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戦争に行った彼(2) | 秘密のあっ子ちゃん(114)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

彼の消息は、出征以来、全く途絶えています。
 無事、戦地から戻ってきたのだろうか?今も元気に暮らしているのだろうか? そういう想いが頭から離れませんでした。そして、次には息苦しくなる程いつも胸を締めつける想いが湧き上ってくるのです。
 もし、あのまま戦死していたら?
 やりきれませんでした。 彼女は娘さんを伴って当社にやってきました。
 最後の会話を私達に話すと、彼女は「信頼してもらっていたのに、申し訳なくて…」と、涙ながらに言いました。
 私は彼女のこの五十年間の悔いを思うと、異物が胃の中に沈殿していくような重く暗い気持ちになりました。彼女も七十才、今世の最後に迎える時に、今のままの気持ちではあまりにも辛いだろうと思えました。せめて、晴れ晴れとした気持ちであちらに行きたいだろうと…。
  彼の調査は難行を極めました。
 当時の住所地が分っていたとしても、何しろ戦前のこと故、今もまだそこに住んでおられるとは考えにくいことでした。案の定、調査の結果はそんな名前の住人はそこにはいませんでした。その地域の寺にも聞き込みに入りましたが、彼の苗字での檀家は存在しません。
 次に、私達は彼の出身学校に聞き込みに入りました。その学校は、戦後、新制高校なり、今は名称も変っています。
 事情を理解して下さった教頭先生は、古い書類を倉庫から引っ張り出し、あれこれと調べ始めてくれました。
 彼女が覚えている彼の苗字は「伊藤」でした。下の名前は覚えていません。  彼が卒業したという年度の前後を、教頭先生が丹念に調べて下さったのですが、「伊藤」という名はないのです。唯一、「伊東健一」さんという人のみが存在していました。 
 伊東健一さんの名簿欄には、「大正十四年生、昭和十九年三月卒、鹿児島予科練甲飛十三期、戦死」と記載されてありました。
教頭先生は、「当校出身者であることが間違いなければ、この人しかいません」 とおっしゃったのでした。
 その年度前後の卒業生で、イトウという人はこの人しかいません」
 教頭先生はそう教えてくれました。
 出身学校が彼女の記憶違いでなければ、「伊藤」が「伊東」であっても、この人に間違いないと私達も確信しました。
 しかし、彼女の意見は違ったのです。「絶対に『伊東』ではありません。『伊藤』です。思い違いなどはありません」そう言い張りました。
 「それでは、学校が記憶違いということなのかもしれませんねぇ…」
 ふと漏らした私の言葉に、彼女は目を剥かんばかりに、「いえ!学校も間違いありません!」と言い切るのです。
 伊東健一さんが戦死されている今となっては、ご本人に確かめようもありません。
 その後も私達は全ゆる手を尽くしました。彼の出身地の伊藤姓はもちろんのこと、国の機関や旧軍関係、はたまた靖国神社にまであたってみたのでした。
 結果は、彼が出たという学校の「イトウ」さんとはどうしても全て「伊東健一」さんに繋がるのでした。
 そうなると、私達の方が却って、消化不良のような納得いかないものが残っていったのでした。
 「伊東」ではなく、絶対に「伊藤」だと彼女は言い張るのですが、どう調査しても、彼女が言う人に該当するのは「伊東健一」さんでした。
 こうなると、私達の方が消化不良を起こしてしまいます。そこで、私達は健在である伊東健一さんの弟さんを探し出しました。
 「一度、弟さんに当時のことを詳しくお聞きになられては如何ですか?そうすれば、ご本人であるかないかがよりはっきりすると思いますが…」私は彼女にそう提案したのです。
 しかし、彼女は相変わらず頑なでした。
 「彼は『伊東』ではないのだから、弟という人に会いに行く必要もない」こうです。
 人は年を重ねると頑固になると言いますが、彼女の場合は五十年前のうら若い乙女の頃もこんな風に頑迷であったのではないかと、私は思い至ったのです。
 その頑迷さが五十年間の悔いを残してきたというのに、彼女は相も変わらず頑くなでした。
 彼女がその頑くなさを引きずっている限り、「悔い」は決して消えることはないだろうと、私はそう思いながら、彼女の言葉を聞いていました。 

