これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
ごく稀に、人探しの調査の依頼が入り、調査にかかっている最中に、依頼人から中止の申し入れが入ることがあります。
それはたいていは喜ばしいことが多いのです。というのも、たずね人と連絡がついたというケースがほとんどだからです。
少し前にもこういうことがありました。
依頼人は二十四才の若い女性でした。二年間つきあっていた彼からの連絡が途絶えてふた月になると言うのです。彼はもともと仕事が定まらず、職を転々と変えていたのですが、ある日、
「友達に誘われたから、東京で仕事をしてくる」
と言って出て行ったきり、連絡がないというのです。
「二、三週間で戻ってくると言っていたのに、もう二ヶ月にもなるんです。東京で何かあったのかと思うと心配で…」
彼女はそう訴えました。
三、四ヶ月前のこと、その頃はサリンだの、オウムだのと、東京はまだまだ騒然としていて、彼女の心配も分らぬではありません。
しかし、こうした場合、事件や事故に巻き込まれたと考えるより、彼の個人的な都合で連絡を取らなかったと考える方が妥当です。
そこで、私はもう少し待った方がいいと提案したのでした。
「喧嘩をした訳でもないのでしたら、もうそろそろ連絡があると思いますよ。きっと忙しすぎるか何かでついつい電話もできないんじゃないでしょうかねえ」
ところが、彼女はもうほとんど泣き出しそうな声で訴えるのです。
「そう思って、毎日待っていたんです。でも、もう二ヶ月も経ってしまいました。二、三週間で帰ると言っていたのに…。ですから、今すぐにでも探してほしいんです!」
私は、これ以上「待て」というのも酷な気がしました。「それでは」と調査を始めたのでした。
ところが、調査を開始して三日目、彼女から再び電話が入りました。
「お手数をおかけしていますが、お願いしていた調査、中止してほしいんです」
「それは構いませんが、どうしてですか?」
「昨日、彼から連絡が入ったんです。明日、大阪へ帰ってくるって…」
彼女の声はこの前とは打って変わって弾んでいました。
私は「ほらね」と言いたいところでしたが、「それはよかったですねえ」と一緒に喜んであげたのでした。
調査中に依頼人から中止の申し入れがあるのは、ほとんどが探し人と連絡が付いたという喜ばしいケースが多いのですが、特に家出の場合の家族の喜びはひとしおです。
これもつい先日のこと、二十三才になる娘さんが一週間前に家出したと、両親打ち揃って相談に見えました。
彼女が家出した時の状況と手がかりを一通り聞き終えて、私が「全力で探させていただきます」と言うと、やっと安心されて、ご両親は帰っていかれました。
私達はすぐさま調査の準備を始めていました。ご両親が当社を出られて三時間後、お母さんから電話が入りました。
「今、本人から上の娘の方へ電話が入ったのです。明日また電話すると言って切ったらしいのですが、どう対応したら一番いいのか、ご相談したくて…」
そういう内容でした。
家出の場合、たいていは何らかのコンタクトが本人から入ることが多いのです。その時を逃がさず、本人が帰れる状況にしてあげるのが、本人にとっても家族にとっても一番いいことなのです。
私はすぐさま、再び連絡が入った場合、お姉さんがどう対応すべきかを指示しました。
私は家出した彼女(23才)からお姉さんへ連絡が入った場合の一番いい対応を伝えました。
「家出した人は何らかの形で身内の方にコンタクトを取られる場合が多いのです。それは本人からのSOSですので、頭ごなしに叱られないで、『お前の言い分はよく分ったから、無理に連れ戻すつもりはないが、もう一度話し合おう』とか、『心配しているので、せめて連絡が取れるように』とか、ご両親以外の方が本人さんの情に訴えられるのが一番いいと思います」
その後三日間、ご両親からは何の連絡も入りませんでした。本人から連絡が入ったものなのかどうか、入った場合、彼女はどんな反応を示したのか、私は全く分らずにいました。
そろそろこちらから様子を聞かなければと思っていた矢先、お母さんから電話が入りました。
「ちょうど、こちらからご連絡しようと思っていたところなんです」
「ご心配かけてすみません。やはりあの翌日、本人から上の娘へ連絡が入りまして、言われた通り対応しますと、『九州にいる』と言いますので、今、迎えに行って、連れ戻ったところなんです。本当に有難とうございました」
早期に本人が見つかったこのケースは、両親の心配を思うと私自身も喜びはひとしおでした。
<終>
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