で私が彼女のことを知っていたら、もっと力になってあげられたものを、と思ったものです。可愛らしくて危なげなこの恋は、今の彼女にとって、ただ後悔だけしか残していません。この恋が成就すれば、彼女の対人恐怖症も逆に少しはましになったはずなのですから…
夏休みを前に、彼女がより一層心細くなる出来事が起こりました。それは彼女の唯一というべき友人がサークルを退めてしまったことです。
彼女(19才)の数少ない友人、彼女にとっては「親友」とも言うべき同級生もまたそのボランティアサークルに所属していました。その友人も性格的に彼女と似たところがあり、対人関係が苦手でした。二人はよく自分達の悩みを話し合い、慰めあって、お互い横にいてくれさえすれば安心できました。そのため、二人は常に行動を共にするという仲でした。
ところが、その友人が別のチームの先輩に厳しい言辞を浴びせかけられ、それを苦にして退めてしまったのです。
彼女は一人になりました。一人でいると不安が募り、ますます自分の思うことが表現できなくなってしまいました。
そんな時、彼(21才)が彼女に声をかけてくれました。

<続>

初恋の人は兄の親友(2)| 秘密のあっ子ちゃん(267)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

私達は最後の手段として、石川県内で彼の実家や親戚筋を探し始めました。いつもの如く、この作業は多大な労力を必要としましたが、私達はついに弟さんの所在を突きとめることができたのです。
弟さんは祖父の代からの家業、呉服の柄の型の製作の仕事を継いでおられました。弟さんの話によると、お父さんが家業を継ぐのを嫌い、町に出られていたとのことですが、お祖父さんは元々初孫である依頼人の幼なじみを後継者として望んでおられたとのこと。しかし、彼自身が大手企業に就職し、結婚も婿養子として妻の籍に入ったため、結局両親と共に田舎へ帰った自分が継いだのだということでした。
なるほど、彼は姓が変わっているため、いくら手がかりを追っても途中で足跡が切れる訳です。
私達は弟さんに彼の連絡先を教えてくれるように頼みました。しかし、弟さんは何故か口を濁して、「兄の方からそちらへ連絡を入れるように、私から言っておきます」と答えられるのです。私は何か事情があるんだなとピンときましたが、それがどういうことかはもう少し後になって分るのでした。

とにもかくにも、彼は日を置かず、当社に連絡をくれました。
待っていた彼(64才)からの連絡は三日も経たないうちに入ってきました。 私が彼に、依頼人(60才)が探していること、元気かどうか気にされていることなど、これまでの経過を説明すると、彼自身も随分と懐しがられ、彼女が自分を探してくれたことを大層喜ばれたのでした。
「いやぁ、四十年も前のことをよく覚えてくれていました。有難いことです。彼女も元気にされているんですか?そうですか、幸せにお暮らしなんですね?私の方は十年前に退職しまして、今は隠居の身ですわ。ちょっと心臓を患いましたが、もう大丈夫です。彼女にはこちらから連絡しますので、よろしくお伝え下さい」
そういう返答でした。相変わらず、自分の連絡先は言わずじまいでした。
それから二日後、依頼人から喜びの電話が入りました。
「早速、昨日、彼から電話をもらいまして、もう懐しくて懐しくて、三十分も喋ってしまいました。」 これで、この件は一件落着したと私は思っていました。しかし、ひと月後、再び彼女から電話が入り、彼が何故なかなか自分の連絡先を言わなかったのかが分ったのでした。
再び連絡をくれた依頼人(60才)は、何故彼(64才)が自分の連絡先を言いたがらなかったのかを説明してくれました。
「あれから彼の方からちょくちょく電話をくれて、私の体を気づかってくれたり、昔話をしたりで、いい茶飲み友達ができたと喜こんでいたんですけれど…」
彼女はそう切り出して、こんな話をしました。
そもそも、彼の奥さんという人は若い頃から大層なやきもち焼きで、彼も少々閉口していたらしいのですが、近頃依頼人と仲良く電話で話をするものですから、嫉妬の癖が出て、「そんなに楽しいのなら、この家を出て、その幼なじみの所へ行かはったらよろしい!」ということになったのだそうです。
彼女が言葉を尽して、今回は一応納得されたらしいのですが、「そちらへも奥さんから電話が入るかもしれませんので、ご迷惑がかかってはいけないと思いまして…」と、彼女はそう言うのです。
「いえ、いえ、迷惑なんかではありませんよ。ただ懐しいというお二人の気持ちを奥さんは誤解されていると思いますので、お電話があったら、こちらからもよく説明しておきましょう」 私はそう答えながら、これまで何千件というケースを扱ったけれど、四十年以上も前の話にやきもちを焼かれたのは初めてだと思ったものです。
<終>