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浮気調査は…(1) | 秘密のあっ子ちゃん(138)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 当社の社名は「初恋の人探します社」。ですから依頼内容は皆さんご想像の通り、「初恋の人は今どうしているか」から始まり、二回目•三回目の相手が(数を重ねてもあくまで”恋をした”ということですのでお間違いなく)「元気かどうか、幸せかどうかを知りたい」。はたまた「南方戦線で一緒だった戦友を探してほしい」といった『心に残っている人』の所在調査が圧倒的に多いわけです。
 そうした心温まる話はおいおい紹介していくとして、しばらくは探偵業務の真骨頂であります浮気調査について話を進めていきたいと思います。
 といっても当社は思い出の人探し」が主体ですから、浮気調査そのものは依頼総数からみればそれほど多くありません。
 が、それでもチョイチョイ、問い合わせが入って来ます。
 そこで、依頼者の話をじっくり聞いて、と言いますか、依頼者の話はたいていアチコチ飛びますので、じっくり聞くしかないわけです。そして、彼女の状態が(たまには「彼」である場合もあります)ご主人の浮気や浮気への疑惑のために食がのどを通らない」夜も寝られない」といった精神的にも肉体的にも限界に近い深刻な状態の時にはまずお受けします。
 浮気の調査依頼をすべて二つ返事で引き受けるわけではありません。半分までとは言わないまでも、当人の「思い過ごし」のケースも結構多いのです。
 ご主人(あるいは「奥さん」)の行動パターンに耳を傾けていると「これは本物だナ」とか、「それって思い過ごしじゃないの?」ってなことはだいたい判断できます。
 「思い過ごしだろうな」という時に『女房心配するほど亭主モテもせず』なあんてことは当然、口が裂けても言えません。「もう少しじっくりとご主人の様子を観察されて、それでもおかしいと思われたら、もう一度お電話ください」とチェックポイントも怠りなくアドバイスします。
 そうすると、何例かは平穏な生活に戻られるようです。私としては、余計なことを言わずに黙って依頼を受けとけばよかったと後で思ったことが、一度ならずありましたが…しかし、その一見ビジネスチャンスを逃すようなことを言うのには、ワケがあります。 浮気調査を引き受けるかどうか、慎重に見極めるには理由があります。
 あれは昭和六十三年の暮れのことでした。依頼人は茨木市で美容院を経営する四十六歳の女性で、ご主人は四十八歳になる公務員。二人の間には子供はいません。
 (と言っても、当社は依頼人のプライバシーに対しての守秘義務は絶対に守りますので、どの人のケースなのかを特定できないよう に、シチュエーションなどはすべて変えてあります。その点は悪しからず…)
 彼女が言うにはこうでした。主人の浮気は今回が初めてじゃなく、実は三年前にもありました。相手は子供が二人もある女性でそのころちょうど離婚したらしいんです」
 最初は『相談に乗ってあげていただけだ』と言いつくろっていたご主人でしたが、結局、浮気はバレてしまったといいます。
  「私の兄がその女性と別れさせたんです。主人は『もう二度と会わない』と約束してくれたので安心していたのですが…。最近帰りの遅い日が多なったし、給料もあまり入れない。絶対、あの女とよりが戻ったに違いないんです」
 それ以外にも、彼女が夫の浮気を確信したという理由をいくつか並べ立てた上で結局、「浮気の証拠をつかんでほしい」ということだったんです。

<続>

依頼の理由は嘘で…(2) | 秘密のあっ子ちゃん(137)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 既に購入した分譲マンションからそう易く引っ越しする訳にもいかず、彼女は困っていました。
 「私の居所が分かれば、彼はまた私を引っ張ろうとして、嫌がらせをしてくるに違いないと思います」
 「う~ん。そんな陰険な人なんですか?」
 依頼に来た時の印象とあまりにも違う依頼人(39歳)の人物像に、私は再度彼女に尋ねました。
 「本当に外づらはいい人なんです。私もつきあい始めたときは、そんな人とは夢にも思いませんでした。婦長さんも彼が入院していた頃との豹変ぶりにびっくりされていましたもの。結局は私の見る目がなかったということだと思ってますけれど…」
 これから彼の対応を考えると、「まずい、困った、どうしよう」と動揺があるであろうに、彼女は淡々と私に話してくれました。それが却って、彼女の言っていることこそが真実であるとの印象を強くし、彼女の人柄の良さと芯の強さが窺えたのでした。
 しかし、私はふと疑問を持ちました。
 「でも、それだけあなたに嫌われているのが分かっているのに、彼は何故そんなにひつこく追ってくるんでしょうねぇ?金のことでも絡んでいるんですか?」
 「確かに、これまで二百万円くらいは貸しています。でも、今は私からお金を引き出すためということではないと思います。もう、私もそんなにお金を持っていないのは、彼も知っていますから……」 
 彼女はそんな風に答えて、こう続けたのです。
 「私もお金を貸しているということがありましたから、ずるずるとこうなってきてたんですけれど、そんなことをしていればいつまでも切れませんから、お金のことはもういいんです。私としては、彼とは縁を切って、一からやり直したいんです」
 私は「なるほど」と思い、何とか彼女の力になってあげることはできないものかと考えていました。
 「では、あなたとしては、今、どういう風になるのか一番いいのですか?」
 私は彼女に尋ねました。 「それはやはり、彼が私のことを諦めてくれて、私の目の前から去ってくれることです」
 「では、こうしましょう」 彼女の意志を確認して、私は一計を講じました。
 「彼は私達にあなたとコンタクトを取ってほしいと依頼されてきたのです。これまでの経過を聞いていますと、ただ単に『彼女はあなたと接触するのは嫌がられています』と伝えたところで、彼があっさりあなたを諦めるとは考えられません。彼にあなたの前から消えてもらうには、少し荒療治になりますが、私は彼にこう伝えましょう。……」 私は彼女との話がついた後も、わざとすぐには依頼人に連絡しませんでした。彼女に連絡を取って、全ての事情を聞いた翌日、今度は彼女のお母さんから私あてに電話が入りました。 「この度は本当にお世話になっております。娘のしでかしたこととは申せ、あの人のひつこさにはほとほと困り果てていたんです。今は警察の方にパトロールを強化してもらったり、いざという時には知り合いの弁護士さんにお願いしたいと申し上げているところなんですけれど、実際、娘の勤務先や住居を変えても、これまでのあの人のやり方を見ていますと、『いずれ突き止められてしまうのでは』と、娘とも話していた矢先だったんです。それが、娘の調査をあの人がお宅さんのようなところに頼んでくれたのは不幸中の幸いだと思っています。本当にお手数をかけますが、何とかよろしくお願いします」
お母さんは、ただただ「くれぐれもよろしく」と私におっしゃるのでした。それを聞いただけでも、私には彼女達母子がいかに依頼人のやり方に困り果てているかがよく分りました。 私にしても、お母さんにひたすらお願いされなくても、乗りかかった責任上、何とか彼女が今後平穏に暮せるように力になりたいと考えていました。私だって、善意の人探しであるべきこの調査を、その動機を偽って彼女の居所を探させようとした依頼人には腹を立てていたのです。
 「当社では依頼時の契約の折りに、依頼人がご自分の氏名や住所、動機などについて、虚偽の内容をおっしゃっていた場合は即刻調査を中止し、違約金を申し受けることを明示しているくらいです。マ、今回、違約金ウンヌンなどと言うつもりはありませんが、何とか彼女が依頼人のひつこさに煩わされないように協力させていただくつもりです」 私は彼女のお母さんにそう伝えました。
 その後、私は依頼人にこんな風に対処したのでした。 まず、しばらくはこちらから依頼人に対し何の連絡もしませんでした。十日程が経った頃、依頼人の方から連絡が入ってきました。 「彼女へのコンタクトはどうなっていますか?」  「それが、大変だったんですよ。ちょっと様子がおかしいんです。その辺り、何か心当たりはないですか?」 
 私は「待ってました」とばかり、こんな風に答えたのです。
 「それが大変なんですよ。いつ行っても彼女はいらっしゃらなくて、まだ直接彼女とは接触できていないんです。ところが問題はお母さんで、異常に警戒心が強いんです。その警戒心は尋常ではなく、スタッフも『何か事情があるようだ』と言っています。あなたならその辺のことをよくご存じではないかと思いまして、一度お聞きしようと思っていたんです。何かお心当たりはないですか?」
 依頼人は一瞬絶句して、こう言いました。
 「……。いや、僕は分かりません。……。お母さんはどんな風な対応だったんですか?」
 「スタッフが『彼女にお伝えしたいことがあるのでお伺いした』と申しますと、どこの誰でどんな用件なのかを根掘り葉掘り聞かれるんです。こちらの社名とスタッフの氏名を名乗りますと、誰からの伝言なのかをしつこく聞かれます。あなたからは『恥ずかしいので、彼女以外には自分の名前を出さないでほしい』と言われてますので、困っていたところです」
 「彼女のお母さんに納得していただくためには、あなたのお名前を出さなければならない状況なのですが」 私がそう説明しても、依頼人は黙ったままでした。
 「あなたのお名前を出しても構いませんか?」
 私は再度念を押して尋ねました。
 「……いや、やはりそれは困ります。彼女本人ならいいですが、お母さんにはどうも…。何とか彼女直接に連絡を取ってもらえないでしょうか?」
 彼は言いました。
 「そうなると、少し時間がかかるかもしれませんよ」 私はそう答えて、彼女とコンタクトが取れれば、すぐにでも依頼人に報告すると告げたのでした。
 翌日、私は彼女に連絡をして、依頼人による嫌がらせは起きていないかを確認しました。
 「今のところは何も起こっていません。きっと、彼は私の居所が分かっても、佐藤さんとこに任せてあるので、今は安心しているんだと思います」 
そして、こう続けたのです。 「一応、私も自宅を出入りする時は気をつけるようにしているんですけど…」 私もその方がいいと思いました。というのも、私達が彼女の自宅への嫌がらせを止めることができたとしても、依頼人(39歳)が新しい勤務先まで知ってしまうと、また何を考えるか分からないと感じたからです。
 「帰宅時よりも、仕事に行かれる時を注意された方がいいですよ。今も車で出勤されているのですか? そしたら、尾行されているかどうかの確認はこうされたらいいでしょう」
 私は彼女に、依頼人が尾けているかどうかの確認の方法と、万が一尾けられていた場合の巻き方のアドバイスをしたのでした。
 そういう風に手を打っておいて、私は依頼人への報告書を作成しました。
 「彼女と何度もコンタクトを取ろうとしましたが、なかなか連絡が取れませんでした。あまりにもご連絡が取れないので、スタッフが住所地へ出向くと、彼女の母親が管理人や知人をすぐに呼ばれて、かなり厳しく追求されました。『不審人物』として警察も呼ばれそうになりましたが、事情をお話し、また当社スタッフが女性であったため、事が大きくならずに済み、最終的に母親のお話を聞くことができました」
 「母親はこんな風におっしゃっておられました。
 『お宅に詳しい理由を言う訳にはいきませんが、娘は病院の患者さんと個人的なトラブルがあって、それが原因で病院も退職しました。事情を知って、親としては聞きづてならないことでしたので、私が昔から懇意にしている警察関係の人に預けました。本人は今、その人の保護下にあります。二度とこんなことはあってはならないことですので、監視をしてもらっているのです。学生時代や職場の同僚の方とは連絡を断たせています』……」 
 私の報告書はさらに続きます。
「『娘は私の知り合いの警察関係の人に預けてあります。本人は今、その人の保護下にあって、二度とこんなことが起こらないように、監視してもらっています。学生時代の友人や職場の同僚との連絡は断たせています』」
 「『私には娘と連絡を取りたいと言っておられる方はどなたのことかだいたい分かります。娘が病院を辞めざるを得ない原因を作った人だと思います。もし、その人であれば、今、私がお話ししたことの意味はお分かりのはずです。その人に伝えてほしいのですが、そっとしておいてくれるのなら、これ以上何も言いませんが、また今度そういうことがあれば、親としては警察に行って事件にする腹を決めています。その辺のことは警察と弁護士ともよく相談しました。本人のためを思ったら、これ以上つきまとわないで、そっとしておいて下さい』」
 そして、
 「当社としましても、彼女のお母様の話で、だいたいの事情は察することができました。お母様のご要望どおり、そっとしておいてあげるのが、ご本人のためと思われます」と付け加えて、依頼人に送ったのでした。
 そうしておいて、彼女とお母さんに依頼人に送った報告書内容を伝えました。 「こういう形で報告書を送ってありますので、ここ二週間程は気をつけておいて下さい。これで、本人があなたに付きまとうのを断念すれば動きはないでしょうが、まだ諦めないのなら二週間くらいの間に必ず動きを見せると思います。その様子を見た上で、次の方策を考えましょう」
 私は言いました。
 「それでは、その二週間は自宅に戻らず、よそに行っている方がいいでしょうか?」
 彼女は尋ねました。 「そうですねぇ。どこか泊まれる所があれば、それにこしたことはありません。それと、もし動きがあれば、対応していただかねばならないのはお母さんですから、その辺のところをくれぐれもよろしくお伝え下さい」 そう私は答えました。彼女は大事を取って、しばらくは叔父さんの家に寝泊りすると言いました。
 「もし、依頼人に動きがあれば、対応していただかねばならないのはお母さんですから、その辺のところをくれぐれもよろしくお伝え下さい」
 私が彼女にそう言うと、早速、電話口にお母さんが出られてました。
 「今が娘の正念場ですから、佐藤がおっしゃられるようにさせていただくつもりです」
 二週間がたちました。
 依頼人から当社へは何の音さたもありませんでした。私たちにはあれだけうそを言っていたわけですから、具合が悪くて連絡どころか質問すらできないのだろうと思えました。
 しかし、やはり気になって、私は再び彼女に家に連絡を入れました。
 「ずっと気を付けていましたが、お陰さまで全く動きはありません。佐藤さんが書いて下さった報告書が功を奏しているように思います」
 お母さんの話でした。
 私は確認のためによほど依頼人に連絡を入れ、状況を探ってみようかとも考えましたが、かえってやぶへびになってもいけないと思い、このままもう少し様子を見ることにしました。
 「それでは、もし何らかの動きがあれば、すぐにご相談下さい」
 私はそう言って、電話を切ったのでした。
 ひと月がたったころ、彼女とお母さんが連れ立って当社にやってきました。
 「このたびは本当にお世話になりました。あれから、娘の周りには変な動きは何ひとつありません。おそらくあれで観念してあきらめてくれたんだろうと思います。これもすべて佐藤さんとこのような調査会社がかかわってくれたおかげです」
 お母さんはただただ私にお礼をおっしゃるのでした。彼女はまたこうも言いました。
 「いい勉強をさせてもらったつもりで、今後は男の人を見る目を養っていきたいと思っています。
 こうして、この件は一件落着したのでした。