<終>

戦争に行った彼(1) | 秘密のあっ子ちゃん(113)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 今年七十才になる彼女にとって、彼のことを思い出す度に悔いることは多いのです。その中でも一番の後悔は、彼が出征する前に彼女に語ったことに対する自分の反応でした。
 昭和十九年のあの日、軍需工場の昼休みに彼に呼び出されて近くの公園で最後に会ったあの時、彼はこう言ったのでした。
 「ついに赤紙がきた…。僕は戦争なんかに行きたくない!」
彼の目から涙が流れていました。
 彼女は彼を何とか励まそうと思いましたが、最後まで彼のその言葉に同調することはできませんでした。誰が二人の話を聞いているか分りません。彼女は彼の心情を慮ばかるより、密告の方を恐れました。「非国民」と密告されれば、叔父の家業の跡を継いだ弟にまで迷惑をかけることになります。苦労して育ち、二人で力を合わせて生きてきた唯一人の弟でした。
 彼女は、ろくに彼の話を聞くこともせず、そそくさと工場へ戻ったのでした。 それが彼との「密会」の最後になるなどとは、その当時の彼女は全く想像もしていませんでした。
 今回はそうした思い出をもつ一人の老女のお話をしましょう。
 彼は存命であれば、今年七十一才になります。
 彼と知り合ったのは、昭和十八年、まだ彼女が女学校に在籍していたころに動員された軍需工場ででした。彼女は飛行機の部品を作る部署へ配属されました。彼はその部署の責任者でした。 彼は仕事に対して責任感が強い一方、部下に対しては面倒見のいい人でした。彼女達のグループにも、事あるごとに「がんばれ!」と励ましてくれていました。 戦況が切迫していったあの時期、「必ず日本は勝つ」と信じながらも苦しくつらい青春を過ごさねばならなかった彼女達にとって、何くれと心を配り、いつも励ましてくれる彼の存在は重要なものでした。
 彼女達は、昼休みなどの休憩時間にはいつも工場の中庭で輪になって語り合っていました。心浮き立つようなことは何一つなかったあのころ、そうした仲間同志の語り合いだけが唯一の楽しみでした。
 そんな時、彼はいつもみんなの話の聞き役でした。常に彼を中心に人が集まりました。しかし、みんなに取り囲まれながらも、彼は時々ふと遠くを見るような目をすることがあることに、彼女は気づいていました。その時の彼の目はとてつもなく淋しそうな目でした。
 皆の輪の中にあっていつもただじっと聞き役に回っていても、常日頃寡黙な彼であれば、それはさほど不思議なことではありませんでした。しかし、彼女は彼が時折とても淋しそうな目をして遠くを見つめていることを見逃しませんでした。 それには理由がありました。彼は幼い頃に両親を相次いで失くし、十才も違う弟と共に伯父の家に引き取られ、育ちました。伯父の家には男子がなく、伯父は彼に大きな期待をかけていました。そして、行く行くは長女をめ合わせようと考えていたのです。
 彼にはそれが重荷でした。いえ、決して二つ年下のその従妹が嫌いな訳ではありません。それなりの器量良しで気立てのいい彼女は、嫁にすれば申し分ないと考えられました。これまで育ててもらった恩に報いるためにも、彼は伯父の期待に応えねばと考えていました。しかも、いずれ軍に召集される我が身を思えば、まだ小学生の弟の面倒も見てもらわねばなりません。しかし、そう思えば思う程、彼にはそれがますます重圧となっていったのです。
 彼は、境遇のよく似た彼女だけにはその辺の自分の胸の内を打ち明けていました。
 彼女もまた弟と共に、早くに失くなった両親に代って叔父に育てられたのです。
 境遇が似ている彼女に、彼はいつも励ましてくれていました。
 軍需工場の労働は厳しい上に、常に空腹でした。しかも、日に何度も空襲警報がなり、その度に防空壕に待避しなければならない日が続きました。「これから先、どうなるのだろう…」ともすれば弱気になってしまいます。
 そんな時、彼はいつも「がんばろう!生き延びていたら、きっといいことがある」と励ましてくれていました。「親がなくても、いつか幸せになれる!」と言ってもくれました。
 別に恋仲であった訳ではありません。むしろ、「同志」と言った感覚でした。 それにも関わらず、彼女は彼の悲痛な叫びに背を向けてしまったのです。
 あの日、いつものように“昼休みのささやかな仲間の語らい”のために中庭に向かうとした彼女は、彼に「ちょっと話がある」と、工場横の公園へ呼び出されたのでした。
 「ついに赤紙がきた…」 彼女は絶句しました。「ああ、この人にもとうとう…」という想いだけが頭の中を駆け巡っていました。 「武運長久をお祈りしております」
彼女がやっと発した言葉に、彼は驚愕するような内容で答えたのでした。
 「戦争なんか行きたくない!」
 昭和十九年の秋、召集令状が来たことを打ち明けられた彼女は、やっとの思いで「武運長久しをお祈りしております」答えました。それに対する彼の反応がこうだったのです。
 彼女は何と答えていいか分かりませんでした。
 大本営発表では日本の敗戦色が濃いとは決して報じられていませんでしたが、これだけ空襲が多いことやあらゆる物を供出させられることに、「何かおかしい」と感じていました。
 しかし、その疑問をどんなことがあっても口に出すことはできない時代でした。 
 彼女としても、できることなら彼が戦地へ赴くようなことがないようにと願っていたのが本音でした。
 しかし、徴兵拒否などできるはずもありません。
 「戦争なんか行きたくない」という彼の言葉に同調することさえはばかれました。
 彼女は密告を恐れていたのです。自分だけならまだしも、「非国民」のレッテルを張られて、世話にはった叔父や苦労して共に育った弟に迷惑をかけることが何よりも恐ろしかったのです。
 彼女は黙って立ち止まりました。
 彼の目から涙が流れていました。しかし、彼女はそれを無視して工場へ戻ったのでした。
 五十年を経た今も、彼女は悔いていました。
 何故、あの時、彼の話をもっと真剣に聞いてあげることができなかったのか?何故、自分はあれほど、人の耳を恐れたのか?
 そうしたことが、彼女の胸の中にずっとしこりとして残ってきました。

