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私は”恋のキューピット” | 秘密のあっ子ちゃん(9)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
 前回は、私が“恋のキューピット”役を果したお話をいたしました。はた目から見れば、『そんなこと、自分で言えるやろ』というようなことでも、当事者となればどうも勇気が出てこない場合が多いようです。 一目惚れの人に想いを打ち明けるのは勿論のこと、以前に親しくしていた人でも長い時間のブランクがあると、『突然連絡を取れば先方に迷惑がかかるのではないか』と気遣う方が多いのです。
 そうした気遣いで、私が海外まで出向いて、コンタクトを取ったケースもあります。(マ、もっとも、そのためだけに出かけて行ったのではなく、“ついで”があったからですが…)
 今回は、そのお話をすることにしましょう。
 依頼人は三十才すぎの清楚な女性でした。
 夏の盛りに当社にやってきた彼女は、ほっそりとした体に美しいシルエットのワンピースを身に着け、長い髪の毛はポニーテールのように束ねていました。白いパラソルが彼女の雰囲気にぴったりと合う、とても品のよい若妻でした。
 彼女には結婚前に出会った忘れられない人がいます。当初、私達はその男性の所在調査を行ったのでした。 とても清楚で品格のあるこの依頼人(31才)には忘れ得ぬ人がいました。それは、学生時代に知り合い、六年程つきあった男性でした。
 二人は相思相愛で、本当に仲睦まじく、結婚を固く約束していました。
 ところが、双方の両親が大反対したのです。調査には関係がないことでしたので、私はその反対理由までは尋ねはしませんでしたが、二人は反対されたことに、随分苦しみ悩んだようです。 彼女は当時もさぞや素直でしとやかなお嬢さんだったと容易に想像できる人で、彼の方も本当に温厚で優しい男性だったそうです。
 そんな二人は、双方の両親の大反対を押し切ることはできなかったようです。反対されつつも、一、二年はつきあってはいたのですが、彼の東京本社転勤を機に別れてしまったのでした。 その後間もなく、彼女は結婚しました。そして、その時点で二人はお互いの所在が分らなくなったのです。 夫は経済力も包容力もある穏やかな人で、彼女には何の不満もないのですが、彼との縁がこのまま一生切れたままであるのかと思うと、彼女はとても寂しい想いにとらわれたのでした。
 将来を固く誓い合った依頼人(31才)と彼でしたが、双方の親の大反対を受け、やがて別れてしまったのでした。彼女は結婚した後も、彼がどこかで生きているということが頭から離れませんでした。
 彼の方とて既に結婚しているでしょうから、再会しても今さらどうこうしようとは思いもよりませんでしたが、あれほど心を通せた人が一生縁が切れたままになってしまうのは、どう考えても寂しすぎると思ったのでした。
 夫は彼の存在を知っていました。そして、彼女が彼と“いいつながり”を保ち直したいと願っていることも理解していました。
 彼女は彼が転勤していった東京本社に問い合せました。 しかし、彼はそこからまたどこかへ転勤したらしく、既に東京にはいませんでした。
 彼女は彼の迷惑を考えると、それ以上自ら追求することはできませんでした。 彼女が当社にやってきたのは、そんなことがあった直後だったのです。
調査を開始した私達に、彼は次の赴任先にいることが分ってきました。それは日本国内ではなく、シンガポールだったのです。
 彼(33才)が次の赴任先であるシンガポールにいることが分った彼女(31才)は悩みました。
 勢い込んで連絡を取っても、コンタククトを取りたいと願っているのはこちらだけかもしれない。六年のブランクが彼の環境をどう変えているかも分らない。自分が連絡を取ることが彼の迷惑になりはしないか? 調査報告をした後、私は彼女からそんな相談を受けていました。
 二週間程たったある日、私は、偶然にも別件でシンガポールへ行くことになったのです。 
 彼女にその旨を話すと、彼女は『次いでよいから是非に彼に会って、今の自分の気持ちを伝えてほしい』と言ったのでした。
 シンガポールに到着してすぐ、私は彼にコンタクトを取ろうとしました。しかし、運悪く(後に、それは逆に幸運だったことが分るのですが)かの地の祝日に当たり、彼の会社も休業していました。やむなく、私は彼への連絡は後日に回したのでした。
 三日後、別件を済ませた私は、彼の在席を確認するために会社に電話を入れました。 『ハロー。メイ、アイ、スピーク、トウ、ミスター○○?』
 『ワン、モメント、プリーズ』電話に出た女性はそう答えました。どうやら彼はいるようです。
 『ハロー?ディスイズ○○』男性の声がそう言うなり、私は途端に日本語で急ききって、『もしもし、もしもし、○○さんですか?』と言っていました。そして、異国の地で何年も前に別れた彼女の名前を聞いてびっくりしきっている彼を尻目に、『とえりあえず、今からそちらへ伺います』と言って、ホテルを飛び出したのでした。
 ちょうど夕方のラッシュに当たり、メインストリートのオーチャードロードは混みに混んで、私はタクシーの中でイライラしていました。
 彼の会社に到着するまでに随分時間がかかったのにも関わらず、彼はじっと待ってくれていました。彼女が言ったように、彼は見るからに穏やかで温厚で優しそうな人物でした。
 私は、丁寧に迎えいれてくれた彼に、これまでのいきさつと彼女の気持ちを伝えたのでした。そして、彼女から預かってきた手紙と彼が好きだったビートルズのテープのプレゼントを手渡したのです。
 『彼女は元気にしていますか?』と彼。
 『ええ。ご結婚されて、今は専業主婦をされています。彼女の願いは、もしあなたにご迷惑がかからなければ、今も申しましたように、お互いの生活に支障がない程度に連絡を保っていきたいということなのです。彼女のご主人はご存知のことなので、手紙も電話も大丈夫とのことです』私は再びそう説明したのでした。 『一度、手紙を書きます。でも、本当にびっくりしました。特にこのテープは嬉しいです。実は、今日は僕の誕生日なのです』彼はそう答えました。
 私がシンガポール到着した日、祝日で彼と連絡が取れなかったのは、今にして思えば何ともラッキーな天の配剤だったのでした。
 シンガポールで偶然にも彼の誕生日に、彼女の手紙とプレゼントのテープを渡した私は、それからもひとしきり世間話をして彼と別れました。『食事でも』と強く誘ってくれた彼に、『今日は、ご家族とお誕生日をお祝い下さい』と、それを固辞して…。
 帰国後、私はすぐに彼女に事の次第を報告しました。彼と一緒に撮った写真と、彼女がシンガポールへ遊びに行った時いつでも彼を訪ねれるようにと詳しい地図を添えることも忘れませんでした。
 彼女は目を輝かせて彼の近況を聞き、そして、彼が彼女の想いや願いを快く納得してくれたと聞いて、本当に嬉しそうな笑顔を残して帰っていきました。
 それから十日後、彼女から一通のハガキが届きました。そこには、
 『…。先日、早速、先方よりお便りと、当時二人でよく聞いた曲を吹き込んだカセットを送っていただきました。今回、お願いして本当によかったと思っております。心から厚く御礼申し上げます。これからも、私のような想いをしている人の手助けになって下さいますよう、ますますのご活躍を心よりお祈り申し上げます。…』
とありました。
<終>

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