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ムッとくる依頼も・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(133)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 早速、スタッフは依頼人に娘さんの現在の居所が明らかになったことを伝えました。それに対して、彼の返答はこうでした。
「そうですか。それではすぐに私の手紙をそちらに送りますので、女性名で娘に送ってもらえますでしょうか?私の手紙の中味は読んでもらっても結構です」 「いえ、中味についてはこちらが見る必要ございませんので、そのままお嬢様にお送りさせていただきます」スタッフはそう答えて、料金の精算額を伝えたのでした。
 スタッフは彼からの手紙が届くのを待っていました。しかし、二週間経っても、三週間経っても手紙は届きませんでした。
 いつまでもこのまま放っておく訳にもいかず、処理に困ったスタッフは彼に連絡を入れました。すると、以外な返答が帰ってきたのでした。
 「昨日、そちらに葉書を送りましたので、それを読んで下さい」
 「そうですか。で、手紙の方はどうされます?」スタッフが尋ねます。
 しかし、彼は「葉書を読んでくれればいい」の一点ばりでした。
 翌日、彼からの葉書が届きました。
 「前略、お願い致しました件の事ですが、家も住所も分っているのに、手紙を娘に出すのでしたら、自分でできることです。以前の住所にいて、お宅の名で手紙を出すのでしたら、何の必要もありませんので、この件はこれで打ち切らせていただきます。有難うございました」
 彼と常時コンタクトを取っていたスタッフはこの葉書を見て、目が点になったと言います。当初の依頼内容を変えて、というより忘れたふりをして、料金の精算もせず、「有難うございました」で済まそうとしていたからです。
 そもそも、彼の依頼とは、十七年前に離婚してから一切会ずにいた娘に、自分が離婚した真相を伝えたいというものでした。そして、十七年前の住所は知っているが、引っ越ししたものか、嫁いだものなのかが分らない。しかも、居所が分っても先妻が自分の娘宛への手紙を開封する可能性があるということでしたので、娘さんが今どこにいるのかを調査した上で、当社の女性名で自分の手紙を送ってほしいというものでした。
 しかし、娘さんの住所が判明し、その内容を伝えて料金の精算額を伝えた途端、「もう必要ありません」として、「有難うございました」とだけで済ませようとしたのです。スタッフが「この人は何を考えているのだろう」と思っても無理はありませんでした。
 こんな依頼人はそう多くはいませんが、こすいと言おうか、ずるいと言おうか、人にはいろいろな人がいらっしゃるものです。
もちろん、当社としても判明した後に、当初の依頼内容を変えてこられて、「ご苦労様」だけで済ます訳にはいかず、正当な報酬として料金の精算額を入金していただきましたが、それでもこの方は、ああでもない、こうでもないと辻褄の合わないことばかりを言ってこられたと報告を受けています。

<終>

ムッとくる依頼も・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(132)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 私達は、[気がかりな人を探してほしい]という依頼人の思いを受けて、その要望をかなえるべく常に全力で調査を尽くしているのですが、依頼人といえどもいろんな方がいらっしゃるもので、時にはムッとくるようなこともあります。
 例えば、つい最近もこんなことがありました。
 その依頼人は六十六歳の男性でした。二人の娘さんがいましたが、十七年前に離婚したため、以後は一切会えずにいました。
 「娘も二十七歳と二十五歳という年になり、もう世間のことが分かる年頃ですから、私が離婚した理由をちゃんと知ってもらいたいんです」彼はそう言いました。
 「で、現在の居所はご存知ないのですね?」電話を受けていたスタッフが尋ねます。
 「分らないということではありません。たぶん十七年前に住んでいた所にそのままいると思うんです」
 「住所が分かっておいででしたら、ご自身で手紙をお出しになるという方法が費用面で一番負担がなくて済みますよ」スタッフはそう提案しました。
 ところが、彼は「ええ…」と煮え切らない返事をするのです。
 「いや、それはちょっと都合が悪いんです。私の名前で手紙を出すと、先妻が開封する恐れがあるんです。それに娘達も年頃ですから、既に家を出ているかもしれませんし…」
 「それでしたら、やはりお嬢さんが今どこにいらっしゃるのかを調査するしかありませんねぇ」
 スタッフはそう答えました。すると、今度はこんな質問が返ってきたのです。
 「ええ。でも、仮に娘がまだ嫁いでなくて家にいるとしたら、先妻の手前、どういう風にしたら離婚した理由を伝えられますかねぇ?」
 「その場合は、こちらから女性名でお嬢さんのお手紙を出させていただくのは可能ですよ」
 「そういうこともしてくれるんですか?」
 彼の声は急に明るくなりました。
 「ええ、当社ではコンタクトの代行ということもやっておりますので」スタッフはそう説明しました。
 その要望を踏まえて、結局、彼の依頼とは、とにもかくにも娘さんが今どこに住んでいるのかを調査し、その後、当社の女性スタッフの名前で彼の手紙を娘さんに送るということになりました。
調査の結果、娘さんは結婚をし独立しているという彼が危惧していたようなことではなく、まだ未婚で、先妻と共に十七年前に住んでいた住所そのままの所におられました。
早速、スタッフは依頼人に娘さんの現在の居所が明らかになったことを伝えました。

<続>

妻子のために軍人恩給を(2) | 秘密のあっ子ちゃん(131)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 そこで、スタッフは次に防衛研究所の戦史資料室にも聞き込みに入りました。ここでは個人の情報は扱っていないということでしたが、依頼人が所属していた部隊の本隊の戦友会の連絡先を教えてもらうことができました。
 その本隊の戦友会のお世話をしている人に連絡を取ると、こんな話になりました。
 「私は本隊全体のお世話をしておりますが、たくさんの部隊に分かれておりまして、部隊が違うと個別の方のお名前は分かりません。申し訳ないですが、お探しの三人の方のお名前も、その方達を探しておられるご本人のお名前も記憶がないんです。私が所属していた部隊の者はほとんどがフィリピンで戦死しております。その方達の部隊も終戦間際に玉砕したと聞いております。九州に戦友がいるので、そちらでも一度聞いてみて下さい」
 依頼人が所属していた部隊が後に玉砕したという話は、私達にとって初耳でした。おそらく、彼が負傷し肺結核を併発して療養中の頃の話だと考えられます。
 依頼人は負傷して、戦闘に参加もできず復員してきたことを「恥」と考え、五十年間、一切その頃の話を誰にも語らず、戦友達と連絡を取ろうともしなかったことから、この「玉砕」の話は彼自身も知らないことでした。
 玉砕ということになれば話は違ってきます。スタッフはすぐに靖国神社に向かいました。
 しかし、靖国神社では、彼の部隊については部隊一括でお祭りしてあり、個人名は把握していませんでした。
 「やはり、生き残られた戦友の方にお聞きになるのが一番ですねぇ」
 こういう返答でした。
 私達は先に教えてもらった「九州の戦友」に連絡を取ることにしました。
 彼はこんな話をしてくれました。
 「私は終戦間際には佐賀県に転出しておりました。部隊の玉砕の話は戦後になって聞きました。当時、部隊では出入りが激しく、そのお名前には記憶がありません」と、三人の上官・戦友の名前は記憶がないということでした。
 「当時、この部隊は出入りが激しく、三カ月も同じ部隊にいることはありませんでした。私も終戦間際には佐賀県に転出しており、玉砕の話は戦後になって聞きました。お探しの方のお名前は私の回りでは聞かない名前ですし、全く記憶がありません。お役に立てず申し訳ありません」
 彼はこう言いました。それでも、自分の知っている戦友の名前を上げ、一度聞いてみてはいかがかと連絡先を教えてくれたのでした。 私達は芋づる式的に教えられた戦友達に何人も聞き込みに入りましたが、結果は同じでした。今、探している三人の上官や戦友のみならず、依頼人自身を記憶している人も皆無だったのです。
 健在の戦友達からの記憶から、彼らを探し出すという線は断ち切られました。 私達はやむなく、「おそらく三人とも東北地方の出身ではなかったか」という依頼人の記憶だけを頼りに、次の調査を始めました。
 戦友達は皆とても親切で、自分が知らなければ、次々と健在の戦友の連絡先を教えてくれました。しかし、どの人も依頼人が探している上官と戦友の名前には記憶がなく、依頼人自身さえをも覚えていませんでした。
 私達はやむなく、「三人ともおそらく東北地方出身ではなかったか」という依頼人の記憶だけを頼りに、次の調査を始めました。
 これはもちろん、東北地方の三人の姓のお宅へ軒並み聞き込みに入ることでした。
 しかし、全く該当者が出てきません。健在か死亡しているかは別として、何千軒もあるそれらのお宅に連絡を取っても、それらしい人は現れてこなかったのです。
 この調査だけで既に二カ月がかかっていました。私は一旦、この状況を依頼人に報告しました。
 調査の現状況を報告した私に、依頼人はこう言いました。
 「それだけ探してもらって該当者がいないということは、既に死亡されているのかもしれませんねぇ」
 「その可能性はありますが、仮に死亡されていても、ご遺族とかご親戚は出てくるはずですが……」
 私は言いました。すると、依頼人は何やら思い当たるところがあるらしく、しばらく沈黙した上でこう言いました。
 「……。あの、ひょっとしたら、私の記憶している名前が少し違うのかもしれません」
 名前が違えば今までの調査は全く無駄になります。調査自体を一からやり直さなければなりません。
 私は内心、「ちょっと待ってよっ」と思いつつも、それでも依頼人を責める気になれず、調査を再開しました。これまで行った調査をもう一度最初からやり直したのです。
 しかし、「この名前ではなかったか」という苗字で、全ての箇所を再調査しても、結果は「該当者なし」となったのでした。
 依頼人の想いを考えると、何とか判明させたいと思っていた私達ですが、これ以上、手の尽くしようがありませんでした。
 「大日本帝国軍人」の恥として戦闘中の負傷を、戦後五十年間、一切誰にも語らず心の奥に秘めてきた依頼人が、自分自身の人生のけじめとして、その戦争体験を見直し、軍人傷病恩給を請求するために当時の上官や戦友を探すという願いは結局叶いませんでした。
 長年苦労をかけた妻子のためにもと、彼がいろいろ悩み考えた末に恩給を請求しようと決意した経過を知っているだけに、私達としてもそれはとても残念なことでした。
 しかし、後日、彼は私にこんな手紙を寄越してくれたのです。
 「この度、この恩給を請求するにあたり、戦後五十年間、肉体的にも精神的にも随分苦しんだにもかかわらず、いろいろな人達の親切や誠意に触れ、満足感いっぱいです」
 そして、こうも書かれていました。
 「今後も健康に留意し、貴重な戦争体験とその悲惨さや辛さを子や孫達に伝えようと使命感に燃えております」
 依頼人自身が自らの戦争体験に対して、そんな風に一つの区切りをつけられたことに対して、私は一種の安堵感を覚えました。しかし、同時に、彼にとっての戦後はまだ来ていないのだということに思いを馳せざるを得ませんでした。

