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尾行結果は・・・ | 秘密のあっ子ちゃん(21)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
阪神大震災の直後、私は創業以来より当社に依頼して下さった阪神間在住の全ての依頼人さんにお見舞いと安否確認を行いました。電話の通じる所は電話で、それが不可能な所は葉書で…。 
その結果、神戸市北区在住の依頼人さんが実家に戻っていた奥さんを心配してバイクで向う途中、直後の余震で転倒し、腕を若干怪我された以外、皆さんご無事でひと安心したものです。 当社からのこうした連絡を皆さん一様に喜こんで下さり、上記の依頼人さんなどは電話口で、「もう何年も経っているのに私のことを覚えてくれていて、よくまあ連絡を下さいました。今回の地震で、私は怪我をしましたが、人の心の優しさがいやという程、身に染みました」と涙声で話されたものです。
そんな折、私は一通の葉書を受け取りました。
「ご心配をおかけしました。その後、皆さんはお元気ですか?四年前には本当にお世話かけました。私は平成四年四月に結婚し、この地震でも夫婦共無事で、元気に暮らしていますのでご安心下さい…」
それは、平成三年の夏に依頼を受けた神戸市灘区在住の三十九才の男性からのものでした。
彼(当時三十五才)が人探しの調査を依頼してきたのは、四年前の夏のことでした。
彼は当時、ある女性に恋をしていました。彼女は三十才で、離婚経験があり、六才になる女の子を引き取っていました。
彼としては、彼女がバツイチであるとか、子持ちだとかということは全く気にしていなかったですが、一つ問題がありました。それは彼女と知り合った場所というか、彼女の「勤務先」です。実は、彼女はデートクラブのデート嬢だったのです。
こうした仕事の女性のほとんどがそうであるように、彼女もまた自分の住所や自分自身についての詳しい話をしませんでした。彼がそうした話題に触れると、彼女はそれとなく話をかわすのです。
彼はかなり本気でした。プロポーズしようかとも考えていました。しかし、あまりにも彼女自身のことを知らなすぎていました。もっときっちりと彼女のことを知りたいと思っても不思議ではありません。
そこで、探偵に調べてもらおうと当社にやってきたのです。 「まずは、どこに住んでいて、どんな生活をしているのかを知りたいのです」彼はそう言いました。
そうしたことを知るには、彼の手持ちの材料からでは彼女を尾行するしかありませんでした。
彼(当時35才)の依頼とは、とにもかくにも彼女(30才)がどこに住み、どんな生活をしているのかということでした。
「となると、これだけの手掛りですと、尾行するしか手はないですね」私はそう答えました。
私と依頼人は、早速尾行に入る手筈を打ち合わせたのです。
依頼人が彼女との次のデートのコンタクトが取れた時点で、彼が当社に連絡を入れる。そしてその当日、彼女との待ち合せ場所に、依頼人の顔を見知っている私が尾行班のキャップを連れて行き、顔確認をする。その後、二人のデート中から尾行班は尾行を開始し、彼女の住居を確認する。手筈はこうでした。
尾行当日、別件で動いていた私は、尾行班とドッキングするために依頼人が指定してきた場所へと向いました。そこは、キタの繁華街の一角で、その時間にはかなりの人出でした。私は尾行班のキャップは依頼人との約束の時間より前に落ち合うことになっていたのですが、大変な雑踏の中でキャップが見当りません。 「今、どこや?」私はキャップの携帯電話に電話を入れました。すると彼は、「社長の目の前にいる」との答えてきたのです。振り向くと、彼は私の後ろに立っていました。尾行班というものは、いくら影のような存在にならなければいけないとはいえ、「それやったらはよ言えよ!」と私は言ったものです。
