これは1994年に出版された、佐藤あつ子著「初恋の人、探します」(遊タイム出版)に収録されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
三学期の授業が始まって一週間たっても、千里は学校に姿を現さなかった。
その日の放課後、遠山良美が三年のクラスにやってきた。帰ろうとして廊下に出た和宏は、良美が何か言いたげに立っているのを見つけたが、同級生が一緒だった手前、
「オッス!」
と声をかけただけでそのまま帰った。
翌日、和宏は良美を呼び出した。
「昨日、何か話があったんと違うんか?」
「うん、千里のことや」
「あいつ、二、三ヶ月、会われへんと言うとった」
「もうすぐ、施設に行くらしいねん。千里、そのことを自分で柏本さんに言うの、いややったみたい。半年したら戻ってくるから、待っていてほしいと伝えてくれって…」
そうか、そういうことだったのか。家庭の事情が複雑であるということは千里から少し聞いていた。同級生である千里の兄も三学期からは学校へ来ていなかった。担任の教師は「高木は当分長欠になる」とだけしか言わない。
半年ぐらいなら待てる。その時そう思った。
公園のブランコの横に三本並んで立っている桜の木からは、クマゼミの「シャァー、シャァー、シャァー」という声がうるさいくらいに聞こえていた。夏休み最初の日、和宏は千里の家に向かって自転車を走らせていた。
和宏は高校一年生になっていた。
あれから半年以上たったが、千里は戻ってこなかった。連絡もまるでない。通学途中、たまに会う遠山良美に聞いてもみたが、千里の消息はわからなかった。
昨日、和宏は大切にしていた縁結びのお守りを失くした。去年のクリスマスに千里がくれたお守りだった。和宏は、あれ以来、それをずっと制服の内ポケットに入れて持ち歩いていた。その大切なお守りが昨日、制服をクリーニングに出そうとして失くなっているのに気づいた。慌てて部屋中探し回ったが、出てこない。母親に当たり散らし、逆にしかられた。
ショックだった。それは千里との思い出の唯一の品だった。そのお守りを失くしたことで、千里とのつながりが途切れてしまったように思えた。
居ても立ってもいられなくなり、千里の家へ自転車を走らせた。
千里の家は静まり返っていた。その家は二軒長屋の古い借家で、ガスメーターには大阪ガスの紙札がついたままだった。
「やっぱり空家のままだ」
春の初め、和宏が高校に合格した時にも訪ねていたので、空き家であることはわかっていた。けれど「ひょっとしたら」という思いだけで自転車を走らせていたのだ。わずかな期待はむなしく破られた。
ゴミを捨てにきた隣のおばさんが、空家の前で突っ立っている和宏をジロリと睨んでいく。手の甲で額の汗をぬぐうと、自転車にまたがってもと来た道を引き返した。
その夜、和宏は和歌山へ電話を入れた。正月の苦い経験が、これまで祖母宅への電話を躊躇させていたが、もうそんなことは言っていられない。
和宏が千里の友人だと名乗ると、祖母の言葉つきが急に変わった。
「あんた、どこの友達?中学の?千里に何の用事?連絡取りたいってゆうても、今、千里は連絡取れへんよ!」
取り付くシマがない。
翌日、和宏は家庭裁判所に電話した。
案の定、和宏の身元や千里との関係を根掘り葉掘り尋ねられた上に、やっと返ってきた答えは
「資料が多すぎて調べることができません」
だった。
「そこを何とか」と食いさがる和宏。電話は別のところに回されて、一から身元や千里との関係を聞かれる。さんざんたらい回しにされたあげくに返ってきた返事が、
「リストには高木千里という名前はありませんねぇ…」
そんなはずはない!もう一度調べてくれと訴える和宏に、
「高木千里さんは、今は社会福祉施設にいません!」
と言っただけで、その電話は切れた。もう自力で千里を探す方法はわからない。
二学期も終わろうとしていた。千里と別れてもうすぐ一年になる。
和宏はあの夏の日以来、千里を探してくれるところを探していた。
ある日、阪神ファンの同級生が持っていたスポーツ紙を何気なく見ていた和宏は、片隅の関西の探偵社の広告に目が釘付けになった。
『初恋の人探します。料金:着手金3万円。成功報酬3万5千円』
ここや!
和宏は次の日には寿司屋でアルバイトを始めていた。
~ 続く~
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