<終>

神主の職を捨て・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(129)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 六年も別れたきりの二人の子供達が、阪神大震災に遭遇した依頼人が無事かどうかを心配し、母親には内緒で自力で彼の居所を探し、会いに来てくれました。
 例の件があって以来、初めて会う子供達の成長振りに目を見張ると同時に、二人の優しさに「父親らしいことは何一つしてやっていないのに…」と、彼は目頭が熱くなりました。
 そして、二人の子供達のその行動は、彼女に対して何一つ動いていない自分の無責任さを問うているようにも思えました。あのゴタゴタの中で、「さようなら」の一言も言えずになっていることが気にかかりながらも、そして彼女の幸せだけを願っていながらも、何一つ彼女の役に立てていなかったのです。
 「彼女が今、どうしているのかを知ろう。あのまま両親に軟禁されているような状態なら可哀想すぎる。もし、誰かいい人と結婚して幸せになってくれているなら、それはそれでいい。ともかく、彼女がどうしているのかを知ることだ」
 彼はそう考えました。
 それでも、彼が当社に依頼にやって来るのには一年半の時間が必要だったのですが…。
 彼は逡巡していました。「彼女の現状を知る」と言っても、一体どうやって?自分が彼女の実家に直接訪ねていくことはもちろんのこと、近所をウロウロするだけでもまた彼女にどんな迷惑をかけてしまうか分らない。かと言って、その辺の事情をよく含んで彼女の現状を探ってくれそうな友人は、もう今の自分にはいない。
 そんなことをアレコレと悩んでいました。そんな時、テレビで当社のことを見たのだと言います。彼はやっと動く気になったのでした。 私はその話を聞いていて、彼が最初、電話で問い合わせてきた時に、「依頼したい」ということではなく、「相談したいことがある」と言っていたことを思い出しました。「どおりで」と私は思ったものでした。
 「彼女が今、どうなっているのか、幸せでいてくれているのか、ただそれだけが知りたいんです」
 彼はそのことを強調して帰っていきました。
 いつものことながら、「こんな人生もあるんやなぁ」と語りながら、私はスタッフに調査開始の指示をしたのでした。
 調査の結果、彼女はまだ結婚もせずに実家で暮らしていることが判明してきました。勤めにも出ず、家事手伝いをしています。
 「そうですか。まだ自由にさせてもらえないでしょうか?」
 依頼人はその報告を聞いて、今の彼女の身の上を案じていました。 「もう少し、詳しい状況は分らないものでしょうか?」彼は私達にそう尋ねました。
 しかし、彼女は今、実家ではどちらと言えば「篭の鳥」のような状況で、近所の聞き込みでも「ああ、あそこの家のお姉ちゃんねぇ。家にいたはるけど、最近はあんまり出歩かはれへんよ」という答えが返ってくるばかりで、私達が報告した以上のものはどの話からも出てこなかったのです。
「何とか知る方法はないものでしょうか?」
彼は再びそう尋ねました。 私達はウーンと唸ってしまいました。「それ以上」というと、もう彼女の両親や本人と接触せざるを得ないからです。
 「それはやはりまずいですね。彼女の両親に私が絡んでいることが分ると、また彼女に迷惑がかかりますから…」彼もそう意見でした。
 私達は彼女の両親に気づかれず、彼女の現状をもっと詳しく知る方法を思案していました。
 「まだ自由がきかないような状況とは思ってもみませんでした。私としては、彼女がいい青年と出会って幸せになってくれていることを願っていたのですが…」 依頼人はそう呟きました。そして、付け加えたのです。
 「私は彼女に出会って、彼女のことを好きになったことは全く悔いていません。彼女への想いは今も変わりませんが、まだしばらくはトラックの運転手をして稼ぎ、生活を安定させなければなりません。もう一度、正々堂々と彼女を迎えに行くにはまだ時間が必要なんです。今の私には彼女に『待っていてくれ』とは言えません。何とか幸せになってくれていればとそればかり願っていたのですが、私のためにまだ自由がきかない生活を強いられているのではと思うと、ますます申し訳なくて…」 
 彼の気かがりは却って増してしまったようでした。私としてもこのまま放っておく訳にはいきません。
「分りました。では、こうしましょう。」
私は一つの案を出しました。
 「では、こうしましょう」 私は一つの提案をしました。
私は彼女を直接訪ねて行くしかないと考えていました。近所の聞き込みでも私達が彼に報告した以上の内容は出てこない現状では、それ以上の方法ということになれば、実は、彼女自身は接触するしかないのです。
 そのために私達はまず、彼女宛に手紙を書きました。それは、彼がきっちりした話もできずに別れざるを得なかったことの詫びと、妻とも離婚し神主の職も失ったが、彼はあなたを好きになったことは全く後悔していないこと、今、一人でがんばっていると、そして、ただあなたの幸せを願っているという内容のものでした。
 この手紙は、私達が彼女を訪ねて行った時に彼女と直接話すことができれば必要ないものですが、未だに両親の監視がきつい時のための小道具でした。
 いよいよスタッフが彼女を尋ねていきました。もちろん、出向いたのは女性スタッフです。
 対応に出たのは彼女の母親でした。
 「どちらさん?」
 母親は怪訝な顔の対応でしたが、それでもすぐに彼女を玄関口に出してくれました。
 スタッフは小声で依頼人の代理できたことを告げました。彼女の顔に「えっ?!」という驚きの表情が現れました。スタッフはこの間のいきさつをもう少し詳しく話そうとしましたが、奥から母親が顔を出し、こちらの様子を窺っています。スタッフはそれ以上、彼のことについては話すことができませんでした。そこでやむなく、用意していた手紙を手渡したのでした。
 手紙の末尾には、「もし、あなたが彼のことを怒っていず、彼に対するあなたの気持ちが昔と変わっていないのなら、一度連絡を入れてあげて下さい」ということと彼の住所、電話番号を書き添えてありました。
  彼女は黙ってその手紙を受け取りました。しかし、明らかに奥から様子を伺がっている母親を気にしている様子でした。
 もうこのあとは彼女自身の判断に委ねるしかありません。
 スタッフが彼女の家を訪ねた翌日、依頼人が早速、当社にやってきました。
 彼は彼女の反応や両親の対応を知りたがっていました。
 「そうですか。やっぱり、まだお母さんが監視しているようなのですね」
彼はため息まじりにそう呟きました。それでも、意外と元気そうな彼女の様子を聞いて、少しは安心したようでした。
 「私共の手紙にはあなたの現状やお気持ちを詳しく書いてありますので、あとは彼女の判断に任すしかありません」
私はそう説明しました。 「そうですねぇ。連絡があれば、それはそれで嬉しいことですが、もしなければ、私ごときに拘わらず、次の人生を歩んでくれているものと考えます。なんにしろ、自分の気持ちを全て彼女に伝えることができましたので、踏ん切りはつきました。私もがんばって生きていきたいと思います」 彼は最後にそう言って、帰っていきました。
 あれから二週間、私達は彼女からの連絡があったのかも気になっていますが、これから彼自身がどんな人生を生きていくのかを気にしています。私達にとって、彼はとても心に残る依頼人の一人となったのでした。