尾行班は私の指示に従い、依頼人(35才)と彼女(30才)の顔を確認すると、早速張り込みの態勢に入りました。私はと言えば、後は彼らに任せ、事務所へ戻って結果連絡が入るのを待っていたのでした。
依頼人と彼女は喫茶店を出ると、ホテルへ入って行きました。
二時間後、出てきた彼女の後を尾行班が追います。 私達は依頼人から彼女の動きは“歩き”だと聞かされていました。別れると店へは戻らず、いつも地下鉄に乗って帰宅すると言うのです。尾行班は“歩き”班一班と、念のために“車両”班一班を準備していました。
二人は駅前で別れると、彼女は依頼人の言うように正しく地下鉄のホームへ入っていきました。
ホームへ入る直前に公衆電話で一本電話を入れています。おそらく店への報告だと考えられました。電話番号の下四ケタは確認することができました。
雑踏の中、背後にぴったりと尾いたメンバーの一人が彼女が券売機で買う切符の値段が確認すると、メンバー全員分の切符を素早く買い、後に尾いていきます。車両班は歩き班の連絡を待ちながら、地下鉄の進行方向に車を走らせるのです。 彼女が下車しました。  歩き班は地上に出ると、車両班に下車駅を連絡します。車は近くまでやってきていました。
彼女が改札を出ます。尾行班は、彼女が駅から歩くかバスに乗るかして帰宅するだろうと想像していました。
改札を出た彼女は地上に上ると、交差点で立ち止まりました。一分も経たないうちに、彼女の前に一台の車が停車しました。彼女はそれに乗り込みます。車はすぐに発進しました。車両班は近くまで来ているとはいえ、これでは間に合いません。
歩き班は、すぐさまタクシーを捕まえます。
「あの前の車を追ってくれ!」運転手さんにそう伝えます。
「お宅ら、刑事さんでっか?それとも探偵屋さん?」運転手さんは興味しんしんらしく、いろいろと聞いてきます。
「とにかく、見逃がさないように、頼みます!」尾行班は叫びます。
「いやぁ、なんか緊張しまんなぁ」と運転手さん。 こういうことって、結構あるんです。ところが、何故か口数の多い運転手さん程よくまかれてしまいます。従って、いろいろ聞いてくる運転手さんには、思わず「緊張なんかせんでもええから、まかれんようにしてくれたらええねん!」と言いたくなってしまいます。が、そこは余計な減らず口を叩くと却って運転手さんの集中力を欠くので、じっと前方の車を凝視しているという具合になるのです。 その運転手さんは、やはり懸念した通り、黄信号で突っこんでいった彼女を乗せた車を追い切れず、結局見失うハメとなったのでした。悔しさ一杯の尾行班は運転手さんに当たる訳にもいかず、地踏鞴を踏みました。追いついてきた車両班とドッキングした後、すぐにその辺りを探し回っても、もはや例の車は見つかるはずもありませんでした。  尾行班のキャップは追いきれなかったタクシーの運転手さんに対して非常に腹を立てたものですが、そこは素人のこと故そこまで要求してあげるのは無理というものです。
「社長、えらい優しいでんな。僕らには『死んでも尾いていけ!』と言うくせに」とキャップ。私は薮蛇になってしまいました。彼らは自力でやれば絶対にまかれることはないという自負を持っています。従って、まかれてしまったことがよほど悔しかったようです。 依頼人も不可抗力とでも言うべきこの情況を理解して、「もう一度してほしい」と言ってきました。
二回目の尾行前日、尾行班は彼女の下車駅にバイクを運んでいました。彼女にはまた例の車が迎えに来たのですが、お陰でその日は何なく彼女の居所を突き止めることができたのです。 しかし、様子から言って、どうも男と暮らしているようでした。
報告を受けて依頼人がどうしたのか、私は知りません。
しかし、四年ぶりに届いた彼の葉書から察するに、彼の恋はあれで終ったようです。もっとも、彼女のことを引きずることなく、今は幸せに結婚をしているという文面を見て、彼にとってあの調査は、あれはあれでよかったような気がしています。
<終>

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