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38年前に別れた日本女性を…(1)| 秘密のあっ子ちゃん(152)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「思い出の人探し」の依頼は、関西エリアのみならず、もちろん日本全国を対象に受け付けています。国内からだけでなく、海外からの依籾もこれまでに何例かありました。
韓国、台湾、そしてアメリカ…。アメリカからの依頼の中で昨年受けた依頼は、ビル・ウォシャーという六十二歳の男性からでした。
彼は、三十八年前に別れたある日本人女性を捜していたのです。一九五二年、ビルは朝鮮戦争の影響で、アメリカ空軍の隊員として日本の座間基地へ配属されました。キャンプ座間で、ビルはpxで働く一人の日本人女性に出会いました。彼女の名前は井上圭子。ここまでお読みの皆さんにとっては、その後の二人の展開について想像に難くないと思います。そうです。二人は恋に落ちたのです。ビル、二十一歳、圭子さん、二十四歳でした。一年後、圭子さんはpxを辞め、二人は同棲を始めました。二人の生活は、彼が帰国する一九五五年まで続いたのだそうです。ところが、朝鮮戦争が終結し、そのためビルの任務が変わり、彼はアメリカへ帰国しなければならなくなったのです。
朝鮮戦争が終結し、帰国しなければならなくなったビル。
彼は圭子さんに、「必ず迎えに来る」と言い残し、後ろ髪を引かれる思いでアメリカに帰りました…。 皆さんはここまで読まれると、
「ああ、あのパターンか」と思われるでしょう。蝶々夫人の例をあげるまでもなく、おそらく殷・周の時代から湾岸戦争まで、人類はこんな別れを何万回(いや何億回かもしれない)繰り返してきたのですから。
でも、本当に「迎えに来たのはごくまれだった、ということもみんなよく知っている・・・。だから、私もそんな気持ちで依頼人ビルの話を聞いていたのです。しかし、ビルは本当に本気だったのです。別れ際の圭子さんへの気休めにロから出まかせを言ったわけでもない。また、帰国後別の女性が現れ、気が変わったのでもない。彼は、圭子さんとの結婚を真剣に考えており、除隊したらすぐに彼女を迎えにくるつもりでした。二人は離れている間、手紙をやりとりして連絡を取り合いました。
朝鮮戦争時、座間キャンプで出会い、恋に落ちた二人。しかし、ビルは任務の変更のため、帰国しなければなりませんでた。彼と圭子さんは、アメリカと日本との間で連絡を取り合うために、文通を始めました。「何かの手がかりに」とビルが持ってきたその手紙は”文通”というより、自分達の意志とは無関係に引き裂かれてしまった若いふたりのラブレターでした。圭子さんがたどたどしい英語で一生懸命
書いているのが、かえって涙ぐましい。
二人の文通は一年以上続いたのだそうです。私は、「まるでドラマや」と思いつつ聞いていました。今、「聞いていた」と言いましたが、ちなみにビルの話は当然、すべて英語です。私の英語力はというと、ここまで複雑な話をすべてイングリッシュで聞かなければならないとなると、「頭がパニックを起こしてしまう」程度のものです。しかし、ご心配なく。ビルはその辺のことはよく心得ていて、在日米国人の友人を通訳として連れて来てくれていました。おかげで、英語の聞きとりで頭痛になるようなことはありませんでした。ただし、彼の友人の日本語の聞きとりには、頭が痛くなってしまったのですが…。

<続>

 

満州開拓団時代に…(2)| 秘密のあっ子ちゃん(151)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「満州開拓団で一緒だった幼馴染の消息を知りたい」と依頼されてきた六十五歳の男性。

このおじさんの話によると、満州(現、中国東北部)から逃げ帰って来る途中、混乱の中で彼女の家族と離ればなれになり、それ以来彼女の消息が全く分からないということでした。戦後、世間も少し落ち着くと、彼は彼女を探し始めたそうです。「無事、日本へ戻れたのか」「元気でいるのか」「幸せに暮らしているだろうか」