<続>

心のマドンナ(2) | 秘密のあっ子ちゃん(112)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 彼と彼女が育った地域は材木の集積地です。私達は彼女が嫁いだ先はその近辺だと当たりをつけ、「すわ!」とばかりに材木問屋を軒並みに聞き込みに入ったのです。
 ところが、これがまた彼女が嫁いだはずの材木問屋になかなかぶち当たることができなかったのです。 何軒当たっても、彼女が嫁いだはずの材木問屋に辿りつくことができず、私達は「本当に材木問屋に嫁いだのか?」とか「この辺りで間違いないのか?」などと疑心暗鬼にかられてきていました。
 と、ある一軒の問屋さんで、「ああ、それやったら、あそこのお嫁さんかもしれん。親父さんが脳溢血で倒れてからは跡を継ぐ者もなく、今はもう商売をやめておられるけどな」という情報が入ってきました。
 早速、教えてもらった住所に向います。
 私達がその家に着いた時、家の人は皆出ておられ、おじいさん一人が留守番をされていました。病気もかなり回復されたようで、それなりに動くことができるようになっておられたのですが、記憶の方がもう一つです。
 「さて?嫁の旧姓は何でしたかいなぁ?」
これでは埒があかず、ここまで来たついでとばかり、私達は腰を据えて彼女が帰ってくるのを待ちました。
 夕方、帰宅してきた彼女に、私達は「実は…」と説明します。途端に彼女の顔がパッと明るくなり、こう答えたのでした。
 「まぁ、○○君、私のこと、よう覚えてくれてやってんねぇ!」

<終>

心のマドンナ(1) | 秘密のあっ子ちゃん(111)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 その日やってこられた依頼人は、四十二、三才の真面目そうな男性でした。彼は現在、ある大手電気メーカーの技術部門を担当しています。
 彼には一度再会してみたいと思っていた女性がいます。小学校、中学校を共に通った幼なじみで、ずっと憧れていた彼の“心のマドンナ”です。
 社会人になってから時折思い出しては、「どうしているのだろうか?」とか「どんな風に変わったのだろうか?きっときれいになってるだろうな…」と考えてはいましたが、そこはやはり日常の忙しさに追われ、二十年近く行動に移す機会を逸してきました。人生の中で二十代、三十代というのは、仕事面においても家庭面においても一番忙しい時代です。
 それに、小、中学の同級生ともなれば、たまに開かれる同窓会や、道でばったり出会った昔の仲間に彼女の消息を聞けないことはありませんでしたが、あえて彼女の名前を口に出すのも気恥ずかしく、やはりそのままになっていたのでした。彼が彼女に憧がれていたということは、誰も知らない彼だけの秘密でした。 そんな彼女をいよいよ本気で探そうと決意させたのは、やはりあの阪神大震災でした。やはりあのようなことがあると、「いつどうなるか分らない」と思うようになり、彼はやっと腰をあげる気になったのでした。
 私達は彼の依頼を受けて調査を開始しました。
 彼の持っていた手がかりは、彼女と共に通ったという小学校、中学校、そして彼女が進学した高校、風の噂で聞いた就職先の銀行の名前だけでした。残念ながら、実家のことはもはやうろ覚えとなっていました。 私達はまず、小学校、中学校を当たり始めました。ところが、過疎地のため、彼らの母校は既に廃校となっていたのです。
 そこで、私達は次に高校へ向いました。しかし、この高校は女子校で、「プライバシーの問題があるので」と回答を得ることができませんでした。
 こうなると、残りは銀行しか残っていません。
 聞き込みの結果、彼女は二十一年前には確かにその銀行に勤務していることが分りました。ところが、人事部の返答は芳しくありません。何年か前に起きた山梨での女子行員の殺害事件以来、銀行のガードが大変きつくなり、この銀行のみならずこうした聞き込みにはなかなか答えてくれなくなったのです。
 やむなく、私達はもう一度依頼人に連絡を取りました。うろ覚えであいまいな実家の記憶について、何か手がかりとなるものを思い出してもらうのが目的でした。
 あれやこれやの話の中で、結局実家についての記憶を蘇らせることはできませんでしたが、彼がふと思い出したことがありました。  「そう言えば、材木問屋に嫁いだという話も聞いたことがあります」

