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阪神大震災に被災した女優さん(2) | 秘密のあっ子ちゃん(43)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 彼の希望は彼女と直接接触したいというのではなく、彼女の無事を知り、もう一度彼女の舞台を見たいということでした。
 私達は、まず彼女がどこの所属の役者さんなのかを調べることから始めました。 依頼人が既に聞き込んではいましたが、念のために小屋の責任者に彼女のことを尋ねました。しかし、小屋では依頼人に答えた通り、彼女のことを全く把握していませんでした。そこで、無理に頼み込んで、その一座の連絡先だけは何とか教えてもらったのです。
 早速、一座に連絡を取ろうとしました。しかし、いつ電話しても留守ばかりで、何日経っても連絡は取れませんでした。
 
 一座と連絡が取れるのを待つだけの無為な時間だけが過ぎていきます。「これではラチがあかない」と思った私は、苦肉の策として、知り合いのプロダクション関係の人に彼女のことについて尋ねてみました。
 彼は「そんな名前の役者は聞いたことないなぁ」と言いながらも、「調べてみる」と請け負ってくれました。
 三日後、彼からの返事が来ました。彼女の所属プロダクションが分ってきたのです。
 私達は早速、そのプロダクションに向いました。
 プロダクションの話によると、彼女は阪神大震災に遭遇したものの、無事で今も元気にがんばっているということでした。彼女はもともとモデルあがりの女優志望で、モデル時代からそのプロダクションに所属しているということでした。モデルは競争が激しく、また女優志望とはいえ、売り出すにはそれなりのきっかけが必要です。悪戦苦闘の中、日舞の腕前と歌の上手さを買われて、たまにああした一座にも出ることがあるということだったのです。
 そのプロダクションの担当の人は親切で、彼女のことを詳しく教えてくれました。そして、私達が彼女のファンだと言うと、向こう一ケ月の予定を教えてくれたのです。
 彼女は翌日には関西で舞台がありました。私達は大阪へ飛んで引き返し、すぐに依頼人(51才)に彼女のスケジュールを伝えました。彼は彼女の住所や連絡先ということよりも、再び舞台が見れる、そのスケジュールが知りたかったのです。 もちろん彼は、翌日は舞台を見に行くと言いました。ただ見に行くだけでいいと言うのです。
 「せっかく、ここまで探したのだから、震災で心配していたことや、ご自分がファンであるということを意志表示されては如何ですか?」私は見に行くだけでは惜しい気もして、そう提案しました。
 「それも、そうですねぇ…。でも、どういう風に言えばいいか…」
 彼は躊躇していました。彼は決して気の弱いタイプではありません。キタで結構大きなラウンジを経営し、従業員に対してもなかなか厳しいオーナーとして通っているのです。
 「一緒に行ってもらう訳には行きませんか?」
 彼はそう言ったのです。
 舞台を見るだけでいいと思っていた依頼人(51才)も、「せっかくここまで探したのに」と私に言われて、それもそうだなと思ったようです。
 彼は決して気の弱いタイプではありません。しかし、こと自分のことになると、震災で心配したことやファンであるということを、どういう場面でどう表現していいのか戸惑っていました。 「一緒に行ってもらう訳には行きませんか?」
 彼はそう言いました。
 「それは構いませんが…」私はそう答えながら、どういう方法を取るのが一番違和感がなく、さらには心象良く彼の存在を知ってもらえるのかをあれこれ考えていました。
 「それでは、こうしましょう」
 私が提案した内容を彼は了承し、というより全くの「まな板の鯉」状態で、私に任せると言いました。
 私は彼との打ち合わせ通り、舞台が始まる前、彼女が楽屋に入ったころを見計らい、彼から預かった大きな花束を持って小屋に向いました。そして、正面入口には行かず、通用口の方へ行ったのです。そこで私は係の人に無理を言って、彼女を呼び出してもらいました。
 彼女は怪訝な顔をして現われました。
 「実は、あなたには全くご存知のない人なんですが、初めてあなたの舞台を見られた時に昔の恋人にそっくりで、一目でファンになられた人がいて、その人が震災の時に大変あなたのことを心配されて…」
 私の説明は続きます。係の人は初めこそ、そばでじっと私達の様子を伺っていましたが、心配ないと判断したのか、少し離れた所で待っていてくれました。
 彼女は私の説明を聞いて、随分照れていましたが、やがてこう言いました。
 「光栄です。私のファンだと言ってもらったのは初めてですし…」
 「実は、彼は今日の舞台を見に来ると言っていましたが…」私がそう言うと、彼女は「それでは是非、楽屋の方へ来てもらって下さい。震災の時に心配してもらったお礼も言いたいし…」 その日の夕方、彼は私が預って彼女に手渡した花束よりももっと大きな花束を持って、小屋に向いました。その花束は、きっと幕が降りる前に、彼の手から直接彼女に手渡たされたことでしょう。

<終>

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