そんなことが無性に気になって彼女の消息を訪ね回ったと言います。

そんな中、出身地の村に行った時、「引き揚げ時、叔母さん以外の家族は全員死亡したが彼女は無事で、叔母さんと二人で日本へ帰ってきた」という噂を耳にしました。

しかし、その村でもそれ以上のことは全く分かりません。彼女たちは、戦後一度も出身地には戻っていなかったのです。

昭和二十四年におじさんは引き揚げ者名簿を見ることができたそうです。しかし、その名簿には彼女の名前は載っていませんでした。

おじさんはがっかりしました。

「ひょっとしたら、死んでいるのかもしれない」と思うと「何とも暗い気持ちになった」と言います。それから四十五年近く、彼はことあるごとに彼女を探したらしいのですが、その消息は末だにつかめないのです。「どうしても、彼女の消息を知りたい」というこのおじさんの依頼を受けて、私達はまず、瀾州開拓団と引き揚げ船について、いろいろな国の機関に問い合わせました。

しかし、戦後四十八年も経た現在、当時の書類など全く残っていなかったり、あるいは「調査拒否」にぶつかったりして、何の手掛かりもつかむことができませんでした。

やむなく彼女の出身の村に行き、お年寄りがいらっしゃる家を一軒一軒訪ね歩きました。十日以上も村を歩き回った結果、彼女の家族を覚えているお年寄りを何名か見つけ出すことはできました。しかし、なにぶん高齢のため記憶が随分とあいまいだったのです。「万事休す!」と困り果てて、「次はどこをどう調べていこうか」と思案している時、あるお年寄りから事務所に電話が入りましこ。t それは、「戦争が始まる直前、彼女の叔父さんにあたる人が、帝国大学に入ったことを思い出した」という内容でした。「当時、この村から帝大に入った人は珍しく、それで覚えている」とそのおばあさんはわざわざ知らせてくれたのです。

そして、さらに「学徒動員で出征したようですが、無事に戻ってきているはずです。戦後すぐに私の弟が東京で偶然会ったと言っていたのを思い出しました」と、話してくれました。

「これぞ天の助け!」とばかり、私達は、早速、彼女の叔父さんの大学を当たりました。

村の古老の話でやっと糸口がつかめた満州開拓団の幼馴染の調査。

彼女の彼女の叔父さんが入学したという大学では、事情を聞くや「特例ですよ」とすぐに卒業者名簿を調べてくれました。

しかし、大学側のせっかくの好意にもかかわらず、彼の連絡先は空欄になっていたのです。私たちはがっかりしている暇もなく、健在の同級生に片っぱしから聞き込みに入りました。

そして四十三人目、ついに彼と今も往来のある人にぶつかったのでした。私たちの願いが通じたのか、彼女の叔父さんは、健在でした。

私たちははやる気持ちをえ、この叔父さんに連絡をとり、彼女の消息を尋ねました。彼女は村の噂どおり、叔母さんと二人で日本に無事引き揚げてきていました。

そして現在、五人の孫を持つおばあさんとなり、東京に在住でした。

ひと月後、依頼人から私あてに手紙が届きました。それには「四十八年ぶりに彼女と再会でき、タイムスリップしたような懐かしい時を過ごすことができました」と記してありました。その手紙を読んだ時、私は、つくづくこの仕事を選んでよかったと思ったものです。

<終>

満州開拓団時代に…(1)| 秘密のあっ子ちゃん(150)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

六十歳代以上の方の「思い出の人探し」は、やはりどうしても戦争がからんだものが多くなります。南方で共に戦った戦友の生死。軍需工場で一緒だった同僚の消息。疎開先でお世話になった人の音信。などなど・・・
どのケースにもあの時代がもたらした重い人生があり、私はそんな依頼を受ける度に心を打たれます。
今回はそうしたケースの中から一つ、満州におられた方のお話をします。
依頼人は現在六十五歳の男性でした。彼の家族は両親と姉・兄・妹二人の七人で、昭和十一年、出身地の長野瞑から「満蒙開拓団」として満州へ入植したのだそうです。
村の半分ほどが貧しい長野での暮らしに見切りをつけて、満州の新しい大地へ希望に燃えて入植したのにもかかわらず、そこでの生活は悪条件下での開墾と寒さで、「それは厳しかった」と依頼人は話してくれました。
その話は電話を通してのものでしたが、あの時代のことなど全く知らない私にも、広大な満州の風景や地平線に沈む大きな夕陽や、その中で一生懸命働いている家族の姿が見えるようでした。