<続>

家出中の彼女と出会って・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(110)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 ところが、一週間経ち、二週間経ってくると、本当に彼女が無事家に戻ったのか気になってしかたがなくなってきました。
 「住所とか電話とかを聞いておけばよかった」と悔いました。毎日のように顔を出すあのスナックで、ママとも時折「あの娘、本当に帰ったのだろうか」という会話になりました。
 彼は彼女が話していたことを思い出していました。高校を中退し、その後行った夜間高校も退めたと言っていた彼女。その間に二回の家出をし、夜間高校にいた時の家出は、一年間も北海道でチリ紙交換をしていたと言っていた。それから、家に舞い戻ってからは、父のつてで身内だけでやっている小さな会社に勤めたとも言っていた。三回目の家出はその会社の奥さんと喧嘩して暴言を吐き、こっぴどく父に叱られた時だ。今回の家出は、自分の部屋にいると何か悪いことをしているかと思われて、父に責められたからだと言う。聞くと、働きもせず、家でブラブラしていたことが原因らしい…。
 彼は彼女の話をあれこれと思い出してみるのですが、結局、彼女の家を特定するような内容を見つけることはできませんでした。 
 彼は長野市の電話帳を繰ってみました。そして、百軒近くある彼女の姓の家に、片っ端から電話を入れてもみました。しかし、彼女の家はありませんでした。
 その時、彼は昔、何かの記事で見た「初恋の人探します社」という会社を思い出したのです。一〇四番で電話番号を知ると、すぐに電話を入れました。
 これまでの状況をひと通り説明し、いざ依頼しようと思った時、思わず「こんな場合でも、本当に見つけることができるんかぁ?」という言葉が口を衝いていました。
 そう依頼人に言われて、私としてはおいそれと引き下がる訳にはいきません。
 電話帳に載せていない彼女と同姓の家を住宅地図でピックアップし、一軒一軒訪ね歩き回りました。
 何十軒目かで、彼女の家は見つかりました。
 ところが、私達が訪ねた時、彼女はまたもや家出していたのです。
 両親ももう諦めて放っているような雰囲気でした。 「どうしようもないヤツです」お父さんは少し腹立しそうにそう言いました。 しかし、彼に切符と一万円を貰い、「二度と家出なんかするな」と言われたその時は素直に帰ってきたようです。
 私は分かってきた内容をそのまま報告書に書き、彼に送りました。それっきり彼から連絡はありません。  彼女が一旦は素直に家へ帰り、自分の責任は果したとほっとしたのか、それともあれほど二度と家出などするなと言っておいたのに、すぐにまた家を出たという事実を知ってがっかりしたのか…。
 今ごろになって、私はその報告書を見た彼がどう思ったのだろうかと気になっています。

<終>

家出中の彼女と出会って・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(109)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 その日、彼(31才)は一旦帰宅した後、所用で近くに住む兄の家へ向いました。時刻は午後八時を過ぎていました。
 田畑の中を貫くように走る国道をゆっくりとしたスピードで車を進めていると、街頭もない真っ暗なその国道の脇を若い女性が一人歩いているのが目に入ってきました。
 「こんな所を若い女が一人で危ないな」彼はそう思ったのです。そこは国道と言っても通る車の数も少ない、時折暴走族がタムロしている場所でした。 
 兄の家で小一時間程時間を過ごし、来た道を取って返していると、先程の女性がこちらに向ってまだ歩いて来ています。
 彼は車を停めました。
 「姉ちゃん、こんなとこ、一人で歩いていたら危ないで。どこへ行くんや」
 彼女は二十才前後でした。白いワンピースに、つっかけを履いていました。それに、バックも荷物も何も持っていず、手ぶらでした。
 「別にあてはない」
彼女はぶっきら棒にそう答えました。
 「えっ?!家はどこやねん?」
 「家?家はナガノ」
 「長野!?それが何で今ごろこんなとこにおんねん?」彼は尋ねました。
 「家出してきたのよ」
 彼女はまるでスーパーへ買物にでも出てきたかのように、「家出」と答えたのでした。 
 「家出?!荷物は?金は持ってんのか?行く当てもなしに、どうするつもりやったんや?」 
 彼は彼女が手ぶらであるのを見て取って、そう立て続けに尋ねました。
 「いつも家出する時は荷物なんか持って出ないわ。頭に来たから、帰らないだけよ」彼女は再び平然とそう答えました。
 「『いつも』って、家出は初めてと違うんか?」
「そうね…。四回目くらいかな」
「四回目?!」
 彼は珍しく沸き起った自分の親切心が、思いも依らぬ女と関わらせてしまったことに驚いていました。確かに若干の下心があったということは否定できませんが…。
 「で、今晩泊る所はあるんか?」彼は聞きました。 「ううん」
「ううんって、どうするつもりやったんや?」
 「そんなこと、どうにでもなるわよ」
 「お前、自分が女やということ忘れてるんと違うか?とにかく、すぐに家へ帰れ」
 「いやよ!絶対、家なんかに帰らない!」
 やむなく、彼はとにもかくにも彼女を車に乗せました。しかし、このまま自宅へ連れ帰る訳にも行きません。仕方なく、行きつけのスナックへ連れて行ったのです。もともと、兄の家からの帰りに少し立ち寄るつもりでいた店でした。
 ママは彼女の状況を聞いて目を丸くしました。そして、彼女がカラオケに熱中している間に、こう忠告したのです。 
 「ダメよ、あんな子、拾ってきたら。どうするつもりなの?あの娘、自分では二十才だっと言ってるけど、未成年だったら後でややこしいことに巻き込まれるかもしれないんだから…。とにかく、早く家へ帰さないと」
  「帰すと言っても、もう電車はないし、今から長野まで車で送るのもしんどいしなぁ…」 
「いいわ。今晩はウチに泊めるから、明日朝一番に迎えに来て、間違いなく家へ帰してよ」
 ママはそう言ってくれたのです。当の本人の彼女は、二人の心配などお構いなしに歌いに歌いまくっていました。
 翌朝、彼は仕事の現場に出る前にママのマンションの前に車をつけ、クラクションを鳴らしました。
 すぐに、彼女とママが降りてきました。
 ママは彼女を車に乗せると、「いいわね。絶対に帰らせないとダメよ」再びそう念を押したのです。
 彼はその足でJRの駅へ向いました。そして、長野までの切符を買い、「いいか。もう二度と家出なんかしたらあかんぞ」と言いながら、その切符と一万円を彼女に手渡したのです。やがて、列車がホームに入ってきました。彼はふくれっ面の彼女を列車の中へ押し入れました。
 久しぶりに彼の回りで起った「事件」は、それで決着するはずだったのです。

