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連れ去られた?娘(2) | 秘密のあっ子ちゃん(142)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 

家出した一人娘の調査を依頼してきた父親の話はまだ続きました。実は今回が初めての家出ではなかったというのです。

「そうです。最初の時(二月の家出)は友達関係にいろいろ聞いて回って、三日目ぐらいに京都でアパートを借りている短大の友人の所に泊まっていることが分かったんです」

「じゃあ、彼と一緒だったわけではないんですネ」と私。

「当たり前ですよ。あの男と一緒だったらただでは済ませませんよ」

「!?・・・で、お嬢さんはすぐに戻ってこられたんですネ?」

「いや、言うことを聞かず、また逃げようとしたので『卒業したら結婚させ

てやる』『それまではちゃんと家から学校に通え』と言い含めて連れて帰ってきたんですワ」

「それではなぜ、また家を出られたんですか?」

「そんなん、連れて帰る口実に決まってますやろ」

(そら、だましたらあかんワ!)

私は半分以上、あきれ顔。「マ、お話を聞いてますと、この場合は仕方ないんじゃないですか?」。

ところが、このお父さん、私の話を全然聞いていない。

席を立ちながら「まあ、そういうことなんで、あとは家内とよく打ち合わせて下さい。私は、これからちょっと仕事がありますので失礼させてもらいます

けど、よろしゅう頼んます。あてにしてまっさかいに!」と言うやあたふたと

出て行ってしまったのです。

「なんちゅう親父や!」。ムッとしている私に、お母さんが初めて口を開き

ました。

「すみません、主人はご覧の通りの性格ですので、私が何を言っても聞く訳

がありません」

「しかし、ご主人があれでは娘さんを見つけられても同じ繰り返しだと思い

ますヨ」

「私もそう思います。ですから、このお話、主人に断っていただけませんでしょうか?」

「実は、私もお断りしようと思っていたのです」

「そうしていただけませんか。それで、主人には内緒で私が依頼したいんですが、それを受けてもらえないでしょうか?」「え!?」本当に突拍子もない夫婦だと思いましたが、お母さんの方がよほど娘さんの幸せを考えていました。「主人は当分娘の結婚は認めないでしょう。子は親の言うことを聞くものだと

思っていますから…。私もこの緑談は、初めは乗り気ではありませんでした。だけど、こうなった以上娘の生活が成り立つようにしてやりたいのです。こ

のまま放っといたら、大学生の彼と苦労するのは日に見えています」

さらに、「せめて私だけでも娘の味方になってやらねば。二人は私が隠

します。主人にはいずれその時期がきたら話します」と。

そういう話ならと、私はお母さんの依頼を受けることにしました。

しかし、時間的余裕はありません。あの父親に見つかる前に、こちらで彼女たちを”保護”しなければならなかったからです。

そもそも若い二人の「駆け落ち」というのは、たいていだれかにその居場所を告げているものです。

ところが、短大生の彼女は『大学を卒業すれば結婚を許す』と、父親にだまされて連れ戻された前回の「苦い経験」から、自分の友人のだれにも連絡をし

ていませんでした。

友人たちも今回ばかりはかなり心配していて、私に嘘を言っている素振りはありません。

一緒にいる彼のご両親はというと、彼女の父親に怒鳴り込まれて初めて事態を知り、困り果てていました。

そこで私たちは、二人がバイトで働いていそうな大学周辺を軒並み当たりました。マ、人間というのは、全く知らない土地には行きにくいものですから。

聞き込みを開始して一週間目、苦労のかいあってやっと彼女がバイトをしていたファーストフード店を見つけたのです

彼女は、お母さんが味方だと分かって大変喜んだのは言うまでもありません。

あれから半年、無論、父親はまだ二人の仲を許してはいません。

しかし、私は、一見おとなしそうだけれど芯の強いあのお母さんがついている限り、「二人はまず大丈夫だ」と確信しています。

<終>

連れ去られた?娘(1) | 秘密のあっ子ちゃん(141)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

今回から家出人捜索のお話をしたいと思います。

家出人や蒸発者の捜索は、家族からの依頼だけに限ってお受けしていますが、ひと口に家出人と言ってもさまざまな事情があります。

ある日突然、会社から戻らなくなった夫。

子供に置き手紙を残し、ほんの少しの身の回り品だけを持って消えた妻。

「定職につけ」と厳しく叱った翌日からどこへ行ったかわからないプータローの息子。

駆け落ちをして電話一本の連絡もない娘…などなど。

まずは、今年の春に家を飛び出した十九才の女性のお話から始めます。

最初に彼女の父親から電話があったのは、三月下旬でした。

彼女は一人娘で、両親と共に奈良市に住んでいました。父親は船場の老舗の店を経営し、彼女は京都のある短大へ自宅から通学していたのです。
それが父親の話による一と、卒業を目前に控えた三月三日、何の置き手紙もなく突然、「家を出た」というのです。
相談に来られたご両親はさすがに傭伴(しょうすい)されていました。
「ひとり娘が短大の卒業を目前に、何の置き手紙もなく家を出てしまった」こう言って飛び込んでこられたご両親はひどくやつれたように見えました。

特に母親の方は見るのも忍びがたいほどで、私は『ご両親の心痛はいかばかりか』と、相談の内容を詳しく聞き始めたのです。

ところが、ところがです。父親の話を聞いているうちにだんだんと腹が立ってきました。

つまり、こうでした。

「娘さんが家出される原因に何か心当たりはおありですか?」

「あります。男に連れ去られたんです」

(え!?なにそれ?)

「『連れ去られた』と言うと誘拐ですヨ」と私。

「いやいやそうじゃなくて、その男というのは娘の高校時代の同級生で、親に隠れて四年もつきおうとったらししいです。今年の正月、その男がウチにやってきて、『将来、結婚させてほしい』というもんで追い返してやったんです」「娘は親の言うことをよく聞く素直な子やったのに、それ以降というもの反抗ばかりするようになって、みんなあの男がそそのかしているんですワ」

 

一人娘が短大の卒業式を前に家出したと相談に来た父親の話をよくよく聞いてみると、それは「家出」ではなく「駆け落ち」でした。

・また、このお父さんがひどい。

「結婚を前提に交際したい」と筋を通してあいさつに来た娘の同級生を怒鳴って追い返す。しかも、それからというもの反抗的になったお嬢さんの態度もその男性がそそのかしたのだという。そして彼女が家を出た理由に至っては「男が娘をだまして連れ去った」と言い出す始末なのです。私はと言うと、この父親の話を聞いているうちに、もちろんムカムカしてきました。(これじゃあ、娘さんも家を出たくなるわなあ)(いまだにこんな父親がいるんやなあ)しまいにし、頭痛を通り越して「ウーム」と感心してしまいました。

しかし、まだ納得するには早かったのです。

「正月、あの男を追い返してからというもの、素直だった娘が反抗的になって二月の初めに最初の家出をしたんです」

「えっ!?家を出られたのは今回が初めてじゃないんですか?」

<続>

浮気調査は…(3) | 秘密のあっ子ちゃん(140)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

美容院の女性経営者(46)の依頼で、夫(48)の浮気現場を押さえるため、張り込み調査を開始した尾行班は、その彼がマンションから出てくるのをじっと待つ。

<午前七時三十分> 依頼人が事前の打ち合わせ通り、 近所の奥さんたちと温泉旅行へ出発。

<午前八時>調査先は動かず。

<午前九時>調査先まだ動かず。

<午前九時五十分>調査先がついに出てきた。背が高くひょろっとしていてちょっと神経質そうなおっちゃんだ。私たちは、この調査先をこれ以降、親しみ(?) を込めて”オッチャン”と呼んだ。オッチャンはミニバイクに乗り、駅前の方へ走る。

<午前十時五分>オッチャン、 駅前のパチンコ店へ入る。

さあ、それからが大変だった。 オッチャンは、延々とパチンコに熱中し始めたのです。正午を過ぎても三時を過ぎても、昼食も食べずに、ただパチンコだけをしている。七時を過ぎても、九時を過ぎても夕食もとらない。ただひたすらパチンコなのです。何しろ、駅前商店街の中にあるパチンコ店のこと。車を乗りつけてその中で張り込むこともできず、”立ち”で張り込むしかない。

元気のいい、わが尾行班とはいえ、”立ち”の張り込みが十時間以上ともなると、さすがにあごが上がり始めてきたのです。

 

降気調査を依頼してきた美容院経営の主婦との事前の打ち合わせでは、夫は妻の宿泊旅行の間に、浮気相手と密会する手はずでした。ところが、密会どころか朝の十時からすでに十時間以上も、ただひたすらパチンコに熱中している “オッチャン”(ご主人のこと)。

駅前商店街の中にあるパチンコ屋のこと、車を乗りつけてその中から張り込むわけにもいかない。”立ち”の張り込みがこれだけ長時間になると、いくら元気印のわが尾行班といえども疲労の色は隠せません。

食事やトイレは交代で行けるとしても、調査先がいつ動くかもわからないので、休憩さえ取れない。不幸なことに、わが若い衆は全員パチンコがヘタで、オッチャンのそばでパチンコを打っても間が持たない。

尾行班が「もううんざり」と思ってきたころ、店内はついに”蛍の光”が流れ出しました。オッチャンが動き出す。閉店するのだからイヤでも動かざるを得ませんが。尾行班もオッチャンの跡を追う。(ちなみにオッチャンの十二時間の成果はゼロだったようです)。パチンコ店を出たオッチャンは、ミニバイクはそのままに、今度は15メートルほど先の麻雀店に入りました。

その麻雀店に「例の女がいるのでは?」と、メンバーの一人が店内をのぞく。しかし、”女”の姿はなく、オッチャンは早くも麻雀に熱中し始めているではありませんか。

結局その日、彼は午前二時近くまで麻雀をして真っすぐ帰宅したのです。

翌日の日曜日、尾行班は午前八時から自宅前で張り込みを開始しました。前日の十九時間に及ぶ尾行で疲れは倍増していましたが「今度こそは」と気合を入れて張り込んだのです。

<午前十時十分> オッチャンが出てくる。十分睡眠をとったのか元気そうだ。昨日と同様、ミニバイクに乗り駅前へ走る。「またパチンコと違うやろな!」と不安に思いつつ跡をつける。

<十時二十五分> 駅前の喫茶店に入り朝食をとる。「待ち合わせか?」と、張り込みを続けるが女は現れない。

<十一時五分> 喫茶店を出たオッチャンは駅に入り、「動物園前」行きの電車に乗る。尾行班も車とバイクを乗り捨てて電車に乗りこむ。

<十一時五十分> オッチャン、日本橋で下車。地上に出て道頓堀を歩いていく。「これは、いよいよだ」と思ったのもつかの間、オッチャンは何と場外馬券売り場の人込みの中へ入っていくではないか!