<終>

依頼の理由は嘘で…(1) | 秘密のあっ子ちゃん(136)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「ストーカー」という言葉があります。最近テレビで放映されて以降、我が社もマスコミの取材の折によく質問されます。
「『思い出の人を探したい』と言って、ストーカーみたいなことにはなりませんか?」
 海外では、つけ狙われ追い回された女性が精神的な被害を蒙ったり、車などを傷つけたりするため、問題がクローズアップされて、「ストーカー法」なるものも作る動きがあるとか…。しかし、翻かって我が社へ依頼されてくる人について考えてみると、ストーカーに変身することはまずないと私は断言できます。
 というのも、この問題は全て依頼の動機に関わるからです。「思い出の人を探したい」と言って来られる依頼人のほとんどは、相手が「元気かどうか」「幸せかどうか」と気づかって来られる、いわば「善意の人探し」です。
 同時に、私達も「何故、探すのか」という動機を必ず聞きます。嘘を話されていると、辻褄が合わないとか、ニュアンスがおかしいとか、「そんなことで、お金を出してまで探す?」と疑問が湧いてきます。ですから、当然突っ込んで聞くことになります。すると、依頼者の方がしどろもどろになってくるのです。
 例えば、金融会社が居所不明になっている債務者を安く調査させようと、「中学校の頃の同級生」と言ってくることもありました。しかし、話を聞いていると、本籍やつい一、二年前の勤務先など、とうてい「中学校のころの同級生」では知り得ないことを知りすぎていて、その嘘がすぐに分ってしまったことがあります。 あるいは、追いかけ回そうとか何かの仕返しをしようと考えて依頼されてきても、依頼人の「気がかりでしかたがない」という想いの発露がないため、二、三十分も話していれば、「この動機は嘘だな」と結構分ってくるものです。
 しかし、今まで一例だけ、当の相手を探し当てるまで、依頼人の嘘が分らなかったケースがありました。
 その依頼人は三十九才の男性でした。三年前、彼は腎臓を患い、ひと月程入院した経験を持っています。 彼が探してほしいという人は、その時に大変お世話になった看護婦さんでした。その人は二十七才で、仕事振りはなかなかてきぱきとしており、患者への対応もとても親切だったと言います。
 彼は退院直後にお礼の品を送りたいと思い、病院に問い合わせて、この看護婦さんの住所を教えてもらっています。その後、何回か年賀状などのやりとりをしたということでしたが、今年の正月には「宛名不明」で葉書きが戻ってきたとのことでした。病院に問い合わせると、彼女は既に退職していて、その後の勤務先などは分からなかったのでした。
 依頼人は私達にこう言いました。
 「今、どうされているのか、気になって…」
 こんな話なら、よくあるケースです。何年も経ってから、入院中にお世話になった看護婦さんに「一言お礼が言いたい」とか、「実は憧れていたので、再会したい」というケースは結構多いのです。ですから、この依頼もそうしたケースの一つとして、私達は考えていたのでした。
 もともと、依頼人は彼女のつい最近までの住所を知っていましたので、私達はまっ先に近所への聞き込みに入りました。彼女は依頼人が「非常に親切な看護婦さん」と言っていたことが頷ける程、近所でもとても評判のいい人でした。この近所の聞き込みで、「懇意にしていた」という人からこんな情報を得ることができました。
 「あの人は本当にいいお嬢さんですよ。お父さんとお母さんは離婚されたんですけど、そんな暗い影は一切なくてネ。妹さんが嫁がれてからは、彼女がお母さんの面倒を見ておられたみたいですよ。もちろん、お母さんもパートに出て働いておられましたけど…」
 「それが、半年くらい前に急に越されましてネ。何でも、妹さんの嫁ぎ先のそばだって言っておられましたけど…。あんまり急だったんで、私達もびっくりしたんです」
 この話から、私達は妹さんの嫁ぎ先の近辺を丹念に当たって、彼女の現住所を判明させることができたのでした。
 彼女の居所は判明してきました。
 その報告をして一週間が経った頃、依頼人から、今度は彼女にコンタクトを取ってほしいという希望が入ってきました。
 私達はすぐさま彼女に連絡を入れました。そして、その時の彼女とのやりとりで、なんと、依頼人が彼女を探したいという動機について嘘を言っていたことが発覚したのでした。
 「実は、お宅様が以前お勤めされていた病院で、大変お世話になったという患者さんが、あなたが今、どうされているのか気になさって、お探しだったんです」と私。
 「……。」
 反応がありません。
 私は変だなと思いました。というのも、普通こう言った場合、「まぁ!どなたですの?」とか、「いやぁ、そんな気にしていただいて有り難いです」というように、ほとんどが驚きと喜びの反応を示されるからです。 「ひょっとして、私を探しているというのは○○さんではないですか?」
 「ええ。よくお分かりですね」
 彼女の方から依頼人の名前が出ました。でも、その声は暗く沈んだものでした。 「…。その人のことは、私、困っているんです」
 彼女は「お宅を信用して話しますけど」と前置きして、意外な話を始めました。 「確かに、彼は私が勤務していた病院の患者さんでした。初めは患者と看護婦という間柄だったんですけれど、彼が退院してから、私達、つき合うようになったんです。ところが、彼はとてもやきもち焼きで、仕事として患者さんに接していても、あれこれと疑い、私を責めることが多くなってきたんです」
 「それがあまりにもひどくなってきて、私も嫌気がさしてきたので、別れ話を出したんです。そしたら、彼、病院まで乗り込んできて、自分の治療の時に『私がミスした』と喚き散らしたり、仕舞いには『俺から離れようとしたら、病院も勤められへんようにしてやるからな!』と脅したりするようになったんです」
 私はびっくりしました。 「まぁ!最初に依頼されてきた時の話と随分違いますよ」
 「そうでしょうね。あの人は外づらはとてもいい人ですから。今となれば、そもそも、私に男の人を見る目がなかったと思っていますが…」
 彼女の話は続きました。
  「彼が病院に乗り込んで来て、私が治療ミスしたと喚き散らした時は、婦長さんが対応して下さったんですけれど、そんな事実は全くありませんし、何度も乗り込んで来ますので、病院側も彼の対応に手を焼いていたんです。それで、婦長さんが心配して、私に事情を聞かれたんです」
 「彼はそんなに荒っぽい人なんですか?」
 私は思わず話の途中で口を挟んで尋ねました。
 「いえ、日頃はおとなしくて、温厚、誠実な人柄に見える人です。病院へ乗り込んで来るようになったのは、私が別れ話を出してからです」
 「そうでしょうねぇ。依頼に来られた時も、そんなことをするような人には見えませんでしたもの。で、婦長さんは何ておっしゃったんですか?」
「初めは私も病院に迷惑をかけたくなかったので、自分で何とかしようと思い、『何でもありません』とか『大丈夫です』とか答えていたんです。その話で私が彼に会うと、しばらくはいいんですが、私が避け出すと、また病院へやって来るんです」
 聞く限りにおいては、彼女は依頼人の振る舞いには大変な想いをしたようです。
 依頼人が依頼時に話していた内容と彼女の話があまりにも食い違っているので、私は驚いてしまいました。
 「で、その後の対応はどうされたのですか?」
 「彼が病院へやって来ては喚き散らすことがますますエスカレートしてきますし、私もこれ以上は病院に迷惑をかけたくなかったんで、婦長さんに事情を全て話して、病院を辞めたんです。」
 「まぁ!そうだったんですか」
私はさらに驚いてしまいました。彼女は依頼人のせいで、病院を辞めるはめになっていたのでした。
 彼女は続けました。
 「婦長さんも理事長さんも私の話をよく聞いて下さって、『そんな事になっているなんて…。一人で抱えて大変だったでしょう?』と言って下さったんです。私、嬉しくて…。今、勤めている病院も理事長さんが紹介して下さったんです。だから、彼が病院に問い合わせても、私の居所は一切言わなかったはずです。今も時々、心配して電話を下さったりしていますから…。」 彼女の話はそれだけではありませんでした。彼女が依頼人によって迷惑を被ったのは、勤め先を変わらずを得なかっただけではなかったのです。
 依頼人が彼女の次の勤め先を問い合わせても、病院側は言わなかったはずです。婦長さんも理事長さんも、依頼人のしつこさから彼女をかばっていたのでした。
 彼女はこうも話してくれました。
 「私、車で通勤していたんですけど、自宅のマンションの駐車場に停めてあった車を夜中に傷つけられたり、タイヤを四本ともパンクさせられたりしたことがあるんです」
 「まぁ!そんなことまで!?」
 私はまたまた驚いてしまいました。
 「犯人が彼だという証拠は何もありませんが、そんなことを連続でするのは彼しかないと思ってます。その時は警察にも届けましたが、現行犯でなければどうしようもないと言われまして…。
タイヤをやられた時、ちょうど妹が遊びに来ていて、『お姉ちゃん!これなに!?』って言われるし、妊娠中の妹にあまり心配もかけたくありませんでしたので、その時は適当にごまかしておいたんですが…」
 「で、その頃の彼の対応はどうだったのですか?」
 「私が彼に文句を言うために会うと、機嫌がいいのです」
 私は、彼女がほとほと困り果てていた様子がありありと想像できました。
 彼女に別れ話を引っ込めさせるために、病院だけでなく、自宅の車まで嫌がらせをしてくる依頼人には、彼女もほとほと困り果てていたようです。 「妊娠中の妹には心配かけたくありませんでしたので何も言いませんでしたが、もうこうなると、一人ではどう対処していいのか分からず、母に相談したんです。母には『そんな男にひっかかって!』と随分叱られましたけれど、結局、家を替わろうということになったんです。その時まで住んでいたマンションは賃貸だったんですが、いずれ分譲のマンションを購入するつもりで、貯金もしていましたし…。ちょうど、婦長さんや理事長さんの計らいで病院も代わる話も出ていましたので、この際、勤め先も自宅も変えて、彼とは一切縁を切ろうと思ったんです」 彼女は私にそう言いました。
 「そうでしたか。彼は私達にはあなたを探したい動機について嘘を言ってたんですねぇ。そういうことでしたら、このままではまずいですねぇ」
 私は今後の彼女の身の上を心配していました。
 「そうなんです。今の住居は購入したものですから、そうそう引っ越せませんし…」
 彼女も困っていました。