<終>

神主の職を捨て・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(128)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 西日本では激しかった今年の梅雨も明け、暑さが増してきた頃、一人の中年の男性が当社を訪れました。 彼はあまり綺麗ではないポロシャツに綿パン、汚れたスニーカーという出で立ちで、どちらかと言えば肉体労働者風でした。
 彼の依頼とは、十二年前に知り合った一人の女性を探してほしいというものでした。しかし、その二人の関係は本人達はもとより回りの人々をも巻き込み、それぞれの人生を変えてしまったのです。
 「私は今、四十才ですが、十年前までは神主をしていました。今はトラックの運転手をしているのですが…」 彼はそう話を切り出しました。
 彼は三十才になるまではある有名な神社の、何人もいる神主の一人でした。真面目一筋で通り、人の面倒見もよく、神職としてはもってこいの人物と評されていました。当時、彼には妻と幼い二人の子供がいて、家庭内もいたって円満でした。 その彼の人生が一変することになったのは、彼女がアルバイトの巫女として神社に来るようになってからのことでした。
 彼女は十九才。その年令としては驚く程古風で、いわゆる「大和なでしこ」と言っても過言ではない女性でした。
 依頼人が神主として務める神社に、アルバイトの巫女としてやってきた彼女は十九才でした。 純日本風の顔立ちを持ち、長い髪の毛を束ねた巫女姿がこれ以上似合う者はないと思えるような人でした。それに加えて、何事にも控え目で、立ち振る舞いが礼儀正しく、にもかかわらず聡明で、十九才という年令には似つかわしくない程古風な女性でした。彼は「こういう人こそが『大和なでしこ』と言うんだな」と思ったものでした。 
 彼は「妻子ある身」ということは自覚していましたが、彼女のことが頭から離れなくなっていきました。 彼女もまた、九才年上の彼に、好きになってもどうにもならぬ相手とは分りつつも、その誠実な人柄と優しさに急速に惹かれていきました。
 二人は何の確認の言葉がなくとも、お互いの気持ちが通じ合うようになっていきました。二人のデートは、勤務が終った後に彼が彼女を送っていく道中でした。近くにある大きな公園や御陵を散策しながら、二人はさまざまなことを語り合いました。彼には彼女と話している時間が心の安らぎの時となっていったのでした。
 お互いに惹かれながらも、妻子ある身の依頼人の分別で、二人の関係は公園を散策しながら、ただ会話するというだけのものが続きました。
 彼女の家庭はかなり厳格な家でした。門限があるのはもちろんのこと、中学、高校時代を通じて、男女交際には両親の厳しい目が光り、ボーイフレンドを作ることもできませんでした。
 ある日、公園を散歩している二人の姿を彼女の近所のおばさんが見てしまいました。そのことはすぐに両親の知るところとなったのです。
 彼女は「相手は誰だ?」と問い詰める両親に、決して彼の名を明らかにしませんでしたが、こっぴどく叱られてしまいました。これまでは従順に両親の意見に従ってきた彼女でしたが、この時ばかりは両親の言い分が許せず、生まれて初めて反発し、そのまま家を飛び出しました。
 しかし、勢いで飛び出したものの、彼女には行く当てもありません。さっき出てばかりの神社に戻ってきたのです。彼女の様子がいつもとは違うことに気づいた彼は、何があったかを問い正しました。
 この夜の出来事は、その後の二人の運命を変えたのでした。  彼女(当時19才)が彼のことが元で両親にひどく叱られた夜、二人は結ばれたのでした。
 これまで、依頼人の分別で、一線を越えることを踏みとどまっていましたが、彼は彼女のためには全てを捨ててもいいという覚悟で、彼女を抱いたのでした。彼女は彼女で、「妻になりたいということではない。ただこの人と一緒にいたいだけ」という想いで、彼に身を委ねたのでした。
翌日、彼女は家に戻りましたが、両親はカンカンでした。娘の初めての外泊を問い正しましたが、「友達のとこへ泊まってきた」と答えるばかりなのです。その後も、彼女の帰宅はいつもより遅くなることがしばしばでした。父親は「男だ」と直観していましたが、それでも相手は誰かということが分りません。しかも、いくら問い正しても、彼女は頑と「そんな人はいない」と言うだけなのです。
 二人は、依頼人の家庭のこと、彼女の両親のことを考えて、慎重に密会を重ねるようになりました。そうしたことが効を奏したのか、彼女の両親の怒りも次第に収まっていました。
 そんな関係が三年程続きました。しかし、この頃、二人の関係が天下晒されることになるのです。
依頼人の家庭のことと彼女の両親のことを考えて、二人は会う時も慎重に行動していました。
 彼としても彼女のためには全てを捨ててもいいという覚悟をしていましたが、敢えて事を荒立てたくはありませんでした。彼女にとっても、彼の妻子を不幸にしてまで、自分が妻の座に座ろうという気持ちは毛頭ありませんでした。
 そんな二人の関係が三年程続きました。二人は会えているだけで幸せでした。 しかし、ある日、ホテルから出てきた二人を同僚の神主に目撃されてしまいました。
 それはすぐに宮司さんに知れるところとなり、彼はどういうつもりかを厳しく問い正されました。
 宮司さんは「神主としてあるまじき行為」と、鋭く彼を非難しました。彼は「妻子を捨ててでも彼女を幸せにしたいと考えている」と真情を語りました。「妻子を不幸にして『何が誠意は示す』だ!」宮司さんは烈火の如く怒りました。
 「君も一人前の大人だ。何が人の道なのか、自分の立場をよく弁え、また、何が彼女の幸せなのかえをよく考えたまえ」
 宮司さんは「その結論が出るまでは、この件に関しては自分の胸に収めておく」と言いました。しかし、噂は一挙に広まってしまったのです。
 そしてついに、それは彼の妻や彼女の両親の知るところとなりました。
 彼の妻は宮司さんの仲立ちで見合い結婚をした女性です。本来は物静かで良識を弁えた人ですが、彼の不貞を知ると、初めて声を荒だてて彼をなじり、二人の幼い子供を連れて実家へ帰ってしまいました。
 彼女の両親は両親で、烈火の如く怒りました。「監督不行き届き」として、宮司さんが平謝りに謝りましたが、それでもその怒りは収まらず、彼女巫女はバイトを退めさせ、家の中へ軟禁状態に閉じ込めてしまったのでした。 彼自身も詫びに行きましたが、彼女に会わせてもらうことが叶わなかったのはもちろんのこと、家の中にも入れてもらえず、門前払いにされてしまいました。 彼は、ここで重大な決意をしたのでした。
 依頼人と彼女の不倫関係が衆知の知るところとなり、彼女は軟禁され、妻は幼い子供二人を連れて実家に帰り、仲人でもあり上司でもある宮司さんには非常に迷惑をかけてしまう事態となった彼は、重大な決意をしました。
 それは一つには、これ以上妻を苦しめる訳にはいかないと、申し出されていた離婚に同意したことでした。二つ目には、神社と宮司さんに迷惑をかけ、神主としてあるまじき行為を行った責任を取るため、神主の職を辞したことでした。
 彼は持っていた免許を生かし、トラックの運転手になりました。
 彼女の家には何度も足を運び、両親に詫びを入れようとしましたが、その度に門前払いされ、ちゃんと話すことも叶いませんでした。彼女とは問題が発覚して以来、一度も会えていませんでした。
 彼は、職も安定し、自分がもう一度きっちりした人間になった時に、再度、彼女の両親に謝りに行こうと考えました。
 それから七年の歳月が流れました。妻に子供達の養育費を送り続けながら、彼は懸命に働きました。彼女について思うことは、ただ幸せになってほしいということだけでした。
 六年の歳月が流れていました。依頼人はあれ以来、一度も彼女には会っていませんでした。事態が発覚し、妻や彼女の両親や宮司さんまでを巻き込んだ、あのゴタゴタの中で、彼は彼女にきっちりと話をする間もなく別れざるを得なかったのでした。願うことは彼女の幸せだけでした。 離婚した妻は数年前に再婚したと聞きました。彼は、苦しめてしまった妻が幸せになってくれさえすればと、それをも願っていました。妻が再婚しても、彼は子供達の養育費は毎月きちんと送っていました。
 昨年、阪神大震災があった折、高校生になった娘と中学生の息子が心配して会いに来てくれました。子供達に会うのはあれ以来初めてでした。二人とも随分と大きくなっていました。その成長した姿を見て、彼は思わず目頭が熱くなったのでした。
 聞くと、二人が彼に会いに来たのは母には内緒だと言いました。あんな震災があった直後なので、「お父さん、大丈夫だろうか?」と二人で相談して、市役所の人に理由を話し、頼み込み、彼の居所を探したのだと言います。
 彼は子供達の行動に、彼女のことをあのまま放っている自分が問われたような気がしたのでした。