昭和十一年「瀾蒙開拓団」として六人の家族と共に満州(現在の中国東北部)へ入植した依頼人(六五)。 このおじさんの当時の苦労話に、「依頼」だということもすっかり忘れて聞き入ってしまった私ですが、彼女が登場してくると、やはりそこは職業柄と言いますか、「手掛かりになるのはどれだ?」という思いで話を聞き続けました。おじさんの家族が満州へ入植したのは、当時の政府の「二十力年百万戸計画」に基づいて、村長以下、村の半分が渡満したこと
によるそうなのですが、その中に彼女の家族も入っていました。彼女の家族は両親と息子二人、娘一人、そして末亡人になった父親の妹の六人で、当時五歳だった末娘が、今回おじさんが探してほしいという人なのです。異国での厳しい生活の中で、人々は助け合わなければ生きてはいけません。同じ村の出身ということだけではなく、そうした環境の中で両家族は内地にいたころよりも、より一層親しくなったそうです。
そんな中、日中戦争が起こり、両家の兄達も次々と「満州開拓義勇隊」に志願したり、現地徴用されたりしていき、彼は自分の二人の妹と共に、三つ違いの彼女の面倒をよくみたのだそうです。

昭和十一年、共に「満蒙開拓団」として満州(現中国東北部)に入植した依頼人と彼女の家族。二人は幼なじみとして、仲良く昭和二十年八月まで満州で暮らしたそうです。おじさんは十七歳、彼女は十四歳になっていました。
「苦しかったあのころ彼女と遊んだ記憶は唯一楽しい思い出です」と、おじさんは言っています。開墾の仕事は粗変わらず厳しく、彼女のお兄さんが戦死するということもあったのだそうです。
そしてあの昭和二十年八月十五日。おじさんは、その前後のことはあまり詳しくしゃべりたくないようでした。が、話の口ぶりから「すごい混乱だった」ことが、私にも理解できました。「十三歳だった上の妹は、そのころ死にました。十歳だった下の妹が残習孤児になることもなく、よくも無事に日本へ帰れたものだとしみじみ思います」それを聞いて私は、もうその当時のことを詳しく聞く気にはなれませんでした。おじさんの家族と彼女の家族は途中までは一緒に逃げてきたそうなのですが、長春近くで混乱に巻き込まれ、離ればなれになってしまったそうです。そしてその後の彼女と、彼女の家族の消息が全くわからないのだと言います。

<続>

突然彼女の連絡が途絶えて(2)| 秘密のあっ子ちゃん(149)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

おもしろ半分でかけたダイヤルQ2のパーティーライン。そこで知り合ったある一人の女性とやりとりした電話の数、十数回。

当然、依頼人の彼(二八)は彼女に一度会ってみたくなり、「今度会おう」と何度も誘いました。

しかし、その度に彼女は「その日は、仕事の関係で東京へ行くので」とか、「父が病気になり、看病しなければならないから」とか、あれこれ理由をつけては会おうとしなかったと言います。

私はどうも”くさい”と思い、依頼人に

「それは、彼女があなたに会えないような嘘を言ってるからじゃないのですか?」と聞く。

すると彼は、「いや、彼女はそんな嘘を言う子じゃありません」と真顔で怒って否定するのです。

私は、内心『そんなムキにならなくても…』と思いながら、再び聞きました。「そうですか。それで彼女はどんなタイプの人なのですか?」

彼の話によると、彼女は二十四歳で可愛い声の持ち主だそうです。そして、オーストラリア人と日本人のハーフで、ある週刊誌のミス・キャンパスにも選ばれたこともあり、現在はアルバイトで大阪空港の国際線のインフォメーションをしているとのことでした。