<続>

書店員さんとお話したい(2) | 秘密のあっ子ちゃん(108)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「ゆっくりお話ししたいので、お茶に誘っても迷惑がかからないか、彼女に聞いてみてほしいのですが…」
 彼の依頼はこういうことでした。
 当社にはマッチメイキングサービスというのがあって、要請があればコンタクトの代行も行います。
 通常は少ない手がかりの中から、苦労に苦労を重ねた上で所在を判明させ、その上でコンタクトを取ることが多いです。ですから、私は思わず、「そのことを聞くだけでいいのですか?」と念を押してしまいました。 「彼女に迷惑がかからないということが分れば、あとは自分で言いますので…」彼はあくまでもそれだけで結構だと言います。そして、律義な性格の彼らしく、彼女が不審がって様々な質問をしてくる場合に備えて、自分の経歴と家族構成まで私に伝えたのでした。
 彼女の反応はかなりいいものでした。もちろん最初は突然のこと故、随分驚いていましたが、「そんなに気を使っていただかなくても、コーヒーを飲むぐらいなら…」という返事だったのです。
 彼はその話を聞くと、大喜びで、「じゃあ、今日帰りに寄ってみます」と言いました。
 ところが、翌日、彼からまた電話が入ったのです。 「ちょっと様子がおかしいので、もう一度彼女に連絡を入れてほしい」と言うのです。聞くと、退社時間を待って喜び勇んで一階の書店に行くと、彼女は彼の顔を見るなり、奥へ引っ込んででしまって出てこなかったと言います。声をかけれるような雰囲気ではありませんでした。
 私が再び彼女に電話を入れると、昨日の対応と打って変わっていました。
 「店内でのお話は結構ですけれど、外でのおつきあいはしないことにしていますので…。お心は本当に嬉しく思いますが、昨日、私があんな風に言いまして、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。彼には私の方から直接謝らせていただきます」
私は「昨晩、あれこれと考えて、構まえてしまったな」と感じていました。
 彼女から彼のオフィスへ電話が入ったのは、その日の夕刻でした。
 「今日、お仕事が終わり次第来ていただけますか?」というものでした。
 終業後、書店に彼が顔を出すと、店には彼女一人だけが残っていました。彼女はシャッタ-を閉めながら、「少し待って下さいますか?…片付けますから…」そう言いました。そして従業員用のコーヒーを彼に勧めながら、「何故、ご自分でおっしゃらずに、人に頼まれたの?」と尋ねたのでした。  
 「いや、それは…」彼は自分の真意を判ってもらおうと懸命に弁明しました。 彼女は押し黙ったままで、彼の言葉が途切れると重苦しい沈黙が流れました。その沈黙を打ち消すように、彼がまた話し出します。
 彼女はくすっと笑って言いました。
 「直接話して下さればよかったのに…」
 それからはとんとんと話が弾んだのでした。
 彼女との話がやっと弾んできました。
 「今週の日曜日のお昼ごろ、空いている?逢いたいのだけれど…」
 彼は自分の気持ちをぶつけるように言いました。彼女は「ええ」と頷づきました。
 「フランス料理でいいですか?」
 「どこのお店?」
 彼は行きつけのフレンチレストランの名を告げました。
 「そこなら知っているわ。予約しましょうか?」   「そうだな」
 彼女はすぐに受話器を取り上げ、予約を入れたのです。
 約束の日曜日の昼下り、二人は絶品のフランス料理を楽しみながら、書物についてはもちろんのこと、思いつく限りの話題に花を咲かせて、その午後を過ごしました。そして、ひと月後の日曜日に再び会う約束を交わして、初めてのデートは終りました。
 別れ際、彼は「ありがとう」と言いながら、自分の手を差し出しました。彼女の手がすっと、そしてそっと握り返してきました。
 今、彼は同じ仕事、同じ仲間、同じ風景の中で、以前とは全く違う張りを感じながら日々を暮らしています。

