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名前が分からなくても・・・ | 秘密のあっ子ちゃん(44)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

調査というものは、探したい人の情報ができるだけ沢山ある方が探し易いということは当然のことです。無論、氏名は一番のポイントとなります。
しかし、そうは言っても、世の中には様々な事情を持っている人がいる訳で、「どうしても気になる」という人の名前が分らない場合もあります。では、この「名前が分らない」という場合は、調査は不可能であるかと言いますと、努力次第で案外判明させ得るケースもあるのです。
今回の主人公は二十七才の女性です。彼女は神奈川県在住で、通勤途上や買物によく横浜の地下鉄街を利用しています。

彼女から電話があったのは今年の四月末のことでした。聞くと、その横浜の地下鉄街にある、有名なアイスクリーム屋さんに働いていた男性の行方が知りたいと言うのです。
彼は年の頃なら二十四、五才。正社員なのか、バイトなのかは定かではありませんが、彼女は二年近くもその店で彼の姿を見ていました。彼女はその店でよくアイスクリームを買い、その度に彼とも一言、二言言葉を交わしていました。ところが、この四月に入って、彼の姿が見れなくなったと言うのです。
通勤や買物によく利用する横浜の地下鉄街。そこにあるアイスクリーム店の男性を依頼人(27才)は以前から気にかけていました。ところが、今年の四月になってから、ぱったり彼の姿が見られなくなったと言うのです。
姿が見えなくなって、突然、彼女は彼のことが気になってしかたなくなってしまいました。ちょうど、例の横浜での異臭騒ぎがあった直後でしたから、その気がかりはなおさらでした。 彼女はたまにその店でアイスクリームを買い、その折には彼とも一言、二言言葉を交わすことはありましたが、彼自身のことになると全く何も知りませんでした。その店で彼は正社員として働いていたのか、バイトであったのかも知りませんでしたし、正確な年令も、どの辺りに住んでいるのかも知りません。それ以上に、彼が何という名前なのかということさえも分らなかったのです。
それだけ気になるのなら、店に自分で彼のことを直接尋ねればいいと言ってしまえばそうなのですが、そこが人間の感情の難しさで、そう簡単に物事が進めないようです。
彼女は悩んだ揚句、「絶対に私のことが分らないように探してほしい」と依頼してきたのでした。
彼女(27才)の探したいその人は、名前も年令も分っていませんでした。ただ分っているのは、横浜の地下街のアイスクリーム屋さんに、今年の四月まで勤務していたということだけでした。
とにかくにも、私達はそのアイスクリーム屋さんへ聞き込みに入りました。
その店ではバイトの人が多く、また出入りも激しいため、依頼人が言う人をなかなか特定しにくく、店長も「ウーン」と唸ってしまいました。特徴と言っても、彼女が言ってきたのは、「身長百六十センチから百七十センチ、がっちりしたタイプで眼鏡はかけていず」だけです。このような特徴の人など至る所にいます。 それに、横浜が騒然としていたあの頃、店長は突然尋ねてきた私達をそのまま額面通りに信じて教えていいものかどうかとも躊っていたようです。
私達は三回も店に通いました。
そうこうしているうちに、「それだったら、○○君と違うだろうか」という話をやっと聞き出すことができました。その人は四月半ばに退職していました。 「住所はご存知ですか?」私が尋ねます。
 「いやぁ、横浜市内だということですが、詳しいことまでは…。本社なら分るかもしれません」
 店長はそういう返事をくれました。
 私達は彼の住所を知るために、その足ですぐに横浜の本社に向いました。
 しかし、惜しいことに、彼の記録は退職と同時に処分されていました。
 というより、人事課の返答はそういうことだったのです。けれど、私達はどうも調査拒否だったと判断しています。確かに対応は丁寧だったのですが、あまりにも素早い返答に、その会社ではプライバシーの保護の問題から、こういう問い合わせにはそういう風に対応するというマニュアルが決められているようでした。とりわけ、横浜の異臭事件があった直後ですから、警戒心が強くなるのは無理からぬことであるのは理解できます。
 話はそれますが、何か事件が起こる度に、調査に答えてもらえる窓口が狭くなっていきます。特に今回のオウムの事件や銀行員や幼女の誘拐・殺害などの凶悪犯罪が起こる度に、世間のガードはきつくなっていきます。社員や生徒の身の安全を保護するためには当然のことではありますが、その度に私達の費やす労力は飛躍的に増えていってしまいます。 
 マ、そんなことをグチっていても到し方のないこと、私達は別の手段を取り始めました。
 電話帳を見ると、横浜市内には同姓同名の人が一人いました。「すわ!」とばかり、連絡を取りましたが、この人は別人だと判明してきました。
 スタッフは、すぐに横浜市内の彼と同じ姓の家へ片っ端から電話を始めました。 何軒目かで、「それはウチの息子です」と返答してくれた家にぶつかりました。 お母さんの話によると、彼はこの四月に身体を壊し、アイスクリーム会社を退職したとのことでした。現在は体調もすっかり良くなり、元気に別の会社に勤務しています。
 「午後八時ごろには帰宅しておりますので、またその頃にでも電話してやって下さい」お母さんはそう言ってくれました。
 私達もこれでひと安心。夜には彼に電話できるよう、私は依頼人に早速その内容を報告しました。
 彼女が彼に連絡を取った後、二人がどうなったのかは、それはまた別のお話で…。

<終>

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