彼の頭の中では、彼女は”宮沢りえ”のような素晴らしく可愛い子と思い描いているようでした。

私は、彼の思い入れに水をさすようで悪い気もしましたが、そこは心を鬼にして言いました。

「どの内容も話ができすぎて、よけい嘘臭いですね。だいいち、そんな子がこの辺にウロウロしているとも思われませんけど…」

(しまった!最後の言葉が一言多かった)

と思ってもあとの祭り。彼はますますムキになって、「彼女は絶対にそんな嘘をつく子ではありません!」と言い返す。

私は、彼への「説得」はこれ以上無理だと判断し、話の続きを促したのでした。彼女の誕生日にプレゼントを送ろうと住所を聞くと「今、お姉さん夫婦の所に屈候している」と、その住所を教えてくれました。プレゼントを送って、一週間ほどしてから彼女から電話が入り、「お姉さん夫婦が引っ越す。自分も一人でアパートを借りる」と言ってきたのです。

それが最後の電話でした。一度、その住所を訪ねましたが、「そんな子はいない」と。

そして、彼はこうも言いました。

「その後、別の女性から交際を申し込まれもしましたし、親が『結婚しろ』とうるさくて見合いの話を進めたりもしているのですが、彼女のことが気になってまったくその気にならないのです。とにかく、彼女に一度会ってこの目で確かめないことには、僕の中で何も始まらない」

私は、「彼女の話したことが嘘であれ、真実であれ、とにかく彼女を探し出して一度会わせるのが、彼の心の整理にとって一番の薬だ」と思いました。

早速、私たちは「彼女」を捜し始めました。ところがと言うか、やはりと言うか、彼女がミス・キャンパスになったという週刊誌に問い合わせても、「ここ何年もそんな企画はしたことがない」という返答です。

また、大阪空港では「国際線のアナウンスにバイトの人は、使っていません」という回答なのです。私たちは無駄を覚悟で彼女の”お姉さん夫婦のマンション”にも聞き込みに入りました。 すると何と、そのマンションの部屋の住人は、最近入れ替わったどころか、

何年も同じ夫婦が住んでいるというではないですか!

より慎重に聞き込みに入った結果、「彼女」はその部屋の住人の三十六歳の人妻だったのです。

「どこがハーフやねん!」「なにが二十四歳やねん!」と私はあきれました。

これではどんなことがあっても彼には会えない訳です。

私は「彼女」を信じ切っている彼にこの事実を伝えれば、どんなに落胆するだろうかと恐る恐る報告しました。

しかし、彼は報告書を見るなり、「これで見合いする気になりました!」と意外にさばさばと言ったものでした。

とにもかくにも、『一件落着』というところです。

<終>

突然彼女の連絡が途絶えて(1)| 秘密のあっ子ちゃん(148)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「突然連絡が取れなくなった」と飛び込んでこられる若い人たちの「現在進行形」の依頼の中には、どう見ても「探しても無駄だ」と思われるケースかいくつもあります。つい最近も二十三歳の男性がやってきて、「一年間つき合った彼女が、突然アパートを引き払ってしまった。何とかもう一度連絡を取りたい」と言うのです。

すぐに私は『それって、ふられているんじゃないの?』と思ったのですが、初めからそんな風につき放してしまっては、あまりにも彼がかわいそう。そういう訳でじっくりと話を聞き始めました。

しかし、聞けば聞くほど、「これは、探したところで彼女の気持ちは戻ってこない」と判断せざるを得ない。『ちょっと本人にはきついかな』とも思いましたが、それこそ「本人のため」とばかり、私は、「お金がもったいないと思うから、調査はやめといた方がいいと思うよ」と言いました。