<続>

納得できない離婚要求(2) | 秘密のあっ子ちゃん(135)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

依頼人(37才)は、夫に家へ戻ってきてくれるよう、何回か話し合いを持ちました。しかし、話し合いは平行線をたどり、埒があきませんでした。依頼人が「自分の悪い所は直すから」と言っても、夫は「今さら遅い」の一点ばりです。それに、彼女の両親にこの事態が聞こえるのを恐れて、今回のことは彼女とは無関係であることを強調するのでした。   「もし、あんたが絶対帰ってけえへんって言うんやったら、私、あの女の親に話しに行くよ!」 依頼人がそう言うと、夫は慌ててこう答えます。
「今回のことは俺ら夫婦の問題や。あの子とは何の関係もない。前から言うてるやろ。こうなったのはお前の性格が原因やって!」 夫はどうあっても彼女を表に出したくないらしく、それを誤魔化すために全ての責任を依頼人に押しつけようとするのでした。
 依頼人は煮えくり返るような想いを抱えて、仲人に相談を持ちかけました。話を聞いた仲人は非常に立腹し、依頼人のためにひと肌脱いでくれることになりました。
 しかし、仲人夫婦が仲に入ってくれても、夫の言い分は変わりませんでした。
 そんな中で、依頼人の主張も次第に変わってきました。当初は、「何としても、夫婦でもう一度やり直したい」との一点ばりだったのが、「離婚したいなら、この精神的打撃に見合う多額の慰謝料と子供達二人を育てていくために、これまでと同じ生活水準を保てる養育費を出せ」という風に変化してきたのでした。そして同時に、「浮気相手の彼女とは断じて一緒にさせない」、その二点が依頼人の条件になりました。 もちろん、夫の方はそんな条件には同意しません。夫が提示したことは、二百万円慰謝料と月々十万円の養育費でした。そして、「今回のこととは彼女は関係がない」という主張はあくまでも変わりませんでした。 
 依頼人側からは仲人夫婦、そして夫側からは夫の会社の社長も出て、五人で何度も話し合いが持たれましたが、話はいつまでも平行線を辿りました。
 依頼人が当社へやってきたのはそんな頃です。思いあぐねている依頼人に、例の友人が「一度相談に行ってみたら」と紹介したのがきっかけでした。
 「どう思います?佐藤さん」
これまでのいきさつを一通り話し終わると、依頼人はこう言いました。
 確かに、私も依頼人の腹立たしく、また納得のいかない気持ちはよく分りました。女を作り、女と暮らしたいがために妻子を捨てて出ていった夫が、突然離婚を要求し、その原因を依頼人の性格や、はたまた「子育てに手がかかって夫の面倒をおろそかにした」ということに摩り替えているのですから。しかも、彼女の両親に聞こえるのを恐れて、あくまでも彼女を表へ出さないようにしている夫の態度には、さぞかし悔しい思いをしているだろうということは想像に難くありませんでした。
 しかし問題は、依頼人が当社に何をしてほしいのかという、目的が不鮮明だったことです。
 「いよいよ離婚を決意したから、慰謝料を含めて自分の要求額を認めさせたい。万が一、話し合いが決裂して調停に持ち込んだ場合、有利に事を運びたいので、女と一緒のところの証拠写真を撮ってほしい」ということならば、事は簡単なのいです。しかし、よくよく話を聞いていると、依頼人の本心はそうでもないようなのでした。
 「離婚を決意したので、事を自分に有利に運びたいから、いざという時のために、証拠として提出できる材料を持っておきたい」ということとか、「夫が一番恐れている彼女の両親に話を持っていく。そのために、彼女の住所や両親の連絡先を突き止めてほしい」ということであれば、調査業者としての私達の任務はすっきりするのです。しかし、依頼人の気持ちは、私と話をしている間もころころと変わるのでした。 
 「あなたがそういう決められたのなら、ご主人を尾行して浮気現場をおさえるということは可能ですよ」 それまでの話を受けて私がそう言うと、依頼人は迷うのです。
 「だけど、尾行して現場をおさえても、夫は帰ってきてくれないし…」
 またまた、「もう一度やり直したい」という振り出しに戻るのでした。
 かと思うと、「私達がどういう結果になっても、あの女だけは認せへん!」と叫びます。「あの女だけは何も傷つかず、なんでも思いどおりになるなんて、腹立つと思いません?」
 「では、彼女の居所を突き止めたいんですか?」私が尋ねます。しかし、依頼人の返答はまた振り出しに戻るのでした。
 話を聞いていると、私は依頼人が当社へやってきた目的が何なのかよく分かりませんでした。 話し合いがもめて調停に持ち込まざるを得なくなった時、自分自身を有利に導くために、証拠として提出できる材料を確保しておきたいということなのかと思えば、「いや、私としては、やっぱり主人に家へ帰ってきてもらいたいんです。尾行とか張り込みなんてことをして、そんな風に構えてしまうと、自分自身がもう離婚を前提に話し合いに臨むようで、嫌なんです」と言います。
 ならば、「浮気相手の彼女が何も傷つかず、のうのうと主人と暮らそうとしているのが許せない」とあれだけ訴えていた訳ですから、彼女に対して何らかの方策をを取りたいのかと聞くと、「あの女は許せないけど、今、私が彼女の両親のところへ乗り込んだりしたら、主人は怒って、帰ってくるものも帰って来なくなりし…」という具合です。
「お話を聞いていますと、調査業者としてできるようなことは何もありません。もう一度ご主人にあなたの本心をぶつけてみてはいかがですか?」
 私はこう言わざるを得ませんでした。
 しかし、今後の話し合いの中でも、依頼人の想いを叶えるのは難しいのではないかと、私は思っていました。というのも、依頼人は素直に自分の本心を言わず、意地を張って感情的なことばかりを夫に並べ立てているのです。恐らく、それは今後も変わらないでしょう。
しかし、当事者が感情的になってしまうことを責めることはできません。
 「問題の本質はあなたがどうしたいのかということです。腹立たしい気持ちはよく分かりますが、今、必要なのはあなたの本心に従って冷静に行動することだと思いますよ。それがお子さんのためになることです」 私はそう言いました。依頼人は「そうですねぇ」と言いながら、「でも」と、また話が振り出しに戻ります。これでは埒があきません。
 その日、私は「最終的に決断を下すのはあなた自身です。自分の想いに沿って決断を下せばいいと思いますよ。また、いつでも相談には乗りますので」と結論づけて、依頼人を見送ったのでした。
 依頼人は、夫への未練と自分の家庭を壊した彼女への恨みや復讐との間で揺れ動いていました。しかし、今後どうするのかを決めるのは依頼人自身です。
依頼人が初めて当社を訪れてから何回か相談の電話は入ってきていましたが、私は依頼人の気持ちが固まるまで、そっとしておこうと考えました。
 三ヶ月が経って、久しぶりに依頼人から電話が入りました。
 「佐藤さん、私、そろそろ結論を出そうと思います。というより、腹をくくるしかなくなってきたんです」 「と言いますと、何か事態に変化があったんですか?」
 「ええ。実は給料なんですが、これまでは今までどおり全額銀行に振り込まれていたんですが、今月から十万円しか入ってないんです。主人は『養育費は十万円だ』とずっと言ってましたけれど、その金額しか入ってないんです。これでは、私達は暮らしていけません!」
依頼人は悲痛な声でした。 「とにかく、もう一度相談に行かせてもらってもいいですか?」
 二度目に当社にやってきた依頼人は、話し出すと、突然泣き始めました。
 「まだ話もついていないのに、勝手に十万円の振り込みにして!銀行には会社から給料全額が振り込まれるようになっていたのに、社長もやっぱりグルなんやわ!」
 そして、こうも言ったのです。
 「もう、絶対に許さへん。こうなったら、慰謝料もきっちりもろて、あの女にも何らかの償いをしてもらいます!この調子だと、主人はのらりくらりと誤魔化そうとするでしょうから、やはり、きっちりした証拠を持っておきたいんです。佐藤さん、その辺のことはやってくれはりますでしょう?」 「ええ。それは構いませんけれど、しかし、尾行して出てきた報告書はあくまでも最後の手段で取っておかないとだめですよ」
 私は言いました。
 「えっ?すぐに突きつけたらあかんのですか?」
 「こういった報告書は、調停とか裁判といった最後の段階まで伏せておいた方が有利です。それに、通常、慰謝料などの話は調停に持ち出すより、話し合いというか和解で決着つける方が金額的には多くなるものですよ」
 「そうなんですか?」
 腑に落ちなさそうな顔をしている依頼人に、私は再度説明しました。 「離婚時の慰謝料や養育費は、双方の話し合いによって決着をつけるのが一番いいのです。調停とか裁判とかというものは、どうしても折り合いがつかない時に用いる手段で、第三者に判断を委ねる訳ですから、あなたの言い分が百パーセント通るとは限らない場合が多いですよ」
 「でも、今の主人の言い分はどうしても私には納得いきません。第一、養育費は十万円って言ってますし、それに慰謝料だって五百万円って言ってるんですよ!そんな額で、私の精神的な苦痛は癒されません!」
 依頼人は夫に対する怒りを私にぶつけるように言いました。
 「ではいったい、いくらぐらい欲しいんですか?」 私は尋ねました。