<続き>

冤罪を晴らしたい(2) | 秘密のあっ子ちゃん(127)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 その根拠は、既に時効が成立し、彼自身の収監が間近に迫っている今、あえて調査費用を出してまで真犯人と思しき人物を探し出し、その人物に「名乗り出てほしい」と説得したいということにありました。それは明らかに、罪を誤魔化すためではなく、ただ自分の名誉を回復したいということだけを望んでいることの表れだと私は感じたのです。つまり、やはり彼はやってはいないことの証拠だと確信しました。
 「で、その人のことについてはいつまでご存知だったのですか?」
 私は具体的なことを聞き始めました。
 「ちょうど、事件があった頃までですわ。それ以降は地元でもぷっつり姿を見せなくなってしまいましたんや。やっぱりヤバイと思ったんとちゃいまっか」
 後見人の叔父さんが口を挟んできました。
 「その人の自宅は今、どうなっているんですか?」 「自宅ちゅうのは、親が住んでましてな、この前、ワシが行ってきたんですわ。ワシの顔を見て、母親は知らん存ぜぬの一点ばりですわ」
 叔父さんはそう言いました。
 「ワシの顔見て、母親も知らんの一点ばりですわ」 後見人の叔父さんは真犯人と思しき人物の実家について、そう語りました。
 「それは、隠しているような感じでしたか?」
 そう尋ねた私に叔父さんは再び答えました。
 「いや、あれは知りまへんな。ワシに嘘ついたら後が恐いちゅうことは、あの母親やったらよう知ってるはずでっさかい」
「それでは、本人が立ち回りそうな所の心あたりはございます?」
 「それらしい所は、ウチの若い衆をつこて当たらしましてんけど、あきまへんな。連れの所も、ここ十年、全く顔を出してませんねん」 「今は歴とした堅気でっせ」と言っていた叔父さんですが、私はその返事を聞きながら、「組長だった昔のまんまやんか」と思ったりしていました。
 「それで、ラチがあきまへんから、先生とこへ相談にきたんですわ。何とか力になってやって下さいな。さっきも言うたように、首尾よういったら、悪いようにはしませんがな」
 「まだ言うか」と私は思いました。もちろん、律義な依頼人のためにも、この依頼は受けて、何としても結果を出そうとは思ってましたが…。
 ずっと話を聞いていて、依頼員は「白」であるという心証を持った私は、この依頼を受けようと思いました。しかし、真犯人と思うしき人物が立ち寄りそうな所は、「後見役」の叔父さんが既に手を回して調べ、事件が起こって依頼全く姿を現していないとのことでした。
 「マ、あとと言うたら、住之江くらいでっかな。アイツは競艇が好きやったさかい、まだ大阪にウロウロしていたら、絶対、住之江に行くと思いまっけどな」
 叔父さんはそう言いました。
 しかし、どのレースの火にやってくるかも分からない本人を大勢の人がやってくる住之江競艇の人込みの中で特定するのは不可能なことでした。しかも写真もありません。
 「とにかく、一からその人の足取りを追ってみましょうs。できるだけ、あなたが収監される今月末までにその人の居所を判明させるように頑張ってみます。
 私は二人に向かってそう言いました。
 こうして、私達はこの調査を開始したのです。
 しかし、その調査は難行し、杳(よう)として進みません。
 二週間が経った頃、依頼人の彼から電話が入ってきました。
 「お世話になっています。実は、僕、明日に収監されることになりました。」
彼の第一声はこうでした。「えっ?!明日ですか?」私は何と返答していいか分からず、言葉の次穂を失いました。
「それで、後のことは叔父に頼んでありますので、何か分かれば叔父の方に連絡してほしいんです」 「はい。分かりました。何とかあなたが収監される前にと思ってがんばっていたんですが、間に合わなくてすみません」
調査の結果が出るのが彼の収監に間に合わなかったことに何とも気づつなく、私はそう言いました。
「いえ、それはいいんです。ソイツの居所が分かったとしても、名乗り出てくれるように説得するのには時間がかかるでしょうから、どのみち僕は一度は入らないといけないと思っていましたから…」
彼はさばさばしたような口調で、そう答えました。 「そうですか。くれぐれもお体を大切に、がんばってくださいネ」
私はそう言うのが精一杯でした。

 彼が刑務所に入った後も、私達は調査を続行しました。時効が成立している今、真犯人と思しき人物に名乗り出てもらうように説得し、何としても名誉を回復したいという依頼人の想いを受けて、私達は何とか結果を出そうとがんばっていました。
 調査は難航していましたが、それでも三週間が経ってた頃、やっと糸口を見い出すことができました。その人物が、今どの辺りに住んでいるのかという情報を得たのです。
 私達は早速、その近辺の聞き込みに入りました。その人物は女性と二人で暮らしており、特徴から言っても本人に間違いなさそうでした。しかし、写真がないため、それ以上の確認は不可能でした。
 私はすぐに、依頼人の後見役である叔父さんさんにその旨を伝えました。
 「その人間の写真を撮ってもらう訳にはいきまへんか。ワシが写真を見たら、本人かどうか判断つきまっさかい」
 叔父さんはそう言ってきました。
 「その人物の写真を撮ってもらう訳にはいきまへんか?」
 依頼人の後見役の叔父さんはそう言いました。
 「それが可能ですけど、そうなると、張り込み料が別に必要となってきますけど…。ですから、どなたか、その真犯人と思われる人をご存知の方が一度見に行かれるのがご負担のない方法だと思いますけど…」私は答えました。
 「金のことはどうでもよろしいねん。心配しはらんでも、何ぼでも払いますがな」
 私は「そんな意味で言ってるのと違うのに」と思いながら聞いていると、叔父さんはこう続けました。
 「この前、ワシ、検査にひっかかりましてな、明日からちょっと1週間程入院しなあきまへんねん。どっちにしても、退院したら、もう一回連絡を入れさしてもらいまっさ」
 それから十日が経ち、2週間が経ちました。叔父さんからは何の連絡も入りませんでした。私は「あれだけ急いでいたのに、どうするつもりなんだろ」と思っていました。
 ひと月近くが経ってた頃、私は気になって叔父さんに連絡を入れてみました。 
 「ああ、あれネ、この前は張り込んでもろて、本人の写真を撮ってもらいたいと言っとりましたけど、もうよろしいわ」
 叔父さんは事もなげに、そう言いました。
 「そうですか。前にお話ししましたように、私も本人さんをご存じの方が確認されるのが一番いいと思いますよ」
 「マァ、マ、その辺のことはこっちで何とかしまっさかい」
 叔父さんのこの反応で、私は既に本人であることを確認できたんだなと察しました。
 「では、この件はここまででよろしい訳ですね?」 私は念のためにそう聞きました。
 「ええ、ええ。えらいお手数をかけましたなぁ」
 「それでは、きっちりした報告書と精算分のご請求書をお送りさせていただきますので、よろしくお願いします」
 そう言う私に、叔父さんは「へえ、へえ」と言って、そそくさと電話を切りました。
 報告書と精算分の請求書を送った後も、「後見人」の叔父さんからはナシのツブテでした。
 「やっぱりな。『後のお礼はちゃんとしまっさかい』なんて言って、そんな人に限って正規の料金さえ払いが悪いや」私は改めて思ったものです。もちろん、「お礼」なんていうのを当てにしてはいませんでしたし、依頼人の心情に打たれて引き受けたこの依頼、真犯人と思しき人物の居所を突き止めたスタッフのがんばりに報いる正当な労働対価さえいただければそれでいいのです。
 報告書を郵送してからひと月経ってもこんな状態でしたので、私は叔父さんに電話を入れました。
 「初恋の人探します社ですが…」私が名乗ると、叔父さんは「あっ!ああ…」と具合悪そうな返答でした。私が「そろそろ料金の精算をしてほしいのですが」申し出ると、叔父さんは「あっちとも相談せなあきませんしな」と言うのです。
 「あっちとは、どなたのことですか?」私が尋ねます。
 「ああ、アレの母親ですわ」
 「そうですか。では、よろしくお願いします」
 そう言って、私は一旦、電話を切りました。
 「アレの母親に相談しなあきませんから」
 「後見人」と言っていた叔父さんは料金の精算についてそう言いました。 「依頼の時には、まるで自分が全面的に面倒を見ているみたいなことを言っていて、やっぱり話が大きいわ」そう思った私でしたが、それでも黙って連絡を待っていました。
 それから二週間後、依頼人のお母さんから電話が入りました。
 「えらいお世話になりましたそうで…。昨日初めて、弟の嫁から息子のことではそちらさんにお手数をおかけしたことを聞きました。弟が『全部、ワシに任しとけ』と言うもんですから、すっかり安心してましたんですけど、そちらさんにご迷惑かけたんと違いますやろか?」
 お母さんは随分と恐縮されていました。
 「いえいえ。で、息子さんはお元気ですか?『真犯人』の方は目処がついたんでしょうか?」
 「ええ、息子の方は何とかがんばっておるみたいですけど。例の『真犯人』の方は、今、弟が話しているみたいです。何とか名乗り出るのを承諾してくれればよろしいんですけど…」
 お母さんはしみじみそう言いました。
 叔父さんのタイプは、結局最後まで好きになれませんでしたが、私もお母さん同様、真犯人が名乗り出てくれる気になってくれるのを心から望んだものでした。
 