こういう場合、ほとんどの依頼人は、その事態が示す本当の意味については自覚があるようです。でも第三者と違う所は、「わずかな希望を捨てきれない」という点なのです。

誰が聞いても明らかに「ふられている」という依頼には、とりあえず「探しても無駄だ」とはっきり伝えます。

しかし、たいていの場合、私に指摘されるまでもなく、『認めたくない現実』として、依頼人自身は既にうすうす分かっているようです。

「例え、そうであったとしても、このままでは自分の気持ちの整理ができない。イヤならイヤとはっきり彼女の口から聞かないことには、次に進めない」

ということで依頼を受けることになるのですが、そのあと彼が当社から引きあげるまでの時間のほとんどは「人生相談」ということになってしまいます。しかし、そういうケースとは異なり、なかにはら忠告しても『愛』があると信じて疑わず、当社が報告書を示すまで、まるっきり「騙されている」人もいます。

それは、女性より男性の方がはるかに多い。

やっぱり、男性の方が純情なんだなぁ…と思わざるを得ません。逆に言えば、「よくまぁ、こんなミエミエの嘘をつくわ」とあきれる女性がいるのです。

依頼人は彼女のことをとことん信じて疑わず、しかし、私から見れば「よくまぁこんな嘘がつけるもんだ」とあきれる女性がいます。

今回は、そんな純朴な方々に注意を喚起してもらうためにも、あえてそのお話をすることにします。

それはもう三年も前のことです。

人探しの調査の依頼に来られた男性は当時二十八歳で、見るからにスポーツマンタイプのさわやかな印象を受ける好青年でした。

彼の話はこうでした。

「三ヵ月くらい前、友人三人とおもしろ半分でダイヤルQ2のパーティーラインに電話したんです。そこでつながった一人の女性と意気投合し、話も盛り上がりました。その時、電話番号を彼女に教えたので、それからは彼女の方からちょくちょく電話が入るようになったんです」

十数回も彼女と電話で話していれば、『一度彼女に会ってみたい』と思うのは当然のことで、彼は彼女を何回か誘っています。 しかし、その度に彼女はなにやかやと理由をつけては会おうとしなかった、といいます。私は、そこまでの話を聞いただけで、どうも『くさい』と思いました。

<続く>

名前の分からない彼女(2)| 秘密のあっ子ちゃん(147)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「見つかるでしょうか?」と彼は聞く。

しかし、探偵社としてはこの質問が一番困ります。

依頼者としてはそれが一番の関心事だということは、私としてもじゅうじゅう承知なのですが、調査というのはやってみないと分からない。

材料が少ないから調査が判明しないということでもなく、逆に多いからといって絶対に見つかるとも限らないのです。それこそケースバイケースなのであって、調査に入る前の予測などまるで無意味です。最善の方策は、「判明に向けてあらゆる努力をする」ということしかありません。

ともあれ、私たちは「せめてもう一度だけでも会いたい」という彼の気持ちを受けて、東北新幹線で出会った彼女を捜すことになりました。しかし、あまりにも手掛かりが少ない。そもそも、依頼人は彼女の名前すら聞いていないのです。名前が分かっていないということは、調査するにはかなり厳しい事態です。

分かっていることと言えば、彼女は高校を卒業したばかりで、サッカー部のマネージャーをしていた。そして、仙台駅から乗車してきたということだけ。

そこで私たちは真っ先に宮城県下の高校をピックアップしていきました。すると公立・私立合わせて四十八市町に百十八校もの高校があったのです。

その百十八校すべてに対して、サッカー部があるか否か、昨年度のマネージャーは女生徒だったかどうかをしらみつぶしに当たっていきました。

こうして、彼女の高校をかなり絞り込めていけたのですが、ここでまた障害が立ち塞がってきました。

例のごとく『プライバシー保護のため』という理由でなかなか、その女子マネジャーの連絡先を教えてくれないのです。何度も学校に足を運び頼み込んだ訳ですが、学校側が「どうしても教えられない」という人については、やむなく先方の方から当社に連絡を入れてもらうようにしました。しかし、これは”賭け”と言えるもので、学校側がちゃんと相手先に打診してくれたとしても、先方の方で『なんのこっちゃ。なんで私から連絡せなあかんねん』(と大阪弁では言うわけはありませんが…)とつむじを曲げられては、この調査はおしまいです。

三日経ち、一週間が経ちました。それまでに調べることのできた女子マネージャーの中には、該当者はいない旨の確認は既にとれていました。 望みは連絡待ちのあと三人だけです。

