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38年前に別れた日本女性を…(1)| 秘密のあっ子ちゃん(152)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

「思い出の人探し」の依頼は、関西エリアのみならず、もちろん日本全国を対象に受け付けています。国内からだけでなく、海外からの依籾もこれまでに何例かありました。
韓国、台湾、そしてアメリカ…。アメリカからの依頼の中で昨年受けた依頼は、ビル・ウォシャーという六十二歳の男性からでした。
彼は、三十八年前に別れたある日本人女性を捜していたのです。一九五二年、ビルは朝鮮戦争の影響で、アメリカ空軍の隊員として日本の座間基地へ配属されました。キャンプ座間で、ビルはpxで働く一人の日本人女性に出会いました。彼女の名前は井上圭子。ここまでお読みの皆さんにとっては、その後の二人の展開について想像に難くないと思います。そうです。二人は恋に落ちたのです。ビル、二十一歳、圭子さん、二十四歳でした。一年後、圭子さんはpxを辞め、二人は同棲を始めました。二人の生活は、彼が帰国する一九五五年まで続いたのだそうです。ところが、朝鮮戦争が終結し、そのためビルの任務が変わり、彼はアメリカへ帰国しなければならなくなったのです。
朝鮮戦争が終結し、帰国しなければならなくなったビル。
彼は圭子さんに、「必ず迎えに来る」と言い残し、後ろ髪を引かれる思いでアメリカに帰りました…。 皆さんはここまで読まれると、
「ああ、あのパターンか」と思われるでしょう。蝶々夫人の例をあげるまでもなく、おそらく殷・周の時代から湾岸戦争まで、人類はこんな別れを何万回(いや何億回かもしれない)繰り返してきたのですから。
でも、本当に「迎えに来たのはごくまれだった、ということもみんなよく知っている・・・。だから、私もそんな気持ちで依頼人ビルの話を聞いていたのです。しかし、ビルは本当に本気だったのです。別れ際の圭子さんへの気休めにロから出まかせを言ったわけでもない。また、帰国後別の女性が現れ、気が変わったのでもない。彼は、圭子さんとの結婚を真剣に考えており、除隊したらすぐに彼女を迎えにくるつもりでした。二人は離れている間、手紙をやりとりして連絡を取り合いました。
朝鮮戦争時、座間キャンプで出会い、恋に落ちた二人。しかし、ビルは任務の変更のため、帰国しなければなりませんでた。彼と圭子さんは、アメリカと日本との間で連絡を取り合うために、文通を始めました。「何かの手がかりに」とビルが持ってきたその手紙は”文通”というより、自分達の意志とは無関係に引き裂かれてしまった若いふたりのラブレターでした。圭子さんがたどたどしい英語で一生懸命
書いているのが、かえって涙ぐましい。
二人の文通は一年以上続いたのだそうです。私は、「まるでドラマや」と思いつつ聞いていました。今、「聞いていた」と言いましたが、ちなみにビルの話は当然、すべて英語です。私の英語力はというと、ここまで複雑な話をすべてイングリッシュで聞かなければならないとなると、「頭がパニックを起こしてしまう」程度のものです。しかし、ご心配なく。ビルはその辺のことはよく心得ていて、在日米国人の友人を通訳として連れて来てくれていました。おかげで、英語の聞きとりで頭痛になるようなことはありませんでした。ただし、彼の友人の日本語の聞きとりには、頭が痛くなってしまったのですが…。

<続>

 

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