<終>

冤罪を晴らしたい(1) | 秘密のあっ子ちゃん(126)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 この仕事をしていると、時には私達が思ってもみなかったような依頼が入ってきます。
 例えば、あるヘッドハンティングの会社からは「クライアントの要望として、これこれの能力を持った人物が欲しいと言われているのだが、どの人がその資格を持った人なのか特定しようがないため接触すらできない。こういった能力を持った人の氏名や住所、年令、出身学校、現在の役職と年収を割り出してほしい」などという依頼が入ってきたりします。
あるいは、ある女性からは「交通事故を起こしてしまったが、示談の話合いの中で恐喝めいたことを言われた。言葉使いもそれっぽいので、先方が暴力団かどうか調べてほしい」という依頼もありました。
 また、こんなケースもありました。「いたずら電話がひどく、営業妨害になっている。だいたい誰がしているのかはおおよその見当がついているが、その人物だという確固たる証拠を掴んでほしい」
 世の中には本当にいろいろな依頼があるもんだと我ながら驚く始末です。
 でも、今までに私が一番驚いた依頼は今お話したようなことではありません。今回はその「私が一番驚いた」依頼のお話をしましょう。
 その依頼人は「知人の紹介で」ということでやって来られました。
 彼は三十才前後の、頭を板前風に角刈りにした体格の良い青年でした。物の言い方も礼儀正しく、かなり厳しい縦社会で過ごしてきたのが容易に想像できました。 彼は「後見人」という叔父さんと一緒にやってきていました。その叔父さんの方はというと、今時珍しいパンチパーマ風で、生粋の河内弁の上に、着ているシャツのデザインや指にはめた太い金の指輪など、どこか堅気ではないような印象を与えました。
 私に話すのは、もっぱらこの叔父さんでした。
 「いやぁ、どうもこうもひどい話ですわ。先生、何とかコイツのために力になって下さいな」
 彼はそう切り出しました。 「実は、コイツは冤罪の罪で、もうすぐ入らなあきませんねん」 
 「えっ?冤罪?!」
私は驚きました。
「で、何の罪ですか?」 「『傷害』ですねんけどネ。コイツはやっとりませんのや」
 「ちょっと、待って下さい。最初から説明してもらえませんか?」
私は「冤罪」の罪に問われた人が今、自分の目の前にいると聞かされ、ただただびっくりしていました。
 依頼人の叔父さんの説明によると、事件は十年程前のことでした。ある夜、依頼人が親しかった女性が口論の末、刃物で傷つけられたのでした。当時、彼女は依頼人の心変わりを恨んでいました。
 当初、彼女の「狂言」ではという風評もありましたが、傷の具合などからそれはあり得ないことが分ってきました。
 彼女と依頼人が最近もめていたこと、それに事件当時、彼女のマンション前に彼の車とよく似た車が駐車されていたという目撃証言が出てくると、疑いは一挙に彼にかかってきました。 しかも、彼にはアリバイを立証する手だてが全くなかったのです。
 彼は一人住いでした。当日、彼は前日からの深夜勤務で疲れ果て、早々に帰宅して眠り込んでいました。彼が帰宅した姿を近隣の人は誰も見ていませんでした。夜に一度だけ電話がかかってきましたが、起きるのも面倒で、それにも出ませんでした。
 依頼人はいつも自分の車をマンション近くの路上に駐車していました。今程「駐車禁止」をやかましく言わない時代です。しかも、彼のマンション近くにはまだまだ空地や畑がたくさんありました。
 その日、深夜勤務が明けて帰ってきた彼は、いつも自分が占有している場所に車を駐車しようとしました。しかし、時間が早かったせいか、そこには別の車が駐車されていました。やむなく、彼は少し離れた場所に車を止めたのです。
 それが彼にとっては三つ目の不運でした。彼を知る近所の人は、事件当日、彼の車が戻ってきていることを全く知りませんたでした。 こうして、不運がいくつも重なり、彼はアリバイを立証することが困難となっていきました。逮捕された後、いくら彼が「当日は自宅で眠り込んでいた」と主張しても、それはなかなか聞き入れてもらえなかったのです。
 そして、何よりも決定的だったのは、傷つけられた女性の証言でした。あろうことか、彼女は「犯人は彼である」とはっきりと供述調書に述べているのです。 「何故、そんな嘘を言うのか」と、彼は彼女に問い正したかったのですが、容疑者である彼が被害者の彼女に会わせてもらえるはずもありませんでした。
 依頼人は冤罪を主張しましたが、それは結局聞き入れられず、一審の裁判が始められました。 裁判でも彼女ははっきりと「犯人は彼である」と証言しました。
 「もう、腹の中が煮えくり返って…」
 その時の心境を彼はそう語りました。
 「彼女は自分を刺した犯人の顔を間違いなく見ているはずでしょうに、何故、あなたが犯人だと証言したんでしょうねぇ?」
 話を聞きながら、ずっと疑問に感じていたことを私は尋ねました。
 「あれから一度も会ってませんので、直接本人に確かめた訳ではありませんが」彼はこう断ってから続けました。「金にしようと思ったんだと思います。彼女はブティックをしたいと言うので、その金の一部を僕が出してやるという約束をしていました。当時、僕が他の女に目がいったのは確かですが、実はその前にアイツが別の男を作っていたんです。アイツはそれを誤魔化せると思っていたんでしょうが、僕に問い詰められて慌てていました。その男とも金のことで揉めていたようです」
 私は何となく彼女のイメージが涌いてきました。 
 依頼人の冤罪の主張は聞き入れられず、始められた一審の裁判でも彼女は「自分を刺したのは彼である」と証言しました。 「そりゃ、すごい演技力でっせ。証言台では泣き崩れるし、法廷を出る時には倒れるしで…」
彼の「後見役」の叔父さんがそうつけ加えました。 「彼女はそんな嘘を堂々と演技できるような人なのですか?」
「ええ、そういうことは平気だと思います」今度は彼が答えました。
「へえ。で、彼女は何をしていた人なんですか?」 「モデルをやってたんですけど、モデルと言ってもよっぽど有名にならないと食えませんからねぇ。夜はクラブに勤めてました。今は東京に行って、AVかなんかに出てるらしいですけど…」
すると、彼に替わって叔父さんがこんな話を始めました。
「コイツが疑われたのにはワシの責任もあるんですわ。実は、ワシは昔はそこそこの組長でしてね、いや、今は歴とした堅気でっせ。けど、一時コイツにも組を手伝わしてまして、地元の警察には目を付けられてましたんですわ。警察に偏見はないと言っても、アイツの甥ではということもあったんやろと思てます」
「昔は組長だった」という叔父さんの話を聞いて、私は「どうりでこの叔父さんはどう見ても堅気に見えなかったんだな」と、変な所で納得してしまいました。 叔父さんは説明を続けます。
一審は彼に有罪判決が下されました。この頃から、マスコミも彼の事件を取り上げ始めたと言います。
彼は一審の判決が出るとすぐに控訴しました。二審では、彼が無罪を勝ち取りました。しかし、検察側が上告しました。事件は最高裁の判断に委ねられたのでした。
最高裁の裁判中、弁護士もマスコミも彼に「無罪は間違いなし」と彼に語っていました。彼もそれを聞いて安心していました。しかし、結果は逆転敗訴で、彼に懲役二年の刑が言い渡されたのでした。その判決が出たのはつい二カ月程前のことだと言います。
「えっ?!では、収監されるのはいつですか?」
 私は驚いて尋ねました。 「今月末です」彼は淡々とした表情で答えました。 「まぁ!それではあまり時間がありませんねぇ」 「ええ、そうなんです」彼はそう言いながら、自分の心境を語り始めたのでした。
「収監は今月末ですから、僕が動ける時間はあまりありません。一時はもういいかとも思いました。懲役二年と言っても未決拘留の分もありますから、ちょっと辛抱すればすぐに出てこられる訳ですから…。でも、やっぱりこのままではやってもいないことがやったということになりますし、何と言っても、『アイツは痴話喧嘩の末、女を刺した』などとずっと思われるのはがまんできません」
 依頼人は自分の心境をそう語りました。硬派らしい彼の意見だと私は思いました。彼は罪に問われて刑務所に入るのが嫌だというよりも、名誉を回復したがっていたのです。 「それで、お願いというのはですね、」叔父さんの方が続けました。
 「真犯人がどこにいるかを探してほしいのでわ。この事件をやったのは誰かはだいたい分ってるんです。ところが、ソイツが今どこにいるのかが皆目分りませんねん。あの事件以来、姿を消しているですわ」
 「えっ!?真犯人が分っているんですか?」
 私は三たび驚きました。本当によく驚かされる依頼でした。
 「ええ、だいたいの察しはついています。当時、被害者の女とつきあっていた男です。ソイツも僕の男と似た白い車に乗っていましたし、後で女の連れから聞いた話では揉めていたらしいですしネ。体格も僕と似ていますし、髪の毛もこんな風に角刈りにしていました」
 「ソイツはつまらんチンピラですねん」叔父さんがまた口を挟んできました。 「その人のことはよくご存知なのですか?」再び私は尋ねました。
 「よくご存知という訳ちゃいまぅけど、地元でチンピラしてたら、ワシの耳にすぐに入りまっさかいな」 「ええ。でも、さっきのお話だけでは、その人が真犯人だということは立証しにくいと思いますが…。それに、警察ではその人のことを疑わなかったんでしょうか?」私は湧いてくる疑問について、そう言いました。 「警察も一時はソイツも可能性があると思ったようですが、何しろ、被害者本人がそれを否定し、僕だと断定していますから、疑いは消えたようです」
 今度は依頼人が答えました。
 「さき程の話だけでは、その人が真犯人であるということは立証できないのではないか」という私の質問には、依頼人の叔父さんが答えました。
 「マ、勘ちゅうモンがありますので、ワシラはソイツに間違いないと思っとりますが、今さら立証するつもりはありません。どっちみち、コイツはもうすぐ収監されるのでっさかい。実は、もう時効が成立しとるんです。ですから、ソイツはもう罪に問われませんのや。ですから、見つけ出せたら、その辺の訳をようよう話して、名乗り出てもろて、何とかコイツの名誉だけは回復させてやりたいんですわ。別に倍償やらどうのこうのと言う気はありまへん。却って、ちゃんと名乗り出てくれたら、面倒見たってもええとさえ思ってます」
 「なるほど、そういうことか」と、私はやっとその日、二人がやってきた依頼の意図が分りました。
 「先生」叔父さんが私にそう呼びかけて言いました。 「何とか力になって下さいな。うまいこといったら、お礼はちゃんとさしてもらいますさかい。放ってはおきまへんがな」
 「先生と呼ばれる程…」という言葉が頭に浮かびながら、私は「料金は正規の分で結構です」と答えていました。却って、「こんなことを言う人程、金払いが悪いや」と思ってもいました。
 私は、「後見役」というこの叔父さんのタイプはあまり好きではありませんでしたが、依頼人の無念の想いがよく理解できましたので、この依頼は受けようと思ってました。見るからに律義で、筋を通さなければ気が済まないような彼の性格からして、やってもいないことをやったとされるのは耐えられないであろうことは容易に想像できました。
 それでも、どうしても消えない疑問が一つあり、私はそれを尋ねてみました。 「その居所を調べてほしいという人が真犯人ではないかと思っておられたのでしたら、何故今までその人のことを放ったらかしにしていたのですか?」
 「ええ。そう思われるのはよく分ります。弁護士やマスコミも皆、『無罪間違いなし』と言ってくれていましたので、僕も絶対無罪判決が下ると信じていたんです。僕としては自分の冤罪が晴れればそれでいい訳で、無罪なら何もソイツを探す必要はないと思っていたんです」
彼の答えに私は「なるほど」と納得しました。
 弁護士やマスコミが「これは冤罪だ」と確信したように、私の心象も彼は「白」でした。その根拠の観点は弁護士達と少し異なっていましたが…。
 弁護士やマスコミが依頼人を冤罪だと信じた観点とは少し違いましたが、私も彼を「白」だと思いました。