八日目の朝、電話が入ってきました。それは頼み込んでおいた学校の先生でした。

「本人に連絡をとりましたところ、お宅がおっしゃっている日には東京には行ってないということです。人違いだと思いますよ」

「そうですか。わざわざご丁寧にありがとうございました」

残るは二人です。

『何としても連絡を入れてほしい!』そう願わずにはいられませんでした。

そして、ついに十日目の夕方、二人のうち一人から電話がありました。

「わざわざ電話までしていただいて、つかぬことをお伺いして申し訳ないのですが、今年三月六日の土曜日の午後四時ごろ、新幹線に乗られませんでしたでしょ

うか?」と私が聞く。

「えッ?」と彼女。

「何かその日は、就職後に下宿する東京の親類の家へ行かれるとかで…」

「あーあーっ、思い出しました。乗りました!」

思わず『やった!』と叫びそうになりました。

 

連絡待ちのサッカー部女子マネージャー二人のうち、一人からやっと電話が入りました。ついに彼女こそが依頼人の探している東北新幹線車内での「一目惚れの人」だということが判明したのです。

「あぁ、思い出しました。その日、新幹線には乗りましたが、それが何か?」と不審がる彼女。

そりゃあ、いぶかるのは当然のことです。

「実はあの時、あなたの隣に座っていて、仙台から上野まで話をされた男の人を覚えていますか?

「ええ、覚えています」

こうなると話はうんとしやすくなります。

私が彼女と別れてからの彼の気持ちやこれまでの経過を説明すると、最初は少し照れていた彼女も、彼に対してまんざらでもない様子で、一度会うことをOKしてくれたのでした。

約束のデートの日、彼がめかしこんで出掛けて行ったかどうかは知りません。はたまた、その後二人が交際を始めたのかどうかも、彼からの連絡がは入っていない今、知る由もありません。

ですが、あの電話の感触では何とかうまくやっているんじゃないかなぁ、と思っています。

<終>

名前の分からない彼女(1)| 秘密のあっ子ちゃん(146)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

当社に人探しの調査を依頼されてこられる方のなかでも、二十歳代の人たちは、前回お話ししました中年の方とは異なり、男性・女性半々の割合で依頼しにこられます。

それも『思い出の人探し』ということよりも、「ひと目ぼれの人を探してほしい」とか「三回デートしたけれど、突然連絡がとれなくなった」という”現在進行形”が多いようです。

今年の四月にもこんな依頼がありました。依頼人は、東京在住の二十四歳の営業マン。三月初旬、彼は盛岡からの出張の帰り、東北新幹線に乗車していたそうです。仙台駅で若い女性が乗り込み、空いていた彼の隣の席に座りました。ふとしたことから二人の会話が始まり、上野駅へ着くまでの二時間あまり、話が大いに弾んだそうです。

二人は新幹線を降りると「じゃあ、お元気で」と行きずりの人に交わすごく普通の挨拶をして別れました。

ところが、それから三日ほどしてから、彼はどうにも彼女のことが気になって

仕方なくなってしまったのです。

こういうケースは結構よくあります。その時は何とも思わなかったのに、あとになって気になって仕方ないということが、です。

人というものは、「その時は何とも思わなかったのに、しばらくしてその人のことが気になって仕方ない」ということが多々あるようです。当社にもこうしたケースがかなり持ち込まれます。

が、手掛かりの少ない場合が多く、『もっときちんと聞いておけばいいのに』と思ったりするものです。(マ、そういうことがあるからウチの商売も成り立つのだけれども…)

今回取り上げる男性(24)の場合も、その時ばかりはこれといった感情を相手に抱いてなかったものですから、彼女の名前すら聞いてなかったのです。

仙台から上野までの新幹線の車中で二時間も、ずっと話をしていながらです。 分かっていることといえば、彼女は高校三年生でサッカー部のマネージャーを務め、卒業したら東京での就職が決まっている。その日は就職後の下宿先の親せきの家へ挨拶に向かう途中だ、ということ。それだけなのです。