その後、彼は、場外馬券売り場と道頓堀の喫茶店を何往復かし、午後四時半過ぎ、「真面目」に帰宅したのです。

初日の十九時間に及ぶパチンコと麻雀。二日目の場外馬券売り場での競馬への熱中ぶり。調査の結果、彼に「浮気」の事実は出てきませんでした。しかし、かけ事にのめり込んでいる事実は明らかになったのです。

 

夫の浮気調査を依頼してきた美容院の女経営者でしたが、二日間の張り込みの結果、その疑いは晴れました。「浮気の事実はなかったが、賭け事にのめり込んでいるようだ」

尾行報告書を手渡した時、この依頼人は随分意外な顔をしていました。それもそのはず。彼女は、夫の帰宅時間が遅いのも所帯費を入れないのも、全て浮気のせいだと思い込んでいたのですから。

その後一カ月ほどして、彼女から当社へお礼かたがた報告の電話が入りました。彼女は、ご主人を問い詰めるやらなだめるやらしてとうとう、「賭け事の負けが込んでサラ金にも手を出している」ことまで白状させたと言うのです。そして、よくよく話し合い、「賭け事はやめる」「二人で頑張って借金を返し、もう一度やり直す」という結末になったとか。彼女の声は依頼してきたときの悲痛な声ではなく、むしろ晴ればれとしていました。借金という尾ヒレがついてきたため「めでたし、めでたし」と言っていいものかどうかわかりませんが、少なくとも「離婚」という最悪の事態だけは避けられました。

そして、当社も初めて受けたこの浮気調査で、ずいぶんいろいろな勉強をさせてもらったのです。

<終>

 

浮気調査は…(2) | 秘密のあっ子ちゃん(139)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

美容院を経営する四十六歳の主婦からの相談が、当社が探偵事務所を設立して初めて受けた浮気調査の依頼でした。「とにかく夫の浮気の証拠をつかんでほしい」と。しかし、仮に浮気の証拠があがったとしても、彼女がただやみくもに騒ぐだけのためなら、何の解決にもならないわけです。そこで、何のために調べるつもりなのかを確認すると、彼女は「今度また、本当に浮気をしているのなら、離婚する覚悟だ」と言うのです。一度は許せても二度目は許せない。ましてや、所帯費も入れないのでは、がまんならない。また浮気しているのかと思うと顔を見るのも腹がたって口をきく気もしない…」などと話しているうちに感情も高ぶってきて、ついには涙声になられるのです。
お兄さんの援護射撃も彼女の腹立ちに油を注ぎました。「幸い子供もいないことだし、お前一人なら美容院で十分食っていけるだろう。そんな男とは別れろ!オレもあいつにはとことん愛想が尽きた」と。マ、こういう場合、私としては「そうですか。けしからん男ですね」と同調するわけにもいかない。かといって、「大丈夫です。浮気なんてされてませんヨ」なんて気休めを言うのもあまりにも白々しい。「分かりました。それでは、きっちり調べてみましょう」とお受けするしかないわけです。あとになって気づいたのですが、「分かりました。きっちり調べてみましょう」という言葉の効能は驚くほど大きいようです。彼女もその言葉を聞いて、それまでの食欲不振と不眠状態がめっきり改善されたというのですから。

さて、私は早速、現場に下見に向かうと同時に当社の尾行班に連絡を取ったのは言うまでもありません。尾行班は非常動スタッフで、元気のいい若い衆(と言っても、どこかの組の構成員ではありません)が顔をそろえています。下見の結果に基づいてメンパーたちに尾行の日程や張り込みの時間、位置、車両台数などを具体的に指示します。調査相手の特徴や日ごろの行動パターンなどもできるだけ詳しく伝えます。この時に調査先の写真や現場人の地図などの七つ道具を渡すのは当然のこと。

私自身が尾行現場に出るのは全体の半分くらい。センター機能が必要な尾行は、私がセンターに詰めていますので現場には出られなくなります。だけど、どんなケースでも現場を見ていないと何の指示も出せません。下見に関しては必ず私自身で足を運びます。それはさておき、話は少し戻りますが、この調査先は行動パターンが全く一定してなかったのです。
彼は公務員ですので毎日決まった時間に仕事は終わりますが、アフターファイブに、組合の会議があったり同僚との付き合いも非常におよろしいらしい。いつ、どの行動パターンのときに浮気を実行するかが、まったく予測が立てられないのです。

 

浮気の現場をおさえるための張り込みを始めようにも、同僚との付き合いがよすぎたり、毎日の行動がパターン化されていないケースでは張り込みや尾行に日数がかかります。浮気調査の依頼をしてきた美容院を経営する彼女の主人がそうでした。こうした場合、少なくとも一週間から十日くらいの張り込みが必要となってくるんですが、それでは調査料金が非常に高くつくし、結果的に目当ての女性と逢い引きしなくてもいったん張り込みや尾行を始めれば、調査料金は当然必要になってきますので、依頼人の負担はかなり重くなってきます。

そこで、私は彼女のご主人が「安心して」コトを起こせるように、実家へ帰るとか、旅行に行くとかの口実で、外泊の機会をつくる提案をしたのです。それじゃ、町内の忘年会に行くことにします。それが来週の土、日曜日なんです。町内会の忘年会は毎年、一泊の温泉旅行なんですけれど、今年ばかりは主人があんな状態でしょう。私が城崎へ行っている間に、あの女に会われたらイヤなんで、ずっと断っていたんです。だけどそれに行くことにします。そんなわけで尾行の決行日は、彼女が一泊旅行に出掛ける際の週の土曜日と日曜日の二日間に決定したんです。

美容院を経営する女性から依頼された夫の浮気調査。さて、いよいよその尾行当日の土曜日、わが尾行班は一台とバイクー台、歩き一名の計四名で張り込みを開始。そもそも、尾行中に決してやってはいけないこと。それは、「目立つ」ことです。周りの雰囲気に「溶け込んでいでいる」ことが鉄則なのです。テレビドラマや映画などでは探偵といえばトレンチコートでサングラスをかけ、電信柱の陰から様子をうかがっている」なんて図をよく見かけますが、あんなことはとんでもない。住宅街でそんな格好でたたずんでいようものなら目立ってしょうがない。
実は、私も一度だけ失敗したことがあります。ある新興マンション群の中にある公園で張込んでいた時、ウチのメンバーがつかつかと私に近寄って来て言うのです。「社長、浮いてまっせ」 と。ふと周りを見ると、 その公園の中は、幼児を遊ばせている二十代の若妻ばかりだったのです。自分では、あくまでも溶け込んでいるつもりでしたが、どうも無理があったようで(ちなみに、私は39歳)、内心ちょっとムツとしながら、その時はすぐに若いメンバーと交代したのですが・・・。

<続く>

浮気調査は…(1) | 秘密のあっ子ちゃん(138)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

当社の社名は「初恋の人探します社」。ですから依頼内容は皆さんご想像の通り、「初恋の人は今どうしているか」から始まり、二回目•三回目の相手が(数を重ねてもあくまで”恋をした”ということですのでお間違いなく)「元気かどうか、幸せかどうかを知りたい」。はたまた「南方戦線で一緒だった戦友を探してほしい」といった『心に残っている人』の人探し調査(所在調査)が圧倒的に多いわけです。
そうした心温まる話はおいおい紹介していくとして、しばらくは探偵業務の真骨頂であります浮気調査について話を進めていきたいと思います。
といっても当社は思い出の人探し」が主体ですから、浮気調査そのものは依頼総数からみればそれほど多くありません。
が、それでもチョイチョイ、問い合わせが入って来ます。
そこで、依頼者の話をじっくり聞いて、と言いますか、依頼者の話はたいていアチコチ飛びますので、じっくり聞くしかないわけです。そして、彼女の状態が(たまには「彼」である場合もあります)ご主人の浮気や浮気への疑惑のために食がのどを通らない」夜も寝られない」といった精神的にも肉体的にも限界に近い深刻な状態の時にはまずお受けします。
浮気の調査依頼をすべて二つ返事で引き受けるわけではありません。半分までとは言わないまでも、当人の「思い過ごし」のケースも結構多いのです。
ご主人(あるいは「奥さん」)の行動パターンに耳を傾けていると「これは本物だナ」とか、「それって思い過ごしじゃないの?」ってなことはだいたい判断できます。
「思い過ごしだろうな」という時に『女房心配するほど亭主モテもせず』なあんてことは当然、口が裂けても言えません。「もう少しじっくりとご主人の様子を観察されて、それでもおかしいと思われたら、もう一度お電話ください」とチェックポイントも怠りなくアドバイスします。
そうすると、何例かは平穏な生活に戻られるようです。私としては、余計なことを言わずに黙って依頼を受けとけばよかったと後で思ったことが、一度ならずありましたが…しかし、その一見ビジネスチャンスを逃すようなことを言うのには、ワケがあります。 浮気調査を引き受けるかどうか、慎重に見極めるには理由があります。
あれは昭和六十三年の暮れのことでした。依頼人は茨木市で美容院を経営する四十六歳の女性で、ご主人は四十八歳になる公務員。二人の間には子供はいません。
(と言っても、当社は依頼人のプライバシーに対しての守秘義務は絶対に守りますので、どの人のケースなのかを特定できないよう に、シチュエーションなどはすべて変えてあります。その点は悪しからず…)
彼女が言うにはこうでした。主人の浮気は今回が初めてじゃなく、実は三年前にもありました。相手は子供が二人もある女性でそのころちょうど離婚したらしいんです」
最初は『相談に乗ってあげていただけだ』と言いつくろっていたご主人でしたが、結局、浮気はバレてしまったといいます。
「私の兄がその女性と別れさせたんです。主人は『もう二度と会わない』と約束してくれたので安心していたのですが…。最近帰りの遅い日が多なったし、給料もあまり入れない。絶対、あの女とよりが戻ったに違いないんです」
それ以外にも、彼女が夫の浮気を確信したという理由をいくつか並べ立てた上で結局、「浮気の証拠をつかんでほしい」ということだったんです。