 「養育費はこれまでの生活と同レベルが保てるよう、最低でも二十五万円はいります。それに、慰謝料は少なくとも二千万円はもらわないと、割りが合いません!」 
 依頼人の要求金額を聞いて、私は「それは到底無理ですよ」と即座に答えました。というのも、依頼人は慰謝料二千万円、養育費二十五万円くらいはもらわないと割りが合わないと言うのです。
 「ワイドショーなんかに出てくる芸能人の慰謝料は、一億とか何千万円とかの額ですが、一般の人はそんな金額は要求できないでしょう。仮に要求しても、当人に支払い能力がないでしょうから…」
 「えっ?!そうなんですか?]
 依頼人は驚いて、そう尋ねました。
 「じゃあ、どれくらいだったら妥当なんですか?」
 「もちろん、その人の生活状況や精神的打撃によって金額は違ってきますが、調停や裁判などの判断は平均二百万円くらいです」
 「えっ?!たった二百万円?!私なんか、すごい精神的打撃を受けていますよ」
 「『精神的打撃』と言っても、客観的な判断根拠が必要となります。一般的には、ご主人が浮気していた年数で判断される場合が多いですね」
「そうなんですか。でも養育費はこれまでの生活が維持できるくらいはもらえるんでしょう?」
 依頼人は尋ねました。しかし、私の返答はまたもや依頼人にとって不満が残るものでした。
 「それについても、二十五万円は無理でしょう。ご主人が今どれくらいの給料を取っておられるか分かりませんが、給料のかなりのウェイトを占める額は不可能だと思います。ご主人の方も生活していく権利がある訳ですから」
 私は答えました。
 「そんな!私が浮気して家庭が崩壊し、『離婚』ということになった訳じゃないのに!そもそも、こうなったのは、主人があの女とくっついて、自分の方から離婚してくれと言ってきたからなんですよ!離婚を望むなら、私と子供達がこれまでどおりに生活できるくらいの金額を保障してもらわないと、離婚には応じられません!」 
 「あなたの言い分はよく分かりますが、通常、養育費というのは子供一人について三万円から五万円くらいです」
 「ええっ?!三万から五万!?そんな金額、とんでもない話ですわ!それなら絶対に離婚届には判を押しません!」
 依頼人は私から世間相場の慰謝料と養育費の金額を聞くと、ひどく不満のようでした。
 「もちろん、今言いました金額は調停や裁判になった場合の平均的金額です。ですから、和解と言いますか、話し合いで決着をつけた方が、金額的には有利になるというのはそこのところです」
私は再度説明しました。ところが、依頼人は相変わらずこう言うのです。
 「そう言われても、私はどうしても納得できません。やはり、慰謝料二千万円と養育費二十五万円は要求したいです」
 そして、こうも続けました。 「世間相場がそうなら、なおさらのこと、自分の身を守るためにも、いざという時に有利になる証拠を持っていたいと思います。それに、女の方もこのまま放っておくようなことは絶対にしません!」
 こういう訳で、私達は依頼人の主人が、今住んでいる住所の確認を行うことになりました。
 尾行調査の結果、ご主人は以前姑が言っていた近鉄沿線で、予想どおり彼女と一緒に暮らしていました。もちろん、証拠として提出できる写真もきっちりと撮って、依頼人に報告したのでした。
 私達が報告書を提出した後も、依頼人は何回かご主人と話し合いを持ったようです。話し合いの場には、依頼人側からは仲人夫婦だけではなく、後見人である叔父も出席してくれ、主人側からは姑と会社の社長が出席しました。 この頃になると、依頼人は「もう一度やり直したい」という願いを取り下げざるを得なくなっていました。主人に全くその気がないことは出席者全員が理解していたことでしたので、話し合いの中心議題はどうしても慰謝料や養育費の金額になっていったのです。 しかし、依頼人はあくまでも自分の要求金額にこだわり、それが満たさなければ離婚には同意しないと固執したため、主人も「それならば、今までの話はチャラにする」という態度になってしまい、話し合いは難行していました。
 三カ月が経ったある日、依頼人から電話が入りました。
 「主人が最終案だと言って、慰謝料の額を提示してきました。確かに最初の案よりも三百万円程増額されていますが、私はそれでもまだ納得できません。だから、これで受けるかどうかはまだ決めていませんが、相談というのは女のことです。この金額で私がウンと言えば、決着がつくと思うんです。それでと言ったら何なんですが、全て決着ついてから、女の親へ乗り込んだらいけませんか?」  「えっ?!決着がついてからですか?」
 私は思わず尋ねました。 「ええ。前から言ってましたように、女をこのままにしておくのはどうしても許せないんです」
 「そのお気持ちは分からない訳ではありませんが、それはちょっとねぇ…」
 私は反対しました。
 「いけませんか?」
 「いえ、いけないということではありません。どうするのかを決めるのはあなたご自身ですから。別にご主人の肩を持つつもりはありませんが、ただ、私の意見を言わせていただければ、そんなことをすれば、あなたご自身の値打ちを随分と落とすと思いますよ」
 「そうでしょうか?」
 「今回、ご主人が慰謝料の増額をされてきたのは、報告書の存在を知ってのことだと思います。ご主人が何故報告書が恐いのか、お分かりですか?」 増額された慰謝料で決着をつけた上で、女の両親にどなり込みに行きたいという依頼人に対して、私は反対しました。
 「ご主人はどんなことがあっても彼女を表に出したくないのです。あなたが報告書を持って両親の所に乗り込まれたくないために、慰謝料を二百万円から五百万円に上げてきたんだと思いますよ。仮にあなたが彼女を訴えたとしても、慰謝料として得られるのは百万円くらいです。そうなると、ご主人は今回の提示額をまた変更してくるかもしれません」
 「それに、あなたが彼女の両親にどなり込んでも、ご主人を取り戻すことはできないのは、既にご自身でも分かっておられることだと思います。私は決してご主人や彼女に肩を持つつもりはありませんし、自分の家庭を壊した彼女を許せないというあなたのお気持ちはよく分かりますが、もうこの段階にくれば、『あんな根性の嫁だから、息子も女を作るんや』と姑に言われかねないような、ご自身の値打ちを下げることにエネルギーを使うのではなく、あなたや二人のお子さんの今後の人生について考えるべきだと思います」
 私は、慰謝料などの話が決着ついた後、女の両親にどなり込みに行きたいという依頼人(37才)の意向には賛成しませんでした。 依頼人は「でも、このままでは私の腹の虫が収まらない!」とさかんに訴えていましたが、「そんなことはやめときなさい!あなたのためにはならない!」という、いつにない強い私の口調に押されてか、「そうですか…」と電話を切りました。それでもその言外には不満が残っていたのは、私にはありありと分かりました。
 半年が経ちました。時折、依頼人はあれからどうしたのだろうかとふと思うことはありましたが、私の方から興味半分に聞くようなことではないと、こちらからは連絡を取りませんでした。 そんな頃です。久しぶりに依頼人が連絡が入ったのは。
 「あれからも何度も話し合いをもちましてネ、結局、慰謝料八百万円と養育費十二万円ということになりました。私は、最初から言ってたように、慰謝料に二千万円をくれるまでは籍を抜かないとがんばってたんですけど、叔父も仲人さんも、『これ以上は無理やで』と言わはるし、子供のこともあるので、これでケリをつけようかなと思ってるんです」 
 依頼人はそう言いました。
 久しぶりにかかってきた依頼人の電話で、私はこの夫婦がようやく次のステップに踏み出すことを知りました。ご主人が依頼人に示した最終案は慰謝料八百万円、養育費十二万円でした。
 「でも、私はまだすっきりはしてないんですけどネ」依頼人は言いました。
 「慰謝料二千万円をもらわないと籍を抜くつもりはなかったんですけど、叔父も仲人さんも『これ以上は無理や』と言わはるし、子供のこともあるので…」 「そうですよ!」
金額を聞いて、私もこのご主人はよく出した方だと思いました。
 「私、実家のある山口に帰ろうと思ってるんです。本当は友達が多い大阪にいたいんですけれど、やはりいざという時に親元の近くの方がいいと思って…。長男も今春、中学生になりますし、同じ戻るなら、キリのいい所で帰った方がいいということになったんです」 「そうですか。今後のことを考えると、その方がいいでしょうね」
 私は答えました。
「それで、最後にもう一つだけ相談があるんですけど、いいですか?」
 私は「えっ?!まだあるの?」と思いながらも、「いいですよ」と答えました。
 「実は、その慰謝料を主人は分割で払いたいと言ってるんですけど、一括でもらった方がいいでしょうか?」
 「そりゃあ、一括の方がいいですよ。マ、払える資力があるならばの話ですが。分割となれば、人間、年月が経ち、状況が変わってくると、なかなか払いづらくなってくるものですから。ご主人の方が再婚されて、子供でもできればなおさらです」
 私はすかさず答えました。 「そうですねぇ。で、もし、分割しか無理の場合は一筆書いてもらった方がいいのでしょうか?」
 私は「もちろん」と答えて、念のためにと弁護士を紹介したのでした。
 こうして、ようやくのこと依頼人は次の人生を歩み始めました。私は彼女を一年以上にも亙って見ていて、離婚とは何とエネルギーを要するものかとつくづく思ったものでした。