調査するにはあまりにもあいまいな材料ばかり。

彼は彼で、自分なりに調べようと努力したそうです。しかし、この漠然とした材料ではどこから手をつけたらいいか分からず「困り切った」らしいのです。

人は『ひょっとすれば二度と会えないかも知れない』と思うと、余計思いが募るようです。会って三日も経ってから急に気になり出す。探し当てるにも目ぼしい手掛かりどころか、名前すら聞いていない。

「どう探せばいいのか…。分からない」

時が経てば経つほどますます『もう一度会いたい』という思いが強くなっていくる。仕事中も彼女のことが頭から離れなくなる。

ほとほと困り果てていた時、たまたま当社のことを知って急いで電話してきたという具合なのです。

<続く>

夫の家出の原因は・・・(3) | 秘密のあっ子ちゃん(145)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

大手証券会社に勤めるご主人の浮気が発覚すると、彼女はすぐ夫に離婚を申し入れました。

ご主人は初めのうちは言い訳をして離婚には同意しなかった、と言います。

しかし、彼女はあのおとなしさの中のどこにそんなエネルギーがあるのかと思われるほど決然とした態度をとったようです。そしてついに、「裁判も辞さない」という彼女の覚悟を知ったご主人が離婚届けにサインをしました。

その話し合いもついて三カ月も過ぎた今年の夏の盛りのこと。「近くに来たから」と来社した彼女を見て私はびっくりしました。まるで別人のようだったのです。私が彼女に会うのは、調査報告をして以来、初めてでした。

その後の経過もその時に聞いたものです。そこにいるのは、無表情の青白い顔をじっとうつむけていた彼女ではありませんでした。表情も豊かで、目も生き生きとして、こちらから質問もしないのにびっくりするほどよくしゃべります。また、よく笑うのです。私は思いました。彼女はご主人の浮気を前から分かっていたのだ、と。そして、それがよほどつらく、悲しかったのだろうと。

<終>

 

夫の家出の原因は・・・(2) | 秘密のあっ子ちゃん(144)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

『今日こそ会社を辞めてくる』と言って家を出たまま、一か月以上も自宅に戻らないご主人。そのご主人の件で調査依頼に来た若妻ではありましたが、彼女は全く口を開きませんでした。ただ、無表情にうつむいているだけ。

彼女に代わってもっぱら話を進めたのは付き添っていた父親。何と、ご主人は家にこそ帰らないものの、勤め先の大手証券会社にはちゃんと出勤しているというではないですか。

私はすかさず、「それでしたら奥さんが会社に出向かれて、ご主人に帰ってくるように直接、おっしゃればいいことだと思いますよ」と進言しました。

「ええ、昨年の大納会の日に出て行ったまま、正月も家に戻って来なかったようですので、娘に電話を入れさせたんです。すると婿は『会社を辞められ

なかったから帰れない』と言い訳したらしい」とお父さん。

「奥さんは、ご主人が証券会社にお勤めであるのを反対なのですか?」

「いいえ」と、またお父さん。

「娘は会社がいやだとかグチをこぼしたことはありません。昨年の秋ぐらいから突然婿の方から言い始めたらしいんです」

「ウーン、話のつじつまが合いませんねぇ」

「そうなんです。それで『今どこで寝ているの?』と娘が聞きますと、『独

身寮で一つだけ空き部屋になっているところで寝泊まりしている』と言うらしいんです」

何でも寮の友達に見られると具合が悪いから、朝早く出て夜遅くまで時間をつ書ぶし、寮に帰ると電気もつけずにそのまま寝てる・・・と。

「家内や娘は婿の言葉を信用しているのですが、私はどこかおかしいと思います。佐藤さんはどうでしょう?」

「そりゃあ、そんなんまるで嘘ですワ」。私はポンと突き放しました。以前にもよく似た依頼があったので、私は確信をもって言いました。「それは女ができているのだと思います」