<続>

依頼の理由は嘘で…(2) | 秘密のあっ子ちゃん(137)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 既に購入した分譲マンションからそう易く引っ越しする訳にもいかず、彼女は困っていました。
 「私の居所が分かれば、彼はまた私を引っ張ろうとして、嫌がらせをしてくるに違いないと思います」
 「う~ん。そんな陰険な人なんですか?」
 依頼に来た時の印象とあまりにも違う依頼人(39歳)の人物像に、私は再度彼女に尋ねました。
 「本当に外づらはいい人なんです。私もつきあい始めたときは、そんな人とは夢にも思いませんでした。婦長さんも彼が入院していた頃との豹変ぶりにびっくりされていましたもの。結局は私の見る目がなかったということだと思ってますけれど…」
 これから彼の対応を考えると、「まずい、困った、どうしよう」と動揺があるであろうに、彼女は淡々と私に話してくれました。それが却って、彼女の言っていることこそが真実であるとの印象を強くし、彼女の人柄の良さと芯の強さが窺えたのでした。
 しかし、私はふと疑問を持ちました。
 「でも、それだけあなたに嫌われているのが分かっているのに、彼は何故そんなにひつこく追ってくるんでしょうねぇ?金のことでも絡んでいるんですか?」
 「確かに、これまで二百万円くらいは貸しています。でも、今は私からお金を引き出すためということではないと思います。もう、私もそんなにお金を持っていないのは、彼も知っていますから……」 
 彼女はそんな風に答えて、こう続けたのです。
 「私もお金を貸しているということがありましたから、ずるずるとこうなってきてたんですけれど、そんなことをしていればいつまでも切れませんから、お金のことはもういいんです。私としては、彼とは縁を切って、一からやり直したいんです」
 私は「なるほど」と思い、何とか彼女の力になってあげることはできないものかと考えていました。
 「では、あなたとしては、今、どういう風になるのか一番いいのですか?」
 私は彼女に尋ねました。 「それはやはり、彼が私のことを諦めてくれて、私の目の前から去ってくれることです」
 「では、こうしましょう」 彼女の意志を確認して、私は一計を講じました。
 「彼は私達にあなたとコンタクトを取ってほしいと依頼されてきたのです。これまでの経過を聞いていますと、ただ単に『彼女はあなたと接触するのは嫌がられています』と伝えたところで、彼があっさりあなたを諦めるとは考えられません。彼にあなたの前から消えてもらうには、少し荒療治になりますが、私は彼にこう伝えましょう。……」 私は彼女との話がついた後も、わざとすぐには依頼人に連絡しませんでした。彼女に連絡を取って、全ての事情を聞いた翌日、今度は彼女のお母さんから私あてに電話が入りました。 「この度は本当にお世話になっております。娘のしでかしたこととは申せ、あの人のひつこさにはほとほと困り果てていたんです。今は警察の方にパトロールを強化してもらったり、いざという時には知り合いの弁護士さんにお願いしたいと申し上げているところなんですけれど、実際、娘の勤務先や住居を変えても、これまでのあの人のやり方を見ていますと、『いずれ突き止められてしまうのでは』と、娘とも話していた矢先だったんです。それが、娘の調査をあの人がお宅さんのようなところに頼んでくれたのは不幸中の幸いだと思っています。本当にお手数をかけますが、何とかよろしくお願いします」
お母さんは、ただただ「くれぐれもよろしく」と私におっしゃるのでした。それを聞いただけでも、私には彼女達母子がいかに依頼人のやり方に困り果てているかがよく分りました。 私にしても、お母さんにひたすらお願いされなくても、乗りかかった責任上、何とか彼女が今後平穏に暮せるように力になりたいと考えていました。私だって、善意の人探しであるべきこの調査を、その動機を偽って彼女の居所を探させようとした依頼人には腹を立てていたのです。
 「当社では依頼時の契約の折りに、依頼人がご自分の氏名や住所、動機などについて、虚偽の内容をおっしゃっていた場合は即刻調査を中止し、違約金を申し受けることを明示しているくらいです。マ、今回、違約金ウンヌンなどと言うつもりはありませんが、何とか彼女が依頼人のひつこさに煩わされないように協力させていただくつもりです」 私は彼女のお母さんにそう伝えました。
 その後、私は依頼人にこんな風に対処したのでした。 まず、しばらくはこちらから依頼人に対し何の連絡もしませんでした。十日程が経った頃、依頼人の方から連絡が入ってきました。 「彼女へのコンタクトはどうなっていますか?」  「それが、大変だったんですよ。ちょっと様子がおかしいんです。その辺り、何か心当たりはないですか?」 
 私は「待ってました」とばかり、こんな風に答えたのです。
 「それが大変なんですよ。いつ行っても彼女はいらっしゃらなくて、まだ直接彼女とは接触できていないんです。ところが問題はお母さんで、異常に警戒心が強いんです。その警戒心は尋常ではなく、スタッフも『何か事情があるようだ』と言っています。あなたならその辺のことをよくご存じではないかと思いまして、一度お聞きしようと思っていたんです。何かお心当たりはないですか?」
 依頼人は一瞬絶句して、こう言いました。
 「……。いや、僕は分かりません。……。お母さんはどんな風な対応だったんですか?」
 「スタッフが『彼女にお伝えしたいことがあるのでお伺いした』と申しますと、どこの誰でどんな用件なのかを根掘り葉掘り聞かれるんです。こちらの社名とスタッフの氏名を名乗りますと、誰からの伝言なのかをしつこく聞かれます。あなたからは『恥ずかしいので、彼女以外には自分の名前を出さないでほしい』と言われてますので、困っていたところです」
 「彼女のお母さんに納得していただくためには、あなたのお名前を出さなければならない状況なのですが」 私がそう説明しても、依頼人は黙ったままでした。
 「あなたのお名前を出しても構いませんか?」
 私は再度念を押して尋ねました。
 「……いや、やはりそれは困ります。彼女本人ならいいですが、お母さんにはどうも…。何とか彼女直接に連絡を取ってもらえないでしょうか?」
 彼は言いました。
 「そうなると、少し時間がかかるかもしれませんよ」 私はそう答えて、彼女とコンタクトが取れれば、すぐにでも依頼人に報告すると告げたのでした。
 翌日、私は彼女に連絡をして、依頼人による嫌がらせは起きていないかを確認しました。
 「今のところは何も起こっていません。きっと、彼は私の居所が分かっても、佐藤さんとこに任せてあるので、今は安心しているんだと思います」 
そして、こう続けたのです。 「一応、私も自宅を出入りする時は気をつけるようにしているんですけど…」 私もその方がいいと思いました。というのも、私達が彼女の自宅への嫌がらせを止めることができたとしても、依頼人(39歳)が新しい勤務先まで知ってしまうと、また何を考えるか分からないと感じたからです。
 「帰宅時よりも、仕事に行かれる時を注意された方がいいですよ。今も車で出勤されているのですか? そしたら、尾行されているかどうかの確認はこうされたらいいでしょう」
 私は彼女に、依頼人が尾けているかどうかの確認の方法と、万が一尾けられていた場合の巻き方のアドバイスをしたのでした。
 そういう風に手を打っておいて、私は依頼人への報告書を作成しました。
 「彼女と何度もコンタクトを取ろうとしましたが、なかなか連絡が取れませんでした。あまりにもご連絡が取れないので、スタッフが住所地へ出向くと、彼女の母親が管理人や知人をすぐに呼ばれて、かなり厳しく追求されました。『不審人物』として警察も呼ばれそうになりましたが、事情をお話し、また当社スタッフが女性であったため、事が大きくならずに済み、最終的に母親のお話を聞くことができました」
 「母親はこんな風におっしゃっておられました。
 『お宅に詳しい理由を言う訳にはいきませんが、娘は病院の患者さんと個人的なトラブルがあって、それが原因で病院も退職しました。事情を知って、親としては聞きづてならないことでしたので、私が昔から懇意にしている警察関係の人に預けました。本人は今、その人の保護下にあります。二度とこんなことはあってはならないことですので、監視をしてもらっているのです。学生時代や職場の同僚の方とは連絡を断たせています』……」 
 私の報告書はさらに続きます。
「『娘は私の知り合いの警察関係の人に預けてあります。本人は今、その人の保護下にあって、二度とこんなことが起こらないように、監視してもらっています。学生時代の友人や職場の同僚との連絡は断たせています』」
 「『私には娘と連絡を取りたいと言っておられる方はどなたのことかだいたい分かります。娘が病院を辞めざるを得ない原因を作った人だと思います。もし、その人であれば、今、私がお話ししたことの意味はお分かりのはずです。その人に伝えてほしいのですが、そっとしておいてくれるのなら、これ以上何も言いませんが、また今度そういうことがあれば、親としては警察に行って事件にする腹を決めています。その辺のことは警察と弁護士ともよく相談しました。本人のためを思ったら、これ以上つきまとわないで、そっとしておいて下さい』」
 そして、
 「当社としましても、彼女のお母様の話で、だいたいの事情は察することができました。お母様のご要望どおり、そっとしておいてあげるのが、ご本人のためと思われます」と付け加えて、依頼人に送ったのでした。
 そうしておいて、彼女とお母さんに依頼人に送った報告書内容を伝えました。 「こういう形で報告書を送ってありますので、ここ二週間程は気をつけておいて下さい。これで、本人があなたに付きまとうのを断念すれば動きはないでしょうが、まだ諦めないのなら二週間くらいの間に必ず動きを見せると思います。その様子を見た上で、次の方策を考えましょう」
 私は言いました。
 「それでは、その二週間は自宅に戻らず、よそに行っている方がいいでしょうか?」
 彼女は尋ねました。 「そうですねぇ。どこか泊まれる所があれば、それにこしたことはありません。それと、もし動きがあれば、対応していただかねばならないのはお母さんですから、その辺のところをくれぐれもよろしくお伝え下さい」 そう私は答えました。彼女は大事を取って、しばらくは叔父さんの家に寝泊りすると言いました。
 「もし、依頼人に動きがあれば、対応していただかねばならないのはお母さんですから、その辺のところをくれぐれもよろしくお伝え下さい」
 私が彼女にそう言うと、早速、電話口にお母さんが出られてました。
 「今が娘の正念場ですから、佐藤がおっしゃられるようにさせていただくつもりです」
 二週間がたちました。
 依頼人から当社へは何の音さたもありませんでした。私たちにはあれだけうそを言っていたわけですから、具合が悪くて連絡どころか質問すらできないのだろうと思えました。
 しかし、やはり気になって、私は再び彼女に家に連絡を入れました。
 「ずっと気を付けていましたが、お陰さまで全く動きはありません。佐藤さんが書いて下さった報告書が功を奏しているように思います」
 お母さんの話でした。
 私は確認のためによほど依頼人に連絡を入れ、状況を探ってみようかとも考えましたが、かえってやぶへびになってもいけないと思い、このままもう少し様子を見ることにしました。
 「それでは、もし何らかの動きがあれば、すぐにご相談下さい」
 私はそう言って、電話を切ったのでした。
 ひと月がたったころ、彼女とお母さんが連れ立って当社にやってきました。
 「このたびは本当にお世話になりました。あれから、娘の周りには変な動きは何ひとつありません。おそらくあれで観念してあきらめてくれたんだろうと思います。これもすべて佐藤さんとこのような調査会社がかかわってくれたおかげです」
 お母さんはただただ私にお礼をおっしゃるのでした。彼女はまたこうも言いました。
 「いい勉強をさせてもらったつもりで、今後は男の人を見る目を養っていきたいと思っています。
 こうして、この件は一件落着したのでした。