<終>

納得できない離婚要求(1) | 秘密のあっ子ちゃん(134)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 先日の発表に、二十一世紀には高齢化が飛躍的に進み、未婚率も大巾に増えるというものがありました。その傾向は当然現在も現れており、結婚しない人が増えてきているだけでなく、離婚する夫婦も増えてきています。そのことは、皆さんの回りの方々(ひょっとすれば、当事者であるかもしれませんが)をご覧になればご理解できることと思います。私の友人にも、つい先日離婚を決めた人がいます。
 離婚というものは、それがどんな原因であろうと、恐ろしくエネルギーがいるものです。増してや、相手の浮気が原因となると、自分の気持ちを固めるまでには相当の心労があります。
 この類いで当社に相談に来られる人は、皆一様に出口のない暗闇の中で呻吟されている場合が多いのです。ですから、私達は、最終的に決断を下すのはご当人であることを踏まえた上で、ご依頼人が少しでも問題点を整理しやすいように、客観的な立場からアドバイスをするようにしています。
今回の主人公の女性も、初めて当社にやってきた時はそんな状況の中で苦しんでおられました。
 その依頼人は三十八才の主婦で、小学六年生の男の子と小学三年生の女の子の母親でした。学生時代から交際していた男性と十四年前に結婚し、それなりに幸せな生活を営んでいました。夫はイベントなどを企画する会社に勤務し、かなりの高収入を得、何よりも子煩悩な人柄でした。仕事の関係上、帰宅時間が遅いということはありましたが、彼女は家事と育児に専念し、何の不満もない結婚生活でした。
おかしくなったのは三年程前からです。
実は七年前、夫は知り合いの頼みで、ある女子高校の文化祭のイベントの相談にのったことがあります。知人の娘が文化祭実行委員長だった関係からなのですが、ある日、彼女が父親に、「みんなで話し合っても、何がいいか全く決まらないの。もう日もないし、どうしよう」とふと漏らしたことから、事が始まりました。 「ふーん、そうか。ワシの知り合いで、イベント会社の企画をしてる人がいるが、いいアイディアがないか聞いておいてやろうか?」 父親は何気なくそう答えました。
「そんな人がいるんなら、私が直接聞いてみるわ」
 父親に依頼人のご主人の話を聞いた彼女は、その足で連絡を入れました。
「電話ではなんだから、一度会って話をしましょう」ということになり、彼女は他の実行委員のメンバーと共に彼の会社を訪ねました。 それが縁で、結局、依頼人の夫は文化祭が終わるまで何やかやと彼女達女子高生の面倒を見たと言います。 文化祭が終わって一週間が経った頃、お礼と共に彼へのファンレターともラブレターともつかぬ彼女の手紙が自宅に届きました。  「こんな手紙がきたわ」
 その女子高の文化祭の顛末を一部始終、依頼人に話していたご主人は、その「ラブレター」もごく自然に妻に見せています。
 彼女はまだ高校三年生ですし、知人の娘ということもあって、ご主人としても、「大人の男性に憧れている少女」という風にしか把えていなかったようです。もちろん、依頼人自身もそうでした。
 ですから、その後、彼女が彼を訪ねて自宅までやってきても、快く招き入れて三人で歓談したことも、二度、三度あったのです。
 「彼女も進学して、世間が広がれば、主人への熱も冷めるだろう」と思っていたのでした。
 依頼人の夫が文化祭の手伝いをしてあげた、その知人の娘は短大へ進学しました。
 短大在学中も、「尋ねたいことがある」とか「相談事がある」とかを言って、彼女は依頼人の夫に電話をしてきたり、自宅に訪ねてきたりしました。そのどれもがたわいのない事柄で、依頼人は彼女の目的が何なのかを十分承知していました。しかし、彼女の夫への想いは「一過性の熱病だろうから、いずれ冷めるだろう」と、気にも止めていませんでした。
 ある時、依頼人は冗談で夫にこんなことを言ったことがあります。
 「若い娘さんに惚れられて、あんたも嬉しいわねぇ」 すると、夫はこう答えたのでした。
 「アホか。あんな子供、相手にはできるか。それに知り合いの娘さんやで」
 夫が彼女のことは眼中にないと確認して、依頼人はより一層安心していました。 彼女が短大の二回生になると、「就職のことで相談したい」と、また連絡が入りました。
 夫も妻に気を使ってか、彼女と二人きりで外で会ったことはこれまで一度もなく、今回も自宅へ呼びました。やってきた彼女は、こう言いました。
 「できたら、お兄さん(彼女はいつの間にか依頼人の夫をこう呼ぶようになっていました)がしたはるような仕事がしたいの。イベントとか催しものの企画をするような仕事を…」
 この仕事が単に憧れだけでできるようなものではないこと、就職するにしても、その後生き残っていくにしても、かなり競争のきつい世界であることを、夫はこんこんと説明しました。しかし、彼女は諦める気配がありません。 
 「お父さんは何て言うたはるの?」
 依頼人は聞きました。
 「『自分の好きなようにしたらいい』って言ってくれてます」
 彼女はそう答えましたが、どうも怪し気でした。
 そこで、その日は「もう少し冷静にじっくり考えた方がいい」と彼女を説得し、依頼人夫婦は彼女の父親と連絡を取ることにしました。 案の定、父親は何も知りませんでした。
 「えっ?!今まで何回もおじゃましてるんですか?えらいご迷惑をおかけしてましてんなぁ、申し訳ない」 彼女の父親は随分と恐縮していました。
 「いえいえ、迷惑ということはありませんが、就職のこととなると、やはり将来にかかわりますので、僕が応援したげるにしても、親御さんのご意見を聞いておいた方がいいと思いまして…」
 依頼人の夫はそう言いました。
 「そうですなぁ。しかし、イベントの企画とはねぇ。ワシも家内も、短大を卒業させたら、しばらくは花嫁修業でもさせて、嫁に出そうと思とったんですがねぇ」 彼女の家庭は地元の資産家で、父親はそれなりの規模の運送会社を経営していました。彼女は三才年上の兄との二人兄弟で、一人娘である彼女をこの父は大層可愛がっていました。しかも、父親は女性の生き方についてはかなり古い考えの持ち主で、依頼人の夫はその辺りのことを十分承知していましたので、今回のことを敢えて知らせたのでした。
 依頼人の夫が、彼女の父親に連絡を取って、三週間が経ちました。今度は、父親の方から電話がありました。 
 「いやあ、あれから何とか諦めるように、家内と一緒に説得していたんですが、聞きしませんわ。あいつもワシに似て、自分がしたいと思ったらテコでも動かんとこがありますさかいなぁ。ちょっと我儘に育てすぎましたワ。」
父親は半分自嘲気味に、そう言いました。
 「マ、家内とも話しておったんですが、こうなったら二、三年勤めさせて、そのうちに見合いでもさせようと思っとるんですワ。それまでは、本人の望むように、イベントの企画かなんか知りませんけど、働きたいのなら勤めさせてもええと思ってますねん。それでというとなんですけど、どっか、ええとこありまっしゃろか?」 
 突然そう言われても、依頼人の夫としても困ってしまいます。しかし、駆け出しの頃に随分世話になった社長さんのことでありますし、今も何かにつけて顧客を紹介してくれている相手に、そう無下に突き放すこともできません。
 「そうですねぇ…。じゃあ、心当たりを少し当たってみます」
 そう答えたのでした。
 父親の頼みで、依頼人の夫は彼女の就職先について奔走したのでした。
 その努力が実り、彼の会社と提携している同業者に、彼女を半ば強引に押し込むことができたのでした。
 その間も依頼人の夫は彼女と何度となく会っています。就職のこととなると、いちいち自宅に招いて話している間もない時もあり、その頃から二人は依頼人の知らないところで会うようになっていきました。しかも、初めのうちこそ、「今日はあの子の相談に乗ってやらないといけないから、少し遅くなる」とか、「今日は先方に連れていってやる」とかという風に、夫も依頼人に報告していましたが、それも次第に何も言わなくなっていったのでした。 それが三年程前のことです。
 依頼人は、当初、「まさか」と思っていました。それに、二人がどうにかなっているなどと考えたくもありませんでした。 しかし、彼女から電話がかかってくると、夫はすぐに隣の部屋に電話を持っていって、小声で長々と話すのです。依頼人が「何の用事なの」と問い詰めると、「仕事の話や!」と声を荒げて答えます。
 彼女から電話がかかってくると、依頼人の夫はそそくさと受話器を持って隣の部屋に行き、小声で長々と話すのでした。そして、時には何も告げず、そのまま出かけていくこともありました。しかも、「出張だ」と言って、外泊する日も増えてきたのです。 その頃の依頼人は、子供達二人がまだまだ小さく、子育てに追われて、以前のように細々と夫の面倒を見れない日々が続いていました。しかし、それでも夫の変化は嫌でも気がつきます。 依頼人は、時には厳しく夫を詰め寄ることもありました。
 「出張、出張って、会社に聞いたら、その日は出張なんか入ってへんやんか!どこに行ってたん!」 「会社の女の子にいちいち言うてへん出張だってあるんや!男の仕事にごちゃごちゃ言うな!」
 「何言うてんの!あの子と会ってたんやろ!」
 「あほか!人の行動に探りを入れるようなしょむないことすんな!会社にもかっこ悪いわ!俺のことが信じられへんねんやったら、出て行ったらええねん!」
 こんな夫婦喧嘩が断えなくなっていきました。
 ある日、依頼人は、夫の手帳のある日付の欄に、女文字で「○○の誕生日」と書かれてあるのを発見しました。彼女が直接夫の手帳に書いたに違いありませんでした。
 その当日、夫は無断で外泊しました。
 依頼人の堪忍袋の緒は切れてしまいました。帰宅した夫を捕まえ、声を荒げて罵倒したのでした。それは、今までにない激しい夫婦喧嘩となりました。子供達は子供部屋で泣きべそをかきながら、じっとうずくまっていました。
 翌日から夫は帰ってこなくなりました。
 一週間が経った頃、依頼人は会社に電話を入れました。
 「今、どこで寝てんの?」 彼女は尋ねます。
 「会社に寝泊りしている。考えたいことがあるから、しばらくは家へ帰れへん」 夫の返答はそんな風でした。
 「私も話したいことがあるから、とりあえず帰ってきて。このままでは、何も始まれへんから。一度話し合いたいねん」
 彼女は夫にそう訴えました。
 「ああ、分ってる。そのうち、話をしに一ぺん帰るから」
 夫はそう答えましたが、二週間経っても、三週間経っても、夫は帰ってきませんでした。
 ひと月近く経った頃、依頼人は子供達を連れて、会社にいる夫を訪ねました。子供達は久しぶりに父親に会って大喜びでした。しかし、夫は依頼人に離婚の話を持ち出したのです。
 夫の言い分はこうでした。 「俺がこうなったのも、お前が悪いからや。『子育て、子育て』と言って、俺のことは放ったらかしやったやないか。それにお前の性格が悪い。いつもキーキー、キァーキャーと口うるさいし、俺は家へ帰ってもくつろぐことがあれへん」 依頼人は驚きました。まさか、夫にそんなことを言われようとは思ってもいなかったのです。夫は例の彼女のことは一切口にせず、自分が家を出た原因は依頼人のせいであるということを繰り返し述べるのでした。 それを聞いて、依頼人は夫に謝りました。
 もちろん、依頼人は腹立たしい思いで一杯でした。しかし、もともと離婚する気などまるでありませんでし、ただ、彼女から夫を取り戻し、以前のように親子四人の水いらずの生活がしたかったからです。
 夫が並べたてる離婚要求の理由に対して依頼人は理不尽だと思いながらも謝ったのでした。
 「確かにこの子らに手がかかって、あなたの面倒を十分に見れなかったことは反省しているわ。だけど、私もすき好んで、口うるさく言ってた訳じゃない。彼女のことをはっきりしてくれたら、私もとやかく言う必要があらへんのやから。私の悪い所は直すから、この子らのためにも、家に戻ってきてほしいねん」
依頼人の想いはただ一点、夫が彼女と手を切り自分達夫婦がもう一度やり直したいということでした。そのためには、謝りもし、自分の至らなかった所は本気で直そうと考えていました。依頼人は何度もそのことを訴えました。
 しかし、夫の返答はこうでした。
 「もう遅い。今さらやり直すことなんかでけへん」 「そしたら、この子らはどうなるの?」
 小学六年生と三年生の二人の子供に目をやりながら、依頼人は言いました。下の小学三年生の長女は無邪気にお子様ランチについていた旗で遊んでいましたが、上の六年生の長男は両親の様子を察して、デザートに頼んだチョコレートパフェを、黙りこんでひたすら口に運んでいました。
ただひたすら、夫ともう一度やり直したいと願っていた依頼人は、最後の手段として、子供達のことを引き合いに出し訴えました。
 「やり直すにはもう遅いって、そしたら、この子らはどうなるの!?」
 「こいつらには悪いと思うけど、しゃあない。みんなお前の責任や。それに、全然会われへんようになる訳じゃないし、養育費は出す」
 「そんな!勝手すぎるわ!」
 この日の話し合いは、こんな言い合いばかりが堂々巡りとなり、それ以上進展しませんでした。
 翌日、依頼人は姑に会いに行きました。姑の口調は基本的には息子の不貞と家族への無責任さを詫びていましたが、そこは長年母一人子一人で暮らしてきた可愛いい息子をかばうニュアンスが漏れ聞こえるのでした。 
 これは、依頼人もこれまでの夫と姑の母子関係を見ていると予想できたことでしたので、さほどがっかりはしませんでしたが、孫のために力を貸してくれるのではないかと少しは期待もしていました。しかし、その淡い期待は全く的はずれだということがよく分ったのでした。
 ただ、こんな話が聞けたのです。
 「この前、電話があったけど、もう部屋を借りてるみたいなこと言ってたよ」 全く知らない話でした。夫は、依頼人にはずっと会社で寝泊まりしていると言っていたのです。
 「えっ!?部屋を借りているって、彼女と一緒なんですか?」
 「いやぁ、そこまでは知らんけど…」
 姑の返事は歯切れの悪いものでした。
 「で、それはどこなんですか?」
 「近鉄線の何とかという駅の側やって言うてたけど、聞いた住所のメモは無くしたわ」
 明らかに息子をかばっているのが分かりました。
 依頼人は、前々から相談に乗ってもらっていた近所の友人の元へ走りました。 「もう、どうしたらええか分れへんようになったわ」依頼人はそう言いながら、泣くのでした。というのも、両親の様子を察した小学6年生の長男が家庭内で暴れ始めるようなっていたことも、依頼人が嘆く原因の一つとなっていました。
 父親が帰らなくなってから、長男は依頼人に刃向かうようになっていました。依頼人は、どちらかと言えば教育や躾には口うるさい方です。
「宿題はちゃんとしたの?!」「家に帰ってきたら、すぐ手を洗わなあかんと言うてるでしょ!」
 そんな依頼人に、長男はこれまでブーとふくれながらも言うことを聞いていたのです。しかし、近頃はどうでしょう。「うるさいなぁ!くそババア!」です。 そして、二日前、食事の途中でファミコンに興じている息子を叱りつけたところ、長男は「うるさいんじゃ!」と叫びながら、茶碗を窓に向けて投げつけ、ガラスを割ったのでした。 十二才という難しい年頃の長男の心が荒んでいくのを、依頼人は一番恐れていました。 「だけど、それはご主人が家に帰ってけぇへんことだけが原因じゃないんと違う?だいたい、あんたは少し口うるさすぎるよ。もっと、あの子の気持ちも考えたげんと」
 今までもずっと、黙って依頼人のグチを聞き、励ましもし、相談にのってくれていた友人はそう言うのでした。
 友人は言うのでした。
「十二才と言えば反抗期で、一番難しい年頃やんか。まして、あんたとこは今ご主人がそんな状態やねんから。子供って、知らん顔してるようやけど、みんな分かってるよ。ガミガミ叱るばっかりじゃなくて、もうちょっと、あの子の気持ちも考えてあげんと。あんたのしんどい気持ちも分かるけど、子供に当たってたらあかん」 「分かってる・・」
 依頼人はか細く頷くばかりです。
友人はこうも言いました。 「子供のためにも今、あんたがしっかりせなあかんやん。いつまでもこんな状態をズルズル放っておく訳にはいかへんのと違う?」 「でも、私はもう一ぺんやり直したいねん。主人は私の責任やって、私の悪いことばかり並べたてて腹が立つけど、それも一理あるような気がするし、戻ってきてくれるんやったら、それはちゃんと直そうと思ってる。だけど、あの女は絶対に許せへん!人の家庭を壊しておいて、私が離婚することになんかなったら、絶対に主人と一緒にさせへんから!」
 その日、依頼人は友人に夫が家に帰ってくれるよう、もう少し努力すると言ったのでした。
<続>

