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もう一人の戦友のゆくえ(1)| 秘密のあっ子ちゃん(167)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

大阪に珍しく雪が積もっ たその年の二月のある日、私は一人の老人(73才)から の電話を受け取りました。 彼は若いころから粉問屋ででっち奉公を勤め上げ、現在はいくつものチェーン店を持つうどん屋を経営し ています。
彼の希望は、太平洋戦争中に生死を共にした戦友を探してほしいということで した。
彼の言うには、一番仲のよかった戦友三人のうち二 人は既に連絡が取れていて、随分以前から行き来があるそうです。年に一度は みんなで旅行に出かけ、親交を深めてもいるとのことでした。ところが、三人のうちの一人とどうしても音 信が取れない。ここ何年間 か、他の戦友達とも手分け して探したが、杳(よう)としてその消息が分からな いのだと言うのです。

彼は『死ぬまでにもう一度四人で集まって、思い出に、終戦を迎えたシンガポ ールに行きたい』と言いま した。
私は戦争体験をされた老 人のこうした話にはいつも強く心を動かされるのです が、今回も『そういうこと なら』と意気込んで依頼を 受けようとしました。

しかし、彼が最後につけ 加えた言葉は、『欺しませ んやろな?』だったのです。
『は?それはどういうこ とでらっしゃいますか?』 と私。
『いや、実は先日、従業員の募集広告を出してやると言ってきた人に、広告は 一行も出してくれんと金だけとられましたんや。お宅 はそんなことはおませんや ろな?』
私はそういうことかと納 得しました。
『ウチは着手金をいただくだけいただいて、調査をしないなんてことは絶対にありません。そんなことをしていたら、何十年もここでこの商売をやってはおれません。 もしご心配なら、近くのことですし、一度お越しになってお確かめになってからお決め下さっては如何ですか?』
私はそう答えたのでした。
それから一時間もしない うちに、その老人は当社を 訪ねてきました。

<続>

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