<終>

依頼の理由は嘘で…(1) | 秘密のあっ子ちゃん(136)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「ストーカー」という言葉があります。最近テレビで放映されて以降、我が社もマスコミの取材の折によく質問されます。
「『思い出の人を探したい』と言って、ストーカーみたいなことにはなりませんか?」
海外では、つけ狙われ追い回された女性が精神的な被害を蒙ったり、車などを傷つけたりするため、問題がクローズアップされて、「ストーカー法」なるものも作る動きがあるとか…。しかし、翻かって我が社へ依頼されてくる人について考えてみると、ストーカーに変身することはまずないと私は断言できます。
というのも、この問題は全て依頼の動機に関わるからです。「思い出の人を探したい」と言って来られる依頼人のほとんどは、相手が「元気かどうか」「幸せかどうか」と気づかって来られる、いわば「善意の人探し」です。
同時に、私達も「何故、探すのか」という動機を必ず聞きます。嘘を話されていると、辻褄が合わないとか、ニュアンスがおかしいとか、「そんなことで、お金を出してまで探す?」と疑問が湧いてきます。ですから、当然突っ込んで聞くことになります。すると、依頼者の方がしどろもどろになってくるのです。
例えば、金融会社が居所不明になっている債務者を安く調査させようと、「中学校の頃の同級生」と言ってくることもありました。しかし、話を聞いていると、本籍やつい一、二年前の勤務先など、とうてい「中学校のころの同級生」では知り得ないことを知りすぎていて、その嘘がすぐに分ってしまったことがあります。 あるいは、追いかけ回そうとか何かの仕返しをしようと考えて依頼されてきても、依頼人の「気がかりでしかたがない」という想いの発露がないため、二、三十分も話していれば、「この動機は嘘だな」と結構分ってくるものです。
しかし、今まで一例だけ、当の相手を探し当てるまで、依頼人の嘘が分らなかったケースがありました。
その依頼人は三十九才の男性でした。三年前、彼は腎臓を患い、ひと月程入院した経験を持っています。 彼が探してほしいという人は、その時に大変お世話になった看護婦さんでした。その人は二十七才で、仕事振りはなかなかてきぱきとしており、患者への対応もとても親切だったと言います。
彼は退院直後にお礼の品を送りたいと思い、病院に問い合わせて、この看護婦さんの住所を教えてもらっています。その後、何回か年賀状などのやりとりをしたということでしたが、今年の正月には「宛名不明」で葉書きが戻ってきたとのことでした。病院に問い合わせると、彼女は既に退職していて、その後の勤務先などは分からなかったのでした。
依頼人は私達にこう言いました。
「今、どうされているのか、気になって…」
こんな話なら、よくあるケースです。何年も経ってから、入院中にお世話になった看護婦さんに「一言お礼が言いたい」とか、「実は憧れていたので、再会したい」というケースは結構多いのです。ですから、この人探しの調査の依頼もそうしたケースの一つとして、私達は考えていたのでした。
もともと、依頼人は彼女のつい最近までの住所を知っていましたので、私達はまっ先に近所への聞き込みに入りました。彼女は依頼人が「非常に親切な看護婦さん」と言っていたことが頷ける程、近所でもとても評判のいい人でした。この近所の聞き込みで、「懇意にしていた」という人からこんな情報を得ることができました。
「あの人は本当にいいお嬢さんですよ。お父さんとお母さんは離婚されたんですけど、そんな暗い影は一切なくてネ。妹さんが嫁がれてからは、彼女がお母さんの面倒を見ておられたみたいですよ。もちろん、お母さんもパートに出て働いておられましたけど…」
「それが、半年くらい前に急に越されましてネ。何でも、妹さんの嫁ぎ先のそばだって言っておられましたけど…。あんまり急だったんで、私達もびっくりしたんです」
この話から、私達は妹さんの嫁ぎ先の近辺を丹念に当たって、彼女の現住所を判明させることができたのでした。
彼女の居所は判明してきました。
その報告をして一週間が経った頃、依頼人から、今度は彼女にコンタクトを取ってほしいという希望が入ってきました。
私達はすぐさま彼女に連絡を入れました。そして、その時の彼女とのやりとりで、なんと、依頼人が彼女を探したいという動機について嘘を言っていたことが発覚したのでした。
「実は、お宅様が以前お勤めされていた病院で、大変お世話になったという患者さんが、あなたが今、どうされているのか気になさって、お探しだったんです」と私。
「……。」
反応がありません。
私は変だなと思いました。というのも、普通こう言った場合、「まぁ!どなたですの?」とか、「いやぁ、そんな気にしていただいて有り難いです」というように、ほとんどが驚きと喜びの反応を示されるからです。 「ひょっとして、私を探しているというのは○○さんではないですか?」
「ええ。よくお分かりですね」
彼女の方から依頼人の名前が出ました。でも、その声は暗く沈んだものでした。 「…。その人のことは、私、困っているんです」
彼女は「お宅を信用して話しますけど」と前置きして、意外な話を始めました。 「確かに、彼は私が勤務していた病院の患者さんでした。初めは患者と看護婦という間柄だったんですけれど、彼が退院してから、私達、つき合うようになったんです。ところが、彼はとてもやきもち焼きで、仕事として患者さんに接していても、あれこれと疑い、私を責めることが多くなってきたんです」
「それがあまりにもひどくなってきて、私も嫌気がさしてきたので、別れ話を出したんです。そしたら、彼、病院まで乗り込んできて、自分の治療の時に『私がミスした』と喚き散らしたり、仕舞いには『俺から離れようとしたら、病院も勤められへんようにしてやるからな!』と脅したりするようになったんです」
私はびっくりしました。 「まぁ!最初に依頼されてきた時の話と随分違いますよ」
「そうでしょうね。あの人は外づらはとてもいい人ですから。今となれば、そもそも、私に男の人を見る目がなかったと思っていますが…」
彼女の話は続きました。
「彼が病院に乗り込んで来て、私が治療ミスしたと喚き散らした時は、婦長さんが対応して下さったんですけれど、そんな事実は全くありませんし、何度も乗り込んで来ますので、病院側も彼の対応に手を焼いていたんです。それで、婦長さんが心配して、私に事情を聞かれたんです」
「彼はそんなに荒っぽい人なんですか?」
私は思わず話の途中で口を挟んで尋ねました。
「いえ、日頃はおとなしくて、温厚、誠実な人柄に見える人です。病院へ乗り込んで来るようになったのは、私が別れ話を出してからです」
「そうでしょうねぇ。依頼に来られた時も、そんなことをするような人には見えませんでしたもの。で、婦長さんは何ておっしゃったんですか?」
「初めは私も病院に迷惑をかけたくなかったので、自分で何とかしようと思い、『何でもありません』とか『大丈夫です』とか答えていたんです。その話で私が彼に会うと、しばらくはいいんですが、私が避け出すと、また病院へやって来るんです」
聞く限りにおいては、彼女は依頼人の振る舞いには大変な想いをしたようです。
依頼人が依頼時に話していた内容と彼女の話があまりにも食い違っているので、私は驚いてしまいました。
「で、その後の対応はどうされたのですか?」
「彼が病院へやって来ては喚き散らすことがますますエスカレートしてきますし、私もこれ以上は病院に迷惑をかけたくなかったんで、婦長さんに事情を全て話して、病院を辞めたんです。」
「まぁ!そうだったんですか」
私はさらに驚いてしまいました。彼女は依頼人のせいで、病院を辞めるはめになっていたのでした。
彼女は続けました。
「婦長さんも理事長さんも私の話をよく聞いて下さって、『そんな事になっているなんて…。一人で抱えて大変だったでしょう?』と言って下さったんです。私、嬉しくて…。今、勤めている病院も理事長さんが紹介して下さったんです。だから、彼が病院に問い合わせても、私の居所は一切言わなかったはずです。今も時々、心配して電話を下さったりしていますから…。」 彼女の話はそれだけではありませんでした。彼女が依頼人によって迷惑を被ったのは、勤め先を変わらずを得なかっただけではなかったのです。
依頼人が彼女の次の勤め先を問い合わせても、病院側は言わなかったはずです。婦長さんも理事長さんも、依頼人のしつこさから彼女をかばっていたのでした。
彼女はこうも話してくれました。
「私、車で通勤していたんですけど、自宅のマンションの駐車場に停めてあった車を夜中に傷つけられたり、タイヤを四本ともパンクさせられたりしたことがあるんです」
「まぁ!そんなことまで!?」
私はまたまた驚いてしまいました。
「犯人が彼だという証拠は何もありませんが、そんなことを連続でするのは彼しかないと思ってます。その時は警察にも届けましたが、現行犯でなければどうしようもないと言われまして…。
タイヤをやられた時、ちょうど妹が遊びに来ていて、『お姉ちゃん!これなに!?』って言われるし、妊娠中の妹にあまり心配もかけたくありませんでしたので、その時は適当にごまかしておいたんですが…」
「で、その頃の彼の対応はどうだったのですか?」
「私が彼に文句を言うために会うと、機嫌がいいのです」
私は、彼女がほとほと困り果てていた様子がありありと想像できました。
彼女に別れ話を引っ込めさせるために、病院だけでなく、自宅の車まで嫌がらせをしてくる依頼人には、彼女もほとほと困り果てていたようです。 「妊娠中の妹には心配かけたくありませんでしたので何も言いませんでしたが、もうこうなると、一人ではどう対処していいのか分からず、母に相談したんです。母には『そんな男にひっかかって!』と随分叱られましたけれど、結局、家を替わろうということになったんです。その時まで住んでいたマンションは賃貸だったんですが、いずれ分譲のマンションを購入するつもりで、貯金もしていましたし…。ちょうど、婦長さんや理事長さんの計らいで病院も代わる話も出ていましたので、この際、勤め先も自宅も変えて、彼とは一切縁を切ろうと思ったんです」 彼女は私にそう言いました。
「そうでしたか。彼は私達にはあなたを探したい動機について嘘を言ってたんですねぇ。そういうことでしたら、このままではまずいですねぇ」
私は今後の彼女の身の上を心配していました。
「そうなんです。今の住居は購入したものですから、そうそう引っ越せませんし…」
彼女も困っていました。

