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シェフの思い出のお客さん(1) | 秘密のあっ子ちゃん(81)

これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

今回は、悲しくも敗れ去った中年男性の恋のお話をしましょう。
依頼人は三十九才の独身男性で、洋風グリルのオーナーシェフでした。
彼は、O-157が猛威を奮い出した七月中旬に当社にやってきました。
「いやぁ、食物商売をしている関係上、原因が分からんことには心配ですわ」 第一声はこうでした。もちろん、彼はそんなグチをこぼしに当社にやってきた訳ではありません。彼の目的は十年程前に知ったある女性の消息を知りたいというものでした。
彼女は当時、年の頃なら三十二、三才、彼がある関西のレストランの雇われ店長をしていた時に頻繁に店へやってきていた常連客の一人でした。彼女は飛びきりの美人である上に、三十を少し越して大人の魅力を漂わせた女性でした。ですから、一度来店しただけでも印象に残る人でした。それに彼女は毎日のように夕食を取りにやってきていましたので、いやが上でも忘れられない女性でした。ただ、一人ではなく、必ず小学高学年くらいの男の子と一緒でした。おそらく、彼女の息子と思われました。
そうした彼女達母子の姿を見て、彼は「たぶん、亭主とは離婚して二人家族なんだろうな」と推測していました。
レストランの従業員達の間でも彼女達母子は評判で、皆、親切に対応しました。厨房で料理を作っていた彼もチラチラと彼女を覗き見しながら、息子の皿を大盛りにしてあげたりしたものでした。
そのことは彼女も十分分かっていたようで、なおさら彼の店を贔屓にして通ってきていました。
しかし、いつも見守るようにしていた彼と異なって、彼女の方は厨房の中にいる彼の姿をほとんど見たことはありませんでした。
そんなことが一年も続いたある日、彼女達母子がぷっつりと来なくなりました。
「引っ越しでもしたのか」と思い、彼はあまり気に止めていませんでした。
しばらくして、彼自身も自分の店を持つ話が上がり身辺がバタバタとなってきたため、彼女のことはすっかり忘れてしまっていました。
店もオープンし、何とか軌道に乗り出した頃、ある母子連れの常連客を見て、ふと彼女達のことを思い出したのでした。その常連客の母親は、本人には申し訳ないことですがちょっと太めで、彼女ほど美人で粋ではありませんでしたが…。
「どうしているのかなぁ。息子の方ももう中学生にはなっているだろう」
そんなことを考えながら、当時のことを懐かしく思い出していました。
しかし、その時点では、彼の気持ちもそれ以上煮詰まることはありませんでした。
また二、三年の月日が流れました。新しく常連客になった母子は、相変わらず彼の店に通ってくれていました。
ある日、彼は彼女の夢を見ました。夢の中で彼女は彼の店をいきいきと手伝い、店内のサービスを仕切っていました。彼女は彼の妻となっていたのです。
「なんであんな夢を見たんだろう?」
彼は自分が見た夢にひっかかりながらもその夢を忘れようとしましたが、なかなかできなかったのでした。

<続>

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