<続>

空き巣に狙われている!?(2) | 秘密のあっ子ちゃん(125)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「で、そのTさんは何とおっしゃいました?」
 私はさらに彼女(24歳)に尋ねました。
 「『僕じゃない』って。第一、私はその人と初対面でしたもの。その人も『僕の名前を騙(かた)って、けしからんヤツだ』って言ってました。それで、何か困ったことがあったらいつでも連絡しておいでって、携帯の電話番号を教えてくれたんです」
 「腑に落ちない話ですねぇ」
「でしょう?変な話だと思いません?」
 彼女は何度も「変な話だ」と言いました。
 「その税理士さんはあなたの目の前でTさんに連絡を取られたんですか?」 「いえ、後で連絡を取っておくと言われたんで、私の電話番号を言っておいたんです。そしたら、Tさんの方から電話が入ってきて、『会おう』と言わはったんです」
 「ふーん。どうもクサイですねぇ。その“T”と名乗って来られた人が本当に“T”という名前なのかどうかも分かりませんしね」 「そうなんです。一番おかしいと思うのは、最初に税理事務所に電話した時には、私が名刺をもらった“Y”が電話に出たんですから」
 彼女は口ととがらせて、そう言いました。
 彼女の飛び飛びの話からも、ようやくこれまでの状況を把握することはできました。しかし、彼女が一体当社に何をしてほしいと思ってやってきたのかは、話の流れからでは全く分かりませんでした。 「で、ご依頼の内容とは何でしょうか?」
 私は聞きました。ところが逆に、「どうしたらいいんでしょうか?」と、質問をされてしまいました。
 「それはあなたがどうされたいのかによります。その税理士さんと“Tさん”という人がおかしいということでしたら、“Tさん”が本当にTという人物なのか確認する必要があるでしょうし、二度と空き巣に入られるのが嫌だからということでしたら、防犯面を考えないとダメですし、盗聴が気になるということでしたら、盗聴の有無を確認すべきでしょう」 私は細かく説明しました。 
 「うーん……。全部です」彼女はそう答えました。
 私は“T”の人物確認と盗聴の有無の確認は当社でできるが、防犯面は警備会社かセキリティ専門の所に依頼された方がいいと答えました。すると、彼女はこう言ったのです。
「ボディガードのようなことはやってもらえないのでしょうか? 」
 たっての望みとあればしない訳ではありませんが、ボディガードというのは元来セキュリティ専門の会社の仕事であって、調査会社の仕事ではありません。しかも、料金がかなり高額になるため、治安のよい日本では少ない仕事なのです。 その辺りのことを説明すると、彼女自身、今ほとんど予算がないと言っていたにもかかわらず、少し不満そうでした。彼女は映画の影響なのか、現実と少し違うイメージを描いていたようです。私は「ウチにはケビン・コスナーみたいな“ボディーガード”はいませんよ」と言いたくなるのを押さえるのに苦労したものです。 
 「ボディーガードをつけたい」、「防犯カメラも設置したい」、「盗聴の有無の確認もしたい」、「“T”なる人物が何者かを調べたい」と、いろいろ希望のある彼女でしたが、何しろほとんど予算のない中で、今後の方策を考えなければなりません。
 で、結局、私の知り合いのセキュリティ会社に防犯カメラの見積もりを取り、盗聴の有無の確認と“T”なる人物の確認の内、一番料金の安いものを選ぶということになりました。
 私はすぐに防犯カメラの見積もりを請求しました。その見積もりがまだ来ないうちに、彼女から電話が入りました。
 「考えたんですけど、やっぱり私が会った“T”という人が本当に“T”なのか、すぐに調べてもらえません? 」
 彼女の口調は随分急いでいるようで、私達は早速“T”なる人物の確認作業に入りました。
 二日後、その調査も半ばにさしかかった頃、再び彼女から電話が入りました。 「どうしても気持ち悪いんで、やっぱり盗聴されているかどうかも至急に調べてほしいんです」
 「それでは」ということで、盗聴の有無の確認に出向く日時を「週末にも」と決めたのです。
 彼女の自宅へ出向くという前日、請求していた防犯カメラの見積もりがやっと届きました。
 その金額をを彼女に連絡しようとした矢先、三たび彼女から電話が入りました。 その話を聞いた時、私は目が点になりそうになったのです。
 「“T”なる人物が本当にTであるかを確認してほしい」、「盗聴の有無も確認してほしい」と矢継早に依頼してくる彼女の要望に添って作業を進めていた私は、三度目の彼女の電話では目が点になりそうになりました。
 「ちょうど今、ご連絡しようと思っていたところなんです。防犯カメラの見積もりが上がってきました。“T”の確認については順次進めています」。電話口に出た私は、早速こう言いました。
 「そうですか…」。彼女は浮かない返答でした。「明日、盗聴の確認でウチへ来てもらうことになってますよね? それ、ちょっと中止してもらいたいんですけど」
 「それは構いませんが、何か新たな事態が起こったのですか?」
 「ええ、それが全財産を盗られたんです」
 彼女の返答に、私は驚きました。
 「また空巣に入られたんですか?」
 「いえ、今回はそうじゃなくて、友達が、台湾の友達を居候させていると言ってたでしょ、その子に全財産を預けていたんですけど、彼女が引ったくりに会ったんです」
 「今、ウチに居候させている台湾の友達に、私、全財産を預けていたんですけれど、その子が引ったくりに会って盗まれてしまったんです」
 彼女の身の上には次々と災難が起こるので、私は驚いてしまいました。それにも増して、何故全財産をその台湾の“友人”に預けていたのかが不思議でした。
 「部屋に置いていたら、また空巣に入られると思い、預けていたんです」
 私の疑問に彼女はそう答えました。
 「で、引ったくりって、どんな状況だったんですか?」
 「彼女の言うには、デパートでやられたって。すぐに届けたら、トイレから彼女のバックとパスポートだけは出てきたらしいんですけど…」
 「バックとパスポートは出てきたんですか? 現金の他に彼女に預けていたものはありますか? 」
 「あと、カードとか…。それも全部盗られたんです」 「それって、ちょっと変ですよ。彼女のパスポートは盗られてないんですよね?」
 「それって、ちょっと変ですよ」。私は彼女の話を聞いて、ある一つの確信を持ちました。
 「そのお友達の人柄やあなたとの親密度がどれくらいなのか分かりませんので、一概に断定することはできませんが、彼女を疑ってみる必要はあるんじゃないですか? 彼女の狂言だという可能性は十分考えられますよ。彼女のパスポートだけが出てきているのも変です。外国から来ている人はパスポートだけは絶対に手放しませんしね。それに、これまでの空巣の件も、合鍵を持っている彼女だと考えれば、警察の言うように外から侵入した形跡がなくてもやすやすと盗めれるでしょう」
 「そうですねぇ…、そうですよね。そう言えば、3回目の空巣に入られた時、試しに私、店に出る前にわざと10万円をバラ散いておいたんです。そしたら、帰ってきたらきれいになかったですから…」
 彼女も心当たりがあり、友人が怪しいと思ったようです。しかし、確たる証拠がある訳でもなく、“友人”でもあるので、訴えるかどうかは逡巡していました。 「どちらにしても、もう私の部屋からは出ていってもらいます」彼女は言いました。
 こうして、彼女の「不思議な体験」は一応の“決着”をみたのでした。