<終>

書店員さんとお話したい(1) | 秘密のあっ子ちゃん(107)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 人は我が事になるとドキドキ、ハラハラして、どうも勇気が出ないものだということはこの仕事を通じて常々感じていることですが、今回の主人公ほどシャイで相手のことを気づかった人は少ないでしょう。
 彼は今年五十七才。ある大手企業の中間管理職です。なかなかの紳士で、企業戦士らしく私が直接お話をしている分にはテキパキと返答され、それほどシャイであるとは見えませんでした。ところが厄介なもので、何か感情が入るとそうはいかないもののようです。
 彼は読書家でした。ジャンルも仕事がらみのビジネス書から純文学・推理小説、それに趣味の一つである歴史の難しい専門書まで多岐に亘っていました。
 彼は余暇と通勤時間には必ず本を読むことにしています。ですから、一冊の本を読み上げるのに一日か二日しかかかりません。従って、次に読む本を探すために、毎日のように本屋に顔を出すことになります。
 行きつけの書店は会社の自社ビルがテナントとして貸し出している一階の大きな本屋さんでした。
 昨年の春、毎日通うその書店で目新しい女性が働き始めました。彼女は四十才過ぎ。笑顔がとても素敵な女性でした。
 行きつけの書店で、新しく勤め始めた四十才過ぎの女性。笑顔が素晴しく、とても愛想のいい、気持ちの良い人でした。
 彼は彼女を初めて見たその日から、その接客の仕方の見事さに感服しました。「こういう部下がいたら、商談もスムーズに進むだろうな…」と思ったりもしました。
 彼女の方も、毎日のように書店に顔を出す彼のことをすぐ覚えたようです。
 彼がいつものように、その日選んだ本を買うためにレジへ行くと、彼女がそこにいました。
 「よく本を読まれるんですねぇ」
「ええ、読書が一番の趣味ですから…」
 初めての会話はこうでした。
 それからというものは、自分で目当ての本が探し切れない時や、「こういう傾向の本を読みたいが、何かいい本はないか」というような本に関する様々な相談を彼女名指しでするようになりました。
 彼女は若いころ図書館書士をしていたらしく、本についてはかなりの知識を持っていました。
 彼は、本についての話を一度ゆっくりと彼女としてみたいと思いました。
 とは言っても、それを行動に移すことはできませんでした。本について二人であれこれ話すことは、得るべきものが多く有意義であろうし、とても楽しいことだろうと想いを馳せるのですが、何故かこと彼女のことになると、彼は「極めつけのシャイな人間」になってしまうのでした。
 またたく間に一年が過ぎました。
相変わらず彼は毎日のように書店に顔を出しています。彼女をデートに誘い出すことはできないでいました。
 そんな時、当社の存在を知ったのでした。
彼は私に言いました。
 「彼女は最初の時から変わりなく、いつも優しい笑顔で私に接してくれています。一度、喫茶店かどこかでお話をしたいと思うのですが、ただそれだけのことを伝えるにも、どうしても声をかけられないのです。自分には妻子がいるし、彼女の方にも当然家庭があるだろうし…。それを考えると、お茶に誘うことでさえ彼女に迷惑をかけてしまうのではないかと憚られるのです。そんな訳で、お誘いしてもいいかどうか、一度聞いてもらえないでしょうか?」

<続>

退職した同僚のことが…(2) | 秘密のあっ子ちゃん(106)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「あの部屋の名義人のお名前だけでも何とかお教え願えないでしょうか?」
スタッフは最後の望みをかけて頼んだのでした。 家主さんは「お名前だけなら」と教えてくれたのでしたが、それは彼女とは全く違う苗字でした。
 唯一の手掛かりであったアパートの名儀人の名前も彼女のものとは異なり、スタッフ達の必死の努力も空しく、彼女へ辿り着く糸口はぷっつりと途切れてしまいました。
 私達はこうした内容を依頼人に伝えました。彼はやはり残念そうでしたが、「やむなし」と了承して帰っていったのでした。