話をしている間、彼女は相変わらず青白い顔に何の感情も出さず、ただうつむいたまま。奥さんには申し訳ないのですがと断りながら、「ご主人がおっしゃっていることは全く嘘」「女がいる」と私が断言しても、奥さんは何の反応も示さない。こうした場合、妻というものは逆上したり興奮したりするものなのに…。

私は「こんな無表情でこれまでよく夫婦の会話が成り立っていたもんだ」といぶかしくさえ思うようになりました。

結局、その日の彼女はただの一言も発せずに帰って行きました。彼女の主人の尾行調査はさほど難しいものではありませんでした。 彼は退社するとまっすぐ「女」のマンションに入っていきました。あとで分かったことですが、そのご主人の「女」とは彼の学生時代の後輩で、結婚する前からのつきあいだったようです。

<続>

夫の家出の原因は・・・(1) | 秘密のあっ子ちゃん(143)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

『家出』といっても、妻が家を出る場合、その原因のほとんどは「夫に愛想がつきた」ということが多いようです。

子供に後髪を引かれる思いをしても「もう顔を見るのも耐えられない」という。とことん追い込まれた心理状態に至っての結果なのです。

家を出た時、別の男と一緒かどうかは根本原因とはあまり関係ありません。その男の存在は、家を出るための単なる『ふんぎり』にすぎず、「その男と暮らしたいから」と家を出るのではないようです。

たいていの場合、妻の側は随分以前からご主人にシグナルを送っているものです。しかし、ご主人の方はというと、それには全く気がつかない。それどころか、彼女の必死の話を聞く耳さえ持っていないのです。

そして、妻に家を出られて初めて気がつく。いや、まだ気はついていません。なぜ家を出たのか、その理由が全く分からず、ただ慌てているだけなのです。これは、定年退職した日に離婚をつきつけられる夫の図によく似ています。世のご主人方は、奥さんのシグナルにくれぐれもお気をつけ下さい。
思い詰めた上での妻の家出とは逆に、夫の家出の原因はいたって単純です。

それは『女ができた』場合がほとんど。家出した夫のほとんどが女の部屋に転がり込んでいるものです。

今年二月に依頼を受けたケースも、「主人が家を出て帰ってこない」というものでした。

依頼者は、結婚3年目という22歳の若妻。ご主人は26歳で、大手証券会社に勤務しています。

当社に調査依頼に来られたとき、彼女の父親も付き添ってきました。

彼女は、まだまだ幼い感じで、青白い顔をうつむけたままほとんど口を開きません。おとなしそうに見える女性でしたが、私は大変暗い印象を受けました。

話は彼女に代わってもっぱら父親が進めました。

ご主人の様子に変化が現れ始めたのは昨年の夏ごろ。帰宅が遅くなり、秋ごろには外泊する日も増えてきたのです。

「そのころは、娘も『仕事が忙しいのだろう』ぐらいに思っていたようだ。ところが秋ロになると、婿はいきなり『会社を辞めたい』と言い始めた」と。そして、昨年の大納会の日、「『今日こそ会社を辞めてくる』と言って出勤したっきり、戻ってこなくなった」というのです。

「主人が帰って来ない」と依頼に来られた22歳の若妻に代わって、事情を説明したのは付き添っていた父親でした。

昨年の大納会の日、『今日こそは会社を辞める』と言って出勤したまま、一か月も帰らない娘婿。父親は「娘も家内も『辞められんからよう帰って来れないんだ』と言っているのですが…」と。

そこで、私は彼女に聞きました。「ウーン、それはどうかなあ。ご主人は、そんなに気の弱い方なのですか?」

彼女は、無表情に下を向いたまま。代わりに父親が答える。

「いや、気は弱くありません。結構活発な方です」

「それじゃあ、損失補てんの問題に絡んで得意先とトラブルがあったとか、

バブルがはじけて業績が悪くて悩んでおられたということはありませんか?」

また、父親が答える。「いや、それも私が会社に探りを入れたのですが、そういうことは一切ないようです」

「で、ご主人は会社の方はどうなされているのですか?」

「それが、元気に出社して勤務はしっかりやっているようなのです」

(それだったら、会社に乗り込めばいいのに)

<続>

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