<続>

納得できない離婚要求(2) | 秘密のあっ子ちゃん(135)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

依頼人(37才)は、夫に家へ戻ってきてくれるよう、何回か話し合いを持ちました。しかし、話し合いは平行線をたどり、埒があきませんでした。依頼人が「自分の悪い所は直すから」と言っても、夫は「今さら遅い」の一点ばりです。それに、彼女の両親にこの事態が聞こえるのを恐れて、今回のことは彼女とは無関係であることを強調するのでした。   「もし、あんたが絶対帰ってけえへんって言うんやったら、私、あの女の親に話しに行くよ!」 依頼人がそう言うと、夫は慌ててこう答えます。
「今回のことは俺ら夫婦の問題や。あの子とは何の関係もない。前から言うてるやろ。こうなったのはお前の性格が原因やって!」 夫はどうあっても彼女を表に出したくないらしく、それを誤魔化すために全ての責任を依頼人に押しつけようとするのでした。
依頼人は煮えくり返るような想いを抱えて、仲人に相談を持ちかけました。話を聞いた仲人は非常に立腹し、依頼人のためにひと肌脱いでくれることになりました。
しかし、仲人夫婦が仲に入ってくれても、夫の言い分は変わりませんでした。
そんな中で、依頼人の主張も次第に変わってきました。当初は、「何としても、夫婦でもう一度やり直したい」との一点ばりだったのが、「離婚したいなら、この精神的打撃に見合う多額の慰謝料と子供達二人を育てていくために、これまでと同じ生活水準を保てる養育費を出せ」という風に変化してきたのでした。そして同時に、「浮気相手の彼女とは断じて一緒にさせない」、その二点が依頼人の条件になりました。 もちろん、夫の方はそんな条件には同意しません。夫が提示したことは、二百万円慰謝料と月々十万円の養育費でした。そして、「今回のこととは彼女は関係がない」という主張はあくまでも変わりませんでした。
依頼人側からは仲人夫婦、そして夫側からは夫の会社の社長も出て、五人で何度も話し合いが持たれましたが、話はいつまでも平行線を辿りました。
依頼人が当社へやってきたのはそんな頃です。思いあぐねている依頼人に、例の友人が「一度相談に行ってみたら」と紹介したのがきっかけでした。
「どう思います?佐藤さん」
これまでのいきさつを一通り話し終わると、依頼人はこう言いました。
確かに、私も依頼人の腹立たしく、また納得のいかない気持ちはよく分りました。女を作り、女と暮らしたいがために妻子を捨てて出ていった夫が、突然離婚を要求し、その原因を依頼人の性格や、はたまた「子育てに手がかかって夫の面倒をおろそかにした」ということに摩り替えているのですから。しかも、彼女の両親に聞こえるのを恐れて、あくまでも彼女を表へ出さないようにしている夫の態度には、さぞかし悔しい思いをしているだろうということは想像に難くありませんでした。
しかし問題は、依頼人が当社に何をしてほしいのかという、目的が不鮮明だったことです。
「いよいよ離婚を決意したから、慰謝料を含めて自分の要求額を認めさせたい。万が一、話し合いが決裂して調停に持ち込んだ場合、有利に事を運びたいので、女と一緒のところの証拠写真を撮ってほしい」ということならば、事は簡単なのいです。しかし、よくよく話を聞いていると、依頼人の本心はそうでもないようなのでした。
「離婚を決意したので、事を自分に有利に運びたいから、いざという時のために、証拠として提出できる材料を持っておきたい」ということとか、「夫が一番恐れている彼女の両親に話を持っていく。そのために、彼女の住所や両親の連絡先を突き止めてほしい」ということであれば、調査業者としての私達の任務はすっきりするのです。しかし、依頼人の気持ちは、私と話をしている間もころころと変わるのでした。
「あなたがそういう決められたのなら、ご主人を尾行して浮気現場をおさえるということは可能ですよ」 それまでの話を受けて私がそう言うと、依頼人は迷うのです。
「だけど、尾行して現場をおさえても、夫は帰ってきてくれないし…」
またまた、「もう一度やり直したい」という振り出しに戻るのでした。
かと思うと、「私達がどういう結果になっても、あの女だけは認せへん!」と叫びます。「あの女だけは何も傷つかず、なんでも思いどおりになるなんて、腹立つと思いません?」
「では、彼女の居所を突き止めたいんですか?」私が尋ねます。しかし、依頼人の返答はまた振り出しに戻るのでした。
話を聞いていると、私は依頼人が当社へやってきた目的が何なのかよく分かりませんでした。 話し合いがもめて調停に持ち込まざるを得なくなった時、自分自身を有利に導くために、証拠として提出できる材料を確保しておきたいということなのかと思えば、「いや、私としては、やっぱり主人に家へ帰ってきてもらいたいんです。尾行とか張り込みなんてことをして、そんな風に構えてしまうと、自分自身がもう離婚を前提に話し合いに臨むようで、嫌なんです」と言います。
ならば、「浮気相手の彼女が何も傷つかず、のうのうと主人と暮らそうとしているのが許せない」とあれだけ訴えていた訳ですから、彼女に対して何らかの方策をを取りたいのかと聞くと、「あの女は許せないけど、今、私が彼女の両親のところへ乗り込んだりしたら、主人は怒って、帰ってくるものも帰って来なくなりし…」という具合です。
「お話を聞いていますと、探偵社としてできるようなことは何もありません。もう一度ご主人にあなたの本心をぶつけてみてはいかがですか?」
私はこう言わざるを得ませんでした。
しかし、今後の話し合いの中でも、依頼人の想いを叶えるのは難しいのではないかと、私は思っていました。というのも、依頼人は素直に自分の本心を言わず、意地を張って感情的なことばかりを夫に並べ立てているのです。恐らく、それは今後も変わらないでしょう。
しかし、当事者が感情的になってしまうことを責めることはできません。
「問題の本質はあなたがどうしたいのかということです。腹立たしい気持ちはよく分かりますが、今、必要なのはあなたの本心に従って冷静に行動することだと思いますよ。それがお子さんのためになることです」 私はそう言いました。依頼人は「そうですねぇ」と言いながら、「でも」と、また話が振り出しに戻ります。これでは埒があきません。
その日、私は「最終的に決断を下すのはあなた自身です。自分の想いに沿って決断を下せばいいと思いますよ。また、いつでも相談には乗りますので」と結論づけて、依頼人を見送ったのでした。
依頼人は、夫への未練と自分の家庭を壊した彼女への恨みや復讐との間で揺れ動いていました。しかし、今後どうするのかを決めるのは依頼人自身です。
依頼人が初めて当社を訪れてから何回か相談の電話は入ってきていましたが、私は依頼人の気持ちが固まるまで、そっとしておこうと考えました。
三ヶ月が経って、久しぶりに依頼人から電話が入りました。
「佐藤さん、私、そろそろ結論を出そうと思います。というより、腹をくくるしかなくなってきたんです」 「と言いますと、何か事態に変化があったんですか?」
「ええ。実は給料なんですが、これまでは今までどおり全額銀行に振り込まれていたんですが、今月から十万円しか入ってないんです。主人は『養育費は十万円だ』とずっと言ってましたけれど、その金額しか入ってないんです。これでは、私達は暮らしていけません!」
依頼人は悲痛な声でした。 「とにかく、もう一度相談に行かせてもらってもいいですか?」
二度目に当社にやってきた依頼人は、話し出すと、突然泣き始めました。
「まだ話もついていないのに、勝手に十万円の振り込みにして!銀行には会社から給料全額が振り込まれるようになっていたのに、社長もやっぱりグルなんやわ!」
そして、こうも言ったのです。
「もう、絶対に許さへん。こうなったら、慰謝料もきっちりもろて、あの女にも何らかの償いをしてもらいます!この調子だと、主人はのらりくらりと誤魔化そうとするでしょうから、やはり、きっちりした証拠を持っておきたいんです。佐藤さん、その辺のことはやってくれはりますでしょう?」 「ええ。それは構いませんけれど、しかし、尾行して出てきた報告書はあくまでも最後の手段で取っておかないとだめですよ」
私は言いました。
「えっ?すぐに突きつけたらあかんのですか?」
「こういった報告書は、調停とか裁判といった最後の段階まで伏せておいた方が有利です。それに、通常、慰謝料などの話は調停に持ち出すより、話し合いというか和解で決着つける方が金額的には多くなるものですよ」
「そうなんですか?」
腑に落ちなさそうな顔をしている依頼人に、私は再度説明しました。 「離婚時の慰謝料や養育費は、双方の話し合いによって決着をつけるのが一番いいのです。調停とか裁判とかというものは、どうしても折り合いがつかない時に用いる手段で、第三者に判断を委ねる訳ですから、あなたの言い分が百パーセント通るとは限らない場合が多いですよ」
「でも、今の主人の言い分はどうしても私には納得いきません。第一、養育費は十万円って言ってますし、それに慰謝料だって五百万円って言ってるんですよ!そんな額で、私の精神的な苦痛は癒されません!」
依頼人は夫に対する怒りを私にぶつけるように言いました。
「ではいったい、いくらぐらい欲しいんですか?」 私は尋ねました。