 それから三年半が経ちました。今年の春、再び彼から電話が入りました。
 「四年程前に依頼した者ですけれど、覚えてくれてはりますか?」
 そう切り出した彼の言葉に、私はすぐに記憶が蘇り、その後どうしているのかを尋ねました。ひとしきりの世間話の後、彼は今も彼女のことが心に引っ掛かっているのだと言いました。
 「僕が彼女を送っていった時、彼女が嘘をついて、あのアパートの前で降りたとはどうしても思えないんです」
 その時、彼は彼女がその部屋に入るところまでは確認していません。しかし、彼は彼女がそこに住んでいたと信じて疑わないようでした。
 「あれから、アパートの方へは行かれましたか?」
 「ええ、何回かは。でも、いつ行っても電気はついていず、やはり誰も住んでいないような様子でした」
 「実は、僕はまだ結婚していないんです。やはり、彼女のことが引っ掛かって。何とか彼女を探す手立てはないもんでしょうか?」
 そうは言われても、前回あれだけ調べて暗礁に乗り上げたケースです。改めて探すにしても、それ以上の手がかりがなくては、無理だと言わざるを得ません。しかし、結局、結婚する気にもなれなかった彼の心情を考えると、私は何とかしてあげたいという思いに駆られました。
 「あとは、行方不明になっているという前の家主さんと探して、詳しく尋ねるしかありませんねぇ。でも、この家主さんを探すのは彼女を探す以上に難しいかもしれませんよ」
 私がそう言うと、彼はすぐさまこう言いました。
 「是非、それをやっていただけませんか?無理を承知で、何とかお願いします」
「無理を承知で、何とかお願いします」と言われれば、何とかしてあげたいと思うのは人情です。しかも、このままであれば、依頼人は自分の心の中に区切りをつけることができず、一生彼女のことを引きずっていくであろうことは容易に想像できました。できることならば、それだけは避けさせてあげたいと、私は思いました。
 私達は早速、例のアパートの三代前の家主さん探しを始めました。
 とは言っても、手掛かりは何一つありません。止むなく、以前に情報をくれた今の家主さんのお宅へ再び足を運んでみました。
 すると、何ということでしょう! こんな幸運なことがあるのかと、私自身が驚いてしまいました。
 「いえネ。お宅さん達が来られてから、ずっと気にかけていたんですよ。もともとご近所の方で、知らない仲ではなかったですからねぇ……。そしたら、つい半年前に、奥さんの実家の工務店を継がれるとかで、戻って来られたんですよ。ご主人はもともと建築関係のお仕事をされていましたからねぇ。負債の方も目処がついたとかで、心機一転、頑張っておられますよ」
 家主さんは親切にこう教えてくれたのです。
 負債のため行方不明となっていた前の家主さんが戻ってきているとの情報を得て、スタッフはその足で聞き込みに向かいました。対応してくれたのは奥さんでした。 「ああ、あそこの部屋の方ねぇ。あの部屋は私達があのアパートを所有している時に入られたんですよ。五十代の女性の方でネ、何でも離婚された直後とかで、一人暮らしでしたよ。その後、再婚話が出て、新しいご主人の所に行かれたみたいです。今、部屋はその方がされている陶芸の物置のように使われているようですが、何しろその頃というのは、ご存じのように私達の方がバタバタしておりましたので、それ以上の詳しいことは聞いておりませんのよ」
 奥さんはそう話してくれましたが、依頼人が探している彼女のことは一言も出てきませんでした。スタッフは奥さんに彼女の名前を出してみました。すると、こんな反応が返ってきたのです。
 「ああ、その人でしたら、あの部屋を借りている方のお嬢さんですよ。離婚されているから姓が違いますが、再婚される前には何度か訪ねて来られてましたからねぇ……」
 「ああ、その人でしたら、あの部屋を借りている方のお嬢さんですよ。お母さんが離婚されているから、姓が違いますけれどね」
 前の家主の奥さんの話で、四年越しのあの部屋と彼女の関係の謎が分かってきたのでした。「友人二人と暮らしている」というのは嘘でしたが、あの部屋と無関係だった訳ではなかったのです。
 スタッフは奥さんに事情を説明し、何とか彼女のお母さんの連絡先を教えてもらえないかと頼み込みました。
 「連絡先ですか? 確か、再婚された時にお聞きしているはずですけれど……。ちょっと、待って下さいよ」 奥さんはそう言って、古い書類を引っ張り出してくれました。そこには、彼女のお母さんの今の連絡先がちゃんと書かれてあったのです。
 スタッフは丁重にお礼を言って、すぐさま彼女のお母さんに連絡を取りました。 お母さんは快く彼女の連絡先と現在の勤務先を教えてくれました。
 こうして、依頼人の四年に亙る執念(?)が叶えられたのです。二人がこれからどうなっていくのかは今後の楽しみですが、私は依頼人の想い入れの深さをしみじみと感じたのでした。