<終>

空き巣に狙われている!?(1) | 秘密のあっ子ちゃん(124)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 
 つい最近、「狙われている」と助けを求めて飛び込んで来られた女姓がいました。
 彼女はキタのある高級クラブに勤める二十四歳のホステスさんでした。顔立ちは非常に美しく、その上、男性から見れば「守ってやらなければ」と思わせるような可愛いさがあり、常に自分の手元に置いて独占したくなるような雰囲気を持った女性でした。
 聞くと、彼女はこの二ケ月の間に三度も空巣に入られてたと言うのです。
 一度はセカンドバックの中の現金十万円程度とキャッシュカード類全て、二度目は毛皮やブランド物のバックなど、計四百五十万円相当を盗まれたとのことでした。もちろん警察には届け、現場検証はしてもらったと言います。
 「で、警察の方はどうおっしゃってました?」
 私が尋ねると、彼女はこう答えました。
 「ベランダからといった、外からの侵入の形跡はないと言われました。私はたぶん合鍵かなにかを使って、玄関のドアから入ったんだと思うんです」
 「警察の方の捜査は進んでいるようですか?」
 私は彼女に尋ねました。 「いえ、それが動いてくれている様子がないんです。現場検証の時、指紋が出ないかも見てくれたんですが、それも出なくて、その後は何の連絡もありません」
 「そうですか。で、今日は当社に何をしてほしいということでお越しになられたんですか?」
 私は話の筋がよく見えず、そう聞きました。
 「実はネ、この空巣は誰がやったのかはだいたい検討がついているんです」  彼女はこんな話を始めました。
 「店のお客さんで、以前からすごい口説かれてた人がいて、私が相手にしないもんだから、たぶんその人が嫌がらせてやっているんじゃないかと思うんです」 「ふ~ん。で、その人がやったという確証はあるんですか?」
 「私、盗聴もされているんです」
 彼女は私の質問には直接答えず、次の話を始めました。
 「友達と電話で話したすぐ後にその人から電話がかかってきて、友達との会話の内容を知っていたんです。盗聴されているとしか考えられないでしょう?」
 「友達と電話で話していたすぐその後に、その人から電話がかかってきて、友達との会話の内容を知っていたんです。盗聴されているとしか考えられないでしょう?」
 依頼人は言いました。
 「その可能性も否定できませんが、それだけでは断定できませんねぇ。その友人に話された内容をお店でされたことはないですか?」 私は尋ねました。
 「……、してないと思いますけど……。それに、その前後、マンションの前に変な車がよく止まっていたんです」
 「変な車って、ナンバーは控えられましたか?」
 「いえ、控えてません」 「そうですか。ナンバーが分れば、その車は誰の所有者かを割り出せますので、今回の件と関係があるかどうか判定できるんですがねぇ……」
 「それよりも『盗聴』って、どんな風にされるものなんですか?」
 こういうことに関して素人である者としては至極当然なことですが、彼女は自分が一体何をされているのか分らないことに相当な不安を感じているのでした。
 私は考えられる「盗聴」のパターンを依頼人に説明しました。
 「一つは目覚し時計や受話器などの室内の器具や家具にセットするものと、もう一つは電話回線にセットするものとがあります。これは電波がさほど遠くへ飛ばないので、隣室や近くに車を待機させておいて聞く必要があります。ですから、先程おっしゃられた『変な車』というのは可能性がない訳ではありません。しかし、電話回線に盗聴器をセットするのは法律違反ですし、見つかれば“逮捕”ということになります。電柱につけておくのは目立ちますし、NTTも常に注意していますから、遊び半分の嫌がらせでするにはリスクが大きすぎますねぇ」
 「部屋の中にセットするのは簡単なんですか?」
 彼女はまだ不安が取れないようでした。
 「盗聴器をセットしたものをあなたにプレゼントするか、直接部屋に侵入してセットするかでしょうねぇ」 「私、絶対、部屋の中にセットされているように思いますわ。それを発見するということはできるんですか?」
 「ええ。それは十分可能ですが、あなたの部屋は侵入しやすいような構造なんですか?」
 依頼人が不安にかられる気持ちは重々理解できるのですが、私にはどうも彼女が先走っているように思え、そう尋ねました。
 「いいえ、ベランダから入るという手はありますけど、十階建ての七階ですから、『簡単に』という訳にはいかないと思います。あとはドアから入るしかありません」
「合鍵を誰かに渡しておられますか?」
 再度、私は尋ねました。 「ええ。今、台湾の友人が居候してますから、彼女にだけは渡してあります。空き巣に入られてからは何回もキーを換えて、今は電子ロックにしています。これは私の承認がない限り、合鍵は作れないそうです」 「で、その台湾の友人という方は信頼のおける人なんですか?」
 「ええ。それは大丈夫です。空き巣に入られたことも一緒に心配してくれてますし……」
 私は彼女のその“友人”という人の人柄や彼女との親密度をよく知りませんので、彼女が「大丈夫」と言えば、それ以上何も言うことはできませんでした。
 彼女の話はまだまだ続きます。
 「私、そのお客さんと話をつけようと思って、税理士さんに電話したんです」 「ちょっと待って下さい。“そのお客さん”というのは、盗聴したり空巣に入ったりした犯人だとあなたが思っている人ですね? で、その人に連絡を取るのに、何故税理士さんに電話するんですか?」
 彼女の話は注意深く聞かないとよく分からないところがあります。
 「その税理士さんがその人をお店に連れて来た人です。私は税理士さんの名刺をもらっているので、税理士さんの電話番号を知っていますけど、その人の連絡先は知らないからです」
 「話がややこしいので、“その人”のお名前は何とおっしゃいます?」
 「高橋です」
 「でも、高橋さんが仮に犯人であっても、直接話したところで認める訳はないでしょう?」
 「だけど、他にどうしていいのか分からなかったから……」
 「で、高橋さんとは連絡が取れたんですか?」
 「それがね、」彼女は身を乗り出して言いました。 「事務所に訪ねていくと、全く違う人が『私がここの税理士です』って、出て来られたんんです」
 またまた、彼女の話は訳が分からなくなってきました。
「ちょっと待って下さい。あなたが名刺をいただいた税理士さんの事務所に訪ねていくと、別の方が出て来られたんですね?」
 彼女の話は筋がよく分からない所があって、私は再度念を押して尋ねました。
 「そうなんです。名刺をもらったのは三十代の人で、名刺には『吉田誠税理事務所、吉田誠』って、書いてあったんです。それで、そこに電話したら、その人が出られたんですが、事務所へ行くと、六十代の人が『私が吉田です』って、出てきたんです」
 「親子か何かじゃないんですか?」
 私はてっきり彼女の勘違いだと思いました。
 「いえ、違います!」
 彼女は断言しました。
 「私、『吉田誠先生ですか?』って、確認したんですよ。そしたら、オジイ、あ!オジイなんて言ったらあかんね。その人は『私が吉田誠です』って言うんです。それに『ウチでは税理士は私一人です』って言うんです」
 「ふーん。変な話ですねぇ」
「そうでしょう? それにもっと変な話があるんですよ」
 彼女の“変な話”はこれで終わらなかったのです。
 その税理士さんに彼女は、「私が名刺をもらったのはもっと若い方でした」と、そのいきさつを説明したのでした。 「で、その税理士さんは何とおっしゃいました?」 私は尋ねました。
 「『私の名前を騙(かた)るなんて、けしからんヤツだ』って。それで、Tに会ったら、これがまた全然別の人だったんです」
 「ちょっと待って下さい。どこでTさんと連絡が取れたんですか?」
 彼女の話はまた飛ぶので、私はそう質問せざるを得ませんでした。
 「いえ、私が名刺をもらったYという人から紹介されたTに会いたいんだと言うと、その税理士さんは『私の友人にもTがいる。あなたが会いたいのはその人間かもしれないので、私が連絡を取ってやろう』と言ってくれたんです。翌日、連絡が入ったんで会いに行くと、全然違う人だったんです。私の言うTは三十代ですけど、その人は五十代後半の人でした」
 彼女の言う“もっと変な話”とはこういうことでした。でも、私は“T”と名乗る別人が現れたということより、その税理士の友人にも“T”がいたということの方が偶然にしてもできすぎていると思いました。