ムッとくる依頼も・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(133)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 早速、スタッフは依頼人に娘さんの現在の居所が明らかになったことを伝えました。それに対して、彼の返答はこうでした。
「そうですか。それではすぐに私の手紙をそちらに送りますので、女性名で娘に送ってもらえますでしょうか?私の手紙の中味は読んでもらっても結構です」 「いえ、中味についてはこちらが見る必要ございませんので、そのままお嬢様にお送りさせていただきます」スタッフはそう答えて、料金の精算額を伝えたのでした。
 スタッフは彼からの手紙が届くのを待っていました。しかし、二週間経っても、三週間経っても手紙は届きませんでした。
 いつまでもこのまま放っておく訳にもいかず、処理に困ったスタッフは彼に連絡を入れました。すると、以外な返答が帰ってきたのでした。
 「昨日、そちらに葉書を送りましたので、それを読んで下さい」
 「そうですか。で、手紙の方はどうされます?」スタッフが尋ねます。
 しかし、彼は「葉書を読んでくれればいい」の一点ばりでした。
 翌日、彼からの葉書が届きました。
 「前略、お願い致しました件の事ですが、家も住所も分っているのに、手紙を娘に出すのでしたら、自分でできることです。以前の住所にいて、お宅の名で手紙を出すのでしたら、何の必要もありませんので、この件はこれで打ち切らせていただきます。有難うございました」
 彼と常時コンタクトを取っていたスタッフはこの葉書を見て、目が点になったと言います。当初の依頼内容を変えて、というより忘れたふりをして、料金の精算もせず、「有難うございました」で済まそうとしていたからです。
 そもそも、彼の依頼とは、十七年前に離婚してから一切会ずにいた娘に、自分が離婚した真相を伝えたいというものでした。そして、十七年前の住所は知っているが、引っ越ししたものか、嫁いだものなのかが分らない。しかも、居所が分っても先妻が自分の娘宛への手紙を開封する可能性があるということでしたので、娘さんが今どこにいるのかを調査した上で、当社の女性名で自分の手紙を送ってほしいというものでした。
 しかし、娘さんの住所が判明し、その内容を伝えて料金の精算額を伝えた途端、「もう必要ありません」として、「有難うございました」とだけで済ませようとしたのです。スタッフが「この人は何を考えているのだろう」と思っても無理はありませんでした。
 こんな依頼人はそう多くはいませんが、こすいと言おうか、ずるいと言おうか、人にはいろいろな人がいらっしゃるものです。
もちろん、当社としても判明した後に、当初の依頼内容を変えてこられて、「ご苦労様」だけで済ます訳にはいかず、正当な報酬として料金の精算額を入金していただきましたが、それでもこの方は、ああでもない、こうでもないと辻褄の合わないことばかりを言ってこられたと報告を受けています。

<終>

ムッとくる依頼も・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(132)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 私達は、[気がかりな人を探してほしい]という依頼人の思いを受けて、その要望をかなえるべく常に全力で調査を尽くしているのですが、依頼人といえどもいろんな方がいらっしゃるもので、時にはムッとくるようなこともあります。
 例えば、つい最近もこんなことがありました。
 その依頼人は六十六歳の男性でした。二人の娘さんがいましたが、十七年前に離婚したため、以後は一切会えずにいました。
 「娘も二十七歳と二十五歳という年になり、もう世間のことが分かる年頃ですから、私が離婚した理由をちゃんと知ってもらいたいんです」彼はそう言いました。
 「で、現在の居所はご存知ないのですね?」電話を受けていたスタッフが尋ねます。
 「分らないということではありません。たぶん十七年前に住んでいた所にそのままいると思うんです」
 「住所が分かっておいででしたら、ご自身で手紙をお出しになるという方法が費用面で一番負担がなくて済みますよ」スタッフはそう提案しました。
 ところが、彼は「ええ…」と煮え切らない返事をするのです。
 「いや、それはちょっと都合が悪いんです。私の名前で手紙を出すと、先妻が開封する恐れがあるんです。それに娘達も年頃ですから、既に家を出ているかもしれませんし…」
 「それでしたら、やはりお嬢さんが今どこにいらっしゃるのかを調査するしかありませんねぇ」
 スタッフはそう答えました。すると、今度はこんな質問が返ってきたのです。
 「ええ。でも、仮に娘がまだ嫁いでなくて家にいるとしたら、先妻の手前、どういう風にしたら離婚した理由を伝えられますかねぇ?」
 「その場合は、こちらから女性名でお嬢さんのお手紙を出させていただくのは可能ですよ」
 「そういうこともしてくれるんですか?」
 彼の声は急に明るくなりました。
 「ええ、当社ではコンタクトの代行ということもやっておりますので」スタッフはそう説明しました。
 その要望を踏まえて、結局、彼の依頼とは、とにもかくにも娘さんが今どこに住んでいるのかを調査し、その後、当社の女性スタッフの名前で彼の手紙を娘さんに送るということになりました。
調査の結果、娘さんは結婚をし独立しているという彼が危惧していたようなことではなく、まだ未婚で、先妻と共に十七年前に住んでいた住所そのままの所におられました。
早速、スタッフは依頼人に娘さんの現在の居所が明らかになったことを伝えました。

