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もう一人の戦友のゆくえ(2)| 秘密のあっ子ちゃん(168)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

つい先日、募集広告で金だけ取られて広告は出 されずじまいだったという経験を持つ依頼人(73歳)は、当社に対しても 最初から疑いの目で見ていました。
『ご自分の目で確かめられてから、ご依頼してください』という私の返答に対して、彼はすぐに当社にやってきました。相変わらず、『大丈夫 でしょうな』と念を押します。『丁稚奉公で鍛えられ、先日にもそういう経験をしているのなら無理もないか』と私は根気 よく対応をしていまし た。
それで彼は納得したのか、一時間ほどあれこれ 聞いた揚げ句、結局依頼されていったのです。
調査は、その戦友の出身地である青森か秋田の同姓の人の聞き込みから始まりました。片っぱしから聞き込んでいく中 で、ついに戦友の親族にぶつかったのです。
彼は健在で、宮城県で 農業を営んでいました。
私たちは早速、その戦友にも連絡を取ったので す。彼もまた、依頼人の名を聞き、驚かれたのと同時に懐かしがられ、非常に喜んでくれました。私たちも、これで依頼人の最初の疑念も解けて、喜んでくれるだろうと思ったのは言うま
でもありません。
勇んで連絡を取ると、 彼は三十分もたたないう ちに当社へやってきました。
報告書を見て、あれこれと質問をします。
『はあ、宮城におりましたか。簡単でしたやろ?』
私は一瞬ムッとしてしまいました。 いくら商売とはいえ、この手合いが一番ムカつくの です。
依頼時に内容を話した上で、『簡単な調査やろ』という人がたまにいま すが、調査が簡単かどうか は結果が出てみないことに は分からないものなので す。あまりしつこく『簡単 やろ』と言う人には、私は 『それほど簡単なら、ご自 分でなさっては如何ですか ?』と言います。すると大概は『いやいや、自分で できないから・・・』と慌てて 訂正されるのですが…。 『ご存知のように、部隊の方では住所不明になっていますので、手掛かりは青 森か秋田の○○さんという ことしかありませんでした。簡単どころか、大変で したよ』
私はムカつきを表情には 出さず、できるだけ丁寧に言いました。
『そうでっか? で、今 は何しとりまんねん?』
『農業をされておられるようです。先方も大変喜ば れておられました。日中は 畑に出ていることが多いの で、連絡は夜にほしいとお っしゃっておられました』
『ああ、そう。ところ で、この住所に間違いない でっしゃろな?』
『ええ、間違いありませ ん。ご本人にも確認してあ りますので』
『念のために、電話貸してもらわれしませんか?この電話番号で間違いないか確かめますわ。
電話料金は払いまっさかい』 私はそれまで二千件近くの依頼を受けてきていましたが、
そんなことを言われ たのは初めてでした。ほぼ 全てと言っていいほど、依 頼人は当社に信頼を寄せてくれ、だからこそ私もスタ ッフも依頼人の想いに応え ようとがんばってきたので した。
私はこの老人に対して、『いくらこの前、詐欺まが いにひっかかったからと言 って、ちょっと度がすき る。私達は逃げも隠れもし ないのに・・・。マ、気の済む ようにしたらいいけど』と 思いながら、受話器を差し出しました。『電話代など 結構ですから、これをお使い下さい。でも、先方は今 の時間なら外出されていると思いますよ』
『いやいや、電話代は払わしていただきます』 私はこんな人ほど払う気などさらさらないのはよく 知っていました。
彼は受話器を持ち、プッシュボタンを押していま す。相手を呼び出しているようです。しばらくたって も彼は受話器を置きませ ん。
『やはり留守ですか?』 『そうみたいですな。し ばらく待たしてもらいますわ』
彼は三十分おきに宮城県の戦友の家に電話し、結局 二時間半も事務所に座り続けていたのでした。
そして当然のことのよう に、電話代は払われること はありませんでした。
やっとつながった電話口 で、彼は戦友に向かって言 っています。
『おお、俺や、俺や。元気やったか!どないして てん?お前がちゃんと 部隊に報告しとけへんかっ たから、余計な金を使わさ れてしもたわ。とりあえず、今、出先やから、もうちょ っとしてから俺とこへ電話くれるか?』
彼は戦友に自宅の番号を 伝えてから受話器を置き、 『えらいお世話さんでした』とだけ言って、そそく さと帰っていきました。
つい先日、詐欺まがいに ひっかかったとはいえ、当 社までもがそこまで疑われ て、私は当然いい気はしま せん。それに丁稚奉公でが んばってきたとはいえ、ケチくさすぎるわとも思いました。
いつもは報告した時の依 頼人の喜ぶ顔に、それまで の疲れも苦労も吹っ飛ぶも のですが、この時ばかりは、私達の疲れは倍加し、 何とも気分の悪い思いだけが残ったのでした。

<終>

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