このページの先頭です

肉親の情(3) | 秘密のあっ子ちゃん(37)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。
調査の結果、夫であった人は昭和五十八年に亡くなっていました。
「そうですか。そんな前に死んでおられたのですか…」
報告した時、彼女はそう言いました。若くて元気だった姿しか記憶のない彼女にとって、それは意外な事実だったようです。
彼女につらく当たった姑は今も健在でした。
そして、何よりも、彼女の息子は立派に成人し、大企業の幹部として、三子の父として、元気に暮らしていることが判ったのでした。 五十年ぶりにやっと我が子の所在が判ったものの、彼女(70才)には新たな悩みが出てきました。
一目なりとも会いたいけれど、今さら自分が現われては迷惑をかけるのではないかということでした。息子には、二才になるかならないかの時から育ててくれた義理の母がいるのです。それに、彼女につらく当たり、心底彼女を嫌っていた姑もまだ健在なのです。そんな事情から、彼女は自分が現われることによって、我が子が板挟みになることを恐れていました。また、五十年も経って現われた自分のことを「財産目当て」と勘ぐられるのではないかという不安もありました。しかも、そもそも彼が彼女の存在を知っているかどうかさえも分らないのです。 彼女の苦悩は息子の消息が分らなかった時以上に深まったのです。
しかし、それでもやはり我が子には会いたい…。せめて、自分が生きているうちに、一目なりとも…。それに彼に年ごろの娘が三人もいるのなら、その孫達が結婚する時に、僅かだけれど自分が大切にしてきたものをあげたい…。彼女はそんな想いを消すことができませんでした。
彼女は私達にコンタクトを取ってくれるようにと依頼してきました。
実の息子にコンタクトを取ってくれるようにと頼まれた私達は、彼が依頼人(70才)の存在を知っているかどうかが分らないため、電話で連絡を取ることを避け、手紙を出しました。 それには突然の手紙の非礼を詫びた上で、依頼人が彼を手離さざるを得なかった五十年前の経過と、現在の彼女の心境をしたためました。そして、彼が依頼人に会う気があるにしろ、ないにしろ、何らかの返事をくれるように頼みました。 しかし、待てど暮らせど彼からの返事は来ませんでした。私は、突然の話のこと故、彼の方にも心の整理が必要であろうということは重々承知していましたので、はやる気持ちの依頼人に気長に待つようにと説得していました。しかし、それにしてもあまりにも時間が経過しすぎていました。 三月後、私は思い切って彼の自宅へ電話してみました。電話口には奥さんが出られました。奥さんの話のよると、彼は現在、九州へ単身赴任しており、週末に自宅へ帰ってくるということでした。
「あなたから手紙が届いたのは覚えています。主人にちゃんと渡しましたので、もう読んでいるはずだと思いますけど…」
彼女はそう答えました。 私は彼の奥さんに、彼の方からとりあえず一度連絡をくれるように頼んでおきました。
翌週、彼から当社に電話が入りました。
彼は悩んでいました。
依頼人(70才)の存在は子供のころから何となく知っていたと言います。そして、高校生の頃、彼は独力で実母を探そうとしました。しかし、その時は探しきれず、彼女を探すのは断念したのです。その後も心の片隅には実母のことが気になっていましたが、彼自身が大人になり、自らも人の子の親になっていくと、実母を探すことは自分を育ててくれた継母を傷つけるのではないかと思うようになって、今までそのままにしておいてたのだということでした。
「私に実母がいることは知っていました。ずっと北海道にいると聞いていましたので、大阪だと分って驚きましたが…。母の気持ちはよく分りますし、決して忘れているのではありませんが、もう少し時間をいただきたいのです。自分の心の整理というよりは、いろいろな兼ね合いで…」
彼はそれ以上、言葉を濁して語りませんでしたが、継母のことを気づかっていることは明らかでした。
彼とのやりとりを依頼人に報告すると、彼女も彼の言うことを理解し、今すぐ会いたいという気持ちを押さえたのでした。
彼女は我が子にまだ再会はできていませんが、いつか会えると信じつつ、自らの半生に一つの区切りをつけたのでした。
<終>

Please leave a comment.

入力エリアすべてが必須項目です。メールアドレスが公開されることはありません。

内容をご確認の上、送信してください。