<続>

妻子のために軍人恩給を(2) | 秘密のあっ子ちゃん(131)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 そこで、スタッフは次に防衛研究所の戦史資料室にも聞き込みに入りました。ここでは個人の情報は扱っていないということでしたが、依頼人が所属していた部隊の本隊の戦友会の連絡先を教えてもらうことができました。
 その本隊の戦友会のお世話をしている人に連絡を取ると、こんな話になりました。
 「私は本隊全体のお世話をしておりますが、たくさんの部隊に分かれておりまして、部隊が違うと個別の方のお名前は分かりません。申し訳ないですが、お探しの三人の方のお名前も、その方達を探しておられるご本人のお名前も記憶がないんです。私が所属していた部隊の者はほとんどがフィリピンで戦死しております。その方達の部隊も終戦間際に玉砕したと聞いております。九州に戦友がいるので、そちらでも一度聞いてみて下さい」
 依頼人が所属していた部隊が後に玉砕したという話は、私達にとって初耳でした。おそらく、彼が負傷し肺結核を併発して療養中の頃の話だと考えられます。
 依頼人は負傷して、戦闘に参加もできず復員してきたことを「恥」と考え、五十年間、一切その頃の話を誰にも語らず、戦友達と連絡を取ろうともしなかったことから、この「玉砕」の話は彼自身も知らないことでした。
 玉砕ということになれば話は違ってきます。スタッフはすぐに靖国神社に向かいました。
 しかし、靖国神社では、彼の部隊については部隊一括でお祭りしてあり、個人名は把握していませんでした。
 「やはり、生き残られた戦友の方にお聞きになるのが一番ですねぇ」
 こういう返答でした。
 私達は先に教えてもらった「九州の戦友」に連絡を取ることにしました。
 彼はこんな話をしてくれました。
 「私は終戦間際には佐賀県に転出しておりました。部隊の玉砕の話は戦後になって聞きました。当時、部隊では出入りが激しく、そのお名前には記憶がありません」と、三人の上官・戦友の名前は記憶がないということでした。
 「当時、この部隊は出入りが激しく、三カ月も同じ部隊にいることはありませんでした。私も終戦間際には佐賀県に転出しており、玉砕の話は戦後になって聞きました。お探しの方のお名前は私の回りでは聞かない名前ですし、全く記憶がありません。お役に立てず申し訳ありません」
 彼はこう言いました。それでも、自分の知っている戦友の名前を上げ、一度聞いてみてはいかがかと連絡先を教えてくれたのでした。 私達は芋づる式的に教えられた戦友達に何人も聞き込みに入りましたが、結果は同じでした。今、探している三人の上官や戦友のみならず、依頼人自身を記憶している人も皆無だったのです。
 健在の戦友達からの記憶から、彼らを探し出すという線は断ち切られました。 私達はやむなく、「おそらく三人とも東北地方の出身ではなかったか」という依頼人の記憶だけを頼りに、次の調査を始めました。
 戦友達は皆とても親切で、自分が知らなければ、次々と健在の戦友の連絡先を教えてくれました。しかし、どの人も依頼人が探している上官と戦友の名前には記憶がなく、依頼人自身さえをも覚えていませんでした。
 私達はやむなく、「三人ともおそらく東北地方出身ではなかったか」という依頼人の記憶だけを頼りに、次の調査を始めました。
 これはもちろん、東北地方の三人の姓のお宅へ軒並み聞き込みに入ることでした。
 しかし、全く該当者が出てきません。健在か死亡しているかは別として、何千軒もあるそれらのお宅に連絡を取っても、それらしい人は現れてこなかったのです。
 この調査だけで既に二カ月がかかっていました。私は一旦、この状況を依頼人に報告しました。
 調査の現状況を報告した私に、依頼人はこう言いました。
 「それだけ探してもらって該当者がいないということは、既に死亡されているのかもしれませんねぇ」
 「その可能性はありますが、仮に死亡されていても、ご遺族とかご親戚は出てくるはずですが……」
 私は言いました。すると、依頼人は何やら思い当たるところがあるらしく、しばらく沈黙した上でこう言いました。
 「……。あの、ひょっとしたら、私の記憶している名前が少し違うのかもしれません」
 名前が違えば今までの調査は全く無駄になります。調査自体を一からやり直さなければなりません。
 私は内心、「ちょっと待ってよっ」と思いつつも、それでも依頼人を責める気になれず、調査を再開しました。これまで行った調査をもう一度最初からやり直したのです。
 しかし、「この名前ではなかったか」という苗字で、全ての箇所を再調査しても、結果は「該当者なし」となったのでした。
 依頼人の想いを考えると、何とか判明させたいと思っていた私達ですが、これ以上、手の尽くしようがありませんでした。
 「大日本帝国軍人」の恥として戦闘中の負傷を、戦後五十年間、一切誰にも語らず心の奥に秘めてきた依頼人が、自分自身の人生のけじめとして、その戦争体験を見直し、軍人傷病恩給を請求するために当時の上官や戦友を探すという願いは結局叶いませんでした。
 長年苦労をかけた妻子のためにもと、彼がいろいろ悩み考えた末に恩給を請求しようと決意した経過を知っているだけに、私達としてもそれはとても残念なことでした。
 しかし、後日、彼は私にこんな手紙を寄越してくれたのです。
 「この度、この恩給を請求するにあたり、戦後五十年間、肉体的にも精神的にも随分苦しんだにもかかわらず、いろいろな人達の親切や誠意に触れ、満足感いっぱいです」
 そして、こうも書かれていました。
 「今後も健康に留意し、貴重な戦争体験とその悲惨さや辛さを子や孫達に伝えようと使命感に燃えております」
 依頼人自身が自らの戦争体験に対して、そんな風に一つの区切りをつけられたことに対して、私は一種の安堵感を覚えました。しかし、同時に、彼にとっての戦後はまだ来ていないのだということに思いを馳せざるを得ませんでした。

<終>

神主の職を捨て・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(129)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 六年も別れたきりの二人の子供達が、阪神大震災に遭遇した依頼人が無事かどうかを心配し、母親には内緒で自力で彼の居所を探し、会いに来てくれました。
 例の件があって以来、初めて会う子供達の成長振りに目を見張ると同時に、二人の優しさに「父親らしいことは何一つしてやっていないのに…」と、彼は目頭が熱くなりました。
 そして、二人の子供達のその行動は、彼女に対して何一つ動いていない自分の無責任さを問うているようにも思えました。あのゴタゴタの中で、「さようなら」の一言も言えずになっていることが気にかかりながらも、そして彼女の幸せだけを願っていながらも、何一つ彼女の役に立てていなかったのです。
 「彼女が今、どうしているのかを知ろう。あのまま両親に軟禁されているような状態なら可哀想すぎる。もし、誰かいい人と結婚して幸せになってくれているなら、それはそれでいい。ともかく、彼女がどうしているのかを知ることだ」
 彼はそう考えました。
 それでも、彼が当社に依頼にやって来るのには一年半の時間が必要だったのですが…。
 彼は逡巡していました。「彼女の現状を知る」と言っても、一体どうやって?自分が彼女の実家に直接訪ねていくことはもちろんのこと、近所をウロウロするだけでもまた彼女にどんな迷惑をかけてしまうか分らない。かと言って、その辺の事情をよく含んで彼女の現状を探ってくれそうな友人は、もう今の自分にはいない。
 そんなことをアレコレと悩んでいました。そんな時、テレビで当社のことを見たのだと言います。彼はやっと動く気になったのでした。 私はその話を聞いていて、彼が最初、電話で問い合わせてきた時に、「依頼したい」ということではなく、「相談したいことがある」と言っていたことを思い出しました。「どおりで」と私は思ったものでした。
 「彼女が今、どうなっているのか、幸せでいてくれているのか、ただそれだけが知りたいんです」
 彼はそのことを強調して帰っていきました。
 いつものことながら、「こんな人生もあるんやなぁ」と語りながら、私はスタッフに調査開始の指示をしたのでした。
 調査の結果、彼女はまだ結婚もせずに実家で暮らしていることが判明してきました。勤めにも出ず、家事手伝いをしています。
 「そうですか。まだ自由にさせてもらえないでしょうか?」
 依頼人はその報告を聞いて、今の彼女の身の上を案じていました。 「もう少し、詳しい状況は分らないものでしょうか?」彼は私達にそう尋ねました。
 しかし、彼女は今、実家ではどちらと言えば「篭の鳥」のような状況で、近所の聞き込みでも「ああ、あそこの家のお姉ちゃんねぇ。家にいたはるけど、最近はあんまり出歩かはれへんよ」という答えが返ってくるばかりで、私達が報告した以上のものはどの話からも出てこなかったのです。
「何とか知る方法はないものでしょうか?」
彼は再びそう尋ねました。 私達はウーンと唸ってしまいました。「それ以上」というと、もう彼女の両親や本人と接触せざるを得ないからです。
 「それはやはりまずいですね。彼女の両親に私が絡んでいることが分ると、また彼女に迷惑がかかりますから…」彼もそう意見でした。
 私達は彼女の両親に気づかれず、彼女の現状をもっと詳しく知る方法を思案していました。
 「まだ自由がきかないような状況とは思ってもみませんでした。私としては、彼女がいい青年と出会って幸せになってくれていることを願っていたのですが…」 依頼人はそう呟きました。そして、付け加えたのです。
 「私は彼女に出会って、彼女のことを好きになったことは全く悔いていません。彼女への想いは今も変わりませんが、まだしばらくはトラックの運転手をして稼ぎ、生活を安定させなければなりません。もう一度、正々堂々と彼女を迎えに行くにはまだ時間が必要なんです。今の私には彼女に『待っていてくれ』とは言えません。何とか幸せになってくれていればとそればかり願っていたのですが、私のためにまだ自由がきかない生活を強いられているのではと思うと、ますます申し訳なくて…」 
 彼の気かがりは却って増してしまったようでした。私としてもこのまま放っておく訳にはいきません。
「分りました。では、こうしましょう。」
私は一つの案を出しました。
 「では、こうしましょう」 私は一つの提案をしました。
私は彼女を直接訪ねて行くしかないと考えていました。近所の聞き込みでも私達が彼に報告した以上の内容は出てこない現状では、それ以上の方法ということになれば、実は、彼女自身は接触するしかないのです。
 そのために私達はまず、彼女宛に手紙を書きました。それは、彼がきっちりした話もできずに別れざるを得なかったことの詫びと、妻とも離婚し神主の職も失ったが、彼はあなたを好きになったことは全く後悔していないこと、今、一人でがんばっていると、そして、ただあなたの幸せを願っているという内容のものでした。
 この手紙は、私達が彼女を訪ねて行った時に彼女と直接話すことができれば必要ないものですが、未だに両親の監視がきつい時のための小道具でした。
 いよいよスタッフが彼女を尋ねていきました。もちろん、出向いたのは女性スタッフです。
 対応に出たのは彼女の母親でした。
 「どちらさん?」
 母親は怪訝な顔の対応でしたが、それでもすぐに彼女を玄関口に出してくれました。
 スタッフは小声で依頼人の代理できたことを告げました。彼女の顔に「えっ?!」という驚きの表情が現れました。スタッフはこの間のいきさつをもう少し詳しく話そうとしましたが、奥から母親が顔を出し、こちらの様子を窺っています。スタッフはそれ以上、彼のことについては話すことができませんでした。そこでやむなく、用意していた手紙を手渡したのでした。
 手紙の末尾には、「もし、あなたが彼のことを怒っていず、彼に対するあなたの気持ちが昔と変わっていないのなら、一度連絡を入れてあげて下さい」ということと彼の住所、電話番号を書き添えてありました。
  彼女は黙ってその手紙を受け取りました。しかし、明らかに奥から様子を伺がっている母親を気にしている様子でした。
 もうこのあとは彼女自身の判断に委ねるしかありません。
 スタッフが彼女の家を訪ねた翌日、依頼人が早速、当社にやってきました。
 彼は彼女の反応や両親の対応を知りたがっていました。
 「そうですか。やっぱり、まだお母さんが監視しているようなのですね」
彼はため息まじりにそう呟きました。それでも、意外と元気そうな彼女の様子を聞いて、少しは安心したようでした。
 「私共の手紙にはあなたの現状やお気持ちを詳しく書いてありますので、あとは彼女の判断に任すしかありません」
私はそう説明しました。 「そうですねぇ。連絡があれば、それはそれで嬉しいことですが、もしなければ、私ごときに拘わらず、次の人生を歩んでくれているものと考えます。なんにしろ、自分の気持ちを全て彼女に伝えることができましたので、踏ん切りはつきました。私もがんばって生きていきたいと思います」 彼は最後にそう言って、帰っていきました。
 あれから二週間、私達は彼女からの連絡があったのかも気になっていますが、これから彼自身がどんな人生を生きていくのかを気にしています。私達にとって、彼はとても心に残る依頼人の一人となったのでした。