「養育費はこれまでの生活と同レベルが保てるよう、最低でも二十五万円はいります。それに、慰謝料は少なくとも二千万円はもらわないと、割りが合いません!」
依頼人の要求金額を聞いて、私は「それは到底無理ですよ」と即座に答えました。というのも、依頼人は慰謝料二千万円、養育費二十五万円くらいはもらわないと割りが合わないと言うのです。
「ワイドショーなんかに出てくる芸能人の慰謝料は、一億とか何千万円とかの額ですが、一般の人はそんな金額は要求できないでしょう。仮に要求しても、当人に支払い能力がないでしょうから…」
「えっ?!そうなんですか?]
依頼人は驚いて、そう尋ねました。
「じゃあ、どれくらいだったら妥当なんですか?」
「もちろん、その人の生活状況や精神的打撃によって金額は違ってきますが、調停や裁判などの判断は平均二百万円くらいです」
「えっ?!たった二百万円?!私なんか、すごい精神的打撃を受けていますよ」
「『精神的打撃』と言っても、客観的な判断根拠が必要となります。一般的には、ご主人が浮気していた年数で判断される場合が多いですね」
「そうなんですか。でも養育費はこれまでの生活が維持できるくらいはもらえるんでしょう?」
依頼人は尋ねました。しかし、私の返答はまたもや依頼人にとって不満が残るものでした。
「それについても、二十五万円は無理でしょう。ご主人が今どれくらいの給料を取っておられるか分かりませんが、給料のかなりのウェイトを占める額は不可能だと思います。ご主人の方も生活していく権利がある訳ですから」
私は答えました。
「そんな!私が浮気して家庭が崩壊し、『離婚』ということになった訳じゃないのに!そもそも、こうなったのは、主人があの女とくっついて、自分の方から離婚してくれと言ってきたからなんですよ!離婚を望むなら、私と子供達がこれまでどおりに生活できるくらいの金額を保障してもらわないと、離婚には応じられません!」
「あなたの言い分はよく分かりますが、通常、養育費というのは子供一人について三万円から五万円くらいです」
「ええっ?!三万から五万!?そんな金額、とんでもない話ですわ!それなら絶対に離婚届には判を押しません!」
依頼人は私から世間相場の慰謝料と養育費の金額を聞くと、ひどく不満のようでした。
「もちろん、今言いました金額は調停や裁判になった場合の平均的金額です。ですから、和解と言いますか、話し合いで決着をつけた方が、金額的には有利になるというのはそこのところです」
私は再度説明しました。ところが、依頼人は相変わらずこう言うのです。
「そう言われても、私はどうしても納得できません。やはり、慰謝料二千万円と養育費二十五万円は要求したいです」
そして、こうも続けました。 「世間相場がそうなら、なおさらのこと、自分の身を守るためにも、いざという時に有利になる証拠を持っていたいと思います。それに、女の方もこのまま放っておくようなことは絶対にしません!」
こういう訳で、私達は依頼人の主人が、今住んでいる住所の確認を行うことになりました。
尾行調査の結果、ご主人は以前姑が言っていた近鉄沿線で、予想どおり彼女と一緒に暮らしていました。もちろん、証拠として提出できる写真もきっちりと撮って、依頼人に報告したのでした。
私達が報告書を提出した後も、依頼人は何回かご主人と話し合いを持ったようです。話し合いの場には、依頼人側からは仲人夫婦だけではなく、後見人である叔父も出席してくれ、主人側からは姑と会社の社長が出席しました。 この頃になると、依頼人は「もう一度やり直したい」という願いを取り下げざるを得なくなっていました。主人に全くその気がないことは出席者全員が理解していたことでしたので、話し合いの中心議題はどうしても慰謝料や養育費の金額になっていったのです。 しかし、依頼人はあくまでも自分の要求金額にこだわり、それが満たさなければ離婚には同意しないと固執したため、主人も「それならば、今までの話はチャラにする」という態度になってしまい、話し合いは難行していました。
三カ月が経ったある日、依頼人から電話が入りました。
「主人が最終案だと言って、慰謝料の額を提示してきました。確かに最初の案よりも三百万円程増額されていますが、私はそれでもまだ納得できません。だから、これで受けるかどうかはまだ決めていませんが、相談というのは女のことです。この金額で私がウンと言えば、決着がつくと思うんです。それでと言ったら何なんですが、全て決着ついてから、女の親へ乗り込んだらいけませんか?」  「えっ?!決着がついてからですか?」
私は思わず尋ねました。 「ええ。前から言ってましたように、女をこのままにしておくのはどうしても許せないんです」
「そのお気持ちは分からない訳ではありませんが、それはちょっとねぇ…」
私は反対しました。
「いけませんか?」
「いえ、いけないということではありません。どうするのかを決めるのはあなたご自身ですから。別にご主人の肩を持つつもりはありませんが、ただ、私の意見を言わせていただければ、そんなことをすれば、あなたご自身の値打ちを随分と落とすと思いますよ」
「そうでしょうか?」
「今回、ご主人が慰謝料の増額をされてきたのは、報告書の存在を知ってのことだと思います。ご主人が何故報告書が恐いのか、お分かりですか?」 増額された慰謝料で決着をつけた上で、女の両親にどなり込みに行きたいという依頼人に対して、私は反対しました。
「ご主人はどんなことがあっても彼女を表に出したくないのです。あなたが報告書を持って両親の所に乗り込まれたくないために、慰謝料を二百万円から五百万円に上げてきたんだと思いますよ。仮にあなたが彼女を訴えたとしても、慰謝料として得られるのは百万円くらいです。そうなると、ご主人は今回の提示額をまた変更してくるかもしれません」
「それに、あなたが彼女の両親にどなり込んでも、ご主人を取り戻すことはできないのは、既にご自身でも分かっておられることだと思います。私は決してご主人や彼女に肩を持つつもりはありませんし、自分の家庭を壊した彼女を許せないというあなたのお気持ちはよく分かりますが、もうこの段階にくれば、『あんな根性の嫁だから、息子も女を作るんや』と姑に言われかねないような、ご自身の値打ちを下げることにエネルギーを使うのではなく、あなたや二人のお子さんの今後の人生について考えるべきだと思います」
私は、慰謝料などの話が決着ついた後、女の両親にどなり込みに行きたいという依頼人(37才)の意向には賛成しませんでした。 依頼人は「でも、このままでは私の腹の虫が収まらない!」とさかんに訴えていましたが、「そんなことはやめときなさい!あなたのためにはならない!」という、いつにない強い私の口調に押されてか、「そうですか…」と電話を切りました。それでもその言外には不満が残っていたのは、私にはありありと分かりました。
半年が経ちました。時折、依頼人はあれからどうしたのだろうかとふと思うことはありましたが、私の方から興味半分に聞くようなことではないと、こちらからは連絡を取りませんでした。 そんな頃です。久しぶりに依頼人が連絡が入ったのは。
「あれからも何度も話し合いをもちましてネ、結局、慰謝料八百万円と養育費十二万円ということになりました。私は、最初から言ってたように、慰謝料に二千万円をくれるまでは籍を抜かないとがんばってたんですけど、叔父も仲人さんも、『これ以上は無理やで』と言わはるし、子供のこともあるので、これでケリをつけようかなと思ってるんです」
依頼人はそう言いました。
久しぶりにかかってきた依頼人の電話で、私はこの夫婦がようやく次のステップに踏み出すことを知りました。ご主人が依頼人に示した最終案は慰謝料八百万円、養育費十二万円でした。
「でも、私はまだすっきりはしてないんですけどネ」依頼人は言いました。
「慰謝料二千万円をもらわないと籍を抜くつもりはなかったんですけど、叔父も仲人さんも『これ以上は無理や』と言わはるし、子供のこともあるので…」 「そうですよ!」
金額を聞いて、私もこのご主人はよく出した方だと思いました。
「私、実家のある山口に帰ろうと思ってるんです。本当は友達が多い大阪にいたいんですけれど、やはりいざという時に親元の近くの方がいいと思って…。長男も今春、中学生になりますし、同じ戻るなら、キリのいい所で帰った方がいいということになったんです」 「そうですか。今後のことを考えると、その方がいいでしょうね」
私は答えました。
「それで、最後にもう一つだけ相談があるんですけど、いいですか?」
私は「えっ?!まだあるの?」と思いながらも、「いいですよ」と答えました。
「実は、その慰謝料を主人は分割で払いたいと言ってるんですけど、一括でもらった方がいいでしょうか?」
「そりゃあ、一括の方がいいですよ。マ、払える資力があるならばの話ですが。分割となれば、人間、年月が経ち、状況が変わってくると、なかなか払いづらくなってくるものですから。ご主人の方が再婚されて、子供でもできればなおさらです」
私はすかさず答えました。 「そうですねぇ。で、もし、分割しか無理の場合は一筆書いてもらった方がいいのでしょうか?」
私は「もちろん」と答えて、念のためにと弁護士を紹介したのでした。
こうして、ようやくのこと依頼人は次の人生を歩み始めました。私は彼女を一年以上にも亙って見ていて、離婚とは何とエネルギーを要するものかとつくづく思ったものでした。

