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秘密のあっ子ちゃん(10)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 東京から電話してきた四十一才の男性の問い合わせ内容は、中学時代の同級生を探してほしいというものでした。 
 『こんな場合でも探してもらえるんでしょうか?』 『ああ、そういうケースはこれまでもたくさんございましたので、大丈夫ですよ』と私。『で、中学を卒業されてから後のことはご存知なのでしょうか?』
『ええ、知っています。実は…』
 それから続いた彼の話によると、二人の関係は単に“中学校の時の同級生”ということだけではありませんでした。
 彼の出身地は新潟でした。 中学二年生の時、同じクラスだった二人は、三年生の夏休みのころからつきあい始めました。
 高校は別々の学校に入学したものの、二人は三年間ずっと交際し続けました。 大学は、彼女は地元の短大、彼は東京の大学へと進学しました。二十数年前の、ましてや学生の身の二人のこと故、新潟と東京をそう頻繁に往き来することも叶なわず、二人は文通でお互いの気持ちを確め合っていました。
 二年後、短大を卒業した彼女は、彼のそばに行きたい一心で、就職を東京に決めました。
 彼女の実家は地元では有数の名家で、彼女は小さいころから厳しく育てられてきました。その抑圧に耐えてきたせいか、彼女自身はかなり繊細な少女として成育しました。
 彼女の両親は、中学のころから彼とつきあっていることはあまり快く思っていませんでした。ましてや、男を追って東京で暮らすなど、もってのほかです。彼女の父は、短大を卒業したからには二、三年花嫁修業をさせて、いい縁があれば早く嫁つがせたいと願っていたのです。 
 しかし、彼女は今を逸しては二度と彼の元へ行けないと決意し、家出同然に飛び出し、東京で就職しました。
 東京に出てきた彼女にそのいきさつの全てを聞いた彼は、彼女の期待とは全く裏腹な反応を示したのでした。『お父さんの言う通りだ。東京で一人暮しの苦労をするより、早く家へ帰れ』と言ったのです。
 彼女のショックは大変なものだったようです。『それなら一緒に住もう』とまでは言ってくれなくても、せめて『そうだ。いつまでも親の言うことばかり聞いていてはだめだ』とか、『君がそのつもりなら、僕もがんばる』くらいは言ってくれるものと思い込んでいたからです。しかし、彼は『東京で一人暮しの苦労をするより、お父さんの言う通り、家で花嫁修業をしろ』と言うではありませんか。 けれど、彼とすれば、その時は突き放すしかなかったのです。今の自分が彼女を幸せにできるとは思えなかったのです。まだ学生の身で彼女を養うこともできず、ましてや『待っていてくれ』というのも彼女を縛るようで悪いような気がしました。だから、自分の彼女への想いをぐっと堪えて、そう言うしかなかったのです。
 それからひと月も経たないうちに彼女は、父親に連れ戻されていきました。
 それから二人は何となく疎遠になってしまいました。
 その後一年程して、彼は同級生達の噂で、彼女がノイローゼになったと聞きました。
 もともと線の細いじょせいでしたが、その原因が自分にあるのではないかと、彼は気に病みました。しかし、『いまさら、どの面下げて合いにいけるのか』と、帰省しても彼女の家に足を向けることができませんでした。
 それからまた一年が経って、彼はそのまま東京で就職しました。そして、仕事の忙しさにかまけて、彼女のことはそのままになってしまいました。やがて、彼も結婚し、子供ができ、時が流れていきました。
 それが、つい先日、当社を取材したテレビ番組を見て、ずっと気になっていた彼女の記憶が鮮やかに甦ってきたと言うのです。
 『その後、彼女が元気でいるのか、幸せに暮らしているのか、そんなことを考え始めると、どうしても気になってしかたなくなってきたのです』彼はそう言いました。『あの時の自分の態度を考えると“薄情”と言われてもしかたありませんが、何しろとても繊細な人だったので、それだけに余計に気になるのです』幸運なことに、彼女の実家が昔のまま新潟にあり、ご両親もご健在だったため、彼女の所在は容易に判明してきました。
 彼女は十八年前に結婚し、現在は長野県に住んでいました。子供も二人あり、“ノイローゼ”どころか、とても元気に暮らしているということでした。
 その報告を受けた彼は、ふた月も立ってから、『自分が謝っていたと伝えてほしい』と再度依頼してきたのです。
 『電話してみようと何度も思ったのですが、彼女があの時のことをどう思っているか分からないし、もしまだ怒っているのではと思うと、恥ずかしい話ですが、勇気が出ないのです。それに、突然連絡して、迷惑をかけてはなおさら悪いのではと考えると、どうしても自分からは連絡を取れないのです』
 私は、早速、彼女に連絡を取りました。
 『ええ、彼のことはよく覚えています』と彼女。
 『お体がご丈夫ではなかったので、お元気にされているのか、とても心配されていたのですが…』と私。
 『ええ、娘時分は本当に弱くて、ちょっとしたことでも寝ついていましたが、それがどうした訳か、結婚して最初の子を産んでから見違えるように元気なり、今では病気一つしなくなりました』
彼女は若いころと違って、とても元気そうでした。ひとしきり、近況やら何やら世間話をした後で、私は核心に触れていきました。
 
 『それはおよろしかったですねぇ。ところで、彼はあたなが東京へ出てこられた時の対応をひどく気にされているのです。まだご自身にあなたを幸せにする自信がなくておっしゃったことなのですが、あなたを傷つけたのではないかと…』
 『ええ、あの時は恨みもしました。でも、もうそれは済んだ話ですし、気遣っていただいていたと分かって、その気持ちも晴れました』彼女はそう答えました。
 『彼は、できるなら一度会ってあなたに謝りたいと言っているんですけど…』
 『いえ、それはやめておきましょう。既にお互い違う道を歩んでいますし、もう佐藤さんのお話で充分です。彼にはよろしくお伝え下さい』
 こうして、結局、彼は彼女に再会して、直接自分の口で詫びることはできませんでしたが、長年の気がかりだけは解決することができたのでした。
<終>

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