<終>

退職した同僚のことが…(1) | 秘密のあっ子ちゃん(105)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 その男性が初めて当社に依頼してきたのは、四年前の平成5年9月のことでした。
 当時、彼は二十八歳で、まだ結婚はしていませんでした。「もうそろそろ身を固めたら」と、親戚や上司から見合い話がたくさん来るのですが、彼はどうも乗り気にはなれないと言うのです。というのも、彼には忘れられない女性がいました。
 彼女は彼が三年前まで勤務していた会社の同僚で、彼より三歳年下でした。
 彼は彼女に以前から好意を持っていたのですが、話すことはほとんどありませんでした。何年も同じ職場にいるにもかかわらず、かなり大規模な企業である上に、部署が違っていたため、その機会はなかなか訪れなかったのでした。それが、偶然な形で彼女と話せる機会がやってきました。 
 ある日、同僚達と近くの居酒屋で飲んでいると、彼女達のグループがやって来ました。彼の先輩の一人は人懐っこい性格で、彼女達のグループを目ざとく見つけると、「合流して飲まないか」とすぐに声を掛けました。もちろん、その先輩は彼が彼女に好意を持っているとは全く知らなかったのですが、その先輩の「おせっかい」のお陰で、彼は初めて彼女と言葉を交わすことができたのでした。
  店を出る頃になって、その先輩が酔いも手伝って、こう言ったのです。
 「おい、彼女達を送ってやれよ」
 彼はもともとお酒はあまり受け付けない方で、会社帰りに先輩達と飲みに行っても、これまでも彼の車でよく送らせたりしていました。
 先輩のこの「おせっかい」が、またもや彼に幸運をもたらしました。三人の女子社員を送る中で、彼女の家が一番遠方で、二人の女性が降りた後は彼女と二人きりで話す機会を持つことができたのでした。
 しかし、二人きりの会話はそれが最初で最後となってしまいました。間もなく、彼女は退社してしまったのです。
 その当時は「彼女の姿が見れなくて、少し残念」としか思っていなかった依頼人でしたが、三十歳の声も聞き、見合い話が持ち込まれるようになると、依頼人はなおさら彼女の消息が気になってきました。
 しかし、彼は昔の同僚に尋ねることだけは避けたいと思っていました。それはささやかな彼の見栄だったのです。彼女と同じ職場にいた当時でさえ、彼が彼女に好意を持っていることを誰にも知られたくないと思っていました。それが、彼女と接触する機会を逸しさせていたくらいですから…。 彼はプロに頼もうと思いました。プロなら、昔の同僚にも、彼女自身にさえも分からないように、その消息を突き止めてくれるだろうと思ったからです。
 ですから、当社へ依頼にやってきた時も、「前の職場や同僚への聞き込みだけは困る」と、彼は強く言っていました。それ以外の方策で、彼女が今どうしているのかを調べてほしいと。 それ以外の方法となると、彼が彼女について知っている材料と言えば、あの居酒屋で初めて彼女と言葉を交わした帰りに送っていった住所だけでした。その時、彼女は、「このアパートに、友人二人と暮らしている」と言っていました。
 しかし、このアパートへは、彼が当社に依頼する前に既に訪ねていたのです。彼が訪ねた時、アパートの部屋には人影がなく、それは夜のことでしたが、電気もついていず、誰かが住んでいる様子がなかったと言います。もともと、彼はドアをノックする勇気もなく、さりとて近所に聞いてみるということまでは考えが及ばず、そのまま引き揚げてきたのでした。
 唯一の手掛かりがそれでは、調査は難航するだろうことは安易に想像できました。しかし、彼は断固として前の職場への聞き込みについては拒否するのです。 止むを得ず、私達は彼の言うアパートへ出向きました。調査の基本は警察の捜査と同じく、足で稼ぐということです。そこで次の展開ができるような情報を仕入れていくしかありません。 スタッフがアパートに着くと、その部屋には表札が掛かっていず、郵便受けにはチラシ類が溜まっていました。そして洗濯物も干していず、やはり生活臭がなかったのです。
しかし、そのアパートしか手掛かりがないのですから、それで引き下がる訳にはいきません。
 スタッフは近所に軒並みに聞き込みに入りました。ところが、そのアパートには彼女が住んでいる様子がないのです。
「隣ですか? 若い女の人は見たこともないですよ。三人も若い子がいれば分かりますもの。えっ? あそこの住人ですか? ほとんど近所付き合いをされてませんからねぇ。どんな人が住んでいるかも知りません。全く出入りはないですよ」 「あの部屋の人ですか?見たことないですねぇ。住んでおられるんですか? ずっと帰ってこられてないようですよ」
概ねこんな反応でした。 次に、スタッフはこのアパートを管理している不動産屋を訪ねました。せめて、あの部屋の名義人の名前だけでも知りたかったのですが、「プライバシーの保護」ということで答えてはもらえませんでした。
スタッフはガス会社や水道局にも足を運びました。ところが、ここでも「プライバシーの保護」ということで、そのアパートの名義人の名前を教えてもらうことはできませんでした。
 しかし、ここで諦める訳にはいきません。粘りに粘った結果、その部屋の名義人は彼女ではないことだけは確認できたのでした。
 調査は暗礁に乗り上げてしまいました。こうなれば、もう一度原点に戻るしかありません。
 スタッフは再度、アパートを管理する不動産屋さんに出向きました。すったもんだの交渉の末、やっとこんな情報を聞き出すことができました。
「あそこのアパートの家主は何回も変わっていて、あの部屋に入居された時の家主さんは三代くらい前の方です。その家主さんのことはウチでは把握してないんですよ。今の家主さんなら分かりますが……。実際のところ、私共でもあの住人のことはよく分からないんですよ。家賃はきちっと振り込まれていますけれど、部屋をどんな風に使われているのかも知らないんですよ。ですから、お教えすると言っても、今の家主さんのご連絡先ぐらいしか分かりませんねぇ」
 この状況下では、それだけでも御の字でした。
不動産家さんが教えてくれた家主さん宅へ、スタッフは急行しました。しかし、不動産家さんから得た情報以上のものは何も得られなかったのでした。
 「あのアパートが私の所有になったのは2年前です。あの部屋の人とは面識がないんですよ。家賃は月々、不動産屋さんが管理してくれている口座へきちっと振り込まれているようですけどね。三代前の家主さんならよくご存じだと思うんですけどねぇ……」 家主さんはそう話してくれました。 「その三代前の家主さんのご連絡先は分かりますでしょうか?」
 スタッフは勢い込んで尋ねました。
 「それがねぇ……、その方は行方不明なんですよ。何でも、かなりの負債を抱えられたとかで。あのアパートもその時に手離されたみたいですよ」
 これでまた、彼女へ繋がる糸は切れてしまいました。

<続>

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