<終>

神主の職を捨て・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(128)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 西日本では激しかった今年の梅雨も明け、暑さが増してきた頃、一人の中年の男性が当社を訪れました。 彼はあまり綺麗ではないポロシャツに綿パン、汚れたスニーカーという出で立ちで、どちらかと言えば肉体労働者風でした。
 彼の依頼とは、十二年前に知り合った一人の女性を探してほしいというものでした。しかし、その二人の関係は本人達はもとより回りの人々をも巻き込み、それぞれの人生を変えてしまったのです。
 「私は今、四十才ですが、十年前までは神主をしていました。今はトラックの運転手をしているのですが…」 彼はそう話を切り出しました。
 彼は三十才になるまではある有名な神社の、何人もいる神主の一人でした。真面目一筋で通り、人の面倒見もよく、神職としてはもってこいの人物と評されていました。当時、彼には妻と幼い二人の子供がいて、家庭内もいたって円満でした。 その彼の人生が一変することになったのは、彼女がアルバイトの巫女として神社に来るようになってからのことでした。
 彼女は十九才。その年令としては驚く程古風で、いわゆる「大和なでしこ」と言っても過言ではない女性でした。
 依頼人が神主として務める神社に、アルバイトの巫女としてやってきた彼女は十九才でした。 純日本風の顔立ちを持ち、長い髪の毛を束ねた巫女姿がこれ以上似合う者はないと思えるような人でした。それに加えて、何事にも控え目で、立ち振る舞いが礼儀正しく、にもかかわらず聡明で、十九才という年令には似つかわしくない程古風な女性でした。彼は「こういう人こそが『大和なでしこ』と言うんだな」と思ったものでした。 
 彼は「妻子ある身」ということは自覚していましたが、彼女のことが頭から離れなくなっていきました。 彼女もまた、九才年上の彼に、好きになってもどうにもならぬ相手とは分りつつも、その誠実な人柄と優しさに急速に惹かれていきました。
 二人は何の確認の言葉がなくとも、お互いの気持ちが通じ合うようになっていきました。二人のデートは、勤務が終った後に彼が彼女を送っていく道中でした。近くにある大きな公園や御陵を散策しながら、二人はさまざまなことを語り合いました。彼には彼女と話している時間が心の安らぎの時となっていったのでした。
 お互いに惹かれながらも、妻子ある身の依頼人の分別で、二人の関係は公園を散策しながら、ただ会話するというだけのものが続きました。
 彼女の家庭はかなり厳格な家でした。門限があるのはもちろんのこと、中学、高校時代を通じて、男女交際には両親の厳しい目が光り、ボーイフレンドを作ることもできませんでした。
 ある日、公園を散歩している二人の姿を彼女の近所のおばさんが見てしまいました。そのことはすぐに両親の知るところとなったのです。
 彼女は「相手は誰だ?」と問い詰める両親に、決して彼の名を明らかにしませんでしたが、こっぴどく叱られてしまいました。これまでは従順に両親の意見に従ってきた彼女でしたが、この時ばかりは両親の言い分が許せず、生まれて初めて反発し、そのまま家を飛び出しました。
 しかし、勢いで飛び出したものの、彼女には行く当てもありません。さっき出てばかりの神社に戻ってきたのです。彼女の様子がいつもとは違うことに気づいた彼は、何があったかを問い正しました。
 この夜の出来事は、その後の二人の運命を変えたのでした。  彼女(当時19才)が彼のことが元で両親にひどく叱られた夜、二人は結ばれたのでした。
 これまで、依頼人の分別で、一線を越えることを踏みとどまっていましたが、彼は彼女のためには全てを捨ててもいいという覚悟で、彼女を抱いたのでした。彼女は彼女で、「妻になりたいということではない。ただこの人と一緒にいたいだけ」という想いで、彼に身を委ねたのでした。
翌日、彼女は家に戻りましたが、両親はカンカンでした。娘の初めての外泊を問い正しましたが、「友達のとこへ泊まってきた」と答えるばかりなのです。その後も、彼女の帰宅はいつもより遅くなることがしばしばでした。父親は「男だ」と直観していましたが、それでも相手は誰かということが分りません。しかも、いくら問い正しても、彼女は頑と「そんな人はいない」と言うだけなのです。
 二人は、依頼人の家庭のこと、彼女の両親のことを考えて、慎重に密会を重ねるようになりました。そうしたことが効を奏したのか、彼女の両親の怒りも次第に収まっていました。
 そんな関係が三年程続きました。しかし、この頃、二人の関係が天下晒されることになるのです。
依頼人の家庭のことと彼女の両親のことを考えて、二人は会う時も慎重に行動していました。
 彼としても彼女のためには全てを捨ててもいいという覚悟をしていましたが、敢えて事を荒立てたくはありませんでした。彼女にとっても、彼の妻子を不幸にしてまで、自分が妻の座に座ろうという気持ちは毛頭ありませんでした。
 そんな二人の関係が三年程続きました。二人は会えているだけで幸せでした。 しかし、ある日、ホテルから出てきた二人を同僚の神主に目撃されてしまいました。
 それはすぐに宮司さんに知れるところとなり、彼はどういうつもりかを厳しく問い正されました。
 宮司さんは「神主としてあるまじき行為」と、鋭く彼を非難しました。彼は「妻子を捨ててでも彼女を幸せにしたいと考えている」と真情を語りました。「妻子を不幸にして『何が誠意は示す』だ!」宮司さんは烈火の如く怒りました。
 「君も一人前の大人だ。何が人の道なのか、自分の立場をよく弁え、また、何が彼女の幸せなのかえをよく考えたまえ」
 宮司さんは「その結論が出るまでは、この件に関しては自分の胸に収めておく」と言いました。しかし、噂は一挙に広まってしまったのです。
 そしてついに、それは彼の妻や彼女の両親の知るところとなりました。
 彼の妻は宮司さんの仲立ちで見合い結婚をした女性です。本来は物静かで良識を弁えた人ですが、彼の不貞を知ると、初めて声を荒だてて彼をなじり、二人の幼い子供を連れて実家へ帰ってしまいました。
 彼女の両親は両親で、烈火の如く怒りました。「監督不行き届き」として、宮司さんが平謝りに謝りましたが、それでもその怒りは収まらず、彼女巫女はバイトを退めさせ、家の中へ軟禁状態に閉じ込めてしまったのでした。 彼自身も詫びに行きましたが、彼女に会わせてもらうことが叶わなかったのはもちろんのこと、家の中にも入れてもらえず、門前払いにされてしまいました。 彼は、ここで重大な決意をしたのでした。
 依頼人と彼女の不倫関係が衆知の知るところとなり、彼女は軟禁され、妻は幼い子供二人を連れて実家に帰り、仲人でもあり上司でもある宮司さんには非常に迷惑をかけてしまう事態となった彼は、重大な決意をしました。
 それは一つには、これ以上妻を苦しめる訳にはいかないと、申し出されていた離婚に同意したことでした。二つ目には、神社と宮司さんに迷惑をかけ、神主としてあるまじき行為を行った責任を取るため、神主の職を辞したことでした。
 彼は持っていた免許を生かし、トラックの運転手になりました。
 彼女の家には何度も足を運び、両親に詫びを入れようとしましたが、その度に門前払いされ、ちゃんと話すことも叶いませんでした。彼女とは問題が発覚して以来、一度も会えていませんでした。
 彼は、職も安定し、自分がもう一度きっちりした人間になった時に、再度、彼女の両親に謝りに行こうと考えました。
 それから七年の歳月が流れました。妻に子供達の養育費を送り続けながら、彼は懸命に働きました。彼女について思うことは、ただ幸せになってほしいということだけでした。
 六年の歳月が流れていました。依頼人はあれ以来、一度も彼女には会っていませんでした。事態が発覚し、妻や彼女の両親や宮司さんまでを巻き込んだ、あのゴタゴタの中で、彼は彼女にきっちりと話をする間もなく別れざるを得なかったのでした。願うことは彼女の幸せだけでした。 離婚した妻は数年前に再婚したと聞きました。彼は、苦しめてしまった妻が幸せになってくれさえすればと、それをも願っていました。妻が再婚しても、彼は子供達の養育費は毎月きちんと送っていました。
 昨年、阪神大震災があった折、高校生になった娘と中学生の息子が心配して会いに来てくれました。子供達に会うのはあれ以来初めてでした。二人とも随分と大きくなっていました。その成長した姿を見て、彼は思わず目頭が熱くなったのでした。
 聞くと、二人が彼に会いに来たのは母には内緒だと言いました。あんな震災があった直後なので、「お父さん、大丈夫だろうか?」と二人で相談して、市役所の人に理由を話し、頼み込み、彼の居所を探したのだと言います。
 彼は子供達の行動に、彼女のことをあのまま放っている自分が問われたような気がしたのでした。

<続き>

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