<終>

納得できない離婚要求(1) | 秘密のあっ子ちゃん(134)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 先日の発表に、二十一世紀には高齢化が飛躍的に進み、未婚率も大巾に増えるというものがありました。その傾向は当然現在も現れており、結婚しない人が増えてきているだけでなく、離婚する夫婦も増えてきています。そのことは、皆さんの回りの方々(ひょっとすれば、当事者であるかもしれませんが)をご覧になればご理解できることと思います。私の友人にも、つい先日離婚を決めた人がいます。
 離婚というものは、それがどんな原因であろうと、恐ろしくエネルギーがいるものです。増してや、相手の浮気が原因となると、自分の気持ちを固めるまでには相当の心労があります。
 この類いで当社に相談に来られる人は、皆一様に出口のない暗闇の中で呻吟されている場合が多いのです。ですから、私達は、最終的に決断を下すのはご当人であることを踏まえた上で、ご依頼人が少しでも問題点を整理しやすいように、客観的な立場からアドバイスをするようにしています。
今回の主人公の女性も、初めて当社にやってきた時はそんな状況の中で苦しんでおられました。
 その依頼人は三十八才の主婦で、小学六年生の男の子と小学三年生の女の子の母親でした。学生時代から交際していた男性と十四年前に結婚し、それなりに幸せな生活を営んでいました。夫はイベントなどを企画する会社に勤務し、かなりの高収入を得、何よりも子煩悩な人柄でした。仕事の関係上、帰宅時間が遅いということはありましたが、彼女は家事と育児に専念し、何の不満もない結婚生活でした。
おかしくなったのは三年程前からです。
実は七年前、夫は知り合いの頼みで、ある女子高校の文化祭のイベントの相談にのったことがあります。知人の娘が文化祭実行委員長だった関係からなのですが、ある日、彼女が父親に、「みんなで話し合っても、何がいいか全く決まらないの。もう日もないし、どうしよう」とふと漏らしたことから、事が始まりました。 「ふーん、そうか。ワシの知り合いで、イベント会社の企画をしてる人がいるが、いいアイディアがないか聞いておいてやろうか?」 父親は何気なくそう答えました。
「そんな人がいるんなら、私が直接聞いてみるわ」
 父親に依頼人のご主人の話を聞いた彼女は、その足で連絡を入れました。
「電話ではなんだから、一度会って話をしましょう」ということになり、彼女は他の実行委員のメンバーと共に彼の会社を訪ねました。 それが縁で、結局、依頼人の夫は文化祭が終わるまで何やかやと彼女達女子高生の面倒を見たと言います。 文化祭が終わって一週間が経った頃、お礼と共に彼へのファンレターともラブレターともつかぬ彼女の手紙が自宅に届きました。  「こんな手紙がきたわ」
 その女子高の文化祭の顛末を一部始終、依頼人に話していたご主人は、その「ラブレター」もごく自然に妻に見せています。
 彼女はまだ高校三年生ですし、知人の娘ということもあって、ご主人としても、「大人の男性に憧れている少女」という風にしか把えていなかったようです。もちろん、依頼人自身もそうでした。
 ですから、その後、彼女が彼を訪ねて自宅までやってきても、快く招き入れて三人で歓談したことも、二度、三度あったのです。
 「彼女も進学して、世間が広がれば、主人への熱も冷めるだろう」と思っていたのでした。
 依頼人の夫が文化祭の手伝いをしてあげた、その知人の娘は短大へ進学しました。
 短大在学中も、「尋ねたいことがある」とか「相談事がある」とかを言って、彼女は依頼人の夫に電話をしてきたり、自宅に訪ねてきたりしました。そのどれもがたわいのない事柄で、依頼人は彼女の目的が何なのかを十分承知していました。しかし、彼女の夫への想いは「一過性の熱病だろうから、いずれ冷めるだろう」と、気にも止めていませんでした。
 ある時、依頼人は冗談で夫にこんなことを言ったことがあります。
 「若い娘さんに惚れられて、あんたも嬉しいわねぇ」 すると、夫はこう答えたのでした。
 「アホか。あんな子供、相手にはできるか。それに知り合いの娘さんやで」
 夫が彼女のことは眼中にないと確認して、依頼人はより一層安心していました。 彼女が短大の二回生になると、「就職のことで相談したい」と、また連絡が入りました。
 夫も妻に気を使ってか、彼女と二人きりで外で会ったことはこれまで一度もなく、今回も自宅へ呼びました。やってきた彼女は、こう言いました。
 「できたら、お兄さん(彼女はいつの間にか依頼人の夫をこう呼ぶようになっていました)がしたはるような仕事がしたいの。イベントとか催しものの企画をするような仕事を…」
 この仕事が単に憧れだけでできるようなものではないこと、就職するにしても、その後生き残っていくにしても、かなり競争のきつい世界であることを、夫はこんこんと説明しました。しかし、彼女は諦める気配がありません。 
 「お父さんは何て言うたはるの?」
 依頼人は聞きました。
 「『自分の好きなようにしたらいい』って言ってくれてます」
 彼女はそう答えましたが、どうも怪し気でした。
 そこで、その日は「もう少し冷静にじっくり考えた方がいい」と彼女を説得し、依頼人夫婦は彼女の父親と連絡を取ることにしました。 案の定、父親は何も知りませんでした。
 「えっ?!今まで何回もおじゃましてるんですか?えらいご迷惑をおかけしてましてんなぁ、申し訳ない」 彼女の父親は随分と恐縮していました。
 「いえいえ、迷惑ということはありませんが、就職のこととなると、やはり将来にかかわりますので、僕が応援したげるにしても、親御さんのご意見を聞いておいた方がいいと思いまして…」
 依頼人の夫はそう言いました。
 「そうですなぁ。しかし、イベントの企画とはねぇ。ワシも家内も、短大を卒業させたら、しばらくは花嫁修業でもさせて、嫁に出そうと思とったんですがねぇ」 彼女の家庭は地元の資産家で、父親はそれなりの規模の運送会社を経営していました。彼女は三才年上の兄との二人兄弟で、一人娘である彼女をこの父は大層可愛がっていました。しかも、父親は女性の生き方についてはかなり古い考えの持ち主で、依頼人の夫はその辺りのことを十分承知していましたので、今回のことを敢えて知らせたのでした。
 依頼人の夫が、彼女の父親に連絡を取って、三週間が経ちました。今度は、父親の方から電話がありました。 
 「いやあ、あれから何とか諦めるように、家内と一緒に説得していたんですが、聞きしませんわ。あいつもワシに似て、自分がしたいと思ったらテコでも動かんとこがありますさかいなぁ。ちょっと我儘に育てすぎましたワ。」
父親は半分自嘲気味に、そう言いました。
 「マ、家内とも話しておったんですが、こうなったら二、三年勤めさせて、そのうちに見合いでもさせようと思っとるんですワ。それまでは、本人の望むように、イベントの企画かなんか知りませんけど、働きたいのなら勤めさせてもええと思ってますねん。それでというとなんですけど、どっか、ええとこありまっしゃろか?」 
 突然そう言われても、依頼人の夫としても困ってしまいます。しかし、駆け出しの頃に随分世話になった社長さんのことでありますし、今も何かにつけて顧客を紹介してくれている相手に、そう無下に突き放すこともできません。
 「そうですねぇ…。じゃあ、心当たりを少し当たってみます」
 そう答えたのでした。
 父親の頼みで、依頼人の夫は彼女の就職先について奔走したのでした。
 その努力が実り、彼の会社と提携している同業者に、彼女を半ば強引に押し込むことができたのでした。
 その間も依頼人の夫は彼女と何度となく会っています。就職のこととなると、いちいち自宅に招いて話している間もない時もあり、その頃から二人は依頼人の知らないところで会うようになっていきました。しかも、初めのうちこそ、「今日はあの子の相談に乗ってやらないといけないから、少し遅くなる」とか、「今日は先方に連れていってやる」とかという風に、夫も依頼人に報告していましたが、それも次第に何も言わなくなっていったのでした。 それが三年程前のことです。
 依頼人は、当初、「まさか」と思っていました。それに、二人がどうにかなっているなどと考えたくもありませんでした。 しかし、彼女から電話がかかってくると、夫はすぐに隣の部屋に電話を持っていって、小声で長々と話すのです。依頼人が「何の用事なの」と問い詰めると、「仕事の話や!」と声を荒げて答えます。
 彼女から電話がかかってくると、依頼人の夫はそそくさと受話器を持って隣の部屋に行き、小声で長々と話すのでした。そして、時には何も告げず、そのまま出かけていくこともありました。しかも、「出張だ」と言って、外泊する日も増えてきたのです。 その頃の依頼人は、子供達二人がまだまだ小さく、子育てに追われて、以前のように細々と夫の面倒を見れない日々が続いていました。しかし、それでも夫の変化は嫌でも気がつきます。 依頼人は、時には厳しく夫を詰め寄ることもありました。
 「出張、出張って、会社に聞いたら、その日は出張なんか入ってへんやんか!どこに行ってたん!」 「会社の女の子にいちいち言うてへん出張だってあるんや!男の仕事にごちゃごちゃ言うな!」
 「何言うてんの!あの子と会ってたんやろ!」
 「あほか!人の行動に探りを入れるようなしょむないことすんな!会社にもかっこ悪いわ!俺のことが信じられへんねんやったら、出て行ったらええねん!」
 こんな夫婦喧嘩が断えなくなっていきました。
 ある日、依頼人は、夫の手帳のある日付の欄に、女文字で「○○の誕生日」と書かれてあるのを発見しました。彼女が直接夫の手帳に書いたに違いありませんでした。
 その当日、夫は無断で外泊しました。
 依頼人の堪忍袋の緒は切れてしまいました。帰宅した夫を捕まえ、声を荒げて罵倒したのでした。それは、今までにない激しい夫婦喧嘩となりました。子供達は子供部屋で泣きべそをかきながら、じっとうずくまっていました。
 翌日から夫は帰ってこなくなりました。
 一週間が経った頃、依頼人は会社に電話を入れました。
 「今、どこで寝てんの?」 彼女は尋ねます。
 「会社に寝泊りしている。考えたいことがあるから、しばらくは家へ帰れへん」 夫の返答はそんな風でした。
 「私も話したいことがあるから、とりあえず帰ってきて。このままでは、何も始まれへんから。一度話し合いたいねん」
 彼女は夫にそう訴えました。
 「ああ、分ってる。そのうち、話をしに一ぺん帰るから」
 夫はそう答えましたが、二週間経っても、三週間経っても、夫は帰ってきませんでした。
 ひと月近く経った頃、依頼人は子供達を連れて、会社にいる夫を訪ねました。子供達は久しぶりに父親に会って大喜びでした。しかし、夫は依頼人に離婚の話を持ち出したのです。
 夫の言い分はこうでした。 「俺がこうなったのも、お前が悪いからや。『子育て、子育て』と言って、俺のことは放ったらかしやったやないか。それにお前の性格が悪い。いつもキーキー、キァーキャーと口うるさいし、俺は家へ帰ってもくつろぐことがあれへん」 依頼人は驚きました。まさか、夫にそんなことを言われようとは思ってもいなかったのです。夫は例の彼女のことは一切口にせず、自分が家を出た原因は依頼人のせいであるということを繰り返し述べるのでした。 それを聞いて、依頼人は夫に謝りました。
 もちろん、依頼人は腹立たしい思いで一杯でした。しかし、もともと離婚する気などまるでありませんでし、ただ、彼女から夫を取り戻し、以前のように親子四人の水いらずの生活がしたかったからです。
 夫が並べたてる離婚要求の理由に対して依頼人は理不尽だと思いながらも謝ったのでした。
 「確かにこの子らに手がかかって、あなたの面倒を十分に見れなかったことは反省しているわ。だけど、私もすき好んで、口うるさく言ってた訳じゃない。彼女のことをはっきりしてくれたら、私もとやかく言う必要があらへんのやから。私の悪い所は直すから、この子らのためにも、家に戻ってきてほしいねん」
依頼人の想いはただ一点、夫が彼女と手を切り自分達夫婦がもう一度やり直したいということでした。そのためには、謝りもし、自分の至らなかった所は本気で直そうと考えていました。依頼人は何度もそのことを訴えました。
 しかし、夫の返答はこうでした。
 「もう遅い。今さらやり直すことなんかでけへん」 「そしたら、この子らはどうなるの?」
 小学六年生と三年生の二人の子供に目をやりながら、依頼人は言いました。下の小学三年生の長女は無邪気にお子様ランチについていた旗で遊んでいましたが、上の六年生の長男は両親の様子を察して、デザートに頼んだチョコレートパフェを、黙りこんでひたすら口に運んでいました。
ただひたすら、夫ともう一度やり直したいと願っていた依頼人は、最後の手段として、子供達のことを引き合いに出し訴えました。
 「やり直すにはもう遅いって、そしたら、この子らはどうなるの!?」
 「こいつらには悪いと思うけど、しゃあない。みんなお前の責任や。それに、全然会われへんようになる訳じゃないし、養育費は出す」
 「そんな!勝手すぎるわ!」
 この日の話し合いは、こんな言い合いばかりが堂々巡りとなり、それ以上進展しませんでした。
 翌日、依頼人は姑に会いに行きました。姑の口調は基本的には息子の不貞と家族への無責任さを詫びていましたが、そこは長年母一人子一人で暮らしてきた可愛いい息子をかばうニュアンスが漏れ聞こえるのでした。 
 これは、依頼人もこれまでの夫と姑の母子関係を見ていると予想できたことでしたので、さほどがっかりはしませんでしたが、孫のために力を貸してくれるのではないかと少しは期待もしていました。しかし、その淡い期待は全く的はずれだということがよく分ったのでした。
 ただ、こんな話が聞けたのです。
 「この前、電話があったけど、もう部屋を借りてるみたいなこと言ってたよ」 全く知らない話でした。夫は、依頼人にはずっと会社で寝泊まりしていると言っていたのです。
 「えっ!?部屋を借りているって、彼女と一緒なんですか?」
 「いやぁ、そこまでは知らんけど…」
 姑の返事は歯切れの悪いものでした。
 「で、それはどこなんですか?」
 「近鉄線の何とかという駅の側やって言うてたけど、聞いた住所のメモは無くしたわ」
 明らかに息子をかばっているのが分かりました。
 依頼人は、前々から相談に乗ってもらっていた近所の友人の元へ走りました。 「もう、どうしたらええか分れへんようになったわ」依頼人はそう言いながら、泣くのでした。というのも、両親の様子を察した小学6年生の長男が家庭内で暴れ始めるようなっていたことも、依頼人が嘆く原因の一つとなっていました。
 父親が帰らなくなってから、長男は依頼人に刃向かうようになっていました。依頼人は、どちらかと言えば教育や躾には口うるさい方です。
「宿題はちゃんとしたの?!」「家に帰ってきたら、すぐ手を洗わなあかんと言うてるでしょ!」
 そんな依頼人に、長男はこれまでブーとふくれながらも言うことを聞いていたのです。しかし、近頃はどうでしょう。「うるさいなぁ!くそババア!」です。 そして、二日前、食事の途中でファミコンに興じている息子を叱りつけたところ、長男は「うるさいんじゃ!」と叫びながら、茶碗を窓に向けて投げつけ、ガラスを割ったのでした。 十二才という難しい年頃の長男の心が荒んでいくのを、依頼人は一番恐れていました。 「だけど、それはご主人が家に帰ってけぇへんことだけが原因じゃないんと違う?だいたい、あんたは少し口うるさすぎるよ。もっと、あの子の気持ちも考えたげんと」
 今までもずっと、黙って依頼人のグチを聞き、励ましもし、相談にのってくれていた友人はそう言うのでした。
 友人は言うのでした。
「十二才と言えば反抗期で、一番難しい年頃やんか。まして、あんたとこは今ご主人がそんな状態やねんから。子供って、知らん顔してるようやけど、みんな分かってるよ。ガミガミ叱るばっかりじゃなくて、もうちょっと、あの子の気持ちも考えてあげんと。あんたのしんどい気持ちも分かるけど、子供に当たってたらあかん」 「分かってる・・」
 依頼人はか細く頷くばかりです。
友人はこうも言いました。 「子供のためにも今、あんたがしっかりせなあかんやん。いつまでもこんな状態をズルズル放っておく訳にはいかへんのと違う?」 「でも、私はもう一ぺんやり直したいねん。主人は私の責任やって、私の悪いことばかり並べたてて腹が立つけど、それも一理あるような気がするし、戻ってきてくれるんやったら、それはちゃんと直そうと思ってる。だけど、あの女は絶対に許せへん!人の家庭を壊しておいて、私が離婚することになんかなったら、絶対に主人と一緒にさせへんから!」
 その日、依頼人は友人に夫が家に帰ってくれるよう、もう少し努力すると言ったのでした。
<続>

