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中学時代の友人(2) | 秘密のあっ子ちゃん(76)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 彼(61歳)も既に還暦を迎え、その年齢になると若かりし頃のことが懐かしく思い出されてきます。それにつけても山本君はどうしているのだろうと思うのでした。
 「彼が今、元気に幸せに暮らしているのなら、私が探していると伝えてもらっても結構です。今、あまりハッピーでなければ、そっとしておこうと思うんです」
 半年前の新聞記事を見たとやってきた彼はそう言いました。
 「私達がもうこんな年になっている訳ですから、山本君のお父さんがご健在かどうか分りませんが、もしまだお元気なら、一度会ってお礼も言いたいと思います」
 こうも言いました。
 中学の同級生であった依頼人が山本さんのことを「クラス会の誰も彼の行方を知らない」と言っていたことと、出身高校の名簿にも彼の欄が空白になっていたことを考え合わせれば、手掛かりは当時、山本家があった住所だけしかありませんでした。運よく、依頼人は大阪市住吉区にあった山本家の住所を、何丁目何番地何号まで正確に覚えていました。
 早速、スタッフがその場所に出向いたのでした。
 しかし、なにしろ四十二年も前のことであるため、近隣でも山本家の行方を知る人は誰一人いませんでした。何より住人のほとんどが入れ替わっているため、その当時のことを知る人がいなかったのです。やむなく、スタッフは大阪市内の同姓同名の人をあたり始めました。しかし、「山本」という、よくある苗字にも拘わらず、彼と同姓同名の人は市内には一人も存在しませんでした。
 そこで範囲を広げて、今度は大阪府内をしらみ潰しに調べました。すると、吹田市内に同姓同名の人を発見したのです。
 手慣れたスタッフはそれだけで喜んだりはしません。案外、人違いであることも多く、ヌカ喜びに終わる場合があるからです。
 しかし、今回は大当たりでした。その同姓同名の山本さんは、依頼人がさがしていた当の「山本君」だったのです。山本さんは昔の「広大な屋敷」という程の家ではありませんが、依頼人が心配していた「逼塞(ひっそく)している」ということもなく、元気で幸せにお暮らしでした。
 もちろん、依頼人も山本さんご自身も大喜びで、近々、四十年ぶりの再会を果たされるそうです。
 
<終>

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