<続>

単なる娘の家出ではなく・・・(5) | 秘密のあっ子ちゃん(123)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 「彼女の叔父さんとなると、周りに漏れる危険性はございませんか?」
 この間の彼女(35歳)の動きに内通者の存在を確信していた私は、今回、同行する人が身内の人だと聞いて、そう尋ねました。
 「いや、それは大丈夫です。弟も仲人をしたことから、責任を感じて、今回のことは親身になって心配してくれてます。弟がアイツに情報を漏らすということはあり得ません」
 依頼人(62歳)はきっぱりと言いました。
 「それでは、今回の動きは叔父さん以外、誰にもお話しにならないで下さい」 依頼人も今回が最後のチャンスになるであろうことは理解していましたので、私のこの申し出は必ず守ると約束してくれたのでした。 翌日、私は再び北九州市へ向かいました。夕刻、例の部屋を見に行くと、まだ明かりは点いていませんでした。
 「あそこのお家の方はいつも何時ごろお帰りですか?」
 私は近くの八百屋さんに尋ねました。
 すると、こんな答えが返ってきました。
 「ああ、あそこの人は二日前に引っ越されましたよ」 私は「しまった!」と思いました。またしても逃げられたのです。
 「どちらの方へ行かれたかはご存知ないですか?」 それでも、藁をもすがる思いで、私はそう尋ねました。すると、こんな返事が返ってきたのです。
 「すぐそばらしいですよ。何でも、今までの所は狭くて汚いからと言っておられました。ここの道を真っすぐ行って、二つ目の角を曲がった辺りらしいですけど……。毎日、だいたい今ごろの時間にウチに買いに見えられますけど、今日はまだ来られてませんねぇ。来られたら、何か伝えておきましょうか?」
 重要な情報を教えてくれた奥さんの親切は有り難いものでしたが、彼女自身に何か悟られるようなこと言ってもらうのは困りました。 「いえ、いえ。今から行ってみますので、それには及びません」
 そう言って、私は教えられた道を歩き始めました。 ところがなんと、五十メートル程行くと、前から当の彼女がこちらへ向かって歩いてきているではありませんか!
 私はこの依頼を受けてから半年以上も、彼女の写真を見続けていましたから、遠目でもすぐに彼女だということは分かりました。
 その日は小雨が降っており、私は傘をさしていました。彼女の姿を見つけると、思わず「ウッ!」と思って、私は傘で自分の顔を隠しました。しかし、よく考えると、私は彼女のことをよく知っていても、彼女自身は私のことをまるで知らない訳で、隠れる必要はなかったのです。
 彼女は私とすれ違うと、そのまま八百屋に入りました。奥さんが私が彼女のことを今しがた尋ねて来たと言いはしないかと気になりましたが、彼女はすぐに店から出てきて、そんな話をしている様子はありませんでした。
 私は再び彼女が通り過ぎるまで物陰に隠れていました。そうして、追尾が気づかれない距離になるまで待って、尾行を始めました。
 彼女は八百屋の奥さんが教えてくれた角を曲がると、五、六軒目の家に入っていきました。
 彼女が家に入ったのを確認すると、私はその家をもっとよく見ようと近づいていきました。ところが、ちょうど私が家の前に来た時、突然、また彼女が家から出てきました。その時、私達は目が合ってしまったのです。
 私はまずいなと思いました。先程すれ違った時は何ら問題がない訳ですが、同じ人間が時間をおいてまた現れたならば、警戒心が強い人物なら何かを感じるはずです。
 それでも、私は素知らぬ顔をして通り過ぎ、かなり離れてから、大阪で待機している依頼人に電話を入れました。間違いなく彼女のいる所が確定できたことを伝えたのです。そして、こう付け加えました。
 「彼女は私を二度も見ていますので、勘が良ければ、今夜に動く可能性があります。私なら夜中に逃げますねぇ」
 依頼人は「それならそれで仕方がない。とりあえず、明日の朝一番の飛行機で、弟と共にそちらに向かう」と答えたのでした。
 その夜、私は彼女の動きが気になりましたが、夜中に交替もなく、一人で張り続けるのは却って不審人物と間違われる可能性が高いので、いたしかたなくホテルに戻ったのでした。
 そして翌日、朝一番に彼女の部屋の様子を見に行ったのでした。
 そこで、私はひと安心しました。というのも、外から見る限りでは、部屋は荷物を運び出した気配がなく、前日とは何ら変わりなかったからです。
 私はその足で福岡空港に向かい、依頼人と仲人をしたという彼女の叔父さんを出迎えました。 二人に状況を説明し、夕方、私達は再び彼女の部屋に出向きました。そして、彼女が帰ってくるのを待ったのでした。
 ところが、いくら待っても彼女は帰ってきません。昨日、私が彼女を見かけた時刻はとっくに過ぎ、もう午後の八時近くになっていました。依頼人は、彼女を捕まえたら、すぐにその足で新幹線に乗り、今日中に大阪へ連れて帰りたいと言っていました。しかし、これではもはや新幹線に乗ることはできませんでした。
 私達はじりじりとして、彼女が現れるのを待っていました。すると、八時半が過ぎた頃、車に乗って彼女が帰ってきたのでした。運転していたのは彼女自身で、一人でした。
 彼女は運転席から降りると、車のエンジンをかけたまま、家の中に入っていきました。
 私は彼女が父親の姿を見つけて慌てて車で逃げると困ると思い、とっさに駆け寄り、車からキーを抜き取りました。依頼人と叔父さんは私が叫んだ「帰ってきた!」という声で、私の後ろから家の方へ向かって走ってきています。ところが、依頼人は少し足が悪くて、すぐには車のところにはたどり着けませんでした。
 私が車のキーを抜いた途端、彼女が家から出てきました。そして、キーを取っている私を見て、車泥棒とでも思ったのでしょう。
 「いや、あんた! 何してんの!」
 そう言って、彼女は私に詰め寄ってきました。私は依頼人に「早く!」と呼ぶこともできません。彼女が気づいて逃げ出しては、走って追いかけて捕まえるのも、また大変だからです。
 彼女がまさに私の胸ぐらを掴まんとした時、依頼人と叔父さんが車の所にやっとやって来ました。彼女は私が抜き取ったキーに気を取られて、二人が後ろに来たことさえもまだ気づいていませんでした。
「お前は、なんてことしたんや!」
 前日から降っていた小雨のために持っていた傘で、突然、依頼人が彼女を殴り始めたのでした。
これまで捕まえられそうになっては逃げられ、ほぼ一年近くもかかった捜索への心労と彼女への心配が高じてか、依頼人は持っていた傘で彼女を殴り続けていました。
 「お父さん! まあ、まあ・・・」
 私は二人に割って入り、依頼人を押し止めました。 「もう、その辺でいいでしょう。とにかく、話をされないことには埒があきません」
 すると、彼女がこう言い出しました。
 「お父ちゃんが怒るのは分かる。私もいずれきっちりと話しせなあかんと思っていたから。でも、この車、人の物やから、返しにいかんとあかんから……」
 私は彼女を一人で行かせてはまずいと思い、「じゃあ、お父さんも叔父さんも乗って下さい」と促し、彼女にキーを渡して車に乗り込みました。
 着いたのは十分程行った所の寿司屋でした。そこには、駆け落ち相手の男性と友人らしき人が数人がいました。
 依頼人は男性を見るなり、「お前のお陰で!」と叫びながら、またもや持っていた傘で彼を殴り始めました。
 男性は何の抵抗もせず、依頼人に殴られ続けていました。
 それを見た寿司屋の大将は「警察を呼べ!」と騒ぎ始めました。しかし、「これは身内の話や!」と私が一喝すると、彼は黙ってくれたのでした。
 私は再び「話し合わないと殴っていても仕方がない」と依頼人を促し、依頼人や彼女達を二人の家へ戻しました。
 何時間も話し合ってもらった結果、とりあえず彼女は大阪へ戻ることになりました。ご主人とも今後のことをきっちり話をしなければならないし、ローンが残っている家の名義変更についても彼女の印鑑が必要だったからです。
 彼女はその話が決着すれば、すぐに北九州に残る彼の元へ戻るつもりでした。しかし、依頼人は彼女を一旦大阪へ連れ戻したならば、二度と外へ出さないつもりであるのは私の目からも明らかでした。彼の方と言えば、終始黙ったままでした。 依頼人は翌朝の新幹線を待ち切れず、このままタクシーで大阪へ帰ると言い出しました。私も翌朝まで待っていて彼女の気持ちが変わっても困ると考え、すぐにタクシーを呼んだのでした。 こうして、彼女はほぼ一年ぶりに大阪へ戻ることになりました。
 ほぼ1年がかりの捜索で、やっと彼女を見つけることができ、北九州から大阪までタクシーで帰ってきた私達。依頼人から電話が入ってきたのは、その二日後でした。
 「いやぁ、佐藤さんには本当にお世話をかけました。娘とは今、婿も混じえてボツボツ話し合いをしています」。そして、こう付け加えました。「お恥ずかしい限りですが、佐藤さんが言ってはったように、内通していたのは家内やったんですわ」
 そんな風に報告してくれたのでした。
 一件落着でホッとしたものの、私は彼女とご主人、そして駆け落ち相手の男性の奥さんの、それぞれの人生を想わずにはいられませんでした。

<終>

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