ムッとくる依頼も・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(133)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 早速、スタッフは依頼人に娘さんの現在の居所が明らかになったことを伝えました。それに対して、彼の返答はこうでした。
「そうですか。それではすぐに私の手紙をそちらに送りますので、女性名で娘に送ってもらえますでしょうか?私の手紙の中味は読んでもらっても結構です」 「いえ、中味についてはこちらが見る必要ございませんので、そのままお嬢様にお送りさせていただきます」スタッフはそう答えて、料金の精算額を伝えたのでした。
 スタッフは彼からの手紙が届くのを待っていました。しかし、二週間経っても、三週間経っても手紙は届きませんでした。
 いつまでもこのまま放っておく訳にもいかず、処理に困ったスタッフは彼に連絡を入れました。すると、以外な返答が帰ってきたのでした。
 「昨日、そちらに葉書を送りましたので、それを読んで下さい」
 「そうですか。で、手紙の方はどうされます?」スタッフが尋ねます。
 しかし、彼は「葉書を読んでくれればいい」の一点ばりでした。
 翌日、彼からの葉書が届きました。
 「前略、お願い致しました件の事ですが、家も住所も分っているのに、手紙を娘に出すのでしたら、自分でできることです。以前の住所にいて、お宅の名で手紙を出すのでしたら、何の必要もありませんので、この件はこれで打ち切らせていただきます。有難うございました」
 彼と常時コンタクトを取っていたスタッフはこの葉書を見て、目が点になったと言います。当初の依頼内容を変えて、というより忘れたふりをして、料金の精算もせず、「有難うございました」で済まそうとしていたからです。
 そもそも、彼の依頼とは、十七年前に離婚してから一切会ずにいた娘に、自分が離婚した真相を伝えたいというものでした。そして、十七年前の住所は知っているが、引っ越ししたものか、嫁いだものなのかが分らない。しかも、居所が分っても先妻が自分の娘宛への手紙を開封する可能性があるということでしたので、娘さんが今どこにいるのかを調査した上で、当社の女性名で自分の手紙を送ってほしいというものでした。
 しかし、娘さんの住所が判明し、その内容を伝えて料金の精算額を伝えた途端、「もう必要ありません」として、「有難うございました」とだけで済ませようとしたのです。スタッフが「この人は何を考えているのだろう」と思っても無理はありませんでした。
 こんな依頼人はそう多くはいませんが、こすいと言おうか、ずるいと言おうか、人にはいろいろな人がいらっしゃるものです。
もちろん、当社としても判明した後に、当初の依頼内容を変えてこられて、「ご苦労様」だけで済ます訳にはいかず、正当な報酬として料金の精算額を入金していただきましたが、それでもこの方は、ああでもない、こうでもないと辻褄の合わないことばかりを言ってこられたと